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「答えを探すな。自分で考えろ。」 / ひとりの探検家との27年間の対話

      今春、97歳で大往生を遂げられた山の師匠、福田久勝氏と私が交わした27年間の書面のやり取りは大容量ファイル十数冊にも及ぶ。
    (今さら「福田氏」でも「先生」でもない。私にとっては最後まで「隊長」だった。だから、ここでもそう呼ばせてもらう。)
      他にも、不定期的に発表された20ページ前後の「万里長城を歩く会」の会報誌「長城の風」や、数々の遠征の計画書や公式記録をまとめた冊子が刊行されている。
    それらの整理を老後の余生🙄に残していたが、そろそろ読み返さないと終わりそうにない。

      2000年頃、ちょうどパソコン (Windows 95や98) が出回りはじめていたが、会報は編集担当の秘書長がワープロ専用機(一太郎)で作成されていた。
    限られた紙面になんとか情報を残そうと切り張りをし、手動で両面コピーをして、完成した原稿を印刷所に持ち込み、切手を貼って各メンバーに郵送してくださっていた。
    正真正銘の<天塩をかけた手づくり>会報誌だった。
      今のようなシュッとしたデザインとは程遠く、白黒の写真、不揃いの字体、手書きの行動記録、印刷後の修正箇所、、、見た目は冴えないのに、ページをめくるたび、あの頃の熱量だけがむき出しのまま残っている。

      当時、秘書長が「編集のしやすさと字体の美しさはワープロに軍杯が上がる」と言われ、ちょっとしたワープロ VS パソコン論争が起こった。
    私はすでにWindows 95を使っていたので「パソコンを使った情報収集は「手軽で簡単」だが「浅い」にも通じるようだ」と言われ、ムッとしたのを思い出す。
      「パソコンにたよらず、多方面に渡る幾冊もの書物からの知識を得て欲しい」は秘書長の持論だった。
    でも今なら分かる。隊長も秘書長も「答えを探すな。自分で考えろ。」と言いたかったのだ。

      隊長は「山をただ歩くだけでなく、道端の草花や地質、地形、そして空に浮かぶ雲から気象にも関心が向くと、山の虜になる。」と言われていた。
    事実、土木工法の会社を25年間経営されており土壌に関してはプロ中のプロ。
    そして50年以上の高山植物の栽培は、おじいさんの趣味の域を超えていた。

      また、山屋のくせに「魚」にも興味を持ち、戦後間もない頃から熱帯魚エンゼルフィッシュの飼育を始められた。
    日本にまだその手の書籍がなかったのでドイツから本を取り寄せて、手製の水槽を作り、エサを研究し、繁殖の方法をドイツ人の友人に手紙を送って研鑽されたと聞く。
    ついに無事に産卵にこぎつけたものの雑菌におかされ、一向に孵化しない。
    ドイツの本には水質を徹底管理して酵母菌を与えるとあるが、日本にはビール酵母はない。
    そこで隊長は酒の酵母をもらいに神戸の灘五郷へ行かれたそうだ。
      異常なまでの執念から🫢、10匹から始められたエンゼルフィッシュ(ただし、すぐに6匹死んだのでたった4匹からの出発)が、灘のお酒に酔っ払うことなく、ついに500個ほどの卵を産み、うち50匹が成長した時は、本当に嬉しかった、と手記に示されている。

    「決めた目標は、どのようなことがあっても諦めるな。
    多くの人はその手前で諦めている。そのためにまず、知恵を働かそう。」
      はい。行動は、どんな立派な言葉に勝る!ことを教えていただいた。

    「知恵は考える習慣をつければ、自ら良い知恵が出てくる。
    知恵がなければ、徳を積め。そしたら” 知恵者 ”が助けてくれる。
    」
      知恵がない私は、見返り期待し😝いつもニコニコ。(ま、徳というより、ゴマスリですが)

      万里長城6000キロ、そして中央アジア西域探検の成功に続き、さらなる前進で「世界第2のタクラマカン沙漠の東西横断1000キロを歩く」のが隊長の「夢」だった。

      ただ、中国大陸の沙漠を踏破することが一筋縄でないことは、前回、書いた通りだ。
    そこで、隊長は「沙漠の船」と言われるラクダでと考えられ「隊員ひとりに乗り換えを含めて3頭のラクダが必要。この3頭のラクダにラクダ使いが1人必要。このラクダ使いにまた3頭のラクダが要る。そしてこの6頭のラクダに必要な水と食料を運ぶラクダが必要、、、隊員ひとりに少なくとも9頭のラクダが必要。しかも、9頭のラクダの管理は一人のラクダ使いでは難しいのでもうひとり増やせば、、、と無限連鎖のネズミ講で隊員ひとりにラクダ20頭。」とはじき出された。
      となると「隊員10人とすると、ゆうに200頭の大キャラバンを組まねばならない。
    万里長城の沙漠地帯でヤンマーディーゼルに提供してもらわれた「羊馬(中国読みでヤンマー)」は砂漠走行は威力を発揮するが、一度入ったら出られない死の砂漠の異名を持つタクラマカンの35度の砂斜面を登れるか難しい。ならば、雪上車か?バギーカーか?
      どの車両にしても砂の層を深くまでつかむ車輪か無軌道の掴土板を持つものでなければならない。そしてそれらはかなり大型で重量があるので中国へ輸送するのがまた大変だ。
    数十年来、考えているが、いまだに結論は出ていない。」と綴られている。

    「さあ、一度の人生を人類のために何ができるか考えてみなさい。」
      じ、じ、人類のため? そんな大きなことを聞かれてもいまだによく分からない😅 

    「その答えがないなら、まず、今年、何をするかを考えて、その延長線上にある自分のこの世に存在する使命もわかってくるので、今年何をするかを知らせなさい。」
      自分の使命を明確に知っている人などいるのかな?とチャット先生に尋ねたら「ついやってしまうこと」「無条件に楽しいこと」の延長に自然に見つかるケースが多いそう、、、
    ならば、私にも、私の使命が何かちょっとだけ分かる。

    「人がしないことの中に、自分のできることがある。」
      この教えは、ずっと胸にある。だから、これからもまだ知らない場所へ出かけて、そこで出会った物語を書き続けようと思う。

    「常に心身をベストコンデイションに保とう。」
      その義は固く。御意。

    「人生はぼんやりしていると、あっという間に終わってしまうよ。
    今日一日、いや、今この瞬間を無為に過ごさない事が大切だ。」
      了解です🫡 さっそくこの原稿をNoteの「創作大賞2026」に応募しようと思います。

     
     
    ジュネーブ生活43年目。 太極拳と旅の二足の草鞋で、「えっ!なんでそんなところ?」と、みんなのあきれる顔が見たくて🤪 世界のあちこちをうろついてます。 海外永住者の成功話は書きません。だって、失敗してる方が楽しいから!

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