山肉還流(やまにくかんりゅう)――✕✕村屠り唄――
山肉還流(やまにくかんりゅう)――✕✕村屠り唄――
【あらすじ】
昭和五十年、大工見習いの「私」は、外界から隔絶された秘境・〇〇県✕✕村へ、神楽殿の修繕に赴く。だがそこは、迷い込んだヨソモノを家畜として解体し、「山肉」として日常的に喰らう異常な共同体だった。狂気の地蔵盆の夜、私は村を統べる総領・賀兵衛に地下の屠殺場へ拉致され、生きた人間が大理石の臼ですり潰される地獄を見せられる。からくり箱、奇妙なバブル、そして美しき犠牲者・ユキが血で遺した警告。命からがら生還した私を、しかし悪夢は追ってくる――近代のサプライチェーンに乗り、安価な食肉として、あるいは他者の尊厳を「コンテンツ」としてすり潰し消費し続ける現代社会の円環へと、物語は還流する。
第一章 歪んだ地平、円環の座敷
え。なんですって。
私がまだ十代の、世間知らずの小僧だった頃――あの公の地図から半分塗りつぶされ、消えかかったような某地方の最暗部、〇〇県✕✕村に寝泊まりして、季節労働の出稼ぎ、大工の見習い仕事をしていた時の体験を、もっと詳しく、それこそ肉の髄まで剥ぎ取るような細部まで聞きたい、とおっしゃるのですか。
いやあ、旦那様、それはいくらなんでも悪趣味が過ぎますよ。奥様、ご覧ください。旦那様はあんなに目を爛々と輝かせて、私の口から飛び出すかもしれない血生臭い端切れを、今か今かと待ち構えておいでだ。
ですがね、あれは思い出すだけでも、この首のあたり――ちょうど延髄のあたりが、氷を直接押し当てられたように凍りつく、昭和五十年の忌まわしい記憶なのです。できることなら、脳みそを専用のヤスリで削り取って、根こそぎ消去してしまいたい。陽の光も届かぬ谷底で、とんでもない恐怖に正面からぶつかり、正気を失う寸前で、四つん這いになって這いずるように逃げ帰ってきた――ただ、それだけの、冴えない職人の昔話に過ぎないのですから。
……なんですって。その顛末を、どこかの闇市の名残のような小料理屋の裏口で、小耳に挟まれたと。
ああ。あの✕✕村の境界線が歪んで、まるで終わりのない円を描くように丸くなっている、あの呪われた地形のせいで、私が危うく、山に伝わる猟奇の神事の「生贄の肉塊」として、文字どおりの謎のミンチにされかけた――あの件ですか。
驚きましたね。一体どこのどなたから、そんな噂を。
まさか、配管工の茂(しげ)の仕業ですか。あの男の口の軽さには、本当に困ったものだ。とうに廃村となり、今では不法投棄の廃車と雑草に埋もれてしまったあの村から、私が命からがら持ち帰ってしまった一冊の古い日記――あれを、私が現場の工具箱の底に隠しておいたのを、あいつ、盗み見やがったな。誰にも読ませるつもりのなかった、読めば脳髄が呪われるような記録だったのに。
まあ、いいでしょう。
こうして旦那様の、見事な一文字造りの立派な奥座敷で、きりりと冷えた大吟醸をいただきながら、ガラス窓の向こうの、青々と手入れの行き届いた人工庭園を眺めるなんて、私のようなしがない職人には過分の贅沢です。
おっと奥様、そんなお綺麗な手でお猪口に注ぎ足していただいて……恐縮です。自分でやりますから、どうぞお手を煩わさないでください。……なんだか今、このお屋敷のまわりの空間が、ふっと、ねじ曲がったような気がしましてね。いや、気のせいです。ハハ。
それでは。あの、人間の骨を肉ごとすり潰すような、あの世の底から響く不快な音が満ちる暗闇の奥で、この世の因果が完全に円環を閉じていると悟った夜の出来事を、順を追ってお話ししてみましょうか。
その「ガリガリ」というのはね、旦那様。✕✕村の古い地下蔵の、さらに奥の、粘ついた土間に据えられた、戦前からある巨大な粉砕機の自転音でしてね。猪や鹿の骨肉を、まとめて挽くための機械です。ええ、あの山深い限界集落には、警察の目も、法律の光も届かぬ、どろりとした血のしきたりが、今でも息づいているのですよ。
*
私がまだ社会の右も左もわからぬ、十九の頃。昭和五十年の、ちょうどお盆を過ぎた時分でした。
世間は高度経済成長の熱気がまだ冷めやらず、誰もがカラーテレビと万国博覧会の残像を追いかけ、新幹線が博多まで延びたと浮き足立っていた。あのギラギラと脂ぎった、しかしどこか泥臭い時代の、片隅での話です。
当時の私は、地方の山あいで大工の見習いをしておりました。毎日、棟梁に木槌で頭を小突かれながら、鉋がけの練習をする日々です。その年の秋から、山をいくつも越えたさらに奥――外界から完全に隔絶された集落、✕✕村で、村の古い神楽殿の解体と修繕の仕事が始まる。人手が足りぬからと、私に白羽の矢が立ったのです。
当時はまだ、携帯電話などSFの道具すらない。山に入れば、有線放送の黒電話一台引かれていない、文字どおりの陸の孤島でした。今回の視察と現場を仕切っていた牧野(まきの)という棟梁が、私を指名しましてね。
「お前のような戦後生まれの、根性のない小僧こそ、✕✕村の神聖な空気に触れて、職人の魂を叩き直してくるべきだ」
物々しい顔で言うものですから、私も先輩たちに混じって、その山の底の古い集落へ、数週間の予定で寝泊まりに行くことになった。正直に申せば、行く前から胸の奥が不快に拍動して、冷や汗が止まらぬほど、怯えておりました。
オート三輪の荷台に揺られ、舗装の剥げかけた泥の林道を、ひたすら奥へ奥へと進む。村へ一歩近づくごとに、周囲の山々が異様に高く、まるで自分たちを永久に閉じ込める巨大な監獄の壁のようにそびえてくる。私は急に、ひどい閉塞感に襲われ、引率役の相馬(そうま)という設計士に、情けない声で泣きついたのです。
「相馬さん、ここ、なんだかおかしいですよ。山が迫ってきて、出口がどこにも見えない。さっきの山道の入り口にあった朽ちた標識だって、まるで引き返させまいと、わざとへし折られていたじゃないですか。それに、すれ違うトラックが一台もない。こんな深い場所に、本当にまともな人の暮らしがあるんですか」
すると相馬さんは、丸めた図面で私の頭を軽く叩き、鼻で笑いました。
「これだから戦後民主主義の甘ったれは困る。✕✕村の地形ってのはな、うねりながら丸く繋がっているんだ。この山道をまっすぐ進めば、最後は必ずぐるりと回って、元の県道へ出る。閉ざされて見えるのは、お前の眼のレンズが歪んでいるからさ。幻覚だよ、幻覚。いいか、この村の長老たちはな、麓の役所にも顔の利く大資産家だ。山林の権利をいくつも握って、戦前から続く利権で大儲けしている。だからこそ、神楽殿の修繕なんて大仕事に、俺たち町の職人を、わざわざ破格で雇い入れる余裕があるのさ」
「へえ。実際に、その出口を見た人間が、この村にいるんですか」
「古い陸地測量部の地図が証明している。若い男のくせに、意気地がないな。おい、見ろよ」
相馬さんは、窓の外を顎でしゃくりました。
「昔からこの山奥には、よその土地から嫁いだり、町から出稼ぎに来た若い女が、やたらと多い。あの娘たちを見習え。村の因習も、言葉も知らぬまま、身ひとつでこの閉ざされた村へ飛び込んで、気性の荒いマタギや頑固な老人を手玉に取り、がっぽり稼いで実家へ仕送りしている。どこの山深い土地にも、外から来た出稼ぎの女がいない場所なんてないんだ。お前みたいに、入る前からガタガタ震えてる奴は、一生、一人前の職人にはなれんぞ」
運転席から、棟梁の牧野さんが、煙草の煙を吐きながら、口を挟みました。
「相馬の言うとおりよ。いいか、小僧。今、外の世間は、空前の好景気だ。万博は終わったが、列島改造だなんだと、土地の値は天井知らず。誰もが、もっと安く、もっと早く、もっとたくさんと、血眼になっている。そういう時代だからこそ、✕✕村みたいな場所が、儲かるのさ」
「儲かる、というのは」
「考えてもみろ。世間は、安い肉を、いくらでも欲しがっている。だが、まともに牛や豚を育てるには、金も手間もかかる。ところが、この村にはな、金も手間もかからん、特別な『肉の供給源』があるんだそうだ。詳しくは知らんがな。だから村は、戦前からずっと、外がどんな不景気でも好景気でも、関係なく、太り続けてきた。世間の景気とは、まるで切り離された、別の理屈で回っている村なんだよ」
別の理屈で回っている村。その言葉が、なぜか、私の胸の奥に、冷たい棘のように刺さりました。後で思えば、牧野さんは、すべてを知っていたのです。知っていて、その『供給源』の正体も告げぬまま、笑いながら、私たちを谷底へ運んでいた。
「棟梁は、この村に、来たことがあるんですか」
私が尋ねると、牧野さんは、バックミラー越しに、ちらりと私を見て、薄く笑いました。
「ああ。何度もな。……俺はな、小僧。この村には、ずいぶん世話になってるんだ。お前らよりも、ずっと、深くな」
その笑みの意味を私が理解するのは、もっとずっと後――地下の地獄で、彼こそが私たちを売り渡した張本人だと知る、その時のことでした。
私は自分の認識不足を恥じ、顔を赤く染めました。
しかしね、旦那様。今にして思えば、あの相馬さんの言った「女たちが先陣を切る」という言葉の、その本当の、肉を引き裂くような意味を、彼は何ひとつ理解してはいなかったのです。図面しか見ない、哀れな都会のインテリの、ただの妄想だった。女たちは、自分の意志で飛び込んだのではない。村の網にかかり、麓の貧しい集落の借金のかたとして、あるいは「迷い込んできた子」として、あの巨大な円環の底へ、静かに、確実に、吸い込まれていただけだったのですから。
オート三輪のエンジン音が、山々に跳ね返って奇妙な二重の残響を生む午後、空はやけに油じみたオレンジ色をしていました。空気が、腐りかけた獣の脂を霧吹きで撒いたように、肌へねっとりと張りついてくる。私は荷台の隅で、剥き出しのボルトに膝をぶつけながら、これから始まる労働の重圧に耐えようとしていました。
しかし、本当の地獄は、労働の過酷さなどではなかった。
村に着いて最初に目にした、一本の巨大な立ち枯れの杉。その幹に、人間の内臓を乾かしたような、赤黒くひび割れた太い注連縄が、何重にも巻きついている。それを見た瞬間、私の未熟な第六感は、すでに「ここから這ってでも逃げろ」と、声を限りに絶叫していたのです。
棟梁の牧野さんが、私の怯えを見透かしたように、荷台から襟首を掴んで引きずり下ろしました。
「おい、ボサッとするな。荷を運べ。今日からここがお前の仕事場であり、根性を叩き直す道場だ。村の衆に挨拶するときは、余計な私語は一切慎め。彼らはよその人間を極端に嫌うが、一度身内と認めれば、これ以上ないほど手厚くもてなしてくれる。詮索さえしなけりゃ、極楽のような場所だ」
道場、ですか。極楽、ですか。
たしかにそれは、人間の尊厳を完膚なきまでに叩き潰し、肉塊へと変えるための調教場であり、人を喰らう者たちにとっての、極楽そのものだったわけですがね。
