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小鹿野郎は逃げたのか? ~失敗と回り道の職業人生譚~

    ~ あらすじ ~
    私はずっと逃げてきた。

    金融機関の破綻。
    保険営業での挫折。
    不動産業界からの撤退。
    独立と失敗とリフォーム業転身。
    病気。

    そのたびに別の場所へ流れ着き、気付けばホテル業界にいた。

    そんな職業人生の中で出会ったのは、説明のできない本物たちだった。

    「肉が寝ている」と語る料理人。
    西成どや街の塗装職人の師匠。
    人の懐へ自然に飛び込む後輩銀行員。
    空気を一瞬で変える営業マン。

    彼らは皆、理論ではなく身体で仕事をしていた。

    現場を観測し続けるうちに、私は一つのことに気付く。

    ホテルを見ていたつもりだった。

    だが本当に観測していたのは、人だった。

    失敗と回り道を重ねながら、本物を追い続けた一人の「震える小鹿」の職業人生譚。

    第一章 震える小鹿

    こんにちは。
    ホテル現場観測所|元ホテル支配人と申します。

    私は昔から、よく震えてきました。
    小鹿はすぐに震えるもんです。

    最初は、キャリアのスタートの金融機関の破綻で震えました。

    現在は所轄省庁主導で、破綻前に水面下で統合・救済へ向かうケースが大半です。
    当時のように、
    「平成の取り付け騒ぎ」
    「突然崩れる空気」
    をニュースなどで目の当たりにする場面は、
    ほとんど無くなりました。

    その日の午前中の店内は、
    イベント日の活気があった。
    笑顔。
    雑談。
    受付待ち。
    少なくとも表面上は、
    どこにでもある地方金融機関の朝でした。

    でも私は、
    前日の夜、
    支店長から聞かされていました。
    「明日、昼のニュースで破綻が流れる」
    と。
    唯一の救いは、
    まだペイオフ完全施行前で、
    預金が全額保護される時代だった。

    だから朝から、
    ずっと落ち着かなかった。

    でも、
    営業は始まる。
    窓口は回る。
    お客様は来る。
    いつものように、
    預金を預かり、
    いつものように、
    会話をする。

    頭のどこかで、
    「数時間後、どうなるのか」
    と思いながら。

    そして昼。
    支店長から聞いていた通り、
    テレビ全局が、
    一斉に破綻を報じました。

    その瞬間から、
    店の空気が変わった。

    電話が鳴り止まない。
    ただならぬ空気。
    そそくさと帰っていく人達。
    テレビを見ながら、
    何も言わず帰る人もいた。
    店の中に、
    静かな動揺だけが広がっていく。

    電話口では、
    「預金は全額保護されますのでご安心ください」
    同じ言葉を繰り返すしかなかった。

    店頭の解約のお客様。
    形相を変えた人。
    無言の人。
    怒る人。
    不安そうな人。

    気がつけば3時。
    シャッターを閉める時間になっても、
    お客様は来続ける。
    シャッターを閉めた後も、
    外にはお客様が来続ける。
    その度に、
    シャッター前で説明を続ける。
    「全額保護されますので」
    その言葉を、
    何十回、
    何百回繰り返したか分かりません。

    翌日。
    休日にも関わらず、
    朝から電話が鳴り止まない。
    全員で電話対応。
    内容は一つ。
    「預金は全額保護されますのでご安心ください」

    それしか言えない。
    でも内心では、
    申し訳なさと、
    先の見えない不安だけが積み重なっていく。

    そして、
    深夜の現金受け入れ。
    大型トラックで運ばれてくる大量の現金。
    新札のブロック。
    赤色灯を回すパトカー。
    覆面パトカー。
    警備会社の警備員。
    その横で、
    無造作に現金を金庫へ積み上げていく私。
    まるで、
    倉庫へビニールレンガを積んでいるようでした。

    でも翌日、
    そのビニールが破られ、
    束が崩れ、
    解約現金として消えていくと、
    急にそれが、
    「生々しいお金」
    へ変わる。
    昨日まで無機質だった札束が、
    人の不安そのものに見えた。

    翌営業日。
    シャッターオープン前から、
    整理券対応。
    順番整理。
    窓口は、
    解約専従体制。
    そこには、
    「静かな怒り」
    と、
    「喪失感」
    のような空気が場を支配していた。

    でも今振り返ると、
    お客様の不安を受け止めながら、
    実は一番先が見えていなかったのは、
    現場にいた自分達だったのかもしれません。

    「預金は全額保護されますのでご安心ください」
    その言葉を、
    何百回も繰り返す。
    でも、
    電話を切った後、
    ふと我に返る。

    じゃあ、
    自分達はどうなるんだろう。
    店は残るのか。
    給料は出るのか。
    異動なのか。
    統合なのか。
    数か月後、
    自分はここにいるのか。
    何も分からない。

    でも、
    不安そうなお客様の前では、
    それを一切出してはいけない。

    だから、
    感情を止める。
    止めたまま、
    謝罪と説明だけを繰り返す。

    そして気付けば、
    店全体が、
    少し異様な空気になっていた。

    怒号が飛び交っている訳ではない。
    でも、
    全員どこか張り詰めている。
    お客様も不安。
    行員も不安。
    でも、
    誰も本音を口にできない。

    あの時、
    店に流れていたのは、
    「混乱」
    というより、
    巨大な不安を全員で押し込めている空気
    だった気がしています。

    そして、
    あの時本当に怖かったのは、
    金融機関が潰れることそのものではなく、
    「空気が一瞬で反転する瞬間」
    だったのかもしれません。

    午前中まで、
    景品を受け取り、
    笑っていた人達が、
    昼のニュース一本で、
    不安へ変わる。

    人の感情。
    空気。
    群集心理。
    それが一気に流れ込んでくる。

    崩壊は、
    数字より先に、
    空気から始まる。
    その空気に震えたのが始まりかもしれません。

    その後、 いわゆる「受皿金融機関」への再就職が進み始めます。
    そのまま受皿金融機関へ残る人。
    別の道へ行く人。
    みんな、 人生の分岐点みたいな時期でした。

    私自身も、 受皿金融機関から、
    雇用通知をもらっていました。
    そんな時です。
    外資系生命保険会社から、
    猛烈なアプローチを受けます。
    「ヘッドハンティング」耳障りの良い言葉と
    「ここで人生変えましょう」の一言で転職を決意。

    東京での入社式。
    研修。
    そして大阪へ戻ってからの支社研修。

    そこで叩き込まれるのは、
    セールストークだけではありません。
    創業者の思想。
    会社の哲学。
    「保険業界を変える」 という熱量。
    今振り返ると、 後に世間から、
    「体育会系宗教団体」 みたいに揶揄される空気感の原型って、 この頃からあったのかもしれません。

    でも、 当時の私は完全に感化されていました。
    日本の保険営業は古い。
    保険のおばちゃんの人間関係営業は限界。
    本当に必要な保障を届ける。
    掛け捨てだけじゃない。
    長期的な資産形成。
    保険の常識を変える。

    そして、
    セールスマニュアル。
    「この通りやれば成功する」
    と言われる。
    私は、
    それを完全に信じていました。

    そして、
    営業初日。
    私は、 研修で叩き込まれた通り、
    “これからの保険” を提案しました。
    保障。 将来。 資産形成。
    全部入り。
    契約完了。
    支社へ戻って報告。
    「これからバンバン売れるかもしれん」
    そんな気分でした。

