
44歳になる44分前
「ママ、大好き。」
そう言うと、ぎゅっと抱きついてくる。
「ちゅうして。」
そう言うと、勢いよくほっぺにキスをしてくれる。
公園で転んで、膝から少し血がにじむ。
転んだ瞬間は平気そうなのに、血を見た途端、
「血ーー!!血でてるーー!!」
とプチパニックで大泣きする。
そんな姿がおかしくて、愛おしくて、思わず笑ってしまう。
そんな何気ない毎日を、
私は心から幸せだと思っている。
あの頃、何よりも手に入れたかった景色が、
今、目の前にある。
第一章 本当は、どっちも欲しかった
40歳。
年が明け、人事異動の話が聞こえ始める頃だった。
私は心の中で願っていた。
今年は、このままでありますように。
今の店舗へ異動してきて5年。
店舗改装やクリスマス催事など、
毎年さまざまな課題を乗り越えてきた。
そのたびに運営を見直し、仕組みを整え、
スタッフと話し合いながら改善を重ねてきた。
気づけば、誰が担当しても分かる資料が増え、
自然と助け合える空気ができていた。
仕事も。
そして、不妊治療も。
この環境なら、もう一歩進んだ治療にも挑戦できるかもしれない。
そんな未来を思い描いていた。
だからこそ
部長から呼び出され、異動の話を聞いた瞬間、
最初に浮かんだのは
やっとここまできたのに。
だった。
異動先は、全国でもトップクラスの売上を誇る店舗。
実は今の店舗の前に勤務したことがある店だった。
その店へ、もう一度戻ってほしい。
さらに、その経験を積んだ先には管理職も考えている、と言われた。
正直、
頭の中が真っ白になった。
5年前。
私は不妊治療と仕事を両立するために、
自分から異動をお願いした。
異動してからは、
タイミング法や人工授精を続けながら、
少しずつ治療を進めてきた。
そして今まさに、
体外受精という次の段階へ進もうとしていた。
やっと、そのための環境が整ったばかりだった。
それなのに、また、あの店へ戻ることになる。
時間はもう待ってくれない。
仕事は何歳からでも挑戦できる。
でも、妊娠には時間の限りがある。
その現実が、一気に押し寄せてきた。
それでも、
5年間積み重ねてきたことを認めてもらえたことは嬉しかった。
だからこその異動だった。
その気持ちが分かるからこそ、簡単にその場で断ることができなかった。
そして3月。
私は新しい店舗へ異動した。
予想通りだった。
誰も把握していない運用。
担当によって違うやり方。
同じ確認を何度も繰り返す毎日。
私は夢中で資料を作った。
マニュアルを整えた。
誰が見ても分かる仕組みに変えていった。
やっぱり、この仕事が好きだった。
問題を整理して、
働きやすい環境を作る。
それが私のやりがいだった。
気づけば2か月が過ぎていた。
ゴールデンウィークが終わり、
店も少しずつ落ち着き始めた頃。
忙しさが少し静かになると、
不思議なくらい、自分の人生のことばかり考えるようになった。
人生の折り返し。
そんな言葉が、急に現実味を帯びてきた。
仕事は好きだった。
この仕事は、今でも天職だと思っている。
でも、私は子どものいる未来も諦めたくなかった。
「できたらいいな。」
じゃない。
「いつか。」
でもない。
欲しい。
心から、そう思った。
数年前。
私たちは家を建てた。
当時住んでいたのは2部屋のハイツ。
子どもを迎えるには少し手狭だった。
当時は休日になるたび土地を探した。
なかなか「ここだ」と思える場所には出会えなかった。
そんな時に見つけたのが、
銀杏並木の道。
春には桜も咲く公園が目の前の土地だった。
ここを自分の子どもが走る姿を想像した。
…その景色を、
私は本当に見ることができるのだろうか。
答えは、もう出ていた。
私はスマホを開き、
課長へLINEした。
「お話ししたいことがあるのですが、お時間いただけますか?」
第二章 やり切って、手放す
約束の日。
朝から、今日は伝えようと決めていた。
それでも売場に立てば、いつもと変わらない。
お客様をご案内し、スタッフと話をし、
ディスプレイを整えながら1日が流れていく。
約束の時間になると、課長が売場まで迎えに来てくれた。
「行こっか。」
「お願いします。」
2人で売場を出る。
社員食堂へ向かうまでの道。
