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Photo bysatoh_walker

「街の颚景」

     池袋のベロヌチェの地䞋で、煙草を本吞った。この暑さだ、炎倩䞋の駅前の屋根のない喫煙所ではもはや煙草を吞うこずは出来ない。連日、気枩は35℃以䞊あり䜕もしなくおも眠気が襲っお来る。2杯目ずなるアむスコヌヒヌは氷が溶け始めおいおコヌスタヌ替わりの茶色の玙ナプキンがみるみるビショ濡れになるほどだった。7月もせわしく過ぎおゆく。こうしおコヌヒヌを片手に、ゆっくりずテヌブルの䞊に、このノヌトを拡げるような䜙裕もなかったのだ。

     亀有たで盎行する。駅前にあるBECK'S COFFEE SHOPで゜ヌセヌゞずポテトのアメリカン・ドックずコヌヒヌを泚文する。最寄りの駅に早く着き過ぎおいるので時間調敎をしおいる。ここからバスに乗っお珟地たで移動するので遅れるよりは少し早めに着いお、アメリカン・コヌヒヌの1杯でも飲んで、぀いでに可愛いりェむトレスに芋ずれおいる時間も私には必芁だった。䞀昚日は䞭野からバスに乗り、昚日は綟瀬からバスに乗りそれぞれ仕事先たで向かった。そしお今日は亀有からバスに乗っお・・ずいうこずで今日は『郜バスの日』。
    「郜バスの日郜バス開業の日」
    ” 1924(倧正13)幎1月18日に、郜バスの前身にあたる「東京垂営乗合バス」が、巣鎚駅東京駅、䞭枋谷駅東京駅の2系統区間で11人乗りバスずしお営業を開始したこずにちなんで東京郜亀通局が蚘念日に制定しおおりたす。”
    「ダレトク雑孊トリビア」参照

     普段より30分遅く目芚たしをセットしたのに、倜半に2床も目が芚めたので、䟋の劂く寝たような眠り足りないような、そんな朝だった。今朝は新朚堎たで盎行するこずになっおいた。流しにあったゞョッキずマドラヌ、それずショット・グラスなどをスポンゞで掗い終えたのちに、コヌトを矜織っお郚屋を出た。気枩℃。䞡手には手袋が必芁だった。このずころふず我に返るず電車に乗っおいる。職堎からの垰り道も、こうしお再び、朝仕事に出かけるずきも。倜、灯りを消しお眠っおいるあいだに、次の日がもうやっお来るような感芚だった。乗り換える頃に、埮睡みは霧散し終着駅を告げるアナりンスが繰り返されるなか、プラットホヌムぞ降りお歩かねばならない。
    2か月ほど前にも1床、新朚堎たで行ったこずがあった。その時には朚材博物通があるこずを知っお倧いに興味を惹かれたが、あいにくずその日は䌑通日であり通内に入るこずが出来なかった。この町は海に囲たれた朚堎ず、朚堎ずの間に橋が架けられおあり玄束の橋、䜐野元春、頭䞊には湟岞道路、銖郜高速湟岞線が走っおいる。車道にはシャドり・オブ・ザ・ストリヌト䜐野元春、コンテナのトレヌラヌや、トラックが走っおいお暪断歩道の信号を埅぀間が、ずおも長い時間に感じられた。地図で芋るず少なくずも2぀の倧きな公園、蟰巳の森緑道公園ず新朚堎公園があり、未だ私はそのどちらにも蚪れたこずはなかった。新朚堎公園は駅から千石橋を枡ればその先にあるようだった。
     朝10時の蚪問先には、15分も前に着いおしたった。もう少し珟地たで歩くだろうず思っお早めに新朚堎駅たで有楜町線で移動したが、10分足らずでその事業所の前に着いおしたったずいうわけだった。玄関先でコヌトを脱いで事務宀ず曞かれた1階のガラス戞を匕き開けお䞭ぞ入った。
    「少しただ早いのですが、」
     ず受付に出お来おくれた女性瀟員に告げお、担圓の方のお名前を告げようずするず既に2階から私を出迎えに降りお来おくれおいたずころだった。私は圌のあずに぀いお階段を䞊がり応接宀ぞ招き入れられたのだった。30分ほど話した埌、お茶ずお時間を頂いたこずにお瀌を述べおその䌚瀟を埌にした。通りに出るず、海が近いせいか、空が柄み枡っおいお空が青く感じられる。陜射しだけは暖かいが、吹く颚が冷たい朝の出来事だった。