    でも、
    次の日。
    契約してもらった人から電話。
    「嫁が、 こんな高い保険払えるわけないって。 ごめん、解約してくれ」
    その瞬間でした。
    研修期間中に見ていた景色が、
    一気に吹き飛んだ。

    そして、
    急に現実へ戻る。

    毎月数万円の保険料。
    理屈は正しい。
    将来性もある。
    でも、 普通に考えたら、
    若い夫婦には重い。
    そんな当たり前のことに、
    その時初めて気づき、
    そして震えました。

    そこからです。
    空気が変わったのは。
    営業先は、 結局、 人間関係のある相手になる。
    友達。
    同期。
    知人。
    でも、
    急に見る目が変わる。
    「保険屋」 として見られる。
    アポ電は、 胡散臭いの一言でガチャ切り。
    親戚ですら、 塩をまく勢い。

    その時思いました。
    「研修で、 こんな空気になるって、 一言も聞いてへんやん」 と。
    業界を変える。
    成功できる。
    収入が加速度的に伸びる。
    光の当たる話ばかりだった。
    でも、
    現実は、
    人間関係を削りながら、
    断られ続ける仕事でもあった。

    ある時、 支社長へ直接言いました。
    「話聞いてたのと、 全然違いますやん」
    すると返ってきたのは、
    「現実は甘くないですよ」 でした。
    さらに、
    「小鹿君、 楽して金儲けしようと思ってるの?」 と。
    その瞬間、 思いました。
    「これが東京もんのやり口か…」 と。

    そこからは、
    完全に落ちこぼれです。
    出社も最低限。
    同じような落ちこぼれ仲間と、
    毎日パチンコ。
    今振り返ると、
    完全に心折れてました。

    でも、
    今だから分かることもあります。
    当時の私は、
    地域金融機関の営業感覚しか知らなかった。
    ルート営業。
    看板。
    「銀行さん」 という信用。
    でも、
    生命保険営業は違う。
    一匹狼の世界でした。

    今思うと、
    成功していた人たちって、
    商品知識より先に、
    何度も来る“メンタルブロック”を、
    越え続けていたんだと思います。

    断られる。
    嫌がられる。
    避けられる。
    それでもまた人に会う。
    また電話する。
    また紹介をお願いする。

    商品を売る前に、
    まず自分自身が折れないことが、
    最大の成立条件だったのかもしれません。

    もちろん当時の私は、
    そんなこと分かっていません。
    最初は、
    自分も成功するつもりでした。

    でも実際は、
    人間関係の真ん中で、
    震えていただけだったのかもしれません。

    ある営業所長に言われた言葉があります。
    「この業界であかんかった奴は、変な癖だけついて保険業界辞めた後、世間で通用せんようになる。」
    当時はピンと来ませんでした。
    が、その言葉がそのまま自分に返ってくることになります。
    それも保険業界ではなく、不動産営業として。

    親族の経営する不動産会社に転職しても、
    「変な癖」は抜けきらなかった。
    自由な働き方に慣れた。
    自己流に慣れた。
    結果が出ないことにも慣れる。
    自ら売れない「変な癖」営業マン育成プログラムを実践していく。

    上司の視線。
    同僚の視線。
    縁故への勝手な思い込みかもしれませんが、
    その視線に震え続けました。
    その視線に徐々に耐えられなくなりました。
    そしてまた辞めました。

    ここで普通なら就職活動をするのでしょう。
    でも小鹿は、無気力ニート生活に入ります。
    折れた心は戻らない日々。
    そして、小鹿はなぜか独立開業します。
    今振り返れば意味が分かりません。
    社長と呼ばれたかっただけかもしれません。
    会社ごっこがしたかっただけかもしれません。
    当然うまくいきません。
    毎月減っていく普通預金残高。
    今度は通帳を見るたびに震えます。

    そんな時に声を掛けて頂いた不動産会社の社長がいました。
    その不動産会社の販売用不動産の改修工事をメインとしたリフォーム業を始めます。
    リフォーム現場では、
    高所作業に震え、
    ゴミ屋敷では身体の痒さに震え、
    そして病気で撤退。

    それまでの人生で一度も手術はおろか風邪以外の病気をしたこともない健康だけが取り柄の小鹿が、一年間で計6回の手術。
    病後の健康状態に震えました。

    その後、社会復帰したのがホテル業界でした。
    ホテルでも震えました。
    本社と現場の分断。
    人が足りない。
    現場が回らない。
    クレームが連鎖する。
    空気が壊れていく。
    そんな現場も経験しました。
    詳しい話は後で書こうと思います。

    振り返ると成功談らしい話はほとんどありません。
    逃げてばかりです。
    辞めたことしかありません。
    失敗の数は数え切れません。
    震えた数も数え切れません。

    私は好奇心旺盛だったのか。
    飽き性だったのか。
    風来坊だったのか。
    それとも、ただのダメ野郎だったのか。

    ただ一つだけ分かることがあります。
    金融機関でも。
    保険でも。
    不動産でも。
    リフォームでも。
    ホテルでも。

    私はずっと震えていました。

    そして不思議なことに、
    気付けばまた次の場所にいる。

    振り返ると、「逃げた」「選んだ」というより「流れた」に近い気がします。
    私は銀行員になりたかった訳でもありません。
    留年小鹿が何とか潜り込めたのが金融機関だっただけのこと。
    でも金融機関で働いている時、ふと思ったことがあります。
    普通の会社員よりも、型にはまった仕事のほうが臆病なクセに怠け者で時に無鉄砲で型崩れの自分には良いかも、と。

    自由が好きだと思っていました。
    でも本当に好きだったのは自由ではなく、決まった型であり、枷だったのかもしれません。
    金融も。
    不動産も。
    ホテルも。
    業界は違います。
    でも意外とルールや仕組みのある世界です。
    各々「業法」という枷があります。
    流されているようで。
    実は似たような岸に流れ着いていたのかもしれません。

    そしてもう一つ。
    逃げた先には、いつも誰かがいました。
    節目ごとに、助けてくれた人達です。

    自営業が苦しくなった時。
    声をかけてくれた不動産会社の社長。
    何の現場経験もない私を温かく見守りつつ、
    「現場で何とかならん?」と無理難題を押し付ける。
    現場の仕上がりが悪くても「これやっといてや」と言いながら、
    次の現場も継続して廻してくれました。

    そのリフォーム業で出会ったのが塗装職人の師匠。
    「現場」とは何ぞや。 
    見ること、それをやってみることで「技術」を自分の中に沁み込ませる世界だと教えられました。

    ホテル業界でもそうです。
    支配人になった時。
    私を支えてくれたスタッフ。
    ダブルワーク夜勤の「ルーミング」のプロ。
    主婦パートでOTA・サイトコントローラー・PMSを自在に操る予約管理のプロ。
    アルバイトだがホテル経験者で電話応対と接客のプロ。
    悩める小鹿を皆が支えてくれました。

    もし、その人達と出会わなければ。
    私は全く違う人生を歩いていたと思います。

    だから。
    逃げることは恥なのだろうか。
    逃げないことが正しいのだろうか。

    コロナ禍でも。
    学校でも。
    仕事でも。
    人生でも。

    逃げることで救われることはある。
    少なくとも私はそうでした。
    逃げた。
    流れた。
    震えた。
    現実逃避もした。
    それでも気が付けば、また違う場所で働いている。