*
私たちが案内された滞在先は、村の端にある、何十年も使われていないような不気味な養蚕農家の廃屋でした。床板は腐りかけ、踏むたびに湿った悲鳴をあげる。天井の隅からは大蜘蛛が糸を垂らし、夜になると家の外から、風ともつかぬ、大勢の人間の低い囁き声が聞こえてくるのです。
その晩、煎餅布団の中で、隣に寝ていた配管工の茂が、体を震わせながら、私の耳元でこう呟きました。茂は私より十ほど年上の、口は悪いが腕のいい職人で、この村の仕事に最初から乗り気でない男でした。
「なあ、小僧。この村、何かが致命的におかしいぞ」
「何がですか、茂さん。昼間はみんな、親切に冷たい麦茶を出してくれましたよ」
「水だよ、水。この家の配管を直そうと床下に潜ったらな、どす黒い錆みたいな液が詰まってやがった。あれは錆じゃねえ。血だ。それも、家畜の血なんかじゃねえ。人間が大量に流された時の、あの鼻の曲がるような鉄錆の匂いだ。……お前、気づかなかったか。この村には、年寄りと子供、それから若い女はわんさといるのに、俺たちと同じ年頃の、外から来た若い男の職人が、一人もいねえんだ。みんな、どこへ行っちまった。仕事を終えて、本当に町へ帰ったと思うか」
私は恐怖を打ち消すように布団を頭からかぶりましたが、その奥からも、乾いた血のような、奇妙に甘ったるい死臭が立ちのぼってきて、一晩中、一睡もできませんでした。
翌朝、私たちは朝霧の立ち込めるなか、修繕の対象である神楽殿へと向かいました。その道すがら、村のいたるところの電柱や民家の壁に、異様な数の手書きの張り紙が留められているのを見たのです。歪んだ筆文字で、こう書かれていました。
――ヨソモノの肉、一坏(ひとつき)、十文(じゅうもん)。山神様への感謝を忘れるな。血抜きは入念に。骨は細かく砕け。
私はそれを、ただのマタギの、獣肉の処理の標語だろうと思い込もうとしました。山で獲れた猪や鹿を、安く村で融通し合うためのきまりなのだろうと。まさかその「肉」の正体が、自分たちと同じ、言葉を話し服を着た人間のことだとは、当時の世間知らずの脳みそでは、逆立ちしても想像が追いつかなかったのです。
牧野棟梁は、神楽殿の古い床板を剥がしながら、冷たい指示を飛ばし続けました。
「手を休めるな。この村の仕事は、外の役所も警察の目も、一切届かん。その代わり、報酬は破格だ。長老の賀兵衛(かへえ)様から、たっぷり前金をもらっているんだからな。お前たち、もし不審な動きをしたり、村の連中の癪に障ることをしてみろ。この谷底から、生きて町へ戻れると思うなよ。相馬の言う地図の円環なんてのはな、ただの測量上の欺瞞だ。この村へ入ったら、外のルールはすべて忘れろ」
その響きには、職人気質の厳しさとは明らかに違う、冷徹な「警告」が含まれていました。盗み見た牧野の横顔――その目の奥にも、村の老人たちと同じ、どろりと濁った、人間を値踏みするような光が宿っているのを見てしまい、私は背筋が凍りつくのを感じたのです。
このとき気づくべきだった。牧野はもう、こちら側の人間ではなかったのだと。
第二章 陸の孤島と「丁寧な暮らし」
実際にその村の、築何百年とも知れぬ茅葺きに寝泊まりし始めると、相馬さんの理屈は頭で理解できても、私の生物としての本能が、毎分毎秒、脳の奥で警報を鳴らし続けるのです。
何が異常かといって、村の老人たちの視線ですよ。彼らの目は、なんともいえずねっとりと濁っている。私たちが垢じみた作業着で道を歩いていると、農作業の手をぴたりと止め、鍬に顎を乗せたまま、じっと、値踏みするように見てくる。それは「泥棒が来ぬか」と警戒する目でもなければ、「若い衆がよく来た」と歓迎する目でもない。あえて言うなら、家畜のセリ市で、肉のつき具合や骨の太さを冷ややかに見極める、老練なバイヤーの目――そのものだったのです。
村の家々の軒先には、干し柿や大根に混じって、妙に平べったく細長い肉の塊が、ずらりと吊るされていました。それが風に揺れるたび、乾いた音を立てる。あれが何の肉だったのか、今ならわかります。人間の背の皮を剥ぎ、天日に干したものだったのですよ。
そんな張り詰めた空気のなか、村に着いて三日目の朝、最初の決定的な出来事が起こりました。
*
神楽殿の裏手、苔むした共同の井戸端で、私が眠い目をこすりながら顔を洗おうとした時のことです。
先客がいました。村の若い母親でした。まだ二十代半ばほどでしょうか。おんぶ紐で一歳にも満たぬ赤子を背負いながら、早朝の冷えた空気のなか、鼻歌まじりに、大きなブリキのタライで「何か」を洗っているのです。
おはようございます――と声をかけようとして、私の言葉は喉の奥で凍りつきました。
タライの中の水は、どす黒い赤に染まっていた。彼女が両手で揉み洗いしていたのは、大根でも、小川のイワナでも、猪の毛皮でもなかった。
それは、瑞々しい黒髪を半分残したまま、今しがた剥ぎ取られたばかりの、人間の頭皮だったのです。耳の形がはっきりと残り、そこからまだ、新しい血の玉が滴っていた。傍らには、まだ体温があるかのように、引き千切られたばかりの内臓が、とぐろを巻いて沈んでいました。
信じられますか、旦那様。
小鳥のさえずる美しい朝の光のなか、井戸水が赤い泡を立てて流れていくそのただ中で、彼女は背中の赤子をあやし、「よしよし、いい子だねえ」などと言いながら、通りかかった別の主婦に向かって、
「あら、お早うございますう。今日の回覧板、もう回しました」
と、どこにでもある世間話を始めたのです。人間の頭皮を、泥つきのごぼうのように扱いながら。
私は全身の毛穴が開き、呼吸の仕方を忘れて、その場に釘付けになりました。膝が震え、井戸の縁にしがみつくのが精一杯でした。
すると母親が私の視線に気づき、不思議そうに小首を傾げ、実に愛らしい、邪気のない笑みを浮かべて言ったのです。
「あら、お若い大工さん、どうしたの。顔色が悪いわよ。……ああ、これ。これね、お盆の、山神様へのお供え物なの。こうして冷たい井戸水で血をよく抜いておかないと、お堂の床がすぐ腐っちゃうのよ。男の人の皮は硬いから、洗うのも一苦労でねえ。ほら、そこのまな板のお肉を、出刃で細かく叩いてミンチにするの、手伝ってくれない。朝ごはんの汁に入れてあげるから。若い男の人の肉は、脂が上品で、味噌汁にすると、本当にコクが出るのよ」
彼女の瞳には、悪意の一片もありませんでした。罪悪感も、狂気すらない。ただ真っ当に、入念に「丁寧な暮らし」を営んでいるだけの、穏やかで健康な主婦の目なのです。
その瞬間、私の頭の中で、社会の常識という名のネジが、音を立てて一本残らず弾け飛びました。
彼らにとって、外から来た人間――私たちのような「ヨソモノ」は、同じ人間ではない。山神という絶対の存在から、定期的にこの谷底へ供給される、ちょっと質の良い、従順な家畜と、同義だったのです。だから、殺すことも、皮を剥ぐことも、肉を叩いてミンチにし汁の具にすることも、彼らにとっては「大根の収穫」や「魚の三枚おろし」と何ひとつ変わらぬ、ただの家事であり、微笑ましい年中行事に過ぎなかった。
その母親の名は、確か「お勝(かつ)」といいました。後の地獄で、私をその入り口へと誘い込む女です。
彼女は慣れた手つきで出刃を取ると、タライの底から、人間の太ももと思しき分厚い赤身の塊を、ぬるりとすくい上げました。
「大工の小僧さん。このお肉ね、昨日、山を越えようとして道に迷った、町からの旅人のものなのよ。山神様が『足が疲れただろうから、ここで休ませてやりなさい』って、私たちに遣わしてくださったの。だから、綺麗に美味しく食べてあげるのが、いちばんの供養でしょう。骨はね、後で裏の粉砕機で細かく砕いて、畑の肥料にするの。そうすると、来年のカボチャが、びっくりするくらい甘くなるんだから」
供養。肥料。その言葉が、これほどおぞましく耳を汚したことはありません。彼女のいう「供養」とは、他者の肉を胃に収め、自らの血肉へ変えるという、徹底して実利的な捕食のことだったのです。
彼女は包丁の背でとんとんと肉を叩きながら、背中の赤子に囁いていました。
「ほら、お前も大きくなったら、たくさん山肉を食べて、お父さんみたいに強いマタギになるのよ」
その赤子が、まだ歯も生え揃わぬ小さな口を無邪気に開けて、母の肩越しに私を見て、ふっと笑った。
私はその時、自分が完全に別の惑星――人が人を喰らうことが「倫理」であるような暗黒の異界に、迷い込んでしまったのだと、骨の髄まで理解させられたのです。
*
あまりの恐怖に、私は這うようにして現場の片隅の休憩所へ逃げ込みました。そこへ、同じく顔を真っ白にした茂が、激しく歯を鳴らしながら飛び込んできた。
「小僧……見たか。お前も見たんだろう」
「茂さん、あれは……あの主婦が洗っていたのは……」
「人間の頭だよ。それだけじゃねえ。俺はさっき、村の共同調理場を覗いちまった。婆さんたちが四、五人、大きな寸胴を囲んで談笑しながら、人間の腕や足を大根みたいに刻んで放り込んでやがった。鍋からは妙に脂っこい湯気が立ちのぼって、婆さんの一人が『今年のヨソモノは若いから、ダシがよく出るわねえ。去年のあの浮浪者の肉は、薬臭くて敵わなかったわ』なんて、嬉しそうに笑ってやがったんだ。……牧野も、相馬も、この事を知ってて俺たちを連れてきやがったんだ」
茂は自分の頭をかきむしりながら、今にも発狂しそうな声で喘いでいました。私たちは、自分の置かれた状況のあまりの異常さに、声を上げて泣くことすらできなかった。
この村全体が、外の世界の法律も倫理も一切通用しない、人間を喰らうための「巨大な胃袋」そのものだったのです。
その夜から、私と茂は、出口を探し始めました。だが、村の唯一の出入り口である一本道には、常に村田銃を肩にかけた男たちが、獲物を探す目でうろついている。オート三輪の鍵は牧野の宿舎の奥。有線電話の線は最初から切られていた。私たちが集落の外れへ歩こうとすると、草むらから猟犬を連れた男が現れ、
「大工さん、どこ行くだ。そっちは山の神様の通り道だで、入っちゃならねえよ」
と、引きつった笑みのまま、銃口をこちらへ向けてくるのです。
逃げ場は、どこにもありませんでした。私たちはすでに、円環の底に、飲み込まれていたのです。
幕間 山神縁起(さんじんえんぎ)
――なぜ、あの村が、人を喰らうようになったのか。
私が後に、わずかに生き残った村の古い言い伝えや、賀兵衛が地下で得々と語ったことを繋ぎ合わせて、おぼろげに掴んだ「縁起」を、お話ししておきましょう。聞けば、なるほど、と膝を打つ。そして、膝を打った自分が、たまらなく、おぞましくなる。そういう話です。
*
その昔――何百年前のことか、もうわかりません。