ゴールデンウィークの売場のこと。
スタッフのこと。
最近のお客様のこと。
話しているのは、いつもと変わらない仕事の話だった。
きっと、お互い分かっていた。
このあと私が何を話すのか。
でも、その話には誰も触れなかった。
その「いつも通り」が、ありがたかった。
昼食の時間を過ぎた社員食堂は、人もまばらだった。
私は席に座り、静かに口を開いた。
「退職を考えています。」
課長は驚くことなく、
「うん。」
と静かにうなずいた。
私が話すたびに、
「うん。」
「うん。」
そうやって最後まで聞いてくれた。
仕事が嫌になったわけじゃない。
むしろ、その逆だった。
この仕事は、私にとって天職だった。
お客様の大切な記念日や、
人生の節目に立ち会えること。
スタッフが成長していく姿を、
すぐそばで見られること。
みんなで同じ目標に向かって走ること。
課題を整理し、
働きやすい環境を整えること。
全部好きだった。
だから、この決断は苦しかった。
話を聞き終えた課長が静かに言った。
「一般職になるという選択肢はない?」
ありがたい提案だった。
責任ある立場を離れても、会社には残れる。
不妊治療との両立もしやすくなるかもしれない。
私も考えた。
でも、その未来だけは想像できなかった。
だったら、一度環境を変えよう。
授かっても。
授かれなくても。
納得できるところまで頑張った。
そう思える自分でいたかった。
「2年間だけ、頑張りたいと思っています。」
課長は少し笑って言った。
「納得できるまで頑張っておいで。」
「約束はできないけど。
また戻りたいと思ったら、
その時は同じ立場で戻れるように動くから。」
2年後のことなんて誰にも分からない。
それでも、その言葉は嬉しかった。
帰る場所があるかもしれない。
そう思えただけで、少し肩の力が抜けた。
*
退職を決めてから、
私にはもう1つの目標ができた。
最後までやり切ること。
そして年間予算を達成して終わることだった。
2月に入る頃には、
あとどれくらいで年間予算に届くのか、
みんな分かっていた。
朝礼では、
「最後は達成して終わろう。」
そう声を掛け合った。
売場のレジで売上累計を出し、
レシートを作業机へ貼る。
普段もやっていたことだった。
でも、その月だけは違った。
いつもより細かい時間ごとに累計を確認する。
接客が落ち着くたびに、
みんなでレシートを囲み、
「あとこれくらい。」
数字を見ては、それぞれの持ち場へ戻る。
それを毎日のように繰り返した。
それでも最後まで分からなかった。
届くのか。
届かないのか。
本当にギリギリだった。
そして迎えた、
本当の、本当に最後の出勤日。
アクセサリー売場は、
いつも通り落ち着いた空気が流れていた。
「あちらのお客様、お決まりなのでフォロー入ります。」
そんな声が静かに聞こえる。
誰かが接客に入れば、
別のスタッフが自然とフォローへ回る。
目が合えば、それだけで伝わる。
みんなが同じ方向を向いていた。
夕方。
お客様の接客がまとまり、
「ありがとうございます。
ご用意しますので、少々お待ちくださいませ。」
とスタッフの声が聞こえた。
誰も仕事の手は止めない。
それでも、
自然と視線が交わる。
言葉はいらなかった。
届いた。
年間予算を達成した。
歓声も拍手もない。
お客様には、
いつもと変わらないアクセサリー売場。
でも私たちには、
あの一瞬だけで十分だった。
数字を達成したことより、
最後までみんなが同じ目標に向かって走ってくれたことが嬉しかった。
最後まで、
大好きなこの場所で働けてよかった。
心からそう思えた。
閉店後。
コロナ禍だったから送別会は開けなかった。
だから最後は売場で過ごした。
私から、みんなへは小さな贈り物を用意していた。
仕事で毎日使える、名前入りの3色ボールペン。
少しだけ良いものを選び、
「この子はこの色が似合うかな。」
そんなことを考えながら、1人ひとり色を選んだ。
制服の裾直しに使えるスティックタイプの裁縫用ボンド。
スタッフみんなとの集合写真に「ありがとう」を添えた
オリジナルのキットカット。
そして、
心を込めて書いたメッセージカード。
まずみんなに、かわいい袋だけ配って、
「はーい、並んでねー」と伝えると
