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棘は抜けないまま、私はこちら側にいる。|第四章『芽むしり仔撃ち』(大江健三郎著)

    この本の色:埃っぽい茶色、黄土色、灰色。大陸の大地と砂埃、唇にこびりついた乾いた血。

    私には、文字や数字に色が見える「共感覚」という特性がある。
    本を開くと、漢字の選び方や言葉の音が共鳴して、その作家だけの色が脳裏に広がる。

    物心ついて以来、父の書斎に忍びこみ、大人向けの本を読むのが密かな楽しみだった。
    その日も本棚を物色していた九歳の私は、文庫よりちょっと大きめの、ボロボロの本を見つけた。
    引っぱり出してみると、その本は表紙が取れ、前半の数ページも破れてなくなっていて、著者名もタイトルもわからなかった。
    背表紙を見ると、かろうじて『芽むしり仔撃ち』と読めた。
    父はけっして本を丁寧に扱うほうではなかったが、それにしてもあまりに無惨な姿だ。

    ──これは、雑に扱ってもかまわないような価値のない本なのか、それとも、父が夢中で何度も読んだせいでこうなったのか。

    わからないまま、私はその本を読み始めた。
    そして、すぐにソファの上に座りなおした。

    「それから鋪道に村の子供たちや女たちが集ってき、彼らは好奇心と恥らいと、鈍重なふてぶてしさをたたえた眼で僕らを見つめ、彼らの間で低く熱っぽい囁きと不意の高笑いとをかわし、僕らを憤らせた。僕らは彼らにとってまったくの異邦人だった。」(大江健三郎著『芽むしり仔撃ち』新潮文庫)

    その文体は、今まで出会ったことのない感触の、圧倒的な「引力」を持っていた。
    私の脳裏には、すぐさま大陸の広大な地平と砂埃、そして乾いた熱気が立ちのぼった。
    きっと、カンボジアかラオスあたりを舞台にした物語の翻訳版だろう、と私は拙い知識の中で考えて、読み続けた。

    「僕らは村から村への移動のあいだの、くりかえされた度たびの脱走とその失敗の体験で、自分たちが極めて広大な壁にかこまれていることを知らされていたのだ。農村の中で、僕らは皮膚と肉に刺さったトゲのようなものだった。たちまち僕らは四方八方からびっしりかたまってくる肉の芽にとりまかれて窒息し押し出される。農民たちはきわめて排他的な硬い鎧をすっかり着こんでいてその中にもぐりこむことはおろか、そこを通りぬけることさえ拒む。決してよそからの人間を受けつけずはじきかえす海を小さな集団になってやっと漂流しているのが僕らだった。」(同書)

    実際には、太平洋戦争の末期に山村に集団疎開した感化院の少年たちが、疫病の蔓延とともに村に閉じ込められる話だったが、私は「感化院」という言葉も知らないまま、アジアのどこか遠い国の少年たちの冒険譚だと思いこんでいた。
    そして、優れた物語がどれもそうであるように、何も知らない九歳の子どもでさえも夢中にさせる力を、この本は持っていたのだ。

    村人たちによって谷間にかかるトロッコの軌道にバリケードを築かれ、少年たちは閉じこめられたことに気づく。

    「『半殺しか』と南は呻くように言った。『俺は三回脱走して三回半殺しさ。それより今度は猟銃をもって見はっているやつがいるからな。俺は牛とか犬とかの病気になったやつを殺す仕事をてつだったことがあるんだ。え?病気でうなってる牛の仔をさ、頭ほどあるハンマーで』
    『止せ、俺に殴りつけられたくなかったら』と僕は逆上して叫んだ。『二度とそういうことをいうな』
    『お前にもすぐわかるさ』と南は僕の攻撃を警戒しながらいった。『ハンマーでうまく殴るためにな、三人がかりで病気の牛の仔を立たせるんだ。水や草で誘うかかりが俺だったんだ』
    僕は南の喉へむかって跳びかかろうとした。しかし南の眼がみるみる涙にうるんでくるのだ。僕は息をはずませてじっとしていた。
    『え?』と彼は涙を手の甲でしゃくりとっていった。『俺はほんとにやったんだぜ』」(同書)

