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ホールケーキにグーパンチ。

    虫眼鏡で紙を焦がす遊びをして、危うく火事になりかけたことがある。手元のカルピスを慌ててかけた。小学生にしてはいい判断だった。

    焦げ臭い記憶が浮かぶ。

    もうどれくらい、こうして見つめているだろうか。いかにもしっとりしてそうなベイクドチーズをただただひたすらに、穴が空くほどじいっと見ている。雑誌の中の、写真だ。
    焦げ目が少し濃くなったような…。

    特別チーズケーキが好きなわけではない。甘いものが好き。あ、しょっぱいものも好き。辛いものも好き。
    …食べ物ならぜんぶ、好きなのだ。

    でも、食べない。

    「食べること」と上手く付き合えなくなったのは中学一年生の頃だった。


    四時間目は時計をあまり見ないようにする。
    チャイムが鳴るその時を待つ。
    鳴った。12時15分だ。

    「よっしゃ給食だー!」
    「今日の、メニューなにー?」

    知らないの?鶏の竜田揚げだよ。あとはわかめご飯、ほうれん草の和え物、卵スープ。
    昨日の夜には確認済み。男子が腹減った〜と叫んでいる。
    いいね、そんなふうに言えて。

    ぜったいに、私の方がお腹減ってる。
    だって朝は卵焼き一切れとヨーグルトだけなんだから。

    給食当番の子が器に盛ってくれるのを見る。
    「ごめん、減らしてくれる?」
    「このくらい?」
    「もっと」
    「こんな少なくていいの?」
    お椀の底の方にちょこっと残ったご飯を見て頷く。簡単に粒を数えられそうな量。
    「お腹、空いてないから」
    胃が小さく泣いた。

    入学して間もなく、ダイエットをはじめた。
    体型でいじられることに嫌気がさしていた。
    最初はご飯やパンを控えていただけだったが徐々にのめり込んだ。

    3キロくらい痩せると、女子の中心グループみたいな子達にちやほやされた。
    「痩せた?」
    「なんか、可愛くなったね」
    痩せるだけでこんな簡単に仲良くなれるの?
    テストで100点取ったって何もいいことない。
    ただ痩せるだけで世界が私に優しくなるなんて。
    こうなったらとことん痩せてやる!
    食べたくても、我慢。我慢。
    いつしか食べ物の写真や絵が大好物になっていった。スーパーのチラシをずっと眺めていた。
    クリスマスケーキのカタログが家にあろうもんなら1時間は余裕で見ていられる。表紙だけで15分。ようやくページをめくったがどこから手をつけていいかわからない。ひ、ひだりから順番に処理していこう。
    このイチゴスペシャルはクリームがたっぷり。スポンジもきめ細かくてしっとりしてそう。一口食べればとろけるような舌触り。
    こっちのレアチーズケーキもいい。どこまでもクリーミーなチーズのコクが口いっぱいに広がる。
    ブッシュドノエルは定番だけど捨てがたい。クリームにヘーゼルナッツが使われていて香りがいい。
    時間をかけて味わいながら食べる。
    ぜんぶ、頭の中で。
    もし現実に、大きないちごのホールケーキが目の前にあったなら。きっと正気を保っていられない。発狂する前にグーパンチの一つでもお見舞いしてやろう。真ん中に、思いっきし。
    拳がクリームまみれだ。…これだけは、舐めていいことにする。


    授業中もひたすら食べ物を探していた。
    「お菓子転がってないかな〜」と、教室をキョロキョロしたってあるわけない。あたりまえだけど。

    教科書や資料集を隈なく探すのだ。

    ある日、歴史の資料集で「蘇」というチーズを見つけた。1時間、そればかり眺めていた。
    牛乳を煮詰めて作るのか。ほうほう、しっとりしたケーキのような歯触り。
    「わたしたちの家庭科」はもはや教科書を超えて愛読書だった。ハンバーグ、スパゲッティに肉じゃが、デザートにプリンまで!
    理科の教科書にでていた角砂糖にまで涎が出そうになった時はさすがに末期だと思った。

    至る所で食べ物を見つけては、エア食べで空腹をやり過ごす。
    だが、時折思った。異様に飛び出た腰骨や青白くなった爪を見て「私大丈夫か?」と。
    さらにある時、ふと考えた。もし拒食症の診断が下りて入院なんてことになったら。高カロリー食で強制的に太らされるに違いない。それだけは嫌。
    これ以上痩せたら病院に連れて行かれる。
    「入院したくない。」
    この一心で私は徐々に体重を増やしていった。