     18時30分、退勀。今日も1時間の残業。地䞋鉄に乗りむダホンをセットしお『Late For the Sky』JACKSON BROWNEのアルバムを聎いおいる。氎曜日の倜、ピチピチのレザヌ・パンツを履いた女が、さっきからこちらを芋おいる。䜕かの芋間違いかも知れない私はこっちを芋おいる女の芖線から目を逞らしお私は列車を降りお改札口を抜けた。真っ赀な口玅の女。
     今朝は浜束町たで盎行した。原宿たで行き、そこからJRに乗り換えお時間通りに間に合った。浜束町の界隈には前職の仕事でも蚪れるこずがあった。懐かしさもあっお駅の改札口を出お歩き始めおみるず、随分ず街䞊みは倉わっおいお䜕ずなく面圱は残っおいるように感じおも、やはり時間の経過ず共に建物も店も人も皆、倉わっおしたっおいた。アポむント先で30分ほど事業内容の説明をしおビルの9階にあるオフィスから゚レベヌタヌで地䞊に降りお私は再び歩き始めた。1月最埌の氎曜は、良く晎れおいた。信号が替わり駅の方面ぞ向かった。昔、亀差点の角にあったBurger Shopは、もうなくなっおいお代わりにその堎所には携垯ショップが出来おいた。ハンバヌガヌを食べたりコヌヒヌを飲んで営業の合間に䞀息぀いた店が跡圢もなしに無くなるのは東京らしいが䜕ずなく寂しさを芚えた。
     
     翌日。就職むベントの準備で1日、事務所にいお䜜業をしおいた。昌䌑みに近くの目利きの銀次に行っお同僚ず2人で海鮮䞌を食べお戻っお来ただけで朝から倕方たで䜜業が続いた。冊子の䞭にアンケヌト甚玙を1枚はさみ蟌む䜜業150郚、それから明日、むベント䌚堎で䜿甚するさたざたな備品を棚から出したあず、持ち運びしやすいように箱の䞭にポスタヌを巻いお入れたり色んなこずをしおいた。
     
     あさ、新河岞たで盎行する。月曜の倧雪がただずころどころ溶けずに残っおいた。巣鎚から郜営䞉田線で新高島平たで行き、そこから歩いた。事業所ぞ曞類を届けたあずオロナミンCを1本飲んだ。職堎ぞ戻っおから、ずら八で日替わりの定食を頌むず豪勢なおかずが運ばれお来お倧満足だった。手づくりヒレか぀、千切りキャベツ、ひじき、銙の物、味噌汁に倧きな甘酢のだんごが2぀、癜飯。これにごはんず味噌汁のお代わりも出来お飯の倧盛もOK。
    950円なり。

     垰りの電車の䞭で、『ONBORO』SIONの歌声が聎こえる。地䞋鉄は停車したたた埌続の列車の到着埅っお発車するアナりンスが流れおいる。向かいのビルでは塟の生埒たちが机に向かっお勉匷しおいる姿が窓から芋える。文庫本を読む人、電子曞籍を広げる人、スマホを眺める者、眠る人、雑誌を眺めおいる人etc.
    SION、Tom Waits、Jackson Browne、怍垣麻衣子、ほのかりん、なかなか良い遞曲センスだなず思っおラベルを芋るず自分で䜜ったプレむリストだった。オロナミンCの広告、粒みそのコマヌシャル、列車のドアの䞊のTVからは色んなコマヌシャルが流れおは消えおゆき、列車は今日も遅れおいた。月曜は列車が4時間ほど動かなくなり倧雪の降った日の倜は午前零時近くにようやく家にたどり着いた。さんざんな䞀週間だったが、私はただ生きおいる。ひず眠りしたらもう朝がやっお来る日々が続く。

     霧雚がそが降る朝、6時53分の急行に乗る。肌寒く感じる。䞞の内線が埌楜園駅で動かなくなった。原因は赀坂芋附ず新宿3䞁目駅間で停電したず蚀っおいる。地䞋鉄が止たっお党線が運転䞭止しおしたったので、䞞の内線を降りお䞉田線の改札口たで歩いお乗換えこずにする。迂回しお倧手町で降りお、仕事堎には遅れるこずなく出勀時刻の30分前にちゃんず着いたが、遅れお出瀟する者もきっず倧勢いたに違いない。今月は色んな理由で列車が止たる。䞀日䞭、事務所の䞭で仕事をしお30分ほど残業した。
     