    ホテル業界一筋の人から見れば、私はニセモノかもしれません。
    でも生粋のホテルマンではないからこそ見えた景色もありました。
    金融を見た。
    保険を見た。
    不動産を見た。
    リフォームを見た。
    そしてホテルを見た。
    それが良かったのか悪かったのか。

    まだ分かりません。
    ただ一つだけ分かることがあります。
    小鹿野郎は逃げました。
    後悔もある。
    でも不思議なことに。
    逃げるたびに、少しだけ世界が広がっていた。

    小鹿は逃げるということ。
    DNAに刻まれた本能です。

    食物連鎖の頂点「肉食獣」のエサ。
    だから小鹿は逃げます。
    ライオンからも。
    ハイエナからも。
    よく分からないものからも。
    でないと、戦う術のない草食動物は生き残れません。

    そんなことを考えていたら、もう一つ思い出しました。
    私はバッタもんを持っています。
    ブランドバッグです。
    財布もあります。
    もちろん本物ではありません。

    昔のバッタもんは分かりやすかった。
    ロゴも変。
    作りも雑。
    グッチがグチみたいな。
    ちゃっちいロレックス。
    一目見ればわかりました。

    でも最近のバッタもんは良く出来てる。
    技術も上がっている。
    本物と並べても見分けが付かないものもある。

    本物ばかり持っている身なりの良い人が、その中に一つだけバッタもんを混ぜても、周りは案外気付きません。
    「あの人が持っているなら本物だろう」
    私が買ったバッタもんを紹介してくれたのもその類の社長でした。

    人はモノだけでなく、人も見ている。
    そんな気がします。

    そう考えると、
    私はホテル業界のバッタもんなのではないか、と。

    私はホテル一筋ではありません。

    ホテル専門学校を出た訳でもない。
    フロント叩き上げでもない。
    ホテル歴も決して長くない。

    支配人になった時もそうでした。
    実はOTAやサイトコントローラーの細かい部分まで理解していた訳ではありません。
    PMSは必要最低限触れました。
    でもOTAの管理画面や細かな設定は、現場のアルバイトスタッフの方が詳しかった。
    主婦パートの予約管理担当。
    ダブルワーク夜勤スタッフ。
    ホテル経験豊富なアルバイト。
    私より詳しい人はたくさんいました。

    では支配人は何をしていたのか。
    心の中は震えながら、鷹揚に構えた知ったかぶり。
    もちろん全部ではありません。
    分かることと分からないことを切り分ける。
    その場は経験で何とか乗り切る。

    そして後で聞く。
    調べる。
    資料を読む。
    分からなければOTA担当者に聞く。
    そうやって少しずつ覚えました。

    徹底的にパクる。

    最初から本物の職人はいない。
    最初から本物のホテルマンもいない。
    最初から何でも分かる支配人もいない。

    見て。
    聞いて。
    真似して。
    失敗して。
    少しずつ自分のものにしていく。

    守破離の「守」です。
    そう考えると、私はバッタもんだったのかもしれない。
    今でもそうかもしれない。

    でも。
    バッタもんにも、バッタもんなりの価値はある。
    閉鎖していた温泉施設を、予算をほとんどかけず、「営業再開できるレベル」までほとんど私一人で改修した時がそうです。
    本物なら、数百万~数千万の「予算」をかけての「リニューアル」
    ニセモノは、そもそも自前で施工できない。
    『バッタもん』だから予算をほとんどかけず、出来た改修かもしれない。

    生粋のホテルマンではないからこそ見えた景色もあるかもしれない。

    本物か。
    ニセモノか。
    正直、今でも分かりません。

    ただ一つ言えること。
    私はたくさん真似をしてきました。
    たくさん教えてもらいました。
    たくさんパクりました。
    小鹿本能で逃げもしました。
    その積み重ねが、今の私です。

    本物かどうかは分かりません。
    でも。
    案外、使えるバッタもんだと。

    そして、私はずっと震えていた。
    金融でも。
    保険でも。
    不動産でも。
    リフォームでも。
    ホテルでも。

    そして、逃げた先にはいつも誰かがいた。
    当時は気付かなかった。
    でも振り返ると、私はそこで本物たちと出会っていた。

    第二章 本物との出会い

    とあるホテルで包丁オタクの料理人と約1年間一緒に仕事をしました。
    和食出身の料理人です。

    包丁オタク。
    砥石オタク。
    包丁の話になると止まらない。
    そして、
    なぜかスジ肉を見ると嬉しそう。
    自前の包丁を持ち出して、
    嬉しそうにスジ取りを始める。

    今思えば、
    あの時から少し変わった人でした。

    そのホテルは、
    それまで料理人がいなかった。
    朝食も業者仕入れ中心。
    夕食もかなり効率化されていた。
    朝食の口コミは、
    正直あまり良くない。
    残すお客様も多い。

    ところが、
    その料理人が来てから変わった。

    業者品を何品か減らし、
    そのコストで、
    だし巻き玉子。
    焼き魚。
    煮物。
    を作る。

    コストはほぼ同じ。

    でも、
    朝食会場の空気は変わった。
    残す人が減る。
    口コミも変わる。
    「期待してなかったけど美味しかった」
    そんな声も増えていった。

    私はその時、
    料理人とは凄いものだな、
    くらいにしか思っていませんでした。

    でも、
    本当に驚いたのは別のところでした。

    BBQの肉盛りです。
    私は、
    自分では普通に盛ったつもり。
    でも、
    どう見ても
    「肉が寝てる」。
    意味が分かりません。
    肉が寝る?
    肉は寝るものなのか?

    でも、
    その料理人が少し触るだけで、
    見た目が全然変わる。

    同じ肉。
    同じ皿。
    同じ量。

    でも違う。
    なぜ違うのか説明できない。
    でも違う。
    「肉が立ってる」。

    ある日。
    その料理人が
    「ジャガイモが余ったから、
    フライドポテトにした。
    お腹空いたら食べて。」

    そう言われて、
    出来立てを食べました。

    めちゃくちゃ美味い。
    揚げ方なのか。
    切り方なのか。
    もちろんそれもあると思います。

    でも、
    私が一番驚いたのは塩加減でした。

    思わず聞きました。
    「これ、いつもの塩?」
    すると料理人はニヤリ。
    「ちょっとだけ味の素入れてる」

    ええええっ~!!!

    私は驚きました。

    和食料理人って、
    味の素嫌いなんちゃうの?
    知ったかぶり先入観野郎の小鹿は
    そう思いました。
    厨房で見たこともないし??