    見捨てられた少年たちは、そんな監禁状態の中でも助け合い、友情と連帯に満ちた「自由の王国」を築きあげる。
    しかし、帰ってきた村人たちによってその連帯は脆くも崩され、仲間たちが次々に屈服する中、最後まで抵抗を続けた主人公は村から追放される。
    救いのない結末にいたるまでの葛藤は、読んでいて胃がしめつけられるような苦しいものだった。
    そして、九歳の私にとっては、裏切る立場の仲間たちにも、圧倒的な孤立の中へ追放される主人公にも、どちらにも同情を禁じえなかった。
    そうして深いため息とともに本を閉じた私は、たった数年ののちに、自分自身にも同じ種類の葛藤が待っていることなど、このときは知るよしもなかったのである。

    *

    公立高校の二年生の三学期だったろうか。
    休み時間の校内放送で、私は突然、校長室に呼ばれた。
    行ってみると、そこにはなぜか両親もそろっていた。
    突然呼びだされたらしく、父も母も、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔でソファに座っていた。
    両親の隣に腰かけると、校長が私の目の前の応接テーブルに、いきおいよく白い紙を叩きつけた。

    退学届だった。

    そして校長は怒鳴りはじめた。
    「きさま、規則を守るか学校を辞めるか、どっちかにしろ!」

    びっくりして校長の顔を見ると、校長は今にも殴りかからんばかりに拳を固めて、
    「なんだその目は!」
    それから両親のほうを指さして、
    「今からご両親の前で、きさまを殴ってもいいんだぞ!」
    そっと両親の顔をうかがうと、二人とも驚きのあまり目を見開いて固まってしまっていた。

    ああ、またか──。

    私は、過去に何度も、教師たちからこんなふうに怒鳴られた経験があった。
    何か教師の逆鱗にふれる性質が私にあるせいだろうが、本人には悪気がなかった。
    思いあたることといえば、赤毛で癖毛だったので外見が派手に見えたこと、成績は悪くなかったが忘れ物が多かったり提出物の期限を守らなかったこと、授業中にうたた寝をしたり、教科書の余白に落書きをしたりして叱られることが多かったこと、教師の話に疑問があると食い下がったり答えにくい質問をしたりすることなどだった。
    また、当時は父親と衝突することも増えていて、私は大人たちから放っておいてもらいたいと感じるようになっていた。
    わかりやすくグレたほうが、大人たちは安心して放っておいてくれる。
    その作戦は、うまくいっているように見えた。
    ところが、その結末がこれだった。

    あと少しがまんすれば卒業だと思っていたのに。
    ちゃんと成績も単位も取れているのに。
    なぜ、大人たちは私を放っておいてくれないのだろう?

    心の底から面倒くさくなってしまった私は、まだ何か怒鳴りちらしている校長の声をどこか遠くに聞きながら、退学の決意を固めていた。

    *

    いわゆる不良グループとつるむようになってから、親友ができた。
    A子といって、私立高校に通う裕福な家庭の子女だったが、親との関係がうまくいっていなかった。
    当時はまだ携帯電話がなかったので、用があるときは彼女の家に電話をするのだが、父親が出ても母親が出ても、その対応は感情にまかせたヒステリックなものだった。

    「もしもし、空木と申しますが、A子さん……」
    と言い終わらないうちに、
    「いないよ!馬鹿だから!」
    怒鳴られて、がちゃん!と切られてしまう。

    私が「この世界」に惹かれた一番の理由は、みんな奪われているものが多すぎて、何も持っていないことだった。
    だから、どの階層からも浮きあがってしまう私のような人間も、違和感なく受け入れてくれるのだ。
    A子も例外ではなかった。
    彼女は、ただ「好き」という感情と、疎外された痛みを共有できるということだけで私を受け入れてくれたのだった。

    高校を退学してからは、アルバイトの時間以外はほとんどA子と過ごすようになっていった。
    A子は丸顔で、コロコロよく笑って、妙に冷めていて可愛げのない私なんかよりも男性から人気があり、ずっとつきあっている彼氏もいた。

    ある日、A子が泣き腫らした顔で家にやってきた。
    話を聞くと、高校で仲よくしていた女友達M子が、A子の彼氏とこっそり関係を持っていたらしいのだ。
    「はあ⁉︎何だそれ?」
    私は、型通りにいきどおってみせた。
    「うん、いつもM子に彼のこと相談していたのにさ……応援してくれてるように見せかけて、もう三ヶ月も前から関係持っていたんだって……彼が全部白状したんだ」
    A子は泣きじゃくっていた。
    「呼び出して、謝らせよう」
    肩を抱き寄せた手に力をこめて、宣言した。
    「私が話をつけてやる」
    こんなときはそうするのが、「この世界」でのセオリーだと思ったからだ。