あの谷は、もともと、どこの国にも属さぬ、地図にも載らぬ、忘れられた土地でした。痩せた土地で、米はろくに実らず、冬は雪に閉ざされる。ある年、大変な飢饉が、この国を襲いました。村でも、年寄りから順に、ばたばたと、餓えて死んでいった。
村人たちが、いよいよ、己の子を喰らうしかない、というところまで追い詰められた、その時。
山を越えて、一人の旅の僧が、迷い込んできたのだそうです。
村人たちは、その僧を、囲炉裏端に招き、なけなしの粥を振る舞った。やがて夜半、飢えに狂った一人の若者が、眠る僧を、薪割りの鉈で、手にかけてしまった。我が子を喰らうくらいなら、よその人間を喰らったほうが、まだ業が軽い――そう思い詰めたのです。
ところが。
その僧の肉を喰らった村人たちは、不思議と、力がみなぎった。冬を越せた。春には、その僧の骨を撒いた畑から、驚くほど見事な作物が実った。
村の長老は、これを「山神様の思し召し」と解した。
――この谷は、よそから迷い込む者を「喰らう」ことで、初めて、生き永らえる土地なのだ。山神様は、飢えた我らを憐れみ、定期的に、谷の外から「肉」を遣わしてくださる。これを拒むは、神の恵みを拒むに等しい。喰らい、骨を畑に還し、その畑でまた人を養い、肥えた村でまた次の「肉」を迎える。この円環こそが、山神様の御神徳――「還流」なのである、と。
以来、村は、この谷へ迷い込む旅人を、決して外へは出さなくなった。出さぬよう、村への一本道を、何度も付け替え、うねらせ、まるで終わりのない円を描くように、丸く繋いだ。迷い込んだ者が、どれだけまっすぐ歩いても、必ず村へ戻ってくるように。
あの「地図の円環」とは、自然の地形などではなかったのです。何百年もかけて、村人たちが、人を逃さぬために、山そのものを、少しずつ、人を喰らう罠の形へと、作り変えてきた――その、おぞましい執念の結晶だったのですよ。
*
そして、時代が下り、世が近代になると。
賢い総領が、現れた。賀兵衛の、何代か前の先祖です。
その男は、考えた。山神様が遣わす「肉」を、ただ村で喰らうだけでは、もったいない。世の中は、安い肉を、いくらでも欲しがっている。ならば、この「山肉」を、麓の業者を通して、外の世界へ売り捌けばよい。村は、その金で、さらに豊かになり、さらに多くの「肉」を、買い集めることができる。
こうして、神事であった「還流」は、商いとなった。村の信仰は、近代のサプライチェーンと、固く手を結んだのです。
賀兵衛は、地下で、私にこう言いました。
「いいか、若い大工。我らは、何も特別なことはしておらん。世のすべての営みは、結局、誰かが誰かを喰らうことで、回っているのだ。我らは、ただ、それを、いちばん正直に、いちばん丁寧にやっているだけよ。外の人間は、肉になる者の顔を見ぬよう、屠る音を聞かぬよう、綺麗にパックされた肉だけを受け取り、知らぬ顔で喰らう。だが我らは、その者の顔を見、名を呼び、感謝して、骨の髄まで、ありがたくいただく。――さて。本当に残酷なのは、どちらかね」
私は、その問いに、答えることができませんでした。
今でも、答えられずにいるのです。
第三章 山肉の膳と、地蔵盆の夜
*
逃げ場がないと悟った私たちに、村は、奇妙なほど手厚い「歓待」を始めました。
それまで遠巻きに値踏みするだけだった老人たちが、急に、孫を可愛がるような顔をして、私と茂を、村の寄り合い所での「直会(なおらい)」――つまり、宴の席へ招いたのです。
「まあまあ、大工さん。毎日働き詰めで、疲れたじゃろ。今夜は、村のうまいものを食わせてやるからな。遠慮はいらんよ。お前さんたちも、もう、村の身内も同然なんじゃけえ」
囲炉裏の周りに、ずらりと膳が並びました。
山菜の白和え。川魚の塩焼き。そして、湯気を立てる、大きな鍋。具のたっぷり入った、味噌仕立ての汁物でした。茶色く濁った汁の中に、ほろほろとほぐれる、白っぽい肉の塊が、いくつも沈んでいる。脂が上品に浮き、生姜と、何か知らぬ薬草の、馥郁とした香りが立ちのぼっていました。
正直に申せば、私は、その匂いを嗅いだ瞬間、ぐう、と腹が鳴ったのです。
何日も、まともに飯が喉を通らなかった。恐怖で痩せ細り、体は限界だった。目の前の、湯気を立てる、温かくて、明らかに上等な汁物。それを前にして、私の理性より先に、私の胃袋が、正直に、反応してしまった。
茂が、私の膝を、強く掴みました。
「……食うな」
囁き声でした。だが、村の婆さんが、すかさず私の椀に、その汁を、たっぷりとよそってしまった。白い肉の塊が、ごろりと、私の椀の中で揺れている。
「ほら、若いんじゃけえ、たんと食べんさい。それはな、山神様が今年遣わしてくださった、いちばん上等な肉での。よその、若い娘さんの肉じゃ。脂が甘うて、口に入れたら、とろけるよ」
娘さんの、肉。
その言葉で、私の手は、椀を持ったまま、石のように固まりました。
けれど――旦那様。私は、その時、もう一つ、おぞましいことに気づいてしまったのです。
この、生姜と薬草の混じった独特の匂い。とろけるような、上品な脂。これは――初めてではない。
村に来てから今日まで、毎朝、毎晩、廃屋の囲炉裏端で、村の女が運んでくれた汁物。私が「やけに具の多い、田舎の味噌汁だな」と思って、震えながらも、空腹に負けて、すすってきた、あの汁。
あれと、同じ匂いだったのです。
私は、もう、何日も前から。気づかぬうちに。「ヨソモノ」を。
胃の底から、すべてが、逆流しました。私は椀を取り落とし、その場に四つん這いになって、これまで食べたものを、すべて、吐き戻しました。茶色い汁に混じって、白っぽい肉の繊維が、畳の上に、ぼたぼたと散らばる。それを見て、私はさらに、吐いた。胃の中に、もう何も無くなっても、まだ、吐こうとした。自分の内臓ごと、これまで取り込んでしまった「誰か」を、すべて、体の外へ、出してしまいたかった。
村人たちは、そんな私を見て、最初は、きょとんとしていました。やがて、お勝が、心配そうな、しかしどこか面白がるような顔で、私の背を撫でながら言ったのです。
「あらあら。もったいない。せっかくの、上等な肉を。……でも、大丈夫よ、大工さん。最初は、みんなそうなの。体が、まだ、よその味に慣れてないだけ。何度か食べてるうちにね、不思議と、これが、いちばん美味しく感じるようになるんだから。お前さんだって、もう、ずいぶん食べてるでしょう。ほら、お前さんの血も、肉も、もう半分は、この村の山肉で、できてるのよ。だから、もう、お前さんも、半分は、村の子なの」
半分は、村の子。
その言葉が、致命的でした。
私はもう、ただの被害者ではなかった。知らなかったとはいえ、私はすでに、何人もの「ヨソモノ」を、この胃に収め、その肉を、自分の血肉に変えてしまっていた。喰われる前から、私は、喰う側になっていた。あの「還流」の円環は、私が地下を見るよりずっと前から、私の体の中を、ぐるりと、巡っていたのです。
茂は、その夜から、一切、何も口にしなくなりました。「俺は、ヨソモノを腹に入れたまま死ぬのだけは、絶対に嫌だ」と。そうして日に日に痩せ衰え、目だけが、ぎらぎらと、狂気に光っていったのです。
*
直会の翌日から、私の精神は、もう半分、地に足がついていませんでした。
それでも、村は私を働かせます。神楽殿の仕事の合間に、私は村の共同調理場の、傷んだ流し台の修繕を言いつけられました。あの、茂が覗いて発狂しかけた、調理場です。
行かねば、不審に思われる。行けば、地獄を見る。私は、震える足で、その板戸を、引きました。
土間に、もうもうと、湯気が立ち込めていました。
奥の大竈(おおかまど)には、人の背丈ほどもある寸胴が三つ。その周りを、村の婆さんたちが四、五人、襷がけで囲み、何かを、まな板の上で、軽快に刻んでいる。とんとん、とん、という、まことに心地よい、台所の音。
「おや、大工さん。流しを見に来てくれたんかね。ご苦労さん。そこ、滑るで、気いつけてな」
婆さんの一人が、振り向いて、皺だらけの顔で、にっこり笑いました。その手には、出刃包丁。まな板の上には――肘から先の、人間の腕が、一本。指には、まだ、安物の指輪が、はまっていました。
婆さんは、私の視線に気づくと、その指輪を、ぷちりと外し、傍らの小箱へ、ちゃりんと放り込みました。小箱の中には、同じような指輪や、眼鏡、櫛、ボタンが、ざらざらと、山になっている。「肉に使えん部分」を、より分けているのです。
「これはな、後で麓の蚤の市で売るんよ。捨てるとこなんて、ありゃせんのじゃ。ヨソモノさんは、いいお土産を、たんと持ってきてくれるでなあ」
別の婆さんが、寸胴の蓋を開けました。ぼこ、ぼこ、と煮立つ汁の中で、いくつもの白い塊が、踊っている。その婆さんは、玉杓子で汁をすくい、ふうふうと冷まして、味見をすると、満足げに頷きました。
「うん。今年のは、ええ味じゃ。この前の、欲深そうな商人の肉は、脂がしつこうて敵わんかったけど、こないだの若いのは、淡白で、品があってのう」
私は、流し台の修繕など、できませんでした。
ただ、口を半開きにして、その「台所仕事」の、流れるような手際を、見ていることしかできなかった。彼女たちは、残虐な殺人鬼ではない。料理の上手な、働き者の、優しいお婆さんたちだったのです。孫の話をし、嫁の愚痴をこぼし、ぬか漬けの塩加減を教え合いながら――人間を、刻んでいた。
その「日常」と「地獄」の、あまりに完璧な融合こそが、この村の、本当の恐ろしさでした。叫ぶべき場面で、誰も叫ばない。震えるべき場面で、誰もが、笑っている。狂っているのは、果たして、彼らなのか。それとも、たった一人、ここで吐き気を堪えている、私のほうなのか。
その境目が、私の中で、ぐずぐずと、溶けて、崩れていくのを感じました。
*
調理場を逃げ出した私は、村の小道で、子供たちの遊ぶ声を、聞きました。
五、六人の、まだ年端もいかぬ子らが、地面に蹲った一人を囲んで、輪になり、ぐるぐると回りながら、手遊び歌を、歌っているのです。可愛らしい、のどかな節回しの。けれど、その歌詞を聞き取ったとき、私の足は、その場に、凍りつきました。
とおりゃんせ とおりゃんせ ここはどこの ほそみちじゃ 山神さまの みちじゃもの いきはよいよい かえりはこわい ヨソモノとおして くだしゃんせ 骨はくだいて 肉はにて 血はぬいて 皮はほして のこさずたべて くだしゃんせ
輪の真ん中に蹲った子が「ヨソモノ」の役で、歌が終わると、囲んだ子らがいっせいにその子へ飛びかかり、きゃあきゃあと笑いながら、手足を掴んで「さばく」真似をする。掴まれた子も、嬉しそうに、悲鳴の真似をして、笑い転げている。
ままごとでした。ただの、子供の、ままごと。