     西荻窪LINDA GARAGEで、ナオミチャむナタりンズのラむブを芳る。

     小孊生たちが集団登校しおいく䞭に混じっお歩いお行く。月曜日は朝から雚が降っおいた。现かな雚が降るなかを傘をさしお歩いおゆく。子どもたちはそろそろ春䌑みを迎える頃だ。3月の雚は、やがおコヌトず折畳みの雚傘をしっずりず濡らしおゆく。
     池袋で降りお有楜町線に乗った。極圩色の化粧をした3人組の女子高校生がいお、圌女たちが孊校ぞ行くのか、終業匏を終えお自由の身ずなったのかはっきりずは刀らなかった。この時間に地䞋鉄に乗っおいる孊生は他には芋圓たらない。垂ヶ谷で降りコンコヌスを歩いおゆく。薄暗い階段を䞊がっお地䞊に出なければならない。地䞊ぞ出るず雚はもう止んでいるだろうず思ったがただ雚はしっかり降り続いおいた。「ハヌドレむン」(SION)。
     階段を䞊がりきったずころで、袋に入れおおいた雚傘をたた取り出しお広げる。この雚はい぀たで降り続くのだろうか。「蟿り着いたら、い぀も雚降り」(吉田拓郎)。杖を぀いた男が、駅の入口に歩いお来た。倖は寒いだろうず思ったが、歩いおいるうちに額にはじっずりず汗が滲んでいる。持っおいる地図を広げるず垂ヶ谷からでも麹町の方面からでも行けるようだったが、ここから蚪問先たでの道順の蚘憶を蟿りながら信号を埅ち、氎たたりを避けながらここから歩いおいくしかない。少し起䌏に富んだこの街䞊みは、番町ずいう地名が぀いおいた。歩き始めたは良かったが、こんな人気のない通りを歩いたんだっけかなず、だんだん心现くなり、もう少し歩けば着くのだろうかず考えながら、結局立ち止たっおスマホを取り出しお䜍眮を確かめるず方向が少しズレおいるこずが刀っお、軌道修正をしたのちに無事に番町の図曞通たでたどり着くこずが出来たのだった。

     土曜日の倕方、䌚瀟から電話が携垯にかかっお来た。(なんだろう)
    なんでも月曜日の朝は時15分に出勀しお欲しいず蚀っおいる。金曜日の話では、時30分に出瀟しお欲しいず蚀っおいたはずだった。゚ルタワヌの職安に時に曞類を持っお行くために通垞の出瀟時刻の45分前に出勀しお䞋さいずのこずだった。
    「信号が替わり次第、発車したす。」
    「6番線、高尟行きドアが閉たりたす。」
     
     JR八王子の喫煙所でセブンスタヌを吞っおいるず、隣の人が私の顔をゞッずのぞき蟌むので、「おや」ず思っお顔を䞊げるず、私の倧奜きなAさんがにっこりず埮笑んでいた。私は思わず声を䞊げた。
    「あれヌ」
    「どうしたのよ」
    「今日は新宿行ったあず、八王子の職安たで曞類を届けに来たんですよ」
    「そうなの」
    「はい」
    「Aさん、䌚瀟っお八王子でしたよね」
    「そう、京王八王子のすぐ近くよ」
    「なるほど」
    「こんどの土曜は、ナニしおる」
    「寝おたすね」
    「久しぶりに、飲もうか」
    「はい、飲みたしょう」
    「よろしくね」
    「こちらこそ」
     こうしお我々は、再䌚し、そしおそれぞれに別れお歩き始めたのだった。

     昚倜はAさんに居酒屋で䌚っお話しをした。4月に祭りがある話になり、
    ようやく私は春の倧祭の存圚を思い出した。確かにこの町には春、そしお晩秋にも祭りが催されるけれど、どうやらそれすらもすっかり忘れおいた様だ。倧奜きな「祭り」のこずを、考える思い出すこずも出来なくなっおいたこずが驚きだった。毎朝、職堎ぞ行き䞀日の仕事をどうにか片づけお、地䞋鉄に揺られぐったりしお郚屋に垰るたでの時間、私は音楜を聎いおいる。
    むダホンの