見出し画像

プロ野球の「応援団」はNGだが、Jリーグの「サポーター」はOKだという玉木正之の矛盾

 玉木正之(スポーツライター、スポーツ文化評論家)が、Jリーグが始まった1993年に出したJリーグ礼賛本『Jリーグからの風』(玉木正之の他、中村敏雄、二宮清純などが寄稿)は、プロ野球の「応援団」はNGだが、Jリーグの「サポーター」はOKだという矛盾に満ちた一冊である。


玉木正之の執拗な「応援団」否定論

 プロ野球(NPB)をはじめとして、高校野球、大学野球、社会人野球など、日本野球には「応援団」の観戦文化が存在する。一方、米国のメジャーリーグには、基本的にそのような観戦文化は存在しない。

 それを互いの文化の違いとして尊重できずに、日本野球における「応援団」の存在は、ベースボール本来の趣おもむきを壊す単なるノイズ(騒音)にすぎないと否定する頑迷な人が、日本には一定数存在する。

 それは特にメジャーリーグ通を自認する人に多い。スポーツ評論の世界では、玉木正之とか、彼を心の師と仰ぐ広尾晃(野球ライター)などがそうである。

 玉木正之の「応援団」嫌いは昔からの、かつ執拗なものである。1990年刊の『プロ野球大事典』には「応援団」という立項がある。

おうえんだん【応援団】

①野球を見るよりも、グラウンドに背を向けてドンチャン騒ぎをするほうが好きな観客たちが集まってつくった集団。

②自分では何もできないくせに、何かをできる人物たちに声援を贈ることによって、彼らが何かをできるようになった、と思い込むことができる幸福な連中が集まってつくった集団。

③その発祥は、明治時代にスポーツをすすんで取り入れた大学と旧制高校であり、早慶戦の野球や隅田すみだ川レガッタといった試合が人気を集めはじめるとほぼ同時に、応援団の歴史は日本のスポーツの歴史と歩みをともにしている。

④それは、スポーツを「やる人」と「見る人」が完全に分離した後の近代スポーツが分離していないスポーツの歴史、飛び入り自由の時代のスポーツの歴史が欠落しているため、「見る人」が専門化してしまったのだ。しかも応援団には、所詮しょせん主流(スポーツをやる人)ではなく、傍流(スポーツをやらない人)であるというコンプレックスだけは存在し、そのため、バンカラ、はぐれ者、あるいはヤクザといった、社会の傍流としての存在と似通った体質を持つまでになる傾向が生じた、といえるようにも思われる。

玉木正之『プロ野球大事典』92頁

 玉木正之が、ここまで断定的に日本野球の「応援団」を悪し様に言えるのは、何より、米国メジャーリーグの流儀とはハッキリ違うからである。メジャーリーグは常に正しく、メジャーリーグは常に正しいのだから決して間違っていないという思考である。

学ラン「応援団」の起源は?

 ところで玉木正之は、NPBの野球で言うところの「応援団」と、大学や高校で体育会・部活動として行われる学ランを来た学生たちによって行われる「応援団」を混同している。

 ちょっと寄り道して、後者の学ラン「応援団」の起源については、横尾朗大(本郷学園応援委員会監督)による研究レポート「学校教育における〈応援団〉をめぐる考察」(2014年)によると次の通りである。

 明治時代の旧制一高と三高の野球の定期戦を応援団の出自とする説や、一説によれば明治36年〔1903年〕、旧第一高等学校が横浜の外人クラブ〔横浜カントリー・アンド・アスレチック・クラブ=YC&AC〕と横浜公園で行った野球試合に、当時の一高生が開通間もない東海道線の汽車で乗り込んで、応援を行ったのがそのはじまりであると言われているなど、応援団の起源には諸説ある。ただし、すでに1890年代後半には、「聲援隊せいえんたい」、「應援隊」の呼称で応援組織が登場していた、との記述もあり、いずれにしても明治時代の学生たちの気風によって醸成されたものであることは間違いない。

横尾朗大「学校教育における〈応援団〉をめぐる考察~本郷学園応援委員会の活動を通して」

 これを(さらにリンク先を詳しく)読むと、玉木正之が書いた学ラン「応援団」の起源は大筋では間違っていない(玉木正之は学問的にデタラメなので、その記述はそれだけでは信用できない)。

玉木正之の矛盾、ダブスタ、ご都合主義

 話を戻して、それでは玉木正之は『Jリーグからの風』の第1章「スポーツを楽しむために」で、Jリーグの「サポーター」をどのように評価していたのか?

 日本に近代スポーツが輸入されたとき、すでに「やるひと」と「みるひと」が分離していたという事実はくつがえすことができず、ただ不幸というほかない。が、Jリーグの各チームが地域社会と密着し、地域住民との交流を重視する中で発展するなら、「応援団」のようなスポーツの本末を転倒した集団はうまれてこないにちがいない。したがって、Jリーグ・ホームタウンの各サッカー場につめかけるファンのことを「応援団」とはいわずに「サポーター」と呼ぶのは、非常に大きな意味のあることであり、彼らが新しい応援のスタイルをつくりあげ、さらに各ホームタウンのクラブの一員となれるような(会費を払ってクラブに参加し、みずからも下のレベルのチームでプレイを楽しめるような)クラブ組織が完備すると、日本人の応援のスタイル――スポーツに対するスタイルも大きく変化するに違いない。