みんな床に並んでしゃがみ込み、
その場で袋を開いて、
エサを待つ小鳥みたいに
「店長、まだー?」
と笑いながら、
私がプレゼントを入れてくれるのを顔を上げて待っている。
「すご!名前入ってる!」
「この色、私っぽい!」
「さすが、てんちょー」
そんな声を聞きながら、
私はその姿を見て笑っていた。
最後まで、
この子たちが大好きだった。
早番だった子も帰らず待っていてくれた。
休みだった子まで、わざわざ来てくれていた。
写真を撮って、
笑って、
泣いて、
また笑った。
みんなからもアルバムや写真立て、
たくさんの贈り物をもらった。
その中に、
1枚の手作りのチケットが入っていた。
「コロナが終わったら飲みに行きましょう券」
思わず笑った。
「絶対行こうね。」
そう言って別れた。
あの頃は、
コロナが終われば、
またみんなで集まれると思っていた。
結局、その約束は叶わなかった。
でも、そのチケットは今でも大切にしまってある。
*
最終日の夕方、お世話になった部署や店舗へ感謝のメールや電話をしていく中で、どうしても直接お礼を伝えたい人がいた。
社長だった。
社長になる前から店舗へ来られるたびに声をかけてくださり、
私のことも知ってくださっていた。
普段、メールや電話をする関係ではなかったけれど、年間予算を達成したことも後押しとなり、思い切って電話をかけた。
電話口で私は言った。
「本日、年間予算を達成することができました。」
「長い間、本当にありがとうございました。」
口では落ち着いて伝えた。
でも心の中では、
「すごいでしょ、このチーム。」
「皆を褒めてあげて欲しい。」
そんな気持ちもあった。
社長は言ってくださった。
「君のことを、全国で1番の店長だと思っているよ。」
本当にうれしかった。
でも私の頭に浮かんだのは、
一人ひとりのスタッフの顔だった。
最後だから言ってくださった言葉だったのかもしれない。
みんなが頑張ってくれたから、いただけた言葉。
そう思った。
その言葉は胸の奥にまっすぐに残っている。
20年間。
本当に、やり切った。
社長の言葉を聞いて、心からそう思えた。
*
従業員出入口まで着くと、
本当にお別れの時間がきてしまった。
「また、こっそり接客を見に行くで。」
「油断したらあかんよ。」
私がそう言うと、
「えー!」
「それだけは勘弁してください!」
みんなが笑った。
私も笑った。
それぞれが自分の改札へ向かって歩き始める。
「またね。」
そう手を振りながら、
1人、また1人と別れていく。
私も、いつもの帰り道を歩き始めた。
明日からは、
もうこの道を仕事帰りに歩くことはない。
寂しかった。
それでも、
不思議と後悔はなかった。
20年間、
必死で走ってきた時間は、
ちゃんと誰かの心にも残っていた。
そう思えたから、私は前を向いて歩き出せた。
第三章 静かな朝
退職して初めて迎えた朝。
いつもなら、寝る前に翌日のシフトを確認して眠る。
体内時計で目が覚める生活だった。
その日も、夫が仕事へ行く準備を始める気配で目が覚めた。
「いってらっしゃい。」
夫を送り出す。
いつもと同じ朝。
でも、1つだけ違った。
私は、もう仕事へ行かなくていい。
夫を送り出しても時計を見る必要はない。
急いで着替えることもない。
時間だけが、
ゆっくり流れていた。
窓を開ける。
朝の空気が部屋に入ってくる。
しばらくすると、
近くのこども園の子どもたちの声が聞こえてきた。
3歳くらいの子は先生と手をつないで歩いている。
その後ろを、
1、2歳くらいの小さな子どもたちが、
大きなベビーカーのような6人乗りの手押しワゴンにぎゅっと並んで座り、のんびりついてくる。
その姿が可愛くて、
つい目で追ってしまう。
ワゴンが通り過ぎると、
今度は目の前の公園から子どもたちの笑い声が聞こえてきた。
仕事をしていた頃は気づかなかった。
平日の午前中、
この家はこんなにも子どもたちの声に囲まれていたんだ。
でも、
その声は窓の外だけだった。
家の中は、静かだった。
気づけば、
結婚して9年。
家を建てて5年が過ぎていた。
思い描いていた未来より、
ずいぶんと時間が流れていた。
それでも退職した私には、時間だけは沢山あった。
*
3月に入ると、