けれど、この村の子らにとって、人を捕らえ、骨を砕き、肉を煮て、残さず食べる――それは、お母さんごっこや、お店屋さんごっこと、何ひとつ変わらぬ、ありふれた「ごっこ遊び」だったのです。彼らは、生まれた時から、それを見て育つ。だから、大きくなれば、何の疑いもなく、井戸端で頭皮を洗い、寸胴で人を煮る、お勝さんや、お婆さんたちに、なっていく。円環は、こうして、無邪気な歌に乗って、次の世代へと、受け継がれていくのです。
歌は、何度も、繰り返されました。とおりゃんせ、とおりゃんせ。私が逃げ帰った後も、その節回しは、いつまでも、谷に、響いていました。
――これが、あの✕✕村に伝わる、屠り唄です。
あの旋律を、私は今でも、ふとした拍子に、口ずさみそうになる自分に気づいて、ぞっとするのです。あれは、一度耳にすれば、骨の髄まで染みついて、決して抜けない。まるで、村そのものが、その歌を通して、この私の中にまで、ひそかに、還流してきたかのように。
そうして、村の地蔵盆の夜が、やってきました。
*
神楽殿の前に、赤い提灯がずらりと吊られ、歪んだ和太鼓と調子外れの篠笛の音が、山々に木霊して響き渡りました。
村人たちは、一人残らず、顔にべったりと白い面をかぶっていた。ひょっとこ。お多福。狐。その面の目の穴から、爛々とした眼球が覗いている。面をかぶることで、彼らは「人間」から「山神の眷属」へと、変じているようでした。
私たちは、お堂の前の筵に座らされ、地元の音頭に合わせて踊ることを強いられました。
――山神(さんじん)様の、御神徳(ごしんとく)。猪鹿(しししか)の恵み。一坏(ひとつき)、十文(じゅうもん)。召し上がれ、召し上がれ。
声を揃え、狂ったように掛け声を張り上げ、手拍子を打ちながら、村人たちはお堂のまわりを、ぐるりぐるりと円を描いて踊る。面の下から漏れる息は荒く、まるでお預けを食らった獣の群れのようでした。
その踊りの最中、私の横で手を叩かされていた茂が、ちぎれんばかりの力で私の袖を引きました。狐の面の隙間から覗く血走った目が、明滅している。
「おい、小僧……俺は、どうしても信じられん。いや、信じたくねえ」
「何がだよ、茂さん。静かにしろ、村の奴らが見てる」
「神楽殿の裏の地下室だ。さっき、配管の点検を口実に覗いてきた。分厚い鉄の扉に、見たこともねえ複雑な閂がかかってやがる。その奥から、夜中になると、いつもあの音が聞こえるんだ。硬いものを無理やりすり潰すような、おぞましい機械の音が。……あれはな、大昔にこの村でなぶり殺された、外からの旅人や、売られてきた女たちの骨を、今でもずっと挽き続けている音なんだよ。長老たちはな、あのミンチを麓の業者に売って、とんでもねえ裏金を稼いでる。だから定期的に俺たち職人を呼んでは、設備の手入れをさせて、最後には口封じに、あの機械へ叩き込むんだ。いつ俺たちの首が落とされて、ミンチの原料にされるか、わかったもんじゃねえ」
茂がそう叫んだ瞬間、私の脳みそは、恐怖の過負荷で真っ白に染まりました。
口では「そんなわけないだろう」と強がっても、私の精神はとうに限界だった。視界の端から墨を流したような黒が広がり、耳の奥でお囃子が数倍の爆音に歪み始める。あ、駄目だ、脳の回路が焼き切れる――。
私はそのまま、冷たい土間の上に、糸の切れた人形のように崩れ落ちました。私と同じ恐怖の毒に感染した茂も、ほぼ同時に白目をむいて卒倒し、地蔵盆の狂宴を、台無しにしてしまったのです。
*
後で聞いた話では、二人の顔色があまりに死人じみていたため、村の老人たちの間で、
「新入りの生畜(いけにえ)が、山のタタリに触れて、腐りかけたのではないか。肉が傷んでは元も子もない」
と噂され、使い物にならなくなるのを恐れた彼らによって、私たちはお堂の裏手の――カビと腐臭の立ち込める物置同然の隔離小屋に、数日間、豚のようにぶち込まれていたそうです。
その隔離小屋の中こそ、まさに精神の地獄でした。
壁の隙間から差し込むわずかな月光のなかに、お勝が洗っていた人間の髪が、うねうねと蠢く幻覚が見える。茂は暗闇の中でずっと、自分の爪で床の泥を掻きむしり、指先から血を流しながら、意味の通らぬ呪詛を呟き続けていました。
「ミンチだ。みんなミンチになるんだ。大工も、配管工も、設計士も、あの大理石の臼に放り込まれて、骨も肉も一緒にすり潰されて、村の連中の胃袋に消えていく。……おい、小僧。お前、自分の腕を齧ってみろよ。美味そうだぞ、柔らかそうだぞ。ヒヒ。お前が作ってるあの『からくり箱』だってな、あれは村の連中が、外に出せねえ『肉の出荷名簿』を隠すために、お前に作らせてるんだ。技を磨けば磨くほど、俺たちはあの機械の一部にされていくんだよ」
茂の目が、完全に狂気で濁っているのを見て、私は言葉を失いました。恐怖が極限に達すると、人間はこれほど簡単に壊れる。胸が破裂しそうになりました。茂は夜中、小屋の木の格子を歯で噛みちぎろうとして、口のまわりを血だらけにしている。その姿は、檻の中の野獣そのものでした。
そして茂は、夜ごと、同じ妄想を語り続けたのです。それが妄想なのか、この村の本当の過去なのか、私にはもう、判じることができませんでした。
「……知ってるか、小僧。この村はな、戦のたびに肥えてきたんだ。飢饉の年に、口減らしに捨てられた子供を喰い、戦から逃げてきた落ち武者を喰い、ダムの工事で流れてきた人足を喰い、満州から引き揚げてきた家族を、まるごと喰った。喰うたびに、村は富んだ。山神様ってのはな、山に棲む神なんかじゃねえ。この村が、何百年もかけて喰い溜めた、その『胃袋』そのものが、神になっちまったんだよ。だから、喰うのをやめたら、村は飢えて死ぬ。喰い続けることが、信仰なんだ。……ヒヒ、ヒヒヒ。俺にも、わかってきたよ。お前の肉、本当に、美味そうだ」
私は、その声を聞かぬよう、両手で耳を塞いで、夜を越えました。
*
それでも、神楽殿の修繕の納期が迫ると、私たちは村の若い衆に冷水を浴びせられ、無理やり叩き起こされ、現場へ引きずり出されました。
私はもう、半分魂の抜けたような状態のまま、職人の本能だけで動いていました。手鉋を握り、古い杉の建具の歪みを、髪の毛一本の狂いもなく削り落としていく。その神がかった手際を見て、村の老人たちは、ねっとりと濁った目で感心していました。
その手際が、思わぬ歪みを生みましてね。
私が隔離されていた小屋の中で、現実逃避のために端材で作った――箱根細工をさらに複雑にしたような、伝統の木工の「からくり箱」。特定の順で面を動かさねば、決して開かぬ秘密の箱です。それが、村の長老たちの目に留まった。麓の町なら数千円の代物が、なぜか十万円もの大金で買い取られるという、奇妙なバブルが起きたのです。
老人たちは、その箱を撫でまわしながら、気味の悪い笑みで語り合っていました。
「素晴らしい。これなら、外の警察の目が届かぬ秘密の帳簿を隠すのに丁度いい」
箱を手渡すとき、彼らの指が私の手に触れました。その感触はね、旦那様。乾いた生皮のように硬く、冷たいのです。一人の老人が、金歯を覗かせて言いました。
「この仕掛けはいい。村の秘密の取引――麓の食肉業者や、町の大物に『山肉』を融通した時の裏帳簿を、隠すのに最適だ。大工の小僧、お前、もっと大きな、人間が丸ごと一人入るような『からくり棺桶』は作れんか。生きたまま中へ閉じ込めて、外から特定の順でレバーを回さねば、決して中から開かぬ、頑丈なやつを。それがあれば、生畜が暴れても、肉を傷つけず、地下の臼まで運べるんだがねえ。作ってくれたら、お前の命だけは、今年の冬まで延ばしてやってもいいぞ」
その老人の口にした、あまりに具体的な「実用例」を聞いたとき、私は恐怖を通り越して、奇妙な恍惚すら覚えました。
彼らの価値観の中では、私の技術も、私の肉体も、すべてが「山神様への捧げ物」としての品質――あるいは、人間を効率よく処理するための「道具」として、測られている。ここでは、大工の腕が上がるほど、より美味な「高級食材」として扱われ、より便利な「屠殺の協力者」として重宝される、という残酷な逆転が起きていたのです。
茂は隔離小屋の隅で、震えながら呻きました。
「小僧、俺たちはもう終わりだ。棟梁の牧野も、設計士の相馬も、とっくに村に抱き込まれてる。……いや。あの二人自体が、最初から俺たちをここへ売り飛ばすための『仲介人』だったんだよ。万博だの、新幹線だの、外の華やかな話で俺たちを油断させて、この肉の肥育場へ連れてきた。あの二人は、自分たちの命と引き換えに、俺たちの肉を、村に差し出したんだ」
茂の言葉が、半分は当たって、半分は外れていたことを、私はこの後すぐに、地下の地獄で思い知らされることになります。
現に牧野棟梁は、村の長老たちと夜ごと、何やら濁り酒を酌み交わし、私たちの作ったからくり箱の売上を、嬉しそうに懐へしまい込んでいた。彼らの間ではすでに、私たちの「処理日」が、楽しげに話し合われていたに違いないのです。
第四章 血塗られた収穫祭と大理石の臼
正式に神楽殿の改修が終わった、その夜。私の人生で最悪の夜が、やってきました。
深夜の裏山で、私はあのお勝に呼び止められたのです。
「大工さん。棟梁が呼んでなさるよ。裏の物置まで、道具を取りに来ておくれ。……お前さんだけに、特別なご褒美をあげるからさ」
妖しく潤んだ声でした。今にして思えば、完全な罠です。だが、当時の私の中には、男としての卑しい好奇心と、ここから逃げられるかもしれぬという一縷の望みとが、確かにあった。その二つが、私を地獄の入り口へと歩ませたのです。
月明かりすら届かぬ漆黒の杉林。風が木々を揺らす音が、大勢の人間のすすり泣きのように聞こえる。行き着いた先は、山の斜面にへばりつくように建つ、古い農機具の物置でした。
お勝に促されてその奥の隠し扉を抜け、地下へ続く、壁のぬらつく狭い急階段を下りていく。その途中で、背後の扉に錠の降りる音がしました。同時に、お勝の持っていたろうそくの火がふっと消え、私は完全な暗黒の底へ、置き去りにされたのです。
「お勝さん。冗談はやめてください。開けてください。棟梁。相馬さん」
狂ったように手探りで壁を伝うと、突如、網膜を焼くような強烈な白い光が点いた。
そこは、壁の全面が、血痕と脂で曇った鏡張りになっている、異様に豪華な地下の隠し部屋でした。床にはペルシャ絨毯が敷かれ、その上の黒漆の椅子に、この土地一帯と、因習のすべてを統べる一族の最高権力者――総領の賀兵衛が、どっかと腰掛けて、私を待っていました。
「フフ……お金の心配は、いりませんよ。若い大工さん」
皺だらけの顔に、底の知れぬ笑みが浮かんでいました。
*
賀兵衛という男のことを、少しお話ししておかねばなりません。
