つなぐ海 ニ章 牧村家①
渚と目が合った瞬間、
「うわー、びっくりした~」
わざとらしく肩を跳ねさせる。
その顔はどこか嬉しそうだった。
「気がついたんですね」
ほっとしたように笑う。
「あの……私、なんでここに?」
恐る恐る尋ねると、女の子は首を傾げた。
「なんでなんでしょうね?」
えっ。
「気がついたら、そこに寝てて」
「いやいやいや」
思わず声が大きくなる。
「怖いでしょ、それ。普通、警察呼びません?」
すると女の子は、真顔で渚を見つめた。
「警察……呼びます?」
まっすぐ見つめ返され、
渚は一瞬言葉に詰まった。
警察。
その単語だけで、急に現実味が戻ってくる。
仕事。
車。
職場。
母。
いろんなものが頭をよぎった。
同時に、自分がどうやってここへ来たのか、
説明できないことにも気づく。
「……ごめん。やっぱ、それはちょっと困るかも」
渚がそう言うと、
女の子は、ふふっと笑った。
「ですよね」
そう言って、近くの椅子をくるりとこちらへ向けて座る。
距離感が妙に近い。
だけど、不思議と嫌ではなかった。
「あの、今何時ですか?」
「三時ですよ」
えっ。
渚が辺りを見渡すと、古い丸時計が目に入る。
本当に三時を指していた。
完全に遅刻だ。
しかも、職場にも連絡していない。
今頃、大騒ぎになってるかもしれない。
そこまで考えた途端、
逆に、妙に冷静になった。
もう、ここまで来たらどうにもならない。
怒られるとか、心配されるとか、そういう段階じゃない気がした。
それより――。
ぐうぅ。
お腹が鳴った。
最悪。
慌ててお腹を押さえると、
女の子が吹き出した。
その瞬間、奥のキッチンから、食器の触れ合う音が聞こえた。
いつからいたのだろう。
長い黒髪の女性が、台所に立っていた。
渚は、彼女の存在に全く気が付いていなかった。
「おなかすいてるでしょう? ごはん用意するわね」
女性は冷蔵庫を開けて、
「好き嫌いはない?」
と、こちらを振り返った。
「ありがとうございます。なんでも大丈夫です」
彼女は優しい笑みを浮かべ、調理にとりかかった。
「すぐ夕飯になっちゃうから、うどんでいいよね?」
初対面とは思えない距離感に押され、
「はい」
渚は、つられるように頷いた。
湯気の立つうどんには、油揚げとネギ、
それに生卵がひとつ落としてあった。
「月見うどん! いただきます」
勢いよく麺をすすった瞬間。
「あつっ」
唇を火傷してしまった。
それを見た二人がクスクス笑う。
その笑い声は、妙に息が合っていた。
「……お二人って?」
渚は思わず、向かいに座る二人へ視線を向けた。