    そう聞くと、
    人差し指を横に振りながら、

    「ノンノン☝️」

    「味の素にも加減があるんよ」
    「企業秘密やけどな」

    本格的な料理では、
    味の素はほとんど使わない、との事。
    使えば分かる人には分かる。

    でも、
    フライドポテトみたいなものは違う。
    ほんの少しで味が変わる。

    今振り返ると、
    あの料理人が持っていたのは、
    レシピではなかった気がします。

    さらに驚いたのは、
    朝食不足事件。

    朝食セットを、
    人数分きっちり用意していたはずが、
    なぜか二人分足りない。

    料理人へ、
    「今からいける?」
    と聞くと、

    一言。
    「5分だけ繋いでください」
    「魚焼くのに5分だけ必要なんで」

    マジか。
    素人目に見ても、
    5分は絶対無理。

    でもそこからが凄かった。

    魚を焼きながら、
    他を同時進行。
    流れるような動き。

    私は途中で現場を離れたが、
    5分後には、
    普通に二人分完成していた。

    多分あれ、
    頭で考えてない。
    長年の修行で、
    「完成形から逆算」
    する動きが、
    身体に沁み込んでる。

    たぶん、
    本物って技術そのものではない。

    本物は、
    完成形を先に見ている。

    そして、
    そこから逆算ではなく、
    『逆残』している。
    だから、
    次に何をするかを考えているようには見えない。

    身体が先に動く。
    手が動く。
    足が動く。
    気が付いたら完成形へ近づいている。

    だから、動きに無駄がない。

    だから、説明できない。

    だから、真似できない。

    成立条件を探していたのではない。
    もう身体に入っていた。

    でも、
    あの料理人が見ていたものは、
    たぶん私が現場で探していたものと、
    同じ種類の何かだった気がしている。

    「肉が寝てる」
    最初は意味が分からなかった。

    でも、その料理人が少し触るだけで、本当に見た目が変わる。
    同じ肉。
    同じ皿。
    同じ量。
    でも違う。

    理由は最後まで分かりませんでした。
    聞いても返ってくるのは、

    「ノンノン☝️」

    だけです(笑)。

    西成どや街で出会った塗装職人の師匠も同じでした。

    リフォーム業を始めて数か月後のある日。
    工務店の社長と雑談していました。
    その社長には息子さんが二人いました。
    その時に言われた言葉を今でも覚えています。
    「息子はまず西成へ行かせる」
    でした。

    私は意味が分かりませんでした。

    すると社長は続けます。
    「手に職を付けることがどれだけ大事か分からせるんや」
    「技術がなかったら、一番しんどい仕事しか残らん」

    そして最後に笑いながら言いました。
    「(小鹿)社長も俺やったら西成のどや行かすけどな(笑)」

    めちゃくちゃ失礼な話です。
    でも妙に頭に残りました。

    数日後。
    私は興味本位で西成へ行きました。

    何事も経験です。
    そこで日雇い仕事をしてみることに。

    結果。
    一日で逃げ帰り。

    ワンボックスカーに知らない者同士で詰め込まれ、連れていかれたのは解体現場。
    上の階から解体された廃棄物を、選り分けて麻袋などにひたすら詰める。
    上から物が飛んでくる。
    鉄筋とコンクリートの破片がとにかく重い。
    それを素早く選り分けてバラして詰めないと現場が滞る。
    キツい。
    とにかくキツい。
    「おっさんはよやらんかい」
    罵声が飛んでくる。

    今まで経験したことのない労働環境でした。
    私は自分なりに現場経験があると思っていました。
    でも、その思い上がりは一瞬で吹き飛びました。

    完全敗北です。
    震える小鹿です。

    その日の帰り。
    身体はヘトヘトでした。
    でも、それ以上に効いたのは別のところでした。
    あの日の西成で見たのは、
    気合でも根性でもなく、
    技術がない人間の現実でした。

    それから数か月後の朝。
    工務店の社長から電話がありました。
    「手違いで人手配したけど現場ズレてもてな」
    「ペンキ塗り出来るヤツ探してたやろ?」
    「塗装が本職らしいねんけど」
    「一人空いたから使ってくれへん?」
    「年寄やけどな」
    「二日呼んだけど、明日要らんかったら今日だけでええで」

    私は軽く考えていました。
    正直、
    年寄りやし、おらんよりマシやろ。
    その程度です。

    30分後、工務店社長が現場に。
    「今日で要らんかったら、そこの駅で捨ててくれたらええから」
    やって来たのは、いかにも西成どや街のおっちゃんでした。

    私は心の中で思いました。
    大丈夫かな。

    でも、その心配は作業開始から十分で消えました。
    いや、十分もかかっていなかったかもしれません。
    とにかく全部違う。

    下地調整。
    養生。
    パテ。
    ペーパー。
    刷毛。
    ローラー。
    全部違う。

    私が数十分かけてやる作業を、横でサラッと終わらせる。

    しかも綺麗。
    無駄がない。
    迷いもない。

    そして時々笑いながら言うんです。
    「兄ちゃん、そんなやり方やっとったんか」

    ぐうの音も出ません。

    前回の料理人も一緒です。
    肉が寝ている。
    味の素の加減。
    説明できないけど違う。

    今回も同じでした。

    養生テープ一本貼るだけで違う。
    ペーパーを当てるだけで違う。
    刷毛を動かすだけで違う。
    なぜ違うのか説明できない。
    でも違う。

    本物でした。

    「おっちゃん」から「師匠」に呼び名が変わっていました。

    仕事が終わり、工務店社長の「駅で捨ててええで」なんてとんでもない。
    明日も迎えに来ることを約束して、西成どや街まで丁重にお送り。

    次の日。
    私は組んでいた工程は一人で四日。
    ところが、
    師匠と二人でやると、一日半で終了。
    しかも綺麗。
    私はただ驚くほかなかった。

    今まで何を見ていたのか。
    そう思うくらい圧倒的で。

    昼過ぎに仕事が終わると、昨日同様師匠を西成どや街まで送りました。
    車がない。
    携帯もない。
    だから直接迎えに行き、直接送る。
    そんな世界。

    帰り道。
    私は聞きました。
    なんで西成にいるんですか?
    すると師匠は。
    「もう年やしな」
    「このままここで死んでいくだけや」
    西成どやは、人に言えない過去や事情を持った人が集まる街。
    師匠も自分の過去を軽々に語ることはせず、その短い単語でのみ返す。

    その言葉の重みは私には分かりませんでした。
    私はただ思いました。
    いやいや。
    そんなこと言わんと。
    もっと教えてくださいよ。
    と。

    結局その日は、そのまま昼飲みになりました。
    私は嬉しかった。
    見よう見まねで、
    師匠につくこともなく、
    下積みもなかった。
    初めての「師匠」。

    本物に出会えた気がしたから。

    昼間から飲みながら、
    現場の話。
    職人の話。
    競馬新聞を見ながら。
    いろんな話を聞きました。

    気付けば、夜の9時(笑)。
    プロ野球阪神のナイターも佳境、
    酔っぱらってるし、
    師匠のおかげで明日から二日間休み。
    その日はどやで泊まり、
    次の日も朝から師匠と朝飲み(笑)。

    それから私は、師匠の空いている日を聞いては迎えに行きました。
    現場があってもなくてもです。
    教えてほしかった。
    見ていたかった。
    見ていてほしかった。