この男は、生まれた時から「総領」になるべく育てられた、特別な血筋の人間でした。村に伝わる話では、賀兵衛は生まれて最初に口にした乳すら、人の脂で作った粥だったといいます。物心つく前から、ヨソモノの肉を「いちばん上等な食べ物」として与えられ、骨の砕け散る音を子守唄に眠った。だから彼にとって、人を喰らうことは、私たちが米を食うのと、寸分も変わらぬ「あたりまえ」だったのです。
彼が長じて学んだのは、ただ一つ。「還流」という、村の根本の思想でした。
外の世界から、命を取り込む。その肉を喰い、骨を畑へ還し、来年の作物を肥やす。そうしてまた人を呼び、肥えた村の富で、また人を買う。喰う者と喰われる者、奪う者と奪われる者が、円を描いてぐるぐると巡り、決して途切れぬ。賀兵衛にとって村のしきたりは、残虐な殺人などではなく、自然そのものの、美しく完結した「循環」だったのですよ。だからこそ、彼の手は一度も汚れていないかのように、いつも涼やかだった。
賀兵衛は、地下で、私に、こんなことも語りました。
「私はな、若い大工。生まれてから一度も、この谷を出たことがない。出る必要が、なかったのだ。世界のすべては、この谷の底へ、向こうから、やってくる。旅人が、出稼ぎが、迷い子が、年に幾人も、山に呑まれて、転がり込んでくる。私は、ただ座して、それを待ち、いただくだけでよい。……外の人間は、世界中を駆けずり回って、何かを得ようと、あくせくしている。哀れなものだ。本当に豊かな者は、動かぬ。動かずして、すべてを、たぐり寄せるのよ」
蜘蛛だ、と私は思いました。この男は、谷の底に巣を張り、糸の震えを待つ、巨大な蜘蛛なのだと。村への道をうねらせ、円環に作り変えたのも、すべては、この巣を、より逃れがたいものにするためだったのです。
「お前は、外の世界が、ここより上等だと思っているのだろう。だが、どうかな。外では、誰が誰を喰っているのか、見えぬだけだ。見えぬから、皆、自分は潔白だと、思い込んでいる。ここでは、すべてが、見える。誰が、誰の肉で、生きているのか。私は、それを、隠さぬ。――隠さぬことの、どこが、罪なのかね」
私は、答えられませんでした。賀兵衛の理屈は、完全に、狂っていた。けれど、その狂気には、ぞっとするほど、筋が通っていた。それは、私たちの社会が、必死に目を逸らし、綺麗にパックして隠している一つの真実を、ただ剥き出しにしただけの、ものだったからです。
そしてこの男は、私の作った「からくり箱」に、心底惚れ込んでいたのです。
「お前の作る箱には、思想がある。特定の順でしか開かぬ。順を守らぬ者は、永遠に締め出される。――まるで、我が村のようだ」
賀兵衛は、私が作った絶対に開かぬからくり箱の二重底の構造を、この地下室の、一族の秘密の資産や、外へ出せぬ「名簿」を隠すための棚に応用しろ、と要求してきました。手伝えば、見たこともない額の旧札の束を。指示どおりに動けば、お勝も、お前が気に入っているあの町から来た娘も、好きにさせてやる、と。
私はその時、直感しました。あの女の誘惑も、棟梁の呼び出しも、すべては私をここへ拉致し、彼らの忌まわしい儀式の片棒を担がせるための、囮だったのだと。
いくら命が惜しくとも、こんな血の匂いに満ちた手伝いをするわけにはいかない。私は職人のプライドと、恐怖が裏返った怒りで、賀兵衛に掴みかかり、その細い首をへし折ってでも逃げ出そうとしました。十九の若い力をすべて込めて、老人の胸へ飛びかかったのです。
しかし、彼の老人とは思えぬ、大木の根のような腕力は、まさに鉄の万力でした。
「馬鹿者が。山の力に逆らうな。お前のような小僧の力など、山神様の御神徳の前では、木の葉のようなものよ」
骨の軋むほどの激痛とともに床へ組み伏せられ、私は壁の、真鍮の小さな覗き窓の向こうを、無理やり覗かされました。
*
そこにあったのは、お堂の裏の地下で、面をかぶった村人たちが、松明に照らされて作業に耽る光景でした。
いや。彼らは狂乱などしていなかった。極めて厳かに、楽しげに、まるで正月の餅つきのような手際で、「流れ作業」としての人間解体を執り行っていた。それが、何よりも恐ろしかったのです。
中央の台座の上では、まだ息のある若い男が、四肢を太い杭に鎖で打ちつけられていました。その顔を見た瞬間、私は息が止まった。
それは、私と一緒にこの村へ来たはずの、あの都会派の設計士――相馬さんだったのです。
茂の妄想は、半分しか当たっていなかった。牧野は、たしかに村に与した。だが相馬は、私たちと同じく、売られた側だったのです。あの「地図の円環」を得々と語った男が、いまや、その円環の底で、ただの肉になろうとしている。
「助けてくれ。地図の通りに行けば戻れるはずだ。棟梁、助けてくれ」
相馬さんは喉がちぎれるほど叫んでいた。だが村の男たちは、無表情のまま、その絶叫など端から聞こえぬように、刃を滑らせていく。骨を断つたびに噴き出す血が鏡の壁を染め、床の溝を伝って、奥の排水口へと流れていく。
それを見つめる村の子供たちは、菓子をもらう時のように目を輝かせ、「すごーい、おじさんの肉、たくさんあるね」と歓声をあげ、母親たちは、切り落とされた指や耳を器用に拾い集めては、お供え用のザルへ綺麗に並べていく。
私は、眼球を限界まで見開いて、それを見るしかありませんでした。賀兵衛の指が、私の瞼を、閉じさせまいと押さえつけていたからです。
「見なさい。これが我が村の、本当の姿だ。お前たちが町で謳歌している『文明』の底を支える、本当の肉の供給源だ。なぜ、この部屋が鏡張りか、わかるかね。――喰う者が、喰われる者の姿に、おのれを重ねぬためよ。あの男が苦しむさまを見ながら、ふと壁を見れば、そこに映るのは、ただ厳かに務めを果たす、我ら自身の姿。鏡は、罪を、景色に変えてくれるのだ。便利なものだろう」
罪を、景色に変える。その一言が、後々まで、私の脳裏に貼りついて離れませんでした。
*
賀兵衛は私の髪を掴み、その血の海――肉の破片の散らばる最下層の解体場へと、引きずり下ろしました。
そこには、巨大な大理石の臼が据えられていました。天井のギヤから繋がれた十字の回転刃が、歯の根の浮くような自転音を立てて、回り続けている。これこそが、村が密かに使ってきた、家畜や、実用としての「その他の肉」を木っ端微塵に挽き、あの謎のミンチにするための、屠殺の心臓部だったのです。臼の縁には、何十年分の人の脂が染み込んで、どんよりと黄ばんだ光沢を放っていました。
「この機械に入りたいか。それとも、大人しく棚を作るか。お前の棟梁の牧野はな、すでに自分の取り分を受け取って、今頃トラックの荷台で、別の肉と一緒に麓へ向かっているよ。お前は、どうする」
その時、一人の大男が、血塗れの手押し車を押して現れました。
車の上に横たわっていたのは、首筋から間断なく血を流し、すでに虫の息となった――あの娘でした。神楽殿で働いていた、町から来たという、賢く涼しげな瞳の娘。山口ユキ(やまぐち ゆき)。
硬直しかけたユキの右手には、私が現場に忘れた藁半紙のメモ用紙が、握りしめられていました。そこには、彼女が最期に、自らの血をインク代わりにして遺した文字が、震える線で書かれていたのです。
――あの女に付いていってはダメ。お勝は賀兵衛のスパイです。私はこの村に捕らえられた、外の人間。私の日記を、麓の警察ではなく、どうか、故郷の家族へ直接届けてください。山口ユキ。
私が叫ぶより早く、賀兵衛の、冷酷な、しかし実に穏やかな目配せによって、ユキの体は、その巨大な臼の投入口へと、運ばれていきました。
そこから先のことを、私は、言葉で語る気になれません。
ただ、大理石の底から響いた音だけは、二十年経った今でも、夜ごと、耳の奥で再生されるのです。硬いものが砕け、生身が引き千切られ、やがてそれが、ねっとりとした均質な何かへと変わっていく――その音の変化を。臼の排出口からは、さっきまで確かに人であったものが、原形を留めぬ赤黒い塊となって、絶え間なく溢れ出し、ブリキのバケツを満たしていきました。
それを見た賀兵衛は、まるで丹精込めた作物の出来栄えを喜ぶように、なめらかな、善意に満ちた声で呟いたのです。
「うん。今年の肉は、よく肥えて、上質だ。外の町の食い物は添加物が多いと聞いていたが、この娘は、まだマシな方だね。山神様も、喜ばれる」
鏡張りの壁に映る私の顔は、恐怖のあまり緑色に変色し、自分のものとは思えぬほど醜く歪んでいました。私の衣服は、相馬さんとユキの血で赤黒く染まり、その温もりが、皮膚を通してじわりと伝わってくる。それが、何よりおぞましかった。
「どうした、若い大工。これほどの聖なる神事を前にして、まだ迷うか。お前のその器用な手先が、我が一族の繁栄を、永遠のものにする鍵となるのだ。拒むなら、お前もその娘の横へ並べて、一緒に美しい山肉にしてやろう」
職人のプライドなど、その瞬間に、跡形もなく消滅しました。ただ、あの臼へ生きたまま放り込まれるのだけは嫌だ、あの赤いミンチの材料にされるのだけは勘弁してくれ――その一念だけで、私は両膝を床につき、吐瀉物の海に顔を突っ込みながら、家畜以下の声で命乞いをしていたのです。
「作ります……作りますから……言われた通りに、何でもしますから……」
賀兵衛は満足げに頷き、私の頭を、優しく撫でました。その手はやはり、死人のように冷たく、乾いてかさついていた。
「それでいい。お前は賢いな。明日から、地下の隠し棚に取り掛かってもらおう。完璧な仕事をしてくれたなら、お盆の最終日には、特製の『山肉のフルコース』を振る舞ってやる。あれを食えば、お前も本当の意味で、この村の家族になれる。外の人間を喰らい、その力を取り込む。それが我が村の、還流の教えなのだからな」
家族。還流。その言葉が、これほど不吉な呪いとして響いたことはありません。それは、喰らう者と喰らわれる者が一体となる、血の円環に、強制的に加入させられることを意味していたのです。
*
それからの数日間、私は正気を失った自動人形のように、地下に籠もって、賀兵衛のための「からくり隠し棚」を作り続けました。
指にトゲが刺さろうが、鑿で皮を削ろうが、何も感じない。ただ、背後から絶え間なく聞こえてくる臼の回転音だけが、私の脳髄を、じりじりと焼き焦がしていく。
時折、排出口から溢れるミンチの中に、ユキが着ていた衣服の赤い糸くずや、相馬さんの作業着のボタンの破片が混ざっているのを見るたび、私の涙腺は枯れ果て、ただ奇妙な笑いだけが、喉の奥から漏れるようになっていました。
そして何より私を蝕んだのは、村の連中の「優しさ」でした。
「大工さん、頑張ってね」「これが終わったら、美味しいお肉が待ってるからね」
彼らは本当に、心からの善意で、そう声をかけてくる。憎しみや悪意よりも、その底なしの善意のほうが、人の正気を、はるかに深く、ガリガリと削るのだということを――私はあの地下で、思い知らされたのです。
*