ずっと叶えたかったことを始めた。
猫を迎えることだった。
実家では猫と暮らしていた。
結婚してから住んだハイツでは、
ハムスターしか飼えなかった。
家を建てたら、
いつか猫と暮らしたい。
それも長年の夢だった。
ソファでくつろぎながらスマホを開く。
近くのペットショップ。
ブリーダーのホームページ。
気づけば何時間も見ていた。
3月の終わり。
何気なく立ち寄ったペットショップで、
1匹の子猫に目が留まった。
クリーム色のもふもふした毛。
少し困ったような優しい顔。
まるで、
ぬいぐるみみたいだった。
じっと見つめられて、
「か、かわいい……。」
気づけば、
その場から動けなくなっていた。
「かわいい。」
「かわいい……。」
何度も同じ言葉を口にしていた私に、
店員さんが笑いながら声をかけてくれた。
「抱っこしてみますか?」
そっと腕の中へ迎えると、
その子は暴れることもなく、
おとなしく身を預けてくれた。
私は少しだけマスクをずらして、
その子の匂いをそっと吸い込んだ。
いわゆる、猫吸いだ。
「あぁ……。」
思わず口からこぼれた。
「あー、大好き。」
もう、
その瞬間には心を奪われていた。
夫は少し笑いながら、
「もう少し考えたら?」
「他も見てから決めたら?」
と言った。
でも、私の気持ちはもう決まっていた。
この子を迎えよう。
そう決めた。
退職して1か月。
新しい家族が増えた。
名前は、
ぽぽ。
最初の数日は、
ソファの下がお気に入りだった。
こちらの様子をうかがいながら、
そこで丸くなって眠っていた。
でも、
その姿はあっという間に見られなくなった。
迎えて1か月もしないうちに、
家の景色はすっかり変わった。
2階建ての木製ケージ。
クリーム色のキャットタワー。
丸い爪とぎ。
ル・クルーゼのご飯のお皿。
おもちゃも次々と増えていく。
「これ、ぽぽ遊んでくれるかな。」
そう言いながら選ぶ時間が楽しかった。
今思えば、ものすごい勢いで、
ぽぽに貢いでいた。
ぽぽもいつの間にか、
ベッドの真ん中でお腹を見せて眠るのが当たり前になっていた。
昼寝をすると、
すぐ隣にはぽぽがいる。
もふもふの毛に顔をうずめて、
また猫吸いをする。
そんな穏やかな時間が、
毎日少しずつ増えていった。
あの頃の私は、
思ってもいなかった。
この小さな家族が、
これから先、
何度も私を支えてくれる存在になることを。
第四章 2年間だけ
不妊治療は仕事を辞めてから
始めたわけではなかった。
働いていた頃から、少しずつ続けていた。
人工授精は排卵日に合わせる必要がある。
でも、その日がいつになるのかは、シフトが決まったあとに分かる。
そのたびに課長へ事情を話し、勤務時間を調整してもらっていた。
職場には、本当に助けてもらっていた。
*
ある日、お客様からご指摘をいただいた。
責任者として説明に伺うことになり、売場マネージャーと一緒に
お客様のご自宅へ向かうことになった。
指定された日は、人工授精の予定日だった。
午前中に病院へ行き、人工授精を終える。
そのあと、マネージャーと合流して
お客様宅へ向かった。
道中は、お客様への対応について話していた。
もちろん、ちゃんと仕事の話を聞いていた。
でも心の中では、別のことも考えていた。
「これで妊娠してたら、この子めっちゃメンタル強い子ちゃう?」
そんなふうに、
少しでも前向きに考えようとしていた。
でも、その子は来てくれなかった。
*
それでも、仕事を辞めたいと思ったことは一度もなかった。
課長も理解してくれていた。
職場もできる限り調整してくれていた。
たくさんの人に支えられて、働いていた。
だからこそ、この仕事を手放す決断は簡単ではなかった。
でも、40歳を過ぎた私には時間がなかった。
人工授精を続けても結果にはつながらず、
次に進むなら、体外受精しかない。
その現実と向き合った時、
私は退職を決めた。
仕事から逃げたかったわけじゃない。
体外受精に、本気で向き合うためだった。
*
退職してからは、すぐに体外受精の準備が始まった。
検査。
説明。
同意書。
薬。
注射。
今までとは比べものにならないくらい、やることが一気に増えた。
病院へ行く日を仕事に合わせなくていい。
先生に言われた日に行ける。