    めでたし、めでたし。
    か、どうかは微妙なところ。

    ひどくお腹が空くと、胃じゃなくて全身が空洞になるような感覚に陥ることがある。まるで空気人形。なかなかの恐怖なので常に飴かチョコを持ち歩いている。それでも私の脳内では「空腹に甘いもの⁈太るぞ、我慢しろ。」という勢力と「死ぬぞ!食べろ。」派が言い争っている。とても忙しい。
    複雑なことをさせて申し訳なく思う。

    さすがに角砂糖を見ても何も思わなくなったが、作るわけでもない料理本を何冊も買ってみたり、ファミレスでは頼んでからもメニューをずっと眺めていたりする。
    いまだに一人前は食べられない。ほんとに食べられないのとやっぱり太るのが怖い、がごちゃまぜになってる。人と食事に行くとどうも胃の上部が紐で括られるような感覚になってますます食べられなくなる。「それだけでいいの?」って言われる確率ほぼ100パーセント。久しぶりに会った幼馴染み、優しく仕事を教えてくれた職場の先輩、ちょっといいなって思った人……楽しく食事できたらもっと仲良くなれたんだろうなぁ。逃したチャンスは数え切れない。
    寿司2皿で終わるような女と、次の展開がある人なんているわけがない。
    いたけど。
    夫は私がメニューをいつまでも凝視していると、「これも美味しそうだ」「こっちも良かったな」などと言いながら一緒に眺めてくれる。
    それをいいことに料理本に加えてグルメ雑誌まで集めるようになった。もちろん見るだけ。
    行くわけでもないのに色んなお店のおすすめを把握している。しかし誰かに「あのお店が美味しい(らしい)ですよ」と饒舌に語れば、「今度一緒に行きましょう」と誘われる。「あー…、すみません。別の誰かと行ってください。昔から食べるのは苦手なんです。」と、断ると大抵怪訝な顔をされるが時々「給食はどうしてたの?」と聞かれることがある。何をどう減らし、どれを人にあげるか、一限目からそのことで頭はいっぱいだった。食べないくせに、誰よりも給食の時間を楽しみにしていた。


    先日実家の片付けをしていたら亡き母のノートが出てきた。日記にしては様子がおかしい。
    「9月5日 朝 ヨーグルト、卵焼き一切れ。夜 ご飯お寿司のしゃり1個分、具なし味噌汁、鯖の味噌煮を少々。」
    私がダイエットをしていた頃の、食事内容の詳細な記録だった。おそらく病院に行くための準備だったと思われる。穴を掘って土下座したくなった。

    私も母になった。
    息子は2歳くらいまで「今日なにか食べた?」というくらい少食だった。どんな工夫をしてもダメで、食べ物に興味がないみたいだった。母の墓参りの度に祈りとも贖罪ともつかない思いで手を合わせている。
    苦戦はしばらく続いたが、子どもというのは時期が来れば食べるらしい。3歳を過ぎてから急にしっかり食べるようになってきた。成長したなあ。それに比べて私ときたら…。

    このままずっと一人前を食べられない人生なのかもしれない。なに、もうかれこれ20年もこれでやってきたのだ。ほとんどアイデンティティだろ。今更ジタバタすることはない。何もかも値上がりしてるし、少食万歳!!

    ──でも。
    どんなに強がってみても、小さな夢を捨てきれないでいる。
    いつか、夫と子どもとラーメン屋に行ってみたい。たまにはラーメンでも食べようか、とか言って。

    「おいしそー!いただきまーす。」
    子どもが上手に麺を啜るので感心する。私も食べる。が、そろりそろりと食べるもんだから伸びた麺がどんぶりからぞろぞろ溢れてきた。どうしよう、見ている間にもどんどん増えていく…。

    やはり夢は夢のままがいいのだ。

    二人で行って来て。ママ、留守番してる。
    家で、ラーメン食べる動画でも見て待ってるね。


    #創作大賞2026

     
     
    昭和滑り込み生まれ。一児の母。美味しいものが大好き。 「正直になってよかったこと」コンテストで企業賞を受賞しました。 日常のエッセイを書いています。

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