    *

    数日後の夜、A子は人気のない公園にM子を呼び出した。
    自分の裏切りがバレていることを知らずにやってきたM子は、こわばった表情で腕を組んで立っているA子と、見ず知らずの私の存在に面食らった様子だったが、すぐに事態を悟って覚悟を決めたようだった。

    尋問するのは私の役目だった。
    M子は素直に事実を認めたが、謝ったり涙をみせたりはしなかった。
    平静をよそおっていたA子のほうが、目に涙を浮かべはじめていた。

    「で、どうするつもり?」
    私はM子の頭を小突いて詰問した。
    M子は下を向き、唇を噛みしめて黙っている。
    A子の表情をうかがうと、眉間には数日にわたって消えないままの影が、さらに濃くなって刻まれているのが見てとれた。

    私は目を細めて、タバコの煙を肺いっぱいに吸いこみ、ゆっくりと吐き出した。
    そして、いつも以上に冷めた気持ちのまま、M子の左腕をつかんで公園の石のベンチに押さえつけた。

    吸っていたタバコの火を、ゆっくりとM子の左手の甲に押しつけた。

    M子が目を閉じて歯を食いしばるのと、A子が両手で自分の両目を覆うのと、同時だった。

    私は、M子の前髪を鷲掴みにして、さらに詰問しようと顔を近づけた。

    そのとき、私の手首を、A子の震える手がつかんだ。
    A子は目に涙をためながら、絞り出すように言った。

    「もう、いいよ。もう、やめて」

    A子は泣きじゃくりはじめた。

    「もうやめようよ。こんなことしたって、なんにもならないじゃん──」

    私はすっかり脱力し、両手をだらんと垂らしたままで立ち尽くした。
    冷たく閉じた檻のような夜の公園には、A子のすすり泣きだけが響いていた。

    *

    A子は、私以外にもたくさんの交友関係があって、いわゆる「反社」と呼ばれる人たちともつながっていた。
    そんな流れで、私もA子から「売春」や「ドラッグ」の誘いを受けることがあった。
    けれども私にとって、「この世界」はほんのいっときの居場所であって、二十歳になったらきれいさっぱり足を洗う計画だったので、自分を傷つけるような取り返しのつかない行為はいっさいしないと決めていた。
    A子に対しても、シンナー、覚醒剤、売春などに手を染めそうな気配を感じたら、
    「あとで絶対後悔するから、やっちゃダメ」
    と引きとめ、説教までしていた。
    A子は笑って、
    「わかったよ。まゆと仲よくなってよかったよ」
    と言ってくれることもあった。
    しかし、A子は私に隠れてときどきシンナーを吸っていた。
    私はそれ以上何も言えずにいた。

    そんなA子も、二十歳をむかえるちょっと前に結婚して子どもができた。
    相手は地元では力のある鳶職の男性で、後輩を束ねて会社を経営していた。
    家庭を持ったことでA子は落ち着いたように見えたし、私はそろそろ引き際かな、と考えはじめた。
    A子の夫が、「反社」とつながりがあることも気がかりだった。
    私は少しずつA子と距離を取り、父の仕事を手伝ったりして「社会復帰」の準備を進めていった。 

    *

    「しばらく会ってないけどどうしてる?今日はばばあが子ども見ててくれるから、たまには飲まない?」

    A子からの電話で、私たちは地元の居酒屋で再会した。
    私たちは二十三歳になっていて、A子は三歳の男の子の育児でてんてこまいだったし、私はフリーランスのイラストレーターとして仕事の獲得に奔走していた。

    A子の子育て談義や地元の旧友たちの近況でしばらく盛りあがったあと、私は鞄からイラストを取りだして、A子の前に並べた。
    「今ね、私、こんな仕事をしてるんだ」
    目を見開いたA子の口元には、みるみる笑みが広がっていった。
    A子は瞳を輝かせながら、弾んだ声で
    「すごーい!」
    と絶賛してくれた。
    ちょうど料理を運んできた馴染みの居酒屋のマスターも、座敷にあがりこんでイラストを鑑賞した。
    「まゆ、こんなことができる人だったんだね」
    A子の言葉には、素直な賞賛と自分のことのような誇らしさがにじんでいた。
    私たちは、二人ともいいかげん酔っ払って、閉店までそこにいて、マスターの車でそれぞれの家まで送ってもらう始末だった。

    数日後、A子からまた電話がかかってきた。
    先日の記憶を反芻して「たのしかったね!」と言い合ったあと、A子が少し、しんみりした口調でこう言った。
    「居酒屋のマスターにね、帰りの車で言われたんだ」