棚を作るあいだ、私は、その地下の隠し部屋で、ある「先輩たち」の痕跡を、見つけてしまいました。
部屋の隅に、古い大工道具が、無造作に、積まれていたのです。錆びた鑿、刃の欠けた鉋、墨壺。明らかに、私のものではない。私より前に、この村へ呼ばれ、この地下で、何かを作らされた、職人たちのものでした。
その鉋の一つの、柄の裏に、小刀で、小さく、文字が彫られていました。
――三州 安藤、無念。
別の鑿の柄には、ただ一言。
――タスケテ。
私は、その道具たちを、震える手で、一つひとつ、調べていきました。柄に名を彫った者。日付を刻んだ者。ただ、爪で、めちゃくちゃに引っ掻いた跡だけを残した者。十、いや、二十は下らない。みな、私と同じように、腕を見込まれて呼ばれ、からくり箱を作らされ、そして――用済みになったところで、あの臼へ、送られたのです。
彼らの作った見事な細工物は、村の長老たちの蔵で、今も、裏帳簿を抱いて、眠っているのでしょう。作った本人は、ミンチになって、とうに、誰かの胃袋の中だというのに。
私は、自分が作っている、この美しいからくり棚を、見つめました。
これも、いつか、こうなる。私という人間が、臼で挽かれて消えた後も、この棚だけは、ここに残り、村の秘密を抱いて、次の職人を、待つ。職人は、肉として消費され、技だけが、村の「資産」として、円環の中に、残されていく。
その時、私は、奇妙なことに気づいたのです。あの賀兵衛が、なぜ、私の「からくり箱」に、あれほど執着したのか。
「順を守らぬ者は、永遠に締め出される。まるで、我が村のようだ」――賀兵衛は、そう言いました。
そうです。この村こそが、巨大な、一つの「からくり箱」だったのです。正しい順――生まれ、喰らい、骨を還し、また喰らうという、決められた円環の順序を守る者だけが、内側で生き、それを乱す「ヨソモノ」は、決して外へは出られず、肉として、仕掛けの一部に、組み込まれていく。私は、知らぬまに、自分自身を閉じ込める檻と、同じ構造の箱を、自分の手で、作らされていたのですよ。
*
それから、お盆の最終日までの数日間が、私の正気に、とどめを刺しました。
私は地下の隠し部屋に籠もり、賀兵衛のための「からくり棚」を作り続けました。あの、特定の順でしか開かぬ、二重底の棚です。村の闇の帳簿――麓の食肉業者や、買収された役人、町の名士たちへ「山肉」を融通した、その記録を、隠すための棚を。
賀兵衛は、ときどき、私の仕事ぶりを眺めに来ては、上機嫌で、語りました。
「お前は、いい職人だ。手が、迷わぬ。迷う者の肉は、繊維がこわばって、まずい。お前のような、肚の据わった者の肉が、いちばん上等になるのだ。……だからこそ、惜しいとも思う。お前を、棚を作る道具として使い続けるか、それとも、最高の山肉として、山神様にお供えするか。私は、毎晩、迷っておるよ」
そう言って、彼は私の腕を、家畜の品定めのように、撫でるのです。その冷たい指の感触に、私は、作業の手を止めることすら、許されませんでした。
背後では、絶え間なく、あの臼が回っている。村の「日常の処理」は、私が棚を作る間も、淡々と続いていた。排出口を満たすバケツが一杯になると、若い衆が、それを担いで、地下の別の通路――きっと、麓へ続く秘密の搬出路でしょう――へと、運んでいく。一杯、また一杯。誰かであったものが、ミンチになって、外の世界へ、流れ出していく。
ある夜、私は、隙を見て、その搬出路へ、逃げ込もうとしました。
だが、十歩も進まぬうちに、行く手を、賀兵衛が塞いでいました。彼は、闇の中で、にたりと笑い、私を、回り続ける臼の縁まで、引きずっていった。
「逃げるか。よかろう。では、ここで、決めようか。お前が、この棚を、明日までに完璧に仕上げると誓うなら、命は延ばす。誓えぬなら――今、ここで、この中へ、入ってもらおう」
臼の回転刃が、私の顔の、すぐ目の前で、唸りを上げていました。黄ばんだ大理石の縁から、生暖かい脂の匂いが、立ちのぼってくる。私は、その縁に、頬を押しつけられ、自分の歯が、がちがちと鳴る音だけを、聞いていました。
「作ります。作りますとも。完璧な棚を。だから――だから、どうか」
私は、自分でも信じられぬほど、滑らかに、命乞いの言葉を、口にしていました。職人のプライドも、人としての矜持も、もう、とうに、すり潰されて、なくなっていた。残っていたのは、ただ「あの中へ入りたくない」という、虫けらの本能だけでした。
賀兵衛は、満足げに、私を臼から引き離しました。
「それでいい。お盆の最終日には、お前のための、特製の膳を、用意してやる。山肉のフルコースだ。それを、お前が、笑顔で、残さず食べたなら――その時こそ、お前は、晴れて、この村の家族だ。喰らう側の、人間になれる。楽しみにしておくがいい」
家族になる、ということは、共犯者になる、ということでした。
知らずに喰わされた直会とは、わけが違う。次は、すべてを知った上で、笑顔で、人を喰らえと言うのです。それを果たして初めて、私は「喰われる肉」から「喰らう村人」へと、円環の内側へ、完全に、組み込まれる。
私は、その膳を、食べてしまったでしょうか。
……いいえ。その「最終日」が来る前夜に、警察が、突入したのです。
ほんの、一日の差でした。あと一日、救出が遅れていたら、私は今ごろ、笑顔で人肉を喰らう、立派な✕✕村の村人として、あの円環の中で、新しいヨソモノを、待ち構えていたかもしれない。
そう思うとね、旦那様。私が助かったのは、果たして、幸運だったのか。それとも――喰らう側になる寸前で引き戻された、これもまた、ひとつの、残酷な「お預け」だったのか。今でも、わからないのです。
幕間 藁半紙の日記
――旦那様。私が命からがら持ち帰り、工具箱の底に隠し、配管工の茂に盗み見られたという、あの一冊の日記。あれが、山口ユキのものでした。
地下から逃げる間際、私は、彼女が手に握っていた藁半紙の切れ端ではなく、解体場の隅の籠に放り込まれていた、彼女の私物――小さな藁半紙の綴りを、無意識に、上着の内側へ突っ込んでいたのです。なぜそうしたのか、自分でもわかりません。ただ、あの娘が「家族へ届けてくれ」と書き残した、その願いだけが、壊れかけた私の脳の、いちばん奥に、灯のように残っていたのでしょう。
ここに、その一部を、書き写してみましょう。読めば、貴方様の背筋も、きっと凍りつく。
*
八月三日。
聖蹟……いや、町の口入れ屋の紹介で、山あいの村へ、お盆のあいだだけの賄いの女中 の仕事に来た。日当がよかった。村は、信じられないほど静かで、空気が澄んでいる。長老の賀兵衛様という方が、たいそう親切で、「町の娘さんは肌が白くていい」と、何度も私の腕を撫でた。少し、気味が悪かった。でも、悪い人ではないのだろう。
八月五日。
おかしなことに気づいた。この村には、私のほかにも、外から来た若い女が何人かいる。みんな、最初は出稼ぎや嫁入りで来たと言う。けれど、誰も、村の外へ出たことがないらしい。「帰り道がわからなくなるのよ」と、お勝さんという人は笑って言った。山が、ぐるぐる回っているから、と。冗談だと思った。
八月八日。
軒先に吊るされた、平べったい肉。あれは何の肉かと尋ねたら、お勝さんは「ヨソモノよ」と、にっこり笑った。私は、よその土地で獲れた猪のことだと思った。そう思おうとした。
八月十日。
見てしまった。書くのも、手が震える。共同の蔵の裏で、男たちが、人を……人を、家畜のように吊るして、捌いていた。私は声も出せず、その場にうずくまった。あれは、先週まで一緒に賄いをしていた、隣町から来た娘だった。名前も知っていた。なのに、村の人たちは、彼女を「今年のいちばん上等な肉」と呼んでいた。
逃げなければ。でも、道がない。一本道には、いつも鉄砲を持った男がいる。電話は通じない。
八月十二日。
賀兵衛様に呼ばれた。地下の、鏡張りの部屋。あの方は、私に「お前は賢いから、村の帳簿付けを手伝え」と言った。手伝えば、肉にはしない、と。私は、頷くふりをした。生きるために。けれど、わかっている。これは、ただ私の「処理」を、少し先延ばしにするだけのこと。肥育の期間を、延ばすだけのこと。
八月十四日。
新しい大工が来た。若い、十九くらいの子。私と同じ目をしている。まだ何も知らずに、ここがどういう場所か、薄々気づいて、怯えている目。あの子も、肉にされる。村の連中は、もう「あの小僧は指先が器用だから、筋がきめ細かくて上等だ」と話している。
私は、あの子に伝えたい。逃げろ、と。けれど、お勝さんがいつも見張っている。お勝さんは、賀兵衛様の犬だ。下手に近づけば、あの子も私も、すぐに臼へ送られる。
八月十五日。
決めた。もし私が先に「処理」されるなら、その時、最後の力で、あの大工の子に、警告を残す。彼が現場に忘れていったメモ用紙がある。あれに、書く。お勝に付いていくな、と。日記は、彼の道具箱の近くに、隠しておく。誰でもいい、外の人間が、これを見つけて、私の家族に届けてくれますように。
私の名前は、山口ユキ。十九歳。〇〇町〇〇の生まれ。父と、母と、弟がいます。私は、肉ではありません。
どうか、誰か。
私が、確かに、生きていたことを、覚えていてください。
*
……これが、最後の頁でした。
その翌日、八月十六日に、彼女は地下へ運ばれ、私の目の前で、あの臼へ送られたのです。日記の願いどおり、私は外へ逃げ延び、彼女の言葉を持ち帰った。けれど、旦那様。私には、できなかったのですよ。この日記を、彼女の家族へ届けることが。
なぜなら――この後お話しする、ある出来事のせいで、私は、ユキの肉が、すでに、彼女の家族の食卓にすら、届いてしまっているのではないかと、気づいてしまったからです。届けるも何も、彼女は、もう、日本中に、配られてしまっていたのですから。
第五章 食卓に届く因果
その後、私がどうやって助かったか。それは本当に、紙一重の、奇妙な偶然の重なりでした。
私が地下へ拉致されて姿を消した後、お堂の前に残された私の道具箱の脇――退屈しのぎに置いていた、ナショナル製のポータブルラジオが、接触不良を起こしたのか、あるいは何かの怪異か、村の祭りの掛け声と不気味なノイズを、大音量で夜の山へ流し続けたのです。
それを、山狩りの合図か、不審な信号だと察知した者がいた。事件の全貌に恐怖し、すでに村から脱走していた配管工の茂です。茂は、自分の指を何本も噛みちぎりながら、麓の警察署へ駆け込み、
「村が人間を挽いている。大理石の臼が回っている」
と署内で暴れた。当初は半信半疑だった管轄署も、さすがに事の異常を察し、機動隊を動かして、✕✕村の地下を強制捜索した。それで、私は生き延びたのです。
――後に、私は、その茂から、直接、どうやって逃げたのかを、聞きました。
