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雪舟䌝説(※雪舟展ではない)感想 京郜囜立博物通

    高芋枩| On Takami

    今幎の䞊半期を代衚する日本矎術の展芧䌚です。䌁画が発衚された時点で話題沞隰でしたから、長蛇の列を心配しおいたのですが、平日は空いおいたす。

    本展は雪舟の芞術を芳るずいうこずから少し進んで、圌の䜜品や䜜颚がどのように埌進に継承されお「画聖」ず呌ばれたかを蟿るものです。

    抂芁

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    《秋冬山氎図》

    気分が高たるような有名䜜品からスタヌトしたす。教科曞でお銎染みの《秋冬山氎図》《山氎長巻》に《倩橋立図》《慧可断臂》などなど、雪舟の真䜜がずらりず䞊ぶ圧巻の内容でした。

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    《慧可断臂図》
    雪舟のあらゆる墚の技法が発揮されおいる。

    石橋財団の《四季山氎図》はありたせんでしたが、東京ず京郜の囜立博物通所蔵の傑䜜は揃っおいたすし、莅沢ずいう他ありたせん。ただ展芧䌚の機胜的には、「これが雪舟です。ここからみんな掟生しおいきたすから芚えおおいおください」ずいう意味合いが蟌められおいたす。

    そうでなければ、《砎墚山氎図》から目をスラむドさせるず毛利博物通の《山氎長巻》(日本の矎術でも最高傑䜜のひず぀だず思う)が䞊んで、次のブヌスに行けば《倩橋立図》《四季花鳥図》《慧可断臂》が䞊ぶずいう、前代未聞の展瀺は行われないでしょう。

    それからすぐ雰囲気が次の時代になるこずは、階段を降りおいるうちに分かるのですが、「䌝雪舟」の話になりたす。
    雪舟の䜜品は各所有者が秘匿に近い圢で保管しおいたので、実際には雪舟の絵の暡倣やその暡倣、停物ずいったものが無数に制䜜されおいたした。そしおそれらが雪舟的な衚珟ず芋做されお、継承しおいくのです。

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    䌝雪舟《富士䞉保枅芋寺図》16侖简
    氞青文庫蔵

    こちらが雪舟の代衚䜜のように長く思われおいたようで、そっくりの䜜颚で描いおいるものが芋られたす。

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    狩野山雪《富士䞉保枅芋寺図屏颚》

    ずいったように、雪舟䜜ではない䌝雪舟をメむンにした圱響や構図の拝借がひたすら続いおいく様が、やや肩を萜ずしおしたうのず同時に非垞に面癜く思えたす。

    「雪舟䌝説」なので、雪舟の本䜜である必芁はなく、むマゞナリヌ雪舟の暩嚁が倧切にされおいき、最初に芋た真䜜たちずは䌌おるようで䌌぀かないものばかりに倉容しおいくのです。党䜓を通しお、早々に狂った䌝蚀ゲヌムを芋おいる気分になりたした。

    感想

    ①出オチ

    やはり最初の゚リアの豪華さず感動の印象が匷すぎお、あずは消化詊合のようなものになっおしたっおいたす。

    それだけ雪舟が凄かったずいうより、䌝雪舟にた぀わる系譜を蟿るずいうこずなので早々に歪んでいるのず、狩野掟の粉本䞻矩(写しおそれをさらに写しお増やし、䜜品に応甚する)の様子を芋るのが䞭心になっおしたうため、どうしおも芋応えはずいう話になりたす。

    雪舟の䜜品があっお、隣に䟋えば雲谷掟の䜜品が䞊び、圱響関係を明瞭にするずいうような、比范型の展瀺だず思っおいたした。それなら終盀たで雪舟ずその圱響ずいう緊匵感を保おたかもしれないですが、しかしそうではありたせん。おおむね䌝雪舟ずの比范になっおしたうため仕方がないずはいえ、冒頭に党集䞭させず分散した方がいいのかなず思いたした。

    最初は混んでいたすが、䞋の階に行くほど閑散ずするので、芁はほずんどの鑑賞者が最初で満足しきっお足速に䌚堎を出おいたす。

    ②狩野叀信の囜宝に぀いお

    質問箱に来おいたので知っおいたのですが、雪舟の《山氎長巻》の暡写である狩野叀信のものが囜宝ず堂々ず展瀺されおいたのは、さすがに困惑しおしたいたす。

    附囜宝ずいうもので、囜宝の付随物ずしお指定されおいるものです。囜宝ではありたすが、単独では指定されおいない別皮なので、違和感が非垞にありたした。

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    䟋えば高野山の霊宝通の展瀺になりたすが、囜宝ず「囜宝附属」ず曞き分けおいたす。そうした方が正確だず私は考えたす。

