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「できた」と「わかった」は、同じではない。~「全員ができる」を大切にしてきた私が、今考えていること~

    数学 megane

    みなさんこんにちは、数学meganeです。

    最近、ある方と数学の授業についてやり取りをする機会がありました。

    その中で、こんなことを指摘されました。

    「わかってできる」と「分からないけどできる」は違う。

    この言葉を見たとき、「確かにな。」と思いました。

    そして同時に、自分がこれまで大切にしてきた授業について、少し立ち止まって考えることになりました。

    私は「まず、できる」を大切にしてきた

    これまで私は、「まず全員ができる」ということを大切にして授業をしてきました。

    数学が得意な生徒もいれば、苦手な生徒もいます。

    教師の説明を聞いただけで「ああ、そういうことね」と理解できる生徒もいれば、何をしているのか分からないまま授業が進んでしまう生徒もいます。

    そんな教室の中で、

    「なぜこうなると思う?」
    「自分の考えを説明してみよう。」

    と問いかける。

    もちろん、大切なことです。

    でも、それだけですべての生徒が考え始められるわけではありません。

    そもそも、考えるための材料をまだ持っていない生徒もいるからです。

    だから私は、まずは「分からないけどできる」でもいい、と思っています。

    教師がやったことを参考にする。

    友達がやったことを参考にする。

    例題と同じようにやってみる。

    なぜそうなるのかは、まだ十分に分かっていない。

    それでも、まずは自分でやってみる。

    そして、「あ、自分にもできた。」というところまで連れていく。

    そこから数字を変えたり、条件を変えたりしながら、少しずつ自分でできる範囲を広げていく。

    この考えは、今回のやり取りを経た今でも変わっていません。

    むしろ、数学が苦手な生徒ほど、「分からないけどできる」という段階は必要なのではないかと、今でも思っています。

    いきなり深い理解を求めるのではなく、まずやってみる。

    その中で見えてくるものもある。

    だから、「分からないけどできる」を否定するつもりはまったくありません。

    おそらく、これからも私の授業の軸の一つであり続けます。

    でも、そこで終わっていなかったか

    一方で、今回のやり取りを通して考えさせられたことがあります。

    私は、「分からないけどできる」まで連れていったところで、満足してしまっていなかっただろうか。

    教師が例題を解く。

    生徒がそれを見て、同じように問題を解く。

    数字が少し変わった問題にも取り組む。

    多くの生徒が正解する。

    「よし、全員できた。」

    もちろん、これはうれしいことです。

    数学が苦手な生徒も含めて、多くの生徒が問題を解けている。

    私がずっと目指してきた教室の姿でもあります。

    でも、改めて考えてみると、「できた」と「わかった」は、同じではありません。

    手順を覚えているからできる。

    先生と同じように書いたからできる。

    さっきの問題と似ているからできる。

    これらも間違いなく「できる」です。

    でも、それは、「なぜ、この方法でできるのか。」までわかっていることとは少し違う。

    今回指摘されたことで、その違いを改めて考えるようになりました。

    本当に見たいのは「あ、そういうことか」

    数学の授業をしていて、私が好きな瞬間があります。

    生徒が、「あ、そういうことか。」と言う瞬間です。

    今まで別々に見えていたものがつながる。

    何となく使っていた方法に意味が見えてくる。

    「だからこうなるのか。」と納得する。

    そして、その上で問題が解ける。

    考えてみれば、私が本当に生徒たちに経験してほしかったのは、こちらだったのだと思います。

    「わかってできる」。

    これです。

    それなのに私は、「全員ができた」という姿をつくることに一生懸命になるあまり、その「できる」の中身まで十分に考えられていなかったのかもしれません。

    これは、今回のやり取りの中で自分自身が一番考えさせられたところでした。

    「できる」の先に、もう一つ授業があるのかもしれない

    では、「分からないけどできる」を、「わかってできる」にするためには、どうすればいいのでしょうか。

    正直に言うと、まだよく分かりません。

    ただ、これまでの授業を振り返ってみると、「できた。その先どうする?」という視点が、自分には足りなかったように思います。

    できた後に、「ところで、なぜこれでいいんだろう?」と考えてみる。

    いくつかの問題を解いた後に、「全部に共通していることはない?」と問いかけてみる。

    一つの方法でできたものを、別の表現で見てみる。

    条件を少し変えて、「それでも同じことが言える?」と考えてみる。

    まずは教師がある程度支えて、「できる」場所まで連れていく。

    でも、そこで終わらずに、今度は少し手を離してみる。

    もしかすると、「できる」の先に、もう一つ授業がある。

    そんなふうに考えるようになりました。

    とはいえ、これはかなり難しい

    ここまで書くと、「じゃあ、これからは全員を『わかってできる』状態にすればいい。」という話に見えるかもしれません。

    でも、そんなに簡単な話ではないと思っています。

    というより、正直、かなりハードルは高いです。

    実際に私が相対するのは、様々な生徒たちです。

    数学が好きな生徒もいる。

    説明を聞けばすぐに理解できる生徒もいる。

    何度か練習すればできるようになる生徒もいる。

    一方で、

    「数学は苦手。」

    「何をしているのか分からない。」

    という生徒もたくさんいます。

    そんな生徒たち全員を、すべての学習内容で「わかってできる」状態まで連れていけるか。

    そう聞かれたら、今の私には、「できます。」とは言えません。

    むしろ、できないことの方が多いのかもしれません。

    それくらい難しいことだと思っています。

    でも、すべてでなくてもいい、とも思うのです。

    中学校で数学を学ぶ中で、一度でも、二度でも、「あ、そういうことだったのか。」と本当に腑に落ちる。

    そして、そのあとに、「だから、こうすればいいんだ。」と自分でできる。

    そんな経験を、数学が苦手な生徒にも提供できたらいい。

    すべての数学でなくてもいい。

    でも、一つでも多く。

    そんな「わかってできる」をつくることなら、目指してもいいのではないかと思っています。

    「分からないけどできる」を入り口に

    今回のやり取りを通して、これまで自分が大切にしてきた授業観が変わったのか。

    そう聞かれると、少し違う気がします。

    「まず全員ができる。」

    これは、これからも大切にします。

    「分からないけど、まずできる。」

    これも、大切にしたいと思っています。

    「分からないけどできる」は、「わかってできる」より価値が低いものだとも思っていません。

    数学が苦手な生徒が学びに参加するための、大切な入り口になることもあるからです。

    ただ、入り口で終わらない。

    そこは、これからもっと意識したいと思っています。

    「分からないけどできる」を入り口に、「わかってできる」まで、どうやって連れていくのか。

    どこまで教師が与えるのか。

    どこで手を離すのか。

    どんな問いを投げかけるのか。

    どんな教材なら、「あ、そういうことか」が生まれるのか。

    今のところ、明確な答えは持っていません。

    だからこそ、これからの授業で考えていきたい。

    これまで私は、「どうすれば全員ができるのか。」を考えてきました。

    これからは、そこにもう一つ。

    「その『できる』を、どうすれば『わかってできる』までつなげられるのか。」

    という問いも持ちながら、授業をつくってみようと思います。

    最後までお読みいただき、ありがとうございました。

    このnoteでは、
    ・授業でそのまま使える教材・授業展開
    ・思考力を育てる問題
    ・実際の授業実践、指導のコツ
    ・授業づくりについての考え方
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    忙しい中でも「これなら使える」と思ってもらえるような、現場目線の即戦力になるような教材を届けたいと思っています。


     
     
     
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