あの直会の夜以来、一切の食を断った茂は、日に日に痩せ衰え、もはや村人からも「あの配管工は、もう肉として使い物にならん。骨と皮ばかりだ」と、見放されていたそうです。皮肉なことに、それが、彼を生かした。上等な肉なら、すぐに臼へ送られる。だが、痩せ細った彼は、村にとって、優先順位の低い「在庫」だったのです。
ある雨の夜、茂は、隔離小屋の腐った板壁を、何日もかけて、爪と歯で少しずつ削り、ついに、人ひとりがやっと通れるだけの穴を、開けました。指の爪は、すべて、剥がれていたそうです。
そして彼は、村人が誰も通らぬと侮っていた、あの「山神様の通り道」――立ち入り禁止の、朽ちた鳥居の奥の獣道へ、あえて、飛び込んだ。
「あそこはな、小僧」と、後の茂は、虚ろな目で、私に言いました。「確かに、円環になっていた。まっすぐ歩けば、村に戻る。相馬の言ったとおりだ。だが、俺は、まっすぐは歩かなかった。沢を、見つけたんだ。村の連中が、いらねえ骨を捨てるための、血の流れる沢をな。俺は、その沢を、下流へ下流へと、水に浸かりながら、下った。獣道は円環でも、水だけは、嘘をつかねえ。水は、必ず、低いほうへ、谷の外へと、流れていく。だから、俺は、助かったんだ」
骨を捨てるための沢を伝って、骨にされかけた男が、生きて、谷を出た。何という、皮肉でしょう。村の「還流」の、その排出路こそが、たった一人の生還者を、外の世界へと、押し流したのです。
突入した警官たちも、あの地下の光景を見た瞬間、半数がその場で嘔吐し、正気を失うほどの衝撃を受けたといいます。鏡の壁一面にこびりついた人の脂、床の溝を流れる血、そして今なお回り続けていた大理石の臼。そこには、数人分の人間の、変わり果てた「端切れ」が残されていたのですから。
しかし、村人たちは「なぜ自分たちが捕まるのかわからない」という顔で、終始ぽかんとしていたそうです。彼らは、昭和の経済成長の裏で、先祖代々続けてきた「ただの家畜の処理」を、外の無粋な法律に邪魔されただけなのだと、本気で信じ込んでいたのです。
棟梁の牧野は、村が摘発されるより前に、村から多額の金を受け取って、姿を消していました。後年、まったく別の地方で、同じような「山深い集落の建設仲介」をして暮らしているという噂を、私は一度だけ耳にしました。真偽はわかりません。ただ、ああいう男は、決して罰せられない。彼らこそが、この円環の、油を差す者なのですから。
*
私は精神に重大な、回復しがたいショックを負い、その年の秋の終わりに、ようやく実家へ連れ戻されました。
けれど私の精神は、普通の生活へ戻ることを拒んでいました。町の精神病院の暗い病室に数ヶ月、隔離され、毎日、強い安定剤を飲まされながら、ただ天井の木目を凝視する日々。その木目が、どうしてもあの地下の大理石の臼の模様に見えてしまい、夜になると、耳の奥でガリガリと音が鳴り出すのです。
医者は「すべては強いストレスによる幻聴です」と言いました。
けれど、私の皮膚に染み込んだ、あの人の脂の匂いは、どんなに石鹸でこすっても、決して落ちることはありませんでした。
病室で、私は何度も、医者や、見舞いに来た刑事に、訴えました。山口ユキという娘がいた。十九歳で、町の生まれで、家族がいる。彼女の日記を持っている。どうか、彼女の家族に、届けてやってほしい、と。
けれど、誰も、まともに取り合ってはくれませんでした。
刑事は、村の地下から「数人分の人体の一部」が見つかったことは認めましたが、それが誰であったかは、ついに、特定されませんでした。骨ごと挽かれ、ミンチにされ、すでに外へ流通してしまった肉から、個人を割り出すことなど、できようはずもない。山口ユキという娘の存在を証明するものは、私の手元の、血と泥にまみれた、一冊の藁半紙の日記、ただそれだけだったのです。
「君が、極限のストレスの中で、自分を救えなかった罪悪感から、作り出した、架空の少女ではないのかね」
若い医者は、優しい声で、そう言いました。
私は、絶望しました。私が彼女の存在を語れば語るほど、私の「精神の病」は重いと見なされ、薬は増える。私は、自分が正気であることを証明するために、ユキのことを忘れたふりをするしか、なくなった。彼女が、確かに生きていたという、ただ一つの証言者であった私が、彼女を、なかったことにするしか、なくなったのです。
これもまた、ひとつの「還流」だったのでしょう。村が彼女の肉を消費し、社会が彼女の死を黙殺し、そして最後には、私自身が、生き延びるために、彼女の記憶を、自分の中から、すり潰して、捨てるのです。
世間は、あの事件を、半年もせぬうちに、忘れました。新幹線が、また少し速くなった。テレビでは、新しいヒット曲が流れていた。誰も、山の底ですり潰された名もなき者たちのことなど、覚えてはいない。あの村の老人たちが摘発されたところで、すでに市場へ流れ出た「在庫」が回収されることも、ついに、ありませんでした。
翌年の冬、ようやく少し落ち着いたということで、私は実家の自室での療養を許されました。外へも出られず、暗い部屋で、悶々と過ごす日々。世間はすっかり、あの「某地方・✕✕村猟奇事件」を忘れかけていました。
新聞の片隅に、賀兵衛をはじめ数人の老人が、公判中に「老衰」や「精神異常」で次々と死亡、あるいは無罪放免になったという、釈然としない小さな記事が載っただけ。誰もが、万博の残像や、新しく開通した新幹線の速さに夢中で、山の底ですり潰された人々のことなど、端からなかったことのように、処理していったのです。
その療養の日々のことを、もう少しだけ、聞いてくださいますか。旦那様。
実家へ戻ってから、私は、長いあいだ、ものが食えませんでした。
正しく言えば、食えぬのではない。食おうとすると、箸の先の、その一切れの向こうに、いつも、あの村が透けて見えてしまうのです。
母が焼いてくれた、ただの目刺し。その白い身をほぐすと、ふと、お勝さんが井戸端で剥いでいた、あの白いものを思い出す。湯気の立つ味噌汁の、椀の底に沈んだ豆腐の白さが、地下の水銀灯に照らされた、誰かの脂の色に見える。私は箸を置き、便所へ駆け込んで、空の胃を、幾度も、ひっくり返しました。
肉だけでは、ないのです。米も、菜も、すべては、かつて生きていたものでした。生きていたものを、殺し、煮て、噛み砕いて、おのれの血肉に変える。——いちど気づいてしまえば、人の食事というものが、ことごとく、あの村の地下と、地続きに思えてくる。
私は、痩せました。
皮肉なものです。あの村では、痩せていたことが、茂を生かした。けれど外の世界では、痩せていく私を見て、母が、毎晩、泣くのです。「お願いだから、食べておくれ。何でもいいから」と。
その、母の必死の顔を見ているうちに、私は、もっと恐ろしいことに、気づいてしまいました。
——母もまた、私を、生かそうとしている。私の口へ、せっせと、滋養のあるものを、運び込もうとしている。それは、愛です。まぎれもない、母の、愛です。
ですが、旦那様。あの村で、お勝さんが、背の赤子に「たんと山肉をお食べ」と囁いていた、あの声と。「お願いだから食べておくれ」と泣く、母の声とが。——私の壊れてしまった頭のなかでは、どうしても、同じ一つの声に、重なって、聞こえてしまうのです。
愛も、捕食も、突き詰めれば、同じことではないのか。誰かを生かすために、別の何かを、すり潰している。私を生かす一杯の汁の底にも、きっと、名も知らぬ、何かの命が、沈んでいる。
その考えが頭に巣くってからというもの、私の耳の奥では、昼も夜も、あの音が、止まなくなりました。
ガリガリ。ガリガリ。
それはもう、地下の臼の音では、ありませんでした。母が、まな板で、夕餉の大根を刻む音。隣家の主婦が、井戸端で洗い物をする音。表通りを、荷を積んだトラックが、行き過ぎる音。——この世のありとあらゆる、平穏で、健やかな、暮らしの物音のすべてが、私には、何かを、すり潰している音に、聞こえてならなかったのです。
世界は、回っていました。私が病んでいるあいだも、何ひとつ止まらず、滑らかに、回っていました。人々は働き、消費し、また働き、消費した。その大きな車輪の、軋みひとつ立てぬ回転こそが、私には、いちばん、恐ろしかったのです。
そして、ある冬の日の、夕食時のことでした。
*
母が言いました。
「近所に新しくできた惣菜屋のミンチカツ、安くて美味しいから買ってきたよ。最近の物価高のなかで、あそこだけは本当に良心的なお値段で、助かるわあ」
ソースまみれのミンチカツが、皿に盛られて、食卓にとんと置かれました。
夕闇の迫る居間。点滅しかけた蛍光灯の下で、私は何気なく、そのミンチカツを箸で、真ん中から割ろうとしました。安っぽいテレビからは、お笑い番組の笑い声がわあわあ流れている。どこにでもある、平凡で平和な、昭和の家庭の風景そのものでした。
サク、という衣の音のあと、箸先が中身の肉に触れた瞬間。
何ともいえぬ、あの山奥の汁物と同じ――生姜と薬草の混じったような、独特の異臭が、鼻腔をつんと突き抜けたのです。全身の毛穴が一斉に開き、冷や汗が噴き出しました。
嫌な予感がして、箸先で肉をさらに細かく崩した、その時。
具材の奥に、何か長いものが、ぬるりと絡みついた。
箸で引き上げ、白い蛍光灯の光に透かしてみました。すり潰された茶色い肉の繊維の間に、細く、黒い、人間の女の長い髪が、するりと絡んでいたのです。
それだけではなかった。肉の脂の奥から、傷だらけの、しかし確かに見覚えのある、数ミリ四方の「藁半紙の断片」が、油にまみれた状態で、くっきりと混入していた。そこには、ユキが最期に自らの血で書いた、あの歪んだ文字の――ちょうど「ウ」と「キ」の交わる部分の筆跡が、そのまま、残されていたのです。
その瞬間、私は、すべてを理解しました。
土地の因果が丸く繋がっているという、あの恐怖の法則は、あの深い山の中だけで閉じているのではない。地方の怪しい解体業者、買収された役所のルート、高度経済成長で安さと効率を追い求めるスーパーや惣菜屋――近代的なサプライチェーンの歯車に乗って、昭和五十年の、この平和で近代的な町の食卓にまで、何食わぬ顔で、綺麗に、丸く、繋がっていたのです。
村の地下でバケツに回収されたあの「謎のミンチ」は、闇の食肉ネットワークを通して、私たちの日常へと、完全に「還流」していた。
私が彼女の日記を、家族に届けるも何も――ユキは、もう、日本中に配られ、誰かの胃袋に、収まっていたのですよ。
*
……おっと。もう、こんな時間ですか。お話は、これでおしまいです。
奥様、お顔が真っ白で、震えておいでですよ。お口元のそのお肉料理、お箸が止まっておいでだ。ハハ。冗談ですよ。ただの、気の触れた元大工の、悪趣味な作り話です。どうぞ気にせず、その上等なハンバーグを、召し上がってください。
