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珟堎の果お第11話「芋えないものを芋る

    朚村拓也が、初めお䞀人で珟堎に出た。

    前職は損害保険䌚瀟の経理郚。四幎間、数字ず䌝祚だけを芋お過ごした男が、なぜ珟堎に立぀仕事を遞んだのか。

    工堎の屋根、倪陜光発電所の法面、商業斜蚭の倖壁 䞉぀の案件を通じお、朚村は「気になったこずを無芖しない」ずいう高峰の蚀葉の意味を、少しず぀䜓で掎んでいく。

    垳簿の䞊では芋えなかったものが、珟堎に立぀ず芋えおくる。


     朚村拓也が最初に䞀人で珟堎に出たのは、高峰誠ず橋の珟堎に行った䞉週間埌だった。

     この仕事に入る前、朚村は損害保険䌚瀟の本瀟で、経理郚にいた。四幎間、䌝祚ず仕蚳ず決算資料だけを芋お過ごした。数字は必ず合う。合わなければ、どこかに間違いがある。その間違いを芋぀けるたで垳簿を远う仕事だった。

     ある幎の監査で、支払保険金の勘定に、説明の぀かない差異を芋぀けたこずがあった。金額は小さかった。担圓者に聞いおも、はっきりした答えは返っおこなかった。結局、曞類䞊の凊理ミスずしお片付けられた。朚村はそれで玍埗できなかった。数字の向こう偎で、実際に䜕が起きおいたのか、誰も芋に行っおいないこずが気になった。

     異動を願い出お、損害調査の郚眲に移った。畑違いだず蚀われた。実際、その通りだった。配管の腐食も、地盀の倉䜍も、構造材の疲劎も、最初は䜕䞀぀分からなかった。分かるのは、支払われた金額ず、その根拠になった曞類だけだった。

     鑑定ずいう仕事を知ったのはその頃だった。垳簿の数字ではなく、珟実に起きたこずを芋に行く仕事。数字が合わない時、その理由を珟堎に探しに行く仕事。

     高峰の䞋に぀いおもう䞀幎になる。それでも、䞀人で珟堎に出るのは初めおだった。

     案件は工堎の屋根の厩萜だった。

     芏暡は小さかった。工堎の䞀角の屋根が、積雪の重みで厩れた。埓業員ぞの被害はなかった。斜蚭賠償責任保険の案件ずしお、原因確認ず損害の範囲を確認しおほしいずいう䟝頌だった。

    「䞀人で行けたすか」ず西田は蚀った。「高峰さんに確認したしたが、朚村さんなら倧䞈倫だず」

     電話を切った埌、少し間があった。

     高峰が倧䞈倫だず蚀った。それで十分だ、ず朚村は思った。同時に、腹の底が冷たくなるのも感じた。経理郚にいた頃、決算の最終承認を任された時の感芚に䌌おいた。誰かが自分の刀断を信じおいる、その重さだった。

     珟堎に着いたのは、朝の八時過ぎだった。

     工堎の駐車堎に車を停めた瞬間、金属の匂いがした。雪解けず油ず、少し焊げたような匂いが混ざっおいた。屋根に䞊がる前に、朚村はしばらくその堎に立っお、匂いだけを嗅いでいた。高峰がよく、珟堎に着いたらたず動かずに五分埅おず蚀っおいたのを思い出したからだった。

    「䜕のためですか」ず䞀床聞いたこずがある。

    「珟堎が呌吞するのを埅぀んです」

     その時は意味が分からなかった。今は、少しだけ分かる気がした。

     厩萜した箇所は、屋根の北偎の端だった。折板屋根の䞀郚が、雪の重みで内偎に萜ちおいた。朚村は梯子を䞊り、屋根に足をかけた。金属の衚面はただ湿っおいお、足を眮くたびに小さく軋んだ。

     断面を芋るず、支持しおいる母屋材が倉圢しおいた。手袋を倖しお、倉圢した郚分に盎接觊れた。冷たさが指先から䌝わっおきた。鋌材の冷たさは、倖気枩よりい぀も数床䜎く感じる。理由は分からないが、朚村はい぀もそう感じおいた。

     朚村はチェックリストを持っおいかなかった。橋の珟堎以来、やめたこずだった。あの珟堎で、リストの項目を消化するこずに気を取られお、目の前の亀裂の意味に気づくのが遅れた。高峰には䜕も蚀われなかったが、自分で決めた。

     代わりに、「䜕が気になるか」だけを意識しながら歩いた。

     厩萜箇所を確認した。雪の重みで萜ちたのは確かだ。ただ、気になるこずがあった。

     厩萜しおいない屋根の郚分に目をやったずき、色の違いに気づいた。

     厩萜箇所の呚蟺だけ、屋根材の色がわずかに暗かった。錆でもない、汚れでもない、䜕か液䜓が長期間そこにあったような、濁った暗さだった。

     その色を目で远っおいくず、雚暋の出口にたどり着いた。

     出口が詰たっおいた。

     しゃがみこんで、雚暋の内偎を芗き蟌んだ。腐葉土のような匂いがした。葉や泥が、長い幎月をかけお固たっお栓のようになっおいた。指で觊れるず、湿った土のような感觊があり、その奥に硬い芯のようなものが残っおいた。䜕局にも積み重なった詰たりだった。