    それまでの私は、職人の技術というものを甘く見ていたのかもしれません。
    塗装なんて塗るだけ。
    養生なんて貼るだけ。
    そう思っていました。

    違いました。
    本物はそんなところで仕事をしていませんでした。

    師匠とのやり取りはいつも毎回同じでした。
    私が一生懸命やっている横で、
    「兄ちゃん、そんなやり方やっとったんか(笑)」

    じゃあどうやるんですか、と聞く。
    すると、
    「まあ見とき(笑)」
    です。

    説明がありません。
    黙ってやる。
    仕上げる。
    綺麗。
    速い。
    終わり。
    説明書ゼロです。

    そのうち、
    「兄ちゃん、それ先にやったら二度手間や」
    と言われるようになります。

    理由を聞いても、
    「まあ見とき(笑)」
    です。

    そして見ていると、
    本当に二度手間にならない。

    すると師匠は、
    少し得意そうな顔で言うんです。
    「ほらな(笑)」

    分かったような。
    分からないような。

    「兄ちゃん(笑)」
    「まあ見とき(笑)」
    「ほらな(笑)」

    説明放棄三段活用の完成です。

    身体に入っている。
    だから迷わない。
    だから速い。
    だから綺麗。
    そして説明できない。

    完成形が見えている。
    先の料理人と同じく、逆算ではなく、逆残している。
    だから動きに無駄がない。

    本物は、案外テレビにも出ません。
    本も書きません。
    SNSもやりません。

    でも、確かに存在します。
    案外、私たちが見ようとしていないだけなのかもしれません。

    次は本物の「人たらし」。
    銀行員時代の私より五歳下の後輩君。
    どんな気難しい社長でも懐に飛び込む。
    おじいちゃんも、おばちゃんも。
    上司も、部下も。
    気が付けばみんな仲良くなっている。

    私は昔から空気を読むのが苦手でした。
    小鹿ゆえに人見知りでした。
    だから余計に不思議でした。
    どうしたらそんなことが出来るのか。
    聞いても返ってくる答えは決まっています。

    「普通ですよ(笑)」。

    普通ちゃうやろ。
    私は長い間、本気で才能だと思っていました。

    でも、後輩君にも弱点がありました。
    人当たりは抜群です。
    空気も読める。
    可愛がられる。
    でも、それだけで銀行員として評価される訳ではありません。

    銀行の世界は数字です。
    どれだけ預金を集めたか。
    どれだけ融資をしたか。
    どれだけ利益を作ったか。
    結局は定量評価です。

    後輩君は評価も高かった。
    でも、表彰されるほど突出していた訳ではありませんでした。
    出世レースでも、目立った数字を残す同期より少し後ろを走っていた印象があります。

    そして、難しい案件になるとお決まりのパターンがありました。
    普段は後輩君を可愛がっている社長が、
    「その話は支店長も一緒に来て」
    と言うんです。
    人柄だけでは超えられない壁がある。
    銀行員としての信用です。

    そして、後輩君は言います。
    「小鹿さん、この稟議難しいんで作ってもらえません?」
    「一杯おごりますんで!」
    知らぬ間に手のひらの上で転がされてる。
    完全に人を使う天才です。

    今になって思うことは、
    あの頃の後輩君は、自分の弱いところもちゃんと分かっていたのではないか、と。

    その後、私は銀行を離れました。
    だから直接見た訳ではありません。
    でも人づてに聞きました。
    後輩君は中間管理職になり、難しい案件も自分で処理できるようになったそうです。
    そして数年後には支店長になっていました。
    正直、少し驚きました。
    いや、驚いたというより納得した。
    彼は空気を読む天才でした。
    でも、それだけではなかった。

    自分に足りないものも分かっていた。
    そして、それを埋める努力もしていた。
    だから支店長になったのだと思います。

    料理人もそうでした。
    師匠もそうでした。
    後輩君もそうでした。
    見ている対象は違います。

    料理人は料理とお客様を見ていた。
    師匠は現場と段取りを見ていた。
    後輩君は人を見ていた。

    でも共通していたことがあります。
    ずっと見続けていたことです。

    失敗しながら。
    怒られながら。
    関わりながら。
    観察しながら。
    分からないまま続けながら。
    そして、それを積み重ねていた。

    私は長い間、属人とは才能だと思っていました。
    でも最近は少し違う気が。
    属人とは才能ではなく積み重ねなのかもしれません。

    失敗量。
    関わり量。
    人間観察量。

    それらが積み重なって身体に入る。
    見た瞬間に動く。
    違和感を感じた瞬間に動く。
    だからマニュアル化しにくくなる。
    だから属人になる。

    料理人の「ノンノン☝️」

    師匠の「ほらな(笑)」

    後輩君の「普通ですよ(笑)」

    説明になってない。

    そして、本物には二種類いると。
    身体に入ってしまって説明できない人。
    そして、

    説明しながら人を動かせる人。

    外資系生命保険会社へ転職した頃、後に会社のトップになる人物が支社長でした。
    当時の私は地方金融機関上がりの典型的な小鹿。
    東京の第一線で活躍しているような、
    洗練されたビジネスマンと接する機会なんて、
    ほとんどありません。

    だから、 「これが都会の出来るビジネスマンか!」 と、
    かなり衝撃を受けたのを覚えています。
    話し方。
    空気。
    間合い。
    抑揚。
    熱量。
    全部が、 それまで見てきた世界と違った。

    ある会社で集団セールスの話があり、支社長に同行してもらった時のこと。
    相手は八人ほど。
    社長に言われて、半ば仕方なく集められた従業員の方々です。
    場所は会社の小さな会議室。
    ホワイトボードの後ろに並べられた椅子。
    予定時間は二十分でした。

    ところが開始直前になって、
    「すみません。十分でお願いします。」
    と時間が半分になりました。

    正直、私は焦りました。
    二十分で組み立てていた話を十分に短縮する自信がありません。
    しかも空気が重い。
    歓迎されている感じもしない。
    売れる気配もない。
    そんな空気でした。

    すると支社長が私に言いました。
    「小鹿君、私が全部話しするから。」
    ぶっつけ本番でした。
    私は横に座り、支社長の話を聞くことになりました。

    最初の二分は完全な拒絶の空気でした。
    腕を組む人。
    下を向く人。
    時計を見る人。
    「早く終わってくれ。」
    そんな空気が会議室に漂っていました。

    ところが五分後には景色が変わっていました。
    全員が前を向いて話に耳を立てている。
    そして、一人が持参していた保険証券を支社長に「ぜひ見て下さい」と差し出しました。
    そこから完全に空気は支社長の手のひらの上に。

    保障の話。
    将来の話。
    保険業界の話。
    そして支社長が考えている未来の話。

    気が付けば全員の目付きが変わっていました。
    予定の十分はとっくに過ぎています。
    でも誰も席を立たない。
    むしろ、
    「もう少し聞かせてください。」
    という声まで上がっていました。
    結局時間は三十分近くに。

    私は横で見ながら震えていました。
    これが東京の第一線で働く人間なのか、と。

    もちろん保険の知識も凄かったと思います。
    でも、それだけではなかった。

    支社長は説明していたのではなく、人を動かしていた。
    その場の空気ごと。

    今振り返ると、不思議な感覚です。
    料理人が厨房の空気を変えたように。
    西成の師匠が現場の空気を変えたように。
    世の中には、人の空気を変える人がいる。

    私はこれまでホテルの現場で多くの人を見てきました。
    空気を読む人。
    空気を支える人。
    空気を整える人。
    そういう人はたくさんいます。