    「『まゆは、住む世界が違う子なんだよ。もうそっとしといてやりな』ってね」

    ──私は、そのとき何と返したのだろうか。

    それが、A子と交わした最後のまともな会話だった。

    *

    さらに数年の月日が流れた。
    ある朝、何気なく新聞を斜め読みしていると、地元の記事のページで見覚えのある名前が目の端に引っかかった。

    A子だった。

    よく知っている暴走族あがりの男性二人の名前といっしょに、A子の名前が並んでいた。

    覚醒剤所持で逮捕。

    震える手で新聞を閉じた。

    私はすでに、地元の仲間とはすっかり縁を切っていたので、誰にも連絡せず、確認もせず──忙しさにまぎれて、あえてそのことを考えないようにして日々を暮らした。

    *

    その次にA子から電話がかかってきたのは、確か二十八歳のころだった。
    A子の声は以前と変わらず元気そうだったけれど、何をしゃべっているのかはわからなかった。

    「だからさあ、言ってやったんだよ。K(息子の名前)はそんなことしないって。あいつらが花見なんかしてとち狂ってるのがさあ。だけどKはちゃんとやってるんだからって、そう言ってやったんだよ。だけどKのサッカーチームのさあ……」

    何を言っているのかはわからなかったけれど、一つだけはっきり伝わってくることがあった。
    A子が話すことは、息子のことだったり、夫のことばかりだった。
    こんなに壊れてしまっても、A子は自分のことよりも他の人のことを気にかけていた。
    それは、まともだったころと全然変わっていなかったのだ。

    私は、ただただ話を聞いて、
    「うん。うん。A子はえらいよ。よくやってるよ」
    と相槌を打つので精一杯だった。

    *

    そのあと、A子がどうなったのか私は知らない。
    私は二度と「その世界」に戻らなかったが、それはもともと、私が「別の世界」への通路を持っていたからだ。
    A子には、トロッコのバリケードを通過する道がなかった。
    閉じこめられ、「その世界」の法則のままに流され、飲みこまれた。

    私は今、自分を守るために主人公を裏切った『芽むしり仔撃ち』の「仲間たち」を他人事には思えない。
    しかしその一方で、私が今住んでいる世界で、連帯と友情に満たされているのか?と考えると、決してそうではないのだった。
    主人公もまた、外へ追放されてもなお、閉じこめられていると知っていた。
    そのことが、抜けない小さな棘のように、私自身に深く食いこんだままなのだ。

    九歳の私がカンボジアかラオスの話だと思って読んでいたのは、日本の、戦時中の、ごく狭い山村の物語だった。
    今読み返してみると、描かれているのは椿が咲いて小川が流れている日本の風景だ。
    大陸の地平は見えないし、どこにも砂埃は立っていない。
    しかし、私はあれが誤読だったとは思わない。
    九歳の子どもの共感覚が、この本が描く世界を正確に受けとっていた。
    大江健三郎は、最初から「どこにでもある物語」を描いているのだから。


    本作は、九冊の本を通して「人間とは何か」を問い直すエッセイ集『正気の檻──九冊の本が壊した世界』(note連載中・未刊)の第四章にあたります。全体の構成は以下の通りです。

    【目次】
    序章
    第一章 『ソロモンの指環』 コンラート・ローレンツ

        ──われわれに「檻」の外はあるのだろうか?
    第二章 『日本人の脳』 角田忠信
        ──八歳の私が熱狂した理論は、半世紀を経て足元から崩れた。
    第三章 『走る取的』 筒井康隆
        ──世界の親御さんたちに警告する。子どもにこの本を読ませてはいけない。
    第四章 『芽むしり仔撃ち』 大江健三郎
        ──棘は抜けないまま、私はこちら側にいる。
    第五章 『仮面の告白』 三島由紀夫
        ──三島由紀夫の物語は、最後の一行から始まった。
    第六章 『他人の顔』 安部公房
        ──仮面の私が犯した罪とは?
    第七章 『フロイドを読む』 岸田秀
        ──壊れているのがデフォルトだと知ったとき、人ははじめて自由になる。
    第八章 『闇のなかの黒い馬』 埴谷雄高
        ──「檻」は宇宙の入り口だった。
    第九章 『悪い本』 宮部みゆき
        ──子どもは必ず、梯子を持ってくる。
    終章

    空木繭著『正気の檻──九冊の本が壊した世界』(note連載中・未刊)
     
     
    高知在住の物書きです。 「今を生き延びるための本」を書いています。 幸せとか正義とか、本当のことなんてないけれど── だから自由で、だから面白い。 心が動いたら書く。本、音楽、映像、そして人間のこと。

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