「あとでやろう」が積み重なるとき
このところ、すごく散らかっていたわが家のリビング。
テスト期間中の娘の教科書やワークがいろんなところに散らばっていたり、「あとでやろう」と思っていた洗濯物の片づけが滞っていたり。
ちょっと置きにしていたはずのワゴンやキッチンカウンターが気づけばちゃんとした物置きになってしまっていたり。
いつも娘の片づけられなさに呆れている私なのですが、そもそも私にもそういうところってあるなあ、という現実に直面して気まずさを感じていたのです。
「あとでやろう」と先送りにしてしまう自分の心の状態を深掘りしてみると、何かをしようとする気力そのものが少しずつ減っていたのだと思います。
そして、それが積み重なり、心まで動けなくなっていたのかもしれません。
夕方、仕事から帰った私は「ごはんを作るよりも片づけたい」という心の声を優先してみることにしました。
忙しく働いた一日だったので、体は重だるく疲れていましたが黙々と片づけていきます。
主婦にとって「今日はごはんを作らなくていい」という免罪符の効果は絶大です。
娘のものは一旦階段へ移動させて、溜まっていた洗濯物も畳んで定位置に。
朝バタバタの中でぐちゃぐちゃになっていたメイク用品を整理すると、思っていた倍はリップを持ってることに気づきました。
定位置がなく長らく放置されていた、タオルキャップは思い切って裁断してウエスとして生まれ変わりました。
レシートも家計簿アプリに入力して、どんどん捨てていきます。
不思議なことですが、一つ、また一つ物が片づいていくたびに、重たかった体が少しずつ軽くなっていくんですよね。散らかっていたのは物ではなかったのかもしれない。
ダラダラしてるはずなのに、心の片隅では「やらなきゃ」が動き続けていてちゃんと休めてない自分。
不快を感じながらも、やる気が出ない自分。
そんな自分をまた責めてしまう自分。
そんないろんな自分が心の中でぐちゃぐちゃになっていたのかもしれません。
物たちが持ち場に戻っていくのと並んで、心がゆるんでほどけていくのを感じました。
部屋の中をあちこち動きまわり、夢中で片づけていきました。
娘のピアノのレッスンが終わったらごはんは食べに行こうと決めていたので、その時間までひたすら片づけて、片づけて。
完璧まではいかないけれど、そこそこの状態までリセット完了。
ごはんを食べて帰ってくると、すっきりしたリビングが出迎えてくれました。
場の空気が全然違うんです。
澱んでいたものが、すーっと流れを取り戻した。
そんな空気の変化を感じました。
片づけって、自分が心地よくすごすためにすることなんだなあ。
自分のすごす場を整えるって、自分を大切に扱うこと。
娘にもこの心地よさを伝えたい!
そのためには、まずは私。
思わず苦笑いしながら、片づけたいという気持ちを優先してくれた自分に「ありがとう」を伝えた夜でした。
翌朝、こどもを見送り静かになったリビングを見わたすと、娘の教科書と制服のスカートが床に点在していました。
大丈夫。今日の私は心穏やかに小まめな片づけをしていきますからね。