    でも、空気を変える人は少ない。

    あの日の会議室で私が見たのは、保険の説明ではなかったのかもしれません。

    人が人を動かす瞬間。
    空気が変わる瞬間。

    そんなものを見ていた気がします。
    もちろん当時の私は、完全に感化されていました。

    料理人は料理を見ていた。
    師匠は現場を見ていた。
    後輩君は人を見ていた。
    支社長は空気を見ていた。

    皆違う。

    でも共通していた。
    誰よりも深く見続けていた。

    私はまだ、その意味を理解していなかった。

    第三章 現場の正体

    とある宿泊施設に併設されたアウトドア系施設を急遽任された時の話です。

    キャンプ場。
    屋外温泉。
    バーベキューテラス。
    本来なら、それぞれに責任者や運営体制が必要な規模感でしたが、実際にはほとんど機能していなかった。
    しかも、温泉施設については長期間休業していたため、再開を楽しみにしていた地元のお客様も多かった。

    つまり、
    「期待値」
    だけは非常に高い状態だった。

    一方で、現場には経験者がいない。
    マニュアルもない。
    設備も完全には整っていない。
    ないない尽くしのアウトドア施設運営を本格的に引き継いだのが、よりによって繁忙日の数日前。

    昼からはキャンプ場受付。
    温泉施設は夕方前から営業。
    バーベキューは宿泊パックのお客様に加えて、持ち込み利用や飛び込み利用も混在。
    しかも、追加注文やドリンク対応に必要な券売機は、長期間放置されていて実質停止状態。

    でも、現場では「営業」が始まる。
    止めるわけにはいかない。
    だから、券売機だけは最低限だけ復旧、メニューや金額は手書き表示で何とか営業開始に間に合う。

    今振り返れば、この時点で既に崩壊は始まっていたのかもしれない。
    おまけに「人」がいない。
    温泉側のスタッフフォローに入れば、BBQ準備が止まる。
    人がいないからBBQの盛込みも自らせざるを得ない。
    BBQの盛込みをすれば、受付が回らない。
    厨房が忙しくなると、現場側まで手が回らない。
    一つ対応すると、別の場所が止まる。

    現場崩壊は、こういう連鎖から始まる。
    繁忙期は、それが一気に同時多発する。
    繁忙期初日の17時。
    バーベキュー営業開始。

    そこから先は、正直細かく覚えていない部分も多いです。
    とにかく、現場全体が回らない。
    お客様案内。
    配膳。
    追加注文。
    ドリンク。
    席対応。
    温泉対応。
    キャンプ場トラブル。
    券売機エラー。
    全部が同時に来る。

    特に印象に残っているのは、「空気」が変わる瞬間でした。
    席案内は前後し、料理提供は遅れ、ドリンクも回らない。
    最初は楽しそうだったお客様の表情から、少しずつ笑顔が消えていく。
    待ち時間が伸びる。
    スタッフに声を掛ける人が増える。
    「まだですか?」
    「注文通ってます?」
    その言葉が増えるたびに、会場の空気が重くなっていく。

    本来なら、
    夕日を見ながら、
    家族や仲間と笑い、
    非日常を楽しむはずだった時間。

    でも実際には、
    料理が来ない。
    待たされる。
    説明も追いつかない。
    お客様にとっては、
    「家で食べていた方がよかった」
    という時間になってしまっていた。

    クレームの本質は、ミスそのものではありません。
    期待していた世界が崩れること。
    それが、人を強く失望させる。

    ホテルとは、「非日常を維持する装置」。
    逆に言えば、
    クレームとは、「非日常が崩れる瞬間」。

    直接お叱りを受けたお客様には、その場で謝罪できます。
    しかし、本当に心苦しかったのは、何も言わず帰られたお客様の後ろ姿です。
    当時の私は、現場対応に追われ、十分なお声掛けすらできませんでした。
    あの時の空気感は、今でも忘れられません。

    現場崩壊は、突然爆発するわけではない。
    小さな遅延や、小さな人員不足。
    その積み重ねが、あるラインを超えた時、一気に連鎖する。
    そうなると正常運転はできない。
    完全に“事故を広げないための運営”。
    今振り返ると、崩壊していたのは現場だけではなかったと思います。

    人も、少しずつ壊れていく。
    視野が狭くなる。
    感情が削られる。
    でも、その中でもお客様の笑顔を完全には消したくない。

    最後のお客様をお見送りした後、全身の力が抜けました。
    足元から崩れ落ち、その場でしばらく動けませんでした。

    とある都市型ホテルでの出来事です。

    有名アイドルグループ大型ライブイベント開催日。
    ホテルは当然満室。
    しかもライブ需要特有の空気があります。
    ライブ前は高揚感。
    ライブ後は、一刻も早く部屋へ入りたい。
    激混みの電車。
    長蛇のトイレ列。
    疲労。
    興奮。
    その全部を抱えたお客様が、同時刻に一気にホテルへ戻ってくる。
    現場側も、それを前提に動いていました。

    ただ、その日は少し違いました。
    私自身が高熱状態。
    フロントは私一人。
    頭も重い。
    でも、止めるわけにはいかない。

    そんな中、一組のお客様対応で小さな綻びが起きます。
    連泊予約のお客様でした。
    ただし、一泊目と二泊目で予約名表記が違う。
    片方は漢字。
    片方は英語表記。
    でも電話番号等から同一人物と判断できていたため、現場側では同じ部屋でルーミングしていました。
    ただ、本来必要だった“連結処理”をしていなかった。
    その結果、システム上は「別予約」のまま。


    ライブ終わり。
    長蛇のチェックイン列。
    そのお客様が来られた時、システム上では翌日の部屋が変わっている表示になっていた。
    当然、お客様は納得できない。
    「なんで部屋変わるんですか?」
    その後ろには、疲れ切ったライブ帰りのお客様の列。
    そして、その瞬間から、フロント全体の空気が少しずつ変わり始めた。

    待ち時間。
    焦り。
    視線。
    空気が重くなる。

    しかも、最悪のタイミングで、館内BGMに当日のアイドルグループと色々噂のあった女性アイドルグループの楽曲が流れてしまう。

    本来はライブ当日のアイドルグループの曲を流していたはずなのに。
    あの瞬間の空気は、今でも覚えています。

    目の前の空気に稲妻のようなヒビが入る。
    視界に映るのはモノクロの世界。
    「やってしまった」
    という感覚。
    もちろん、曲を変えたところで本質的問題は解決しません。
    “小さな違和感”が空気を決定的に悪くする瞬間。

    お客様の不満。
    待っている人達の焦り。
    フロント側の疲弊。
    全部が少しずつ伝播していく。

    クレームは、“内容”だけで発生するわけじゃない。
    空気で増幅する。
    現場の焦りは、お客様にも伝わる。
    そして、お客様の不満もまた、現場へ伝播する。

    以前関わっていた大人向け宿泊系施設運営での出来事です。
    その時の小鹿は本社で現場の管理をする立場です。
    本社から少し離れた地域に、2店舗ありました。
    現地には地元採用の支配人。
    本社側は、売上や経費、人件費、などの数字を管理していました。
    数字だけを見ると、多少前年より弱い程度。
    極端な異常値ではありません。
    月に1〜2回程度、巡回にも行く。
    特別大きな問題があるようには見えませんでした。

    でも、ある日。
    たまたま近くで予定があり、日曜の昼過ぎに店舗へ立ち寄ることに。
    すると、駐車場に数台の縦列駐車。
    最初は何事かと思いました。
    でも、すぐに分かりました。
    「空き待ち」
    です。