玉木正之「スポーツを楽しむために」@『Jリーグからの風』92頁

 唖然。これを読んだ、NPBの「応援団」関係者(あるいはJリーグの「サポーター」関係者も)は、玉木正之の見解にダブルスタンダードやご都合主義を感じるのではないか。

 NPBの「応援団」もJリーグの「サポーター」も、外見上、応援(チアリング)ということでは似通ったところがある。玉木正之の言葉を借りれば、どちらも「自分では何もできないくせに、何かをできる人物たちに声援を贈ることによって、彼らが何かをできるようになった、と思い込むことができる幸福な連中」であることに違いはないからだ。

 NPBの在り方には常々批判的だった玉木正之は、そのアンチテーゼとして登場したJリーグには熱烈に肩入れした。だからNPBの「応援団」は全面的に否定するが、Jリーグの「サポーター」は屁理屈を付けて肯定するという矛盾を来しているのである。

欧州サッカーの「サポーター」に近いNPBの「応援団」

 ウィリアム・W・ケリー(米国イェール大学教授、社会人類学、日本研究)の『虎とバット~阪神タイガースの社会人類学』(2019年)では、NPBの「応援団」はメジャーリーグの試合の観客よりは欧州サッカーの「サポーター」に近いと評価している。

 デズモンド・モリス(動物生態学者)の『サッカー人間学~マンウォッチングⅡ』1983年、原題:The Soccer Tribe)には、(伝統的な)英国サッカー流の「試合の展開に応じて自然発生的に歓声が湧き上がり、静まる」観戦文化と、欧州大陸サッカー流(イタリア、スペイン、ドイツなど)の「トランペットや太鼓によるファンファーレ、多彩なチャントで意図的・継続的に熱狂を作り出す」観戦文化のふたつがあると書かれてある。

 この伝で言えば、米国のメジャーリーグの観客は前者に近く、日本のNPBの「応援団」は後者に近い。

 玉木正之の説に従えば、前近代からの「やる人」と「見る人」の境界が曖昧だった歴史を持ち、「応援団」の観戦文化が希薄だったという点ではメジャーリーグ野球と英国サッカーは似ており、一方、前近代の歴史を持たず「やる人」と「見る人」が初めから分離していたから「応援団」の文化が発達したという点では欧州大陸サッカーとNPBは似ている。

 しかも、デズモンド・モリスは両者どちらの観戦文化が正しいとか間違っているといった価値判断を下していない。

 メジャーリーグや英国サッカーが「選手がプレーする。観客はそれを見る」が自然なのに対して、NPBや欧州・南米・Jリーグなどのサッカーでは「選手がプレーする。観客も声援によって試合に参加する」という発想が成立している。後者には「スポーツを個人で鑑賞するのではなく〈共同体〉として体験する文化」が成立しているのである。

 サッカーの「サポーター」が肯定されるのならば、NPBの「応援団」が否定されるいわれはない。

日本野球の「応援団」の起源は米国

 玉木正之や広尾晃らによる日本野球の「応援団」に対する批判……というよりは嫌悪のお気持ち表明は、ウィリアム・W・ケリーが「日本野球の〈応援団〉の起源は、20世紀初頭に早慶両大学の野球部関係者が米国遠征をして、当地のカレッジフットボールの応援文化を輸入したモノ」という説を発表してから、かなり潮目が変わったような気がする。

 この説は「応援団」否定派にとっては「不都合な真実」であったからである。

 メジャーリーグ公式サイトで2025年1月20日にの掲載された、Michael Clairによる「Japan's iconic cheer squads? You can thank college football」は、ウィリアム・W・ケリーの説を補強するものである。

 1905年、早稲田大学野球部が米国遠征を行った際、現地のカレッジフットボールでは既にマーチングバンドや学生による集団応援が行われていました。早稲田大学の選手たちは、それを日本に持ち帰った。

 玉木正之や広尾晃ら「応援団」を嫌悪する人々が心の拠り所とする、メジャーリーグの公式が日本野球の「応援団」文化にお墨付きを与えたのである。これも都合が悪い。

 さらに、先に引用した横尾朗大「学校教育における〈応援団〉をめぐる考察」を読むと、米国由来の「応援団」文化と以前から日本にあった学ラン「応援団」文化は、1905年(明治38)に行われた野球の早慶戦で結び付いたようである。

 その応援文化は、東京六大学野球→高校野球→プロ野球という順番で広がっていった。

 それ自体が否定されるいわれはない。

長嶋茂雄の「球音を楽しむ日」も定着しなかった

 そういえば、2000年6月に長嶋茂雄が提唱したNPBのノー鳴り物デー「球音を楽しむ日」も結局は定着しなかった。

 前出のMichael Clairは、最近の若い日本人ファンにとって「応援団」による一体的な声援は「当たり前」になっており、逆にメジャーリーグの試合を見て、観客が組織的に歌わないことに驚くほどだと指摘する。価値観はそれほど変化しているのだ。

 玉木正之や広尾晃が、日本野球の「応援団」文化に好き嫌いがあるのはかまわない。しかし、それをスポーツとして、スポーツ文化として間違っているかのように断罪することは間違っている。

†

 最後までお読み下さいまして有難うございました。(文中敬称略)

いいなと思ったら応援しよう!