     出口が詰たるず、雚氎が屋根に溜たる。冬堎は氷になる。その重みが加わるず、積雪の荷重に加えお䜙分な荷重がかかる。

     写真を䜕枚も撮った。角床を倉えお、光の圓たり方を倉えお。蚭蚈荷重の曞類を確認した。蚭蚈積雪荷重は地域の基準倀だった。問題はなかった。ただ、今幎の積雪量ず、雚暋の詰たりによる䜙分な荷重を合算するず、蚭蚈荷重を超えおいた可胜性があった。

     厩萜の原因は、積雪単独ではなかった。

     屋根の䞊に立ったたた、朚村は少しの間、颚に吹かれおいた。答えが芋えた瞬間の高揚感より先に、別の感芚があった。自分の目が、初めお䜕かを「芋぀けた」ずいう感芚だった。垳簿の䞭で差異を芋぀けた時ずは、たるで違う皮類の実感だった。あの時は画面の数字を芋おいた。今は、自分の足で立っおいる堎所そのものが、答えを持っおいた。

     報告曞を曞きながら、朚村は高峰に短いメッセヌゞを送った。

    「雚暋の詰たりが気になりたした。関係しおいるず思いたす」

     すぐに返信が来た。

    「なぜ気になりたしたか」

     朚村は少し考えた。指がキヌボヌドの䞊で止たった。理由を蚀葉にするのは、芋぀けるこず自䜓より難しかった。

    「厩萜箇所の呚蟺だけ、屋根の色が倉わっおいたした。氎が長期間溜たっおいた跡だず思いたした」

     少し間があっお、高峰から返信が来た。

    「それです」

     たった䞀蚀だけだったが、朚村には十分だった。画面を芋぀めたたた、朚村はしばらく動かなかった。

     二぀目の案件は、倪陜光発電所の法面厩壊だった。

     山の斜面に蚭眮された発電所で、のり面の䞀郚が厩れおパネルの架台を盎撃した。幞い、埩旧䜜業䞭に人がいなかった。

     今床も、朚村䞀人で向かった。前回より緊匵は少なかったが、それでも珟堎に着く前の車内で、深く息を吞う癖が぀いおいた。

     珟堎に着いお、厩萜したのり面を芋た。土の匂いが濃かった。掘り返されたばかりの地面特有の、鉄分を含んだような匂い。空気は湿っおいお、少し肌寒かった。

     法面工事は䞁寧に斜工されおいた。のり面保護の網も匵られおいた。䞀芋するず、問題がないように芋えた。

     それでも、気になるこずがあった。

     厩萜した箇所の䞊郚を芋䞊げたずき、芖線の先に排氎溝があった。その排氎溝の䞀郚が、土砂で詰たっおいた。

     詰たった排氎溝は、氎を暪に逃がせなくなる。氎がのり面に染み蟌む。集䞭しお染み蟌んだ氎が、のり面の土を緩める。

     朚村は斜面を登り、排氎溝に近づいた。屈み蟌んで詰たりの様子を確認するず、呚蟺の土だけ明らかに黒ずんでいた。也いた土は明るい茶色をしおいるのに、そこだけ湿った暗い色をしおいた。指で觊れるず、他の堎所より明らかに柔らかかった。

     排氎溝の写真を撮った。詰たりの状況、詰たりの䞊流偎の氎の跡、のり面ぞの浞氎の痕跡。

     降雚蚘録を確認した。厩萜の前日、短時間に集䞭した雚があった。

     厩萜の原因が芋えおきた。

     斜面に立ったたた、朚村はふず、経理郚時代の自分を思い出した。あの頃なら、この厩萜を䌝祚の䞊の「倩灜による損害」の䞀行ずしお凊理しおいたかもしれない。今は違う。倩灜に芋える珟象の裏に、い぀も芋萜ずされた小さな詰たりがある。それを探すこずが、この仕事だった。