    本来なら、日曜日の昼間は回転勝負なんですよね。
    土曜宿泊のお客様が午前中に大量チェックアウト。
    そこから日曜休憩利用へ切り替わる。
    つまり、清掃回転が生命線になる時間帯です。
    なのに、部屋が回っていない。
    慌てて裏口から入り、フロントで確認すると、さらに状況が見えてきました。

    清掃スタッフは午前中一人。
    午後も一人。
    しかも新人。
    これでは回るわけがない。

    でも、もっと驚いたのは、現場全体に、
    「危機感」
    が無かったことでした。

    フロント側も、
    「売部屋が無いなら仕方ない」
    という空気。
    清掃補助へ入る意識も薄い。
    とにかく、“自分の担当だけやる”状態になっていた。

    その瞬間、色々繋がりました。
    前年対比で売上が落ちていた理由。
    回転率が悪い理由。
    数字には出ていなかった現場の空気。
    全部、そこにありました。

    でも、その時点ではもう、
    本部
    現場
    支配人
    スタッフ
    それぞれが分断されていた。

    まずは、とにかく現場を回さないといけない。
    フロントへは、
    「支配人を至急呼んで」
    とだけ伝え、私はそのまま清掃へ。
    新人スタッフと一緒にルームメイク。
    フロントスタッフには、シーツ回収や備品補充を優先指示。

    清掃が終わった部屋から、空き待ちのお客様を順番に案内。
    完全に現場復旧モードでした。
    でも、本当に問題だったのは、その後でした。

    結局、支配人は来なかった。
    理由は体調不良。真偽はわかりません。
    ただ、後からシフトを見ると、さらに色々見えてきた。
    本社提出シフトと実際の勤務状況が違う。
    人員配置もバラバラ。
    本来、一番人を厚くすべき時間帯が薄い。
    逆に、不要な時間帯に人がいる。

    つまり、
    「現場の流れ」
    を誰も管理できていなかった。

    大人向け宿泊施設って、実はかなり“流れ”の商売。
    いつ宿泊が抜けるか。
    いつ休憩が入るか。
    どこで清掃が詰まるか。
    何室止まると回転率が落ちるか。
    そこを読めないと、数字以上に現場が壊れていく。

    でも、本社会議では、その支配人は非常に上手でした。
    外的要因。
    地域要因。
    景気。
    競合。
    色々説明する。
    本社側も、数字と説明を見て納得する。

    でも実際の現場では、
    部屋が回らず、
    お客様が待ち、
    売上機会が消え、
    現場の空気が死んでいた。

    あの時、改めて思いました。
    組織崩壊って、
    突然起きるわけじゃない。
    会話が減る。
    現場感覚が消える。
    問題を共有しなくなる。
    「どうせ言っても変わらない」
    になる。

    そして最後に、
    誰も全体を見なくなる。

    分断って、静かで無音。
    だから気づきにくい。
    でも気づいた時には、現場の“体温”だけが、確実に下がっている。
    ホテルでも。
    不動産でも。
    改修現場でも。
    結局、現場を壊すのは、単純な人手不足だけじゃない。

    「繋がらなくなった組織」
    なのかもしれない。

    現場崩壊は、
    突然起きるわけではない。

    小さな「ズレ」が積み重なり、
    あるラインを超えた時、
    一気に連鎖する。

    私はこれを勝手に、
    「現場崩壊マップ」と呼んでいます。

    画像



    インバウンド対応を例にすると、
    翻訳機がある。
    多言語案内がある。
    でも、
    「翻訳できる」と「意思疎通できる」は違う。
    そこに文化や前提のズレが入り込む。
    翻訳機は、会話を翻訳することはできる。
    でも、相手が「聞く状態」に入っていなければ、
    ただの “多言語スピーカー” という機械になる。

    先にも述べたように、現場崩壊には共通パターンがある。
    情報のズレ。
    時間のズレ。
    人間のズレ。
    前提のズレ。
    収益のズレ。
    これはホテル運営でも同じでした。

    理想論だけでは現場は回らない。
    でも、崩壊したままでも営業はできない。
    その間にある、
    ギリギリの“成立点”。
    そこを探し続けるのが、現場責任者の仕事だと。

    そして最終的に思うのは、
    AIも。
    システムも。
    DXも。
    確かに便利です。
    でも最後に現場を成立させるのは、結局「人」。

    崩壊しかけた現場で、
    何を優先するのか。
    どこを切って、どこを守るのか。

    その判断だけは、最後まで「人」。

    それは、
    「最後は人が現場を成立させている」
    ということです。

    最近、ホテル業界でもAIやDX化が急速に進んでいます。
    セルフチェックイン。
    翻訳機。
    RMS。
    自動価格調整。
    清掃管理システム。
    確かに便利です。

    実際、昔に比べると、現場負荷そのものは減った部分もあります。
    でも、その一方で、現場に立っていると時々感じる。

    「最後の1メートル」だけは、まだ人間が埋めているなと。
    例えばRM。
    AIは需要予測も価格調整もできる。
    でも、
    “その価格で来るお客様の期待値”
    までは完全には読めない。
    現場では、
    「この価格なら、もう少し案内を丁寧にしないと危ない」
    みたいな空気感があります。

    現場は、そういう小さなズレの積み重ねで崩壊していく。
    でも逆に言えば、
    そのズレを最後に調整しているのも、やはり「人」。

    AIが進化しても。
    システムが高度化しても。
    最後に現場を成立させるのは、
    空気を読み、
    優先順位を変え、
    崩壊寸前の現場で踏ん張る人間。
    そこだけは、まだ完全には置き換わらない気がしています。

    様々な「ズレ」を書いてきました。
    でも結局、私が現場で経験し、見てきたのは、
    「誰かが最後に踏ん張ることで、現場が成立している瞬間」
    だったのかもしれない。

    現場は、数字だけでは見えない。
    マニュアルだけでも回らない。
    AIだけでも成立しない。

    最後に現場を成立させていたのは、
    いつも誰かだった。
    私はそれを何度も見た。

    第四章 小鹿の答え

    だから今でも観測している。
    ただ、観測している対象は少し変わった。
    私は毎日、大阪市中央区の一部エリアのホテルを見ている。
    客室単価。
    残室数。
    イベント。
    OTAの出し値。
    前日からの値下げ、値上げ。
    その変化を、自作のExcelシートへ手入力。

    今どきです。
    AI全盛期。
    DX全盛期。
    脱Excel全盛期。

    先日参加したDX EXPOでも、
    「属人化をなくす」
    「脱Excel」
    「誰でも回せる」
    という言葉が並んでいた。
    もちろん正しい。
    おまけに、無料の試供品まで貰らって大喜び。
    が、しかし、「タダほど恐ろしいもんはない」という意味を、その後のアポ攻勢で思い知ることになる。

    私もAIは毎日使っている。
    便利さも分かっている。
    それでも私は、帰宅するとまたExcelを開く。

    なぜ、そんな非効率なことを続けているのか。
    自作エクセルが愛おしい訳でも何でもない。
    パワークエリはシート間で迷走したままで、月が替わるごとに数式コピペの貼り付け直し。
    たぶん私は、数字を入力しているのではない。
    その裏側にある違和感も一緒に入力しているのだと思う。

    あるホテルの料金が突然変わる。
    ホテルの空室が急に消える。
    大型ライブがあっても埋まるホテルと残るホテルが分かれる。
    数字だけ見れば説明はつくのかもしれない。
    でも毎日同じものを見ていると、
    「なんか変やな」という感覚が残る。