    ③雪舟のアクの匷さず個性の爆発

    雪舟様匏なるものは、雪舟の匷烈な癖や個性を削ぎ萜ずしお消しお、みんなに䜿いやすいものに脱臭したものなのではず思うくらい、返っお雪舟の凄みが浮かんできたした。

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    《山氎図》
    了庵桂悟賛の最晩幎䜜

    よく蚀われるような雪舟の皲劻のようなゞグザグの倧地ず導線の展開は、次の時代には受け継がれおおらず、埌䞖の、特に狩野探幜が雪舟に芋出した湿最で瀟排な雰囲気は真䜜にはないように思いたす。

    振り返るず個性が匷すぎる、埌続の人たちも匕き立お圹にしおしたうくらい匷烈でしたが、それは宀町氎墚画の巚匠ずいうパッケヌゞから解き攟たれた䌁画だからこその発芋です。雪舟はなぜ特別なのかを盎感できるたたずない機䌚です。

    ④なぜ「画聖」なのか。ナショナリズムず倩心ず

    䜜品を芳ただけでは分からないのは、画力が傑出しおいるのは分かっおも、なぜひずりだけこれほど究極の䜍眮にいるのかずいう疑問に぀いおです。

    それに぀いお述べた、図録の巻頭にある犏士雄也氏の文章は玠晎らしいず思いたした。そこで岡倉倩心の話が出おきたす。1911幎にボストン矎術通で行った講挔で、岡倉は “Sesshu, the great Japanese painter of the 15th century”ずしおいたす。1922幎の初蚳では「日本の倧画家雪舟」だったのですが、1936幎になるず「日本の画聖雪舟」ずいう語になっおいたす。

    この違いはおそらくナショナリズムによるものです。そもそも明治時代以降の雪舟の特別芖の根拠は、『本朝画史』に蚘茉された「(留孊先の)明の画家から孊ぶべきものは䜕もなく、自然を垫ずした」ずいう゚ピ゜ヌドを念頭にしおいるわけでもありたす。

    雪舟に限らず䜜品の質ず䟡倀は基本的に異なるものです。質は䜜品に宿りたすが、䟡倀は共同䜓に宿りたす。単玔に優れた䜜品を残したから高く評䟡されおいるず考えるのは、あたりに玠朎な芋方でしょう。

    珟に雪舟の研究は日枅戊争以降に、いかに䞭囜絵画ずは異なり日本の氎墚画を打ち立おたのかずいう芋方が䞻流になりたしたし、偉人ずしおの顕地は1939幎や1940幎に像や碑文が各地に建おられたりず、やはり東アゞアの盟䞻たらんずした日本人の自尊心をくすぐる存圚だったのでしょう。

    雪舟の䜜品に぀いおは拙宗号の問題等でホットな展開を迎えおいたすが、雪舟の評䟡に぀いおはこれから話になるこずを祈りたす、ずたずめられおいたす。

    だずしたら近代以降の資料も出しおほしかったずいうのが本音になりたす。狩野芳厖を出しおいたすし、明治の雪舟受容ずナショナリズムの関係を提瀺する郚屋がひず぀最埌にあったら、グッず内容的に密床が高たったず思いたす。狩野掟はもっず少しでいいので、そちらをやっおずなりたす。

    センシティブ過ぎるので図録で補填しおいるのでしょうが、これがないため、「やっぱり雪舟は凄いんだ」で終わっおしたう恐れがあるず思いたす。図録だけでなく䞀郚屋蚭けるべきでした。ずいうわけで図録はおすすめです。

    たずめ

    30幎に䞀床ずいうクラスの貎重な機䌚です。このためだけに䞊掛する䟡倀がありたす。最新の研究成果もあれば、珍しい䜜品もたくさん芋られたす。個人的には尟圢光琳の雪舟画メモは驚きたした。あたり単独では脚光を济びない䜜品も系統付けられお芳られるのは、玔粋に楜しいです。

    正確に蚀えば、雪舟をもずにした江戞絵画展でした。狩野探幜や山雪、曟我蕭癜に若冲、池倧雅や北斎たでおんこ盛りなので県犏ですが、やはり才胜がある人は孊んだものずは違うものにどうしおもなっおしたうのだなず、改めお思いたした。匷すぎる個性は孊習から嫌でもはみ出しおしたうのです。

    様々な䜍盞で気づきが倚いものでした。いく぀か気にかかるずころがあり、手攟しで激賞ずいう蚳にはいきたせんが、䜕ずなく凄い偉人が、なぜ凄いのかを知りたい堎合の最適解が瀺されおいるように思いたす。

    䜜品のみでなく、その文脈や継承ずいった広がりを瀺す日本矎術の展芧䌚がもっずみたいです。

     
     
     
    旅日蚘だったり、぀ら぀らず長文を曞くこずもあったりしたす。読曞蚘録以倖はほが限定蚘事ずなっおおりたす。連絡や䟝頌はontakami92@gmail.comたで