それは、とても大きな安心だった。
その代わり、
もう仕事を理由にはできない。
時間もある。
環境も整えた。
あとは、自分の身体と向き合うだけだった。
*
2年間だけ。
授かっても、
授かれなくても。
納得できるところまで向き合う。
社員食堂で課長に伝えたあの日の言葉を、
今度は自分自身に言い聞かせていた。
ここからが、本当のスタートだった。
そう思っていた。
第五章 母子手帳
体外受精が始まった。
採卵をして、
受精卵を戻す。
初めて経験することばかりだった。
あとは、
自分の身体を信じて待つしかなかった。
判定日まで待ちきれず、
私は家で妊娠検査薬を使った。
うっすらと見えた2本線。
「え……。」
何度も見返した。
翌日も試す。
昨日より少し濃くなっている。
また翌日も。
ちゃんと線がある。
診察の日まで、
毎日のように検査薬を手に取っていた。
でも、検査薬だけでは信じきれなかった。
人工授精の時にも、1度だけ検査薬で陽性反応が出たことがあった。
嬉しくて、
「病院で確認してもらおう。」
そう思っていた矢先、
生理が来てしまった。
だから、
本当に妊娠しているかどうかは、
先生に言われるまでは分からない。
そう思っていた。
*
そして迎えた判定日。
先生から、
「妊娠しています。」
そう言われた。
嬉しかった。
でも、それ以上に、
「こんなに早く妊娠できるなんて。」
そんな驚きの方が大きかった。
*
診察のたびに、
小さな命は少しずつ育っていた。
次の診察をクリアすれば、
「母子手帳をもらってきてください。」
そう言ってもらえる。
私にとって、その一言は大きな目標だった。
そして待ち焦がれた日がやってきた。
診察台に横になる。
モニターを見つめる。
先生は画面を見ながら、
しばらく何も話さなかった。
その沈黙が、とても長く感じた。
「うーん……。」
先生が静かに口を開く。
「動いてないね。」
その一言で、
全部分かった。
*
家へ帰ると、
ぽぽが近寄ってきた。
抱き上げて、
いつものように猫吸いをする。
ぽぽは、
ゴロゴロと喉を鳴らしていた。
私はその音を聞きながら、
ぽぽを抱きしめて、
声を殺して泣いた。
夫は、
「また頑張ろう。」
と言ってくれた。
励まそうとしてくれていることも、
私を思ってくれていることも分かっていた。
でも、その頃の私は、
その言葉を受け止める余裕がなかった。
「頑張ってるよ。」
そんな気持ちが心のどこかにあった。
だから私は、
何も言わずにぽぽを抱きしめた。
甘えた顔で見つめてくるぽぽに
私は救われていた。
*
もう一度、
2回目の体外受精に臨んだ。
結果は出なかった。
それでも、
止まるという選択肢はなかった。
*
3回目の体外受精。
少しでも確率を上げるために、
2つの受精卵を戻すことになった。
判定日。
先生から、
双子だと伝えられた。
もちろん嬉しかった。
でも、1回目のことが頭から離れなかった。
「まだ喜んだらあかん。」
そう何度も自分に言い聞かせていた。
それでも毎日、何時間も、
双子用のベビーカーを調べたり、
双子ママのInstagramを見たり。
もし2人とも元気に生まれてきたら。
そんな未来を、少しだけ想像していた。
*
そして迎えた診察の日。
この診察をクリアすれば、
先生から
「母子手帳をもらってきてください。」
そう言ってもらえる日だった。
診察台に横になり、
モニターを見つめる。
1つ。
…動いていなかった。
胸が締めつけられた。
でも、もう1つ。
小さな心臓が、
力強く動いていた。
落胆しなかったと言えば嘘になる。
それでも、
不思議と、こんなことを思った。
「この子が2人分、頑張ってくれてる。」
いや、「最初のあの子の分まで。」
先生から、
「母子手帳をもらってきてください。」
そう言われた。
病院を出て、
役所へ向かった。
窓口で受け取った母子手帳。
レトロなイラストが描かれた表紙を
しばらく眺めていた。
中をめくる。
また表紙を見る。
それを何度も繰り返した。
やっと、ここまで来た。
第六章 もうすぐ会える
母子手帳を手にしても、
不安がなくなったわけではなかった。
1回目の流産。
双子のうち、1人との別れ。
その経験があったから、
診察の日が近づくたびに、