    RMとは未来を当てる仕事だと思っていた。
    でも今は少し違う。
    未来を当てる前に、変化を観測すること。
    違和感を拾うこと。
    その積み重ねなのかもしれない。

    AIは出力を強くする。
    DXも出力を強くする。
    が、「法則性」と「蓄積データ」にない
    「違和感」は出力できない。
    まれに、「市場追随」の弊害による「無限価格引下競争」が起きている。

    出力の前には入力がある。
    自動化や省力化の流れの中で、
    入力は減らすべきものとして扱われやすい。
    でも、入力の途中にしか見えないものもある。

    AIやDXは出力を見ている。
    私は入力を見ている。

    毎日同じホテルを見る。
    毎日同じ数字を見る。
    毎日同じ作業を繰り返す。

    その非効率の積み重ねが、私の脳内違和感探知センサーを育ててきたのかもしれない。

    観測していると、「変じゃないホテル」も見えてくる。
    多少の上下はあっても、
    大きく崩れないホテル。
    予想通りに売れるホテル。
    イベント日でも、お客様が真っ先に選ぶホテル。
    最初はブランド力だと思っていた。もちろんブランドも大きい。
    でも今は、それだけではない気がしている。

    価格が読める。
    サービスが読める。
    部屋が想像できる。
    朝食が想像できる。
    つまり失敗しにくい。
    お客様は価格だけを買っているわけではない。
    安心を買っている。
    予測可能性を買っている。
    裏切られない期待値を買っている。
    それらすべてをひっくるめて、非日常を買っている。

    私の最初のnote記事は、ホテルは「非日常を維持する仕事」だという話だった。
    五十本以上書いて、
    AIも見て、
    DXも見て、
    RMも見て、
    守破離も考えた。
    でも結局、また最初に戻ってきた。

    ホテルとは何なのか。
    私の答えは、非日常を提供する装置。
    建物。
    客室。
    朝食。
    大浴場。
    フロント。
    予約。
    価格。
    清掃。
    全部まとめて一つの装置。

    でもその装置は、電源を入れれば勝手に動くわけではない。
    誰かが掃除する。
    誰かが案内する。
    誰かが謝る。
    誰かが走る。
    誰かが最後のズレを埋める。
    だからホテルは、労働集約から逃げられない。

    AIも使う。
    DXも使う。
    RMも使う。
    でも最後は「人」。

    私は毎日ホテルを観測している。
    でも本当は違うのかもしれない。

    客室単価でもない。
    残室数でもない。
    AIでもない。
    DXでもない。

    私が見ていたのは、
    もっと別のものだった。

    そのことに気付き始めたのは、
    つい最近のことだ。

    第五章 まだ観測の途中

    私は昔から観測していたのかもしれません。

    金融機関が破綻した日も。
    生命保険営業で心が折れた日も。
    不動産会社を辞めた日も。
    リフォーム現場で鼻毛ハイター臭になった日も。
    病室の天井を見ていた日も。
    ホテルの現場でクレーム対応をしていた日も。

    当時はそんなこと考えてもいませんでした。
    ただ目の前の問題に振り回されていただけです。

    逃げて。
    震えて。
    失敗して。
    また逃げて。
    そんな人生でした。

    でも今振り返ると、不思議なことがあります。
    私は、いつも誰かを見ていました。

    金融機関が破綻した日。
    不安そうなお客様。
    謝罪が足りないと怒るお客様。
    逆に銀行員の心配をしてくれるお客様

    生命保険営業の時。
    断る人。
    契約する人。
    成功している営業マン。
    小鹿同様落ちこぼれ営業マン。
    体育会系宗教団体と揶揄されたノリの営業所長。

    不動産やリフォームの時。
    一世を風靡した不動産屋社長。
    競売現場で最後まで家の鍵を渡さない占有者。
    現場で監督する者がいないとすぐにサボる左官職人。
    毎日毎日何かの理由をつけて日銭の前借を言ってくるクロス職人。
    情報と現実のズレを修正する多能工。

    ホテルへ来てからは、もっとそう。
    物言わず背中でクレームを伝えるお客様。
    迷惑系配信者。
    桶ジュースに目を輝かせる子供たち。
    会話でなく異文化交渉になる海外からのお客様。
    ロボット並みの「ルームメイクマシーン」ロックドラマー。
    崩壊した現場を必死に支える清掃スタッフ。
    パートながら多言語フロントスーパーウーマン。

    そして、本物たちを見ていました。

    肉が寝ていると言う料理人。
    西成どや街の塗装職人の師匠。
    人の懐へ自然に飛び込む後輩君。
    空気ごと人を動かしてしまう支社長。

    みんな見ているものは違いました。

    でも共通していたことがあります。
    毎日同じことをやっていたことです。
    肉を切る。
    塗る。
    人と会う。
    現場を見る。
    それを何年も。
    何十年も。

    失敗しながら。
    怒られながら。
    迷いながら。

    それでも積み重ねていた。
    それでも見続けていた。
    だから身体に入っていた。
    だから説明できなかった。

    私は長い間、属人化という言葉を悪い意味で考えていました。

    でも最近は少し違います。

    属人化とは、誰にも真似できない特別な才能ではなく、誰かが積み重ねた観測の結果なのかもしれません。
    だから本物は説明が苦手なんだと思います。
    本人にとっては当たり前だから。
    身体に入ってしまっているから。

    そして私は、そんな本物たちを見ながら仕事をしてきました。
    金融でも。
    保険でも。
    不動産でも。
    リフォームでも。
    ホテルでも。

    業界はバラバラです。

    履歴書だけ見れば、統一感もありません。
    逃げてばかりです。
    辞めてばかりです。
    成功談らしい成功談も、あまりありません。

    それでも不思議なことがあります。
    全部が繋がっているようにも見えるんです。

    あの時の破綻も。
    あの時の挫折も。
    あの時の逃亡も。
    あの時の病気も。

    全部が今の観測へ繋がっているような気がします。

    私は毎日ホテルを観測しています。

    客室単価。
    残室数。
    イベント。
    OTA価格。
    AI。
    DX。
    RM。

    でも本当は違うのかもしれません。
    私が観測しているのはホテルではない。
    人なのかもしれません。

    今日もどこかで、誰かが現場を支えている。
    今日もどこかで、誰かが非日常を守っている。
    今日もどこかで、誰かが最後の一メートルを埋めている。

    私はそんな人たちを見ているのかもしれません。

    ホテルを観測していたつもりだった。
    でも振り返ると、
    観測していたのは人だった。

    そして私自身も、
    まだ観測の途中だ。

    だから明日も、
    たぶんホテルを見る。
    残室を見る。
    料金を見る。
    違和感を見る。

    そして、本物たちが「積み重ねた」ものに少しでも近づくために
    毎日、非効率な「入力」を続けていく。

    そしてまた、
    人を見ているのだと思います。

    どこかで師匠が、
    「ほらな(笑)」
    と笑っている気もします。

    知らんけど。

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    ホテル•不動産•改修現場など、実体験をベースで「現場」に起きる構造を観測しています。 RM、属人化、分断、現場崩壊、改修、競売。 数字や仕組みだけでは成立しない、'現場で本当に起きたこと'、'綺麗ごとでは回らない現実'など「現場の温度」を実務目線で書いていきます。

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