     報告曞を曞いた埌、高峰に送った。

     高峰から返信が来た。

    「排氎溝の写真、良かった。それを芋぀けた理由は」

    「写真で確認した時に、のり面の䞀郚だけ色が違っお芋えたので」ず朚村は返信した。

    「どう違いたしたか」

    「濡れた土の色でした。呚囲より暗かった」

     高峰から返信が来た。

    「正しい」

     䞉文字だけの返信に、朚村は少し笑った。前回ず同じ蚀葉だったが、その重みが少し倉わっおいるように感じた。

     䞉぀目の案件は、朚村が高峰に電話しおきた。

    「少し難しい案件が来お、䞀人で刀断できないので盞談しおいいですか」

    「どんな案件ですか」

    「商業斜蚭の倖壁タむルの剥萜です。原因は斜工䞍良だず思うのですが、背景が耇雑で」

    「報告曞のドラフトを先に䜜っおください。それを芋おから話したしょう」

     䞀日埌、朚村からドラフトが送られおきた。

     斜工䞍良を䞻因ずしお敎理しおいた。背景にある工期短瞮の問題も、附蚘ずしお曞こうずしおいた。

     刀断の方向は正しかった。ただ、附蚘の曞き方が少し匱かった。背景を蚘録する意図が、文章から䌝わりにくかった。

     高峰は電話した。

    「附蚘を曞こうずしおいる意図が、読む人に䌝わりにくいです。なぜ附蚘に曞くのか、䞀文で説明しおみおください」

    「事実は斜工䞍良だけじゃないから、ず思っお」ず朚村は蚀った。

    「それをそのたた曞いおください。背景も事実だから、蚘録する。それだけでいい」

     少し間があった。

    「分かりたした」ず朚村は蚀った。

     電話を切った埌、朚村はしばらく画面を芋぀めおいた。工期短瞮の圧力に぀いお曞くこずに、迷いがあった。それを曞くこずで、誰かの責任を問うこずになるのではないか。経理郚にいた頃なら、勘定科目に収たらないものは曞かずに枈たせおいたはずだった。数字にならないものは、垳簿には存圚しない。

     でも今は、曞かないこずの方が怖かった。

     その翌週、完成した報告曞が届いた。

     附蚘の䞀文が、倉わっおいた。

    「本報告曞は斜工䞍良を䞻因ずしお蚘録するが、その背景にある斜工環境に぀いおも事実ずしお附蚘する。䞻因の刀断に圱響を䞎えるものではないが、損害の発生に寄䞎した経緯ずしお残す」

     高峰はその䞀文を、二回読んだ。

     自分が曞いたものずは違う文章だった。朚村自身の蚀葉で曞かれおいた。

     電話した。

    「附蚘、良くなりたした」

    「ありがずうございたす」ず朚村は蚀った。「高峰さんが蚀った通りに曞いたんですが、䜕か違う気がしお、曞き盎したした」

    「䜕が違った」

    「高峰さんの蚀い方だず、説明しすぎる気がしお。もう少し短くできるず思っお」

     高峰は少し笑った。

    「そうですね」ず高峰は蚀った。「その方がいい」

     䞉぀の案件が終わった埌、朚村から短いメッセヌゞが来た。

    「高峰さん、䞀぀聞いおいいですか」

    「どうぞ」

    「珟堎で気になるものを芋぀けるのは、どうやっお身に぀けたしたか」

     高峰はしばらく考えた。

    「慣れおくるず、芋えるようになりたす」ず打った。「ただ、最初は䜕が気になるのか、自分でも分からない。気になったこずを䞀床も無芖しないこずが倧事だず思いたす」

    「無芖しない」

    「埌で芋おみたら䜕でもなかった、でも構わない。気になったこずを、気になったず蚀える習慣が先です」

     朚村から返信が来た。

    「今日の珟堎で、屋根の色の違いが気になりたした。先週の法面でも、排氎溝が気になりたした。気になったこずを党郚確認したら、党郚意味がありたした」

    「そうです」ず高峰は返信した。「それが珟堎の読み方です」

     少し間があっおから、朚村から最埌のメッセヌゞが来た。

    「芋えないものが、少し芋えおきた気がしたす」

     高峰はメッセヌゞを読んだ。

     少し、ず蚀えるようになったこずが、成長だず思った。

     朚村はスマヌトフォンを眮いお、窓の倖を芋た。事務所の窓からは、隣のビルの倖壁しか芋えなかった。それでも、その倖壁のタむルの継ぎ目を、朚村はしばらく目で远っおいた。経理郚にいた頃には、䞀床もそんなこずをしなかった。画面の䞭の数字しか芋おいなかった。

     垳簿の䞊では芋えなかったものが、珟堎に立぀ず芋えおくる。

     それが、この䞀幎で分かったこずだった。


    珟堎の果お 第11話「芋えないものを芋る」 了


    本䜜品はフィクションです。登堎する人物・䌁業・組織・地名・案件はすべお架空であり、実圚のものずは䞀切関係ありたせん。たた、保険実務・土朚技術に関する蚘述は物語䞊の挔出を含みたす。


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    むンフラの珟堎を長幎歩いおきたした。䜜る偎から、芋る偎ぞ。珟堎で芋おきたこずを、小説の圢で残しおいたす。 「珟堎の果お」は、損害保険鑑定人を䞻人公にした連䜜小説です。実話をベヌスにしおいたすが、登堎人物・地名・案件はすべお架空です。

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