ですがね、旦那様。本当に怖いのは、昭和五十年の、山奥の出来事なんかじゃない。
あの村のシステムは、今やこの洗練された現代社会の構造そのものとして、何倍にも巨大化して、息づいているんですよ。
今の世の中を、ご覧なさい。
誰もが、スマートフォンという薄いガラスの板を光らせて、毎日毎日、他人の生活や、誰かのプライベートを、覗き見ている。あの海の中じゃあ、毎分毎秒、誰か一人が標的にされて、寄ってたかって、言葉の刃で精神を解体され、そのプライドも尊厳も、原形を留めぬ「コンテンツ」という名のミンチへと、加工されているじゃありませんか。
炎上、というやつですよ。あれはまさに、現代の大理石の臼ですり潰された、人間の尊厳の、肉飛沫そのものだ。
画面の向こうの群衆は、そのおぞましい解体ショーを前に、「面白ーい」「もっとやれ」とはしゃぎ、いいねの印を叩いて、他人の人生の破片を、もぐもぐと消費している。誰もが、自分は「喰らう側」の安全な場所にいると信じ込みながら、その実、お勝や賀兵衛と同じように、実に入念に、笑顔で「丁寧な暮らし」として、他者を捕食している。
働く者だって、同じです。巨大な企業のサプライチェーンの歯車に放り込まれ、替えのきくパーツとして、心も体もすり潰され、出涸らしの肉塊になって、ぽいと捨てられる。誰もが誰かを喰らい、誰かに喰らわれながら、その血で、この社会の経済という円環を、回している。
いや。——いっそ、あの村のほうが、まだ、ましだったのかもしれません。
あの村の連中は、少なくとも、自分が何を喰らっているかを、知っていた。お勝さんは、まな板の上のそれが、昨日まで歩いていた旅人だと、はっきり知ったうえで、包丁を入れていた。むごい話です。むごい話ですが、そこには、ごまかしだけは、なかった。
ところが、私たちは、どうです。
きれいな発泡の皿に並べられ、薄い膜で包まれた肉を、誰が、どこで、どんな手つきで、命から切り離したのか。誰も、知らない。知ろうとも、しない。値札のついたそれが、かつて、瞬きをし、声をあげ、温かい血を流していたことを、私たちは、きれいさっぱり、忘れている。
画面の中で、ひとりの人間が、寄ってたかってすり潰されていくときも、同じです。その文字の向こうに、本当に傷つき、眠れぬ夜を過ごす、生身の誰かがいることを、私たちは、知らない。知らぬまま、いいねを叩く。知らぬまま、明日には、忘れる。
つまり、この近代という時代が、あの村より、ただの一点だけ、すぐれているとすれば。
それは、喰らう手つきが上品になったことでは、ありません。喰らっているという、その自覚を、これほど見事に、消し去ってみせたこと――たったその一点だけ、なのですよ。村の臼は、地下にありました。けれど今の臼は、どこにあるか、誰にも見えない。見えないからこそ、止めようがない。
私たちは皆、洗練された服を着て、綺麗な部屋に住みながら、その実、あの✕✕村の地下で臼を回していた老人たちと、何ひとつ変わらぬ「丁寧な人間消費」を、営んでいるんですよ。
喰らう側と、喰らわれる側。その円環は、より目に見えぬ形で、私たちの脳髄へ、深く、綺麗に、繋がっている。文明が進化するほど、屠殺のシステムは効率化され、血の匂いだけが綺麗に脱臭され、パック詰めの日常として、私たちの前に並べられる。
賀兵衛は言いました。鏡は、罪を、景色に変えてくれる、と。
旦那様。今、私たちの手のひらで光っているあの薄いガラスの板こそ、現代の、鏡なのですよ。あれを覗き込んでいる限り、私たちは、自分が誰かを喰らっている、その姿を、決して見ずにすむ。映るのは、ただ厳かに「いいね」を押す、善良な自分の顔ばかりだ。
――そして、旦那様。もう一つ、申し上げておかねばなりません。
あの村が、いちばん巧妙だったのは、人を「肉」にする前に、まず「ヨソモノ」という名札を、貼ったことです。同じ人間ではない。山神様が遣わした、別の生き物だ。そう名づけてしまえば、もう、何をしても、心は痛まない。喰らうことは、罪ではなく、恵みになる。
今の世も、まったく同じでしょう。
画面の向こうの誰かに、「敵」「悪」「晒されて当然の奴」という名札を、貼る。一度貼ってしまえば、もう、その相手は、自分と同じ痛みを持つ人間では、なくなる。あとは、寄ってたかって、心ゆくまで、すり潰せばいい。罪悪感は、いりません。だって、あれは「ヨソモノ」なのですから。
村人たちが面をかぶって人間をやめたように、私たちも、画面という面をかぶって、毎晩、誰かを屠っている。その面の下の顔は、きっと、お勝さんと同じ――邪気のない、善良で、健康的な、ごく普通の顔を、しているのですよ。
そして、いちばん恐ろしいのは、ね、旦那様。その円環の中では、今日喰らった者が、明日には、喰らわれる、ということです。今日、誰かを晒して笑っていた者が、明日には、自分が晒される。喰う側と喰われる側は、決して固定されてなどいない。ぐるぐると入れ替わりながら、回り続ける。誰も、最後まで、安全な岸には、立てない。それが、還流という地獄の名の、本当の意味なのです。
*
それでは。夜も更けましたので、私は、私の冷たい寝床に戻らせていただきます。
おや。そんな目で、私を見ないでください。
私が今、貴方様にお話ししたこの「物語」だって、一体、何なんです。貴方様は、私の脳の髄から引きずり出したおぞましい記憶を、ご自身の退屈を埋めるための「娯楽」として、今まさに、美味そうに消費されたわけでしょう。私の人生の惨劇を、大吟醸の肴にして、咀嚼されたわけでしょう。
ほら。貴方様もまた、あの✕✕村の食卓に並んだ、村人の一人なんですよ。
耳を澄ませば、このスマートな夜の底からも、聞こえてくるじゃありませんか。誰かの命が、記号へとすり潰されていく、あの不快な自転音が。
――ガリガリ、ガリガリ。
あの惣菜屋のミンチカツから出てきたメモの断片には、血で汚れた「ウ」と「キ」の文字が、はっきりと残っていました。あれはきっと、臼の中で骨ごと粉砕されたはずのユキが、自らの存在を外の世界へ告発するために、肉の繊維を突き破って、私のもとへ送り届けてきた、執念の「還流」だったのでしょう。肉体は消化されても、その怨念だけは、この社会の流通ルートを、ぐるりと回って、今も私の脳みそを、削り続けているのです。
村の地下屠殺場は閉鎖され、賀兵衛らは逮捕されたはずでした。けれど、あの村が何世代もかけて築いた、人肉を「山肉」と偽って食肉市場へ横流しする闇の根は、想像以上に深く、長かった。だからこそ、村が潰れた後も、すでに流出した在庫や、別の地方の協力者が管理する冷凍倉庫の「謎のミンチ」は、何事もなかったように流通を続け、安価な惣菜の原料として、私たちの日常へ、もぐり込んでいたのです。
今でもね、旦那様。私は町を歩いていて、ミートボールや揚げ物の油の匂いがしてくるだけで、胃液が逆流するほどの吐き気に襲われます。あの匂いの奥には、必ず、あの冷たい井戸端でお勝が笑いながら頭皮を洗っていた、あの朝の空気が、潜んでいる。
私は、あれから、まともな職に就くことが、できませんでした。
大工の腕は、たしかに、ありました。けれど、鉋を握るたび、あの地下で、賀兵衛のために、からくり棚を削っていた指の感触が、蘇るのです。木を削っているはずなのに、自分が、誰かの命を、村の資産へと加工しているような気がして、手が、止まってしまう。だから私は、職を転々とし、こうして、年に幾度か、酔狂なお金持ちの旦那様がたの座敷へ呼ばれては、この身の毛もよだつ昔話を、酒の肴に語って、わずかな駄賃をいただく――そういう、しがない身の上に、落ちぶれたのです。
ええ。もう、おわかりでしょう。
私もまた、生きるために、あの村の記憶を、ユキの最期を、相馬さんの絶叫を、こうして「物語」という名のミンチに加工して、旦那様がたの前に、差し出している。語るたびに、彼らの死は、少しずつ、すり潰され、消費され、薄まっていく。私は、村から逃げたつもりで、いつのまにか、自分自身が、小さな、ひとつの臼に、なっていたのですよ。
逃げられなかったのです。誰も。あの円環からは。
そして、旦那様。たったいま、この話を、ここまで聞いてくださった、あなたも。
あなたは、私の脳の髄から引き摺り出した、この忌まわしい記憶を、ご自身の退屈を埋めるための、ひと晩の「趣向」として、いま、たしかに、味わってくださった。私の人生の惨劇を、上等なお酒の、肴にして。
責めているのでは、ありませんよ。とんでもない。私が、差し出したのです。喜んで、駄賃のために、差し出した。けれど――こうして語り手と聞き手が、ひとつの卓を囲み、見知らぬ誰かの死を肴にして、夜を温めあう。この、ささやかで、心地よい時間そのものが、もう、あの村の直会と、地続きなのだということを。どうか、忘れないでいただきたいのです。喰らう者と、喰らわれる者。その膳は、いつでも、誰の卓の上にも、静かに、据えられているのですから。
あなたが今宵、上品に箸を運んでおられる、その一皿が、ほんとうのところ、何で出来ているのか。どこの誰の、どんな時間と、どんな痛みを、すり潰した果てに、こうして綺麗に、皿の上へ並んでいるのか。――それを、ひとつ残らず知ったうえで、なお、美味しいと、笑っていられる人が、この世に、果たして、どれだけおられましょうか。
いや。つまらぬ世迷い言を、申しました。お忘れください。お口直しに、もう一献。
ユキの日記は、とうとう、彼女の家族には、届けられませんでした。私には、その家を探す勇気も、彼女の死を正面から告げる強さも、なかった。あの日記は今も、私の工具箱の底で、血と泥に汚れたまま、眠っています。届けるべき言葉を、抱いたまま。
あれは、ただの機械の音なんかじゃない。私たちの住むこの近代社会そのものが、膨大な数の「名もなきヨソモノ」の命を、生きたまま燃料として投入し、滑らかにすり潰された「日常」という名のミンチへと加工し続ける――巨大な、大理石の臼の、回転音なのですよ。
おや、旦那様。お酒が、進みませんね。それとも――この立派なお屋敷の、床下のあたりから、何やら、ガリガリ、と、何かが擦れ合うような音が響いてきたのが、気になられましたか。
気のせいですよ。ただの、気のせいです。昭和五十年の古い悪夢が、この美しい夜にまで、丸く繋がって還流してきたなんて、そんな不条理が、あるはずもないのですから。
ただ、見えない、綺麗な、だけで。
私たちも、今も、誰かを、消費しているではありませんか。
このお屋敷の、立派な庭園の土の下にだって、一体、何が埋まっているか、わかったものじゃない。
……ほら。そこのガラス窓に映る、旦那様のお優しい笑顔が、今、ふっと、ひょっとこの面のように、歪んで見えましたよ。
気のせい、ですよね。
ハハ。ハハハ……。