「今日も元気かな。」
そればかり考えていた。
*
妊娠中は、
思いがけないことも続いた。
デパ地下でお会計の順番を待っていると、
急に目の前が真っ白になった。
やばい。
そう思って、什器へ手を伸ばした。
でも、間に合わなかった。
気づけば床に倒れ、
一瞬だけ意識を失っていた。
店員さんが椅子を用意してくださり、
水をいただいて、少し休んでから家へ帰った。
数日後には、
家の階段を降りようとした、その瞬間。
また同じ感覚に襲われた。
やばい。
そう思った時には、
もう階段の下まで転げ落ちていた。
幸い、お尻から落ちたようで、
一番痛かったのはお尻だった。
それでも3日後の診察までは、
赤ちゃんが元気かどうか気が気じゃなかった。
結果は元気。
そのことを確認してから夫に話すと、
「なんで今まで黙ってたん!」
と、しっかり怒られた。
今思えば、
そりゃ怒るよな、と思う。
*
家では、
ぽぽも毎日お腹の子を見守ってくれていた。
ご飯の時間になると、
ぽぽは両方の前足で
私のお腹をタッチしてくる。
それができたら、ご飯。
毎日の小さな習慣だった。
そして今もその習慣は続いている。
*
ある日の診察で、
先生がモニターを見ながら言った。
「女の子かなぁ?」
もちろん、
まだ確定ではない。
それでも私は、
すっかりその気になってしまった。
家に帰ると、
ジェンダーリビールケーキを手作りし、
夫とぽぽに報告した。
さらに、
かわいいフリルのセットアップも注文した。
未来を想像するだけで、
幸せだった。
そのあと安産祈願で訪れた、
わら天神。
腹帯と一緒にいただいた「わら」には、
節があれば男の子、
なければ女の子という言い伝えがある。
開いてみると、
節があった。
「あれ?」
と思いながら迎えた次の診察。
先生がモニターを見ながら、
「あ、ついてるわ。」
……。
早まった。
そして思わず、
「神様、すごいやん。」
と笑ってしまった。
産まれてからは、
フリルの服もちゃんと着せた。
男の子でも、
かわいいものはかわいかった。
*
そして迎えた12月。
高齢出産ということもあり、
身体への負担を少しでも減らせるよう、
無痛分娩を選んだ。
夜更けに陣痛がきた。
「もうすぐ会える。」
そう思って病院へ向かった。
でも、そこからが長かった。
陣痛が始まってから産まれるまで、
33時間24分。
途中で無痛分娩の薬を追加してもらい、
少し楽になる。
でも夕方、
「もうこれ以上は追加できません。」
と言われた。
……え。
まだ産まれてないけど??
そこから、さらに5時間。
普通に痛かった。
心の中では、
「もう普通分娩やん。」
と何度も思っていた。
「もう、お腹切ってー!」
「無理ーーーーー!」
分娩室で何度も叫んでいたことは、
今では笑い話だ。
助産師さんが言った。
「頭がなかなか出てこないね。」
その瞬間、
頭に浮かんだのは夫だった。
夫は顔が大きい。
エコー写真を見るたび、
「私に似てほしいなぁ。」
なんて思っていた。
だから思わず、
「旦那に似て頭でかいんかい!」
痛みの中でも、
そんなツッコミだけは忘れなかった。
最後は吸引分娩になった。
助産師さんが、
そっと腕の中へ抱かせてくれる。
小さな身体。
温かいぬくもり。
やっと会えた。
私が44歳になる44分前だった。
今日は、七夕まつりの発表会。
舞台の上には、
一番後ろの端で鈴を持つ息子がいた。
昨日、お風呂で、
「歌って。」
とお願いすると、
大きな声で歌ってくれた。
歌い終わると、
「一番上手やし。」
そう言って、
得意げな顔で笑っていた。
本番もきっと、
あの大きな声で歌うんだろうな。
そう思っていた。
でも舞台の上の息子は、
緊張した顔で客席を見渡していた。
私を見つけると、
ぱっと笑顔になった。
歌声は、
昨日よりずっと小さかった。
それでも、
鈴を鳴らしながら踊る振り付けは、
完璧だった。
その姿を見て、笑いながらも
気づけば涙が滲んでいた。
40歳で退職を決めた日。
社員食堂で、
課長に退職を伝えた日。
最後の売り場で、
みんなと年間予算を達成した日。
母子手帳を受け取った日。
33時間24分かけて、
やっと産まれた日。
七夕まつりに参加する私。
あの日、
思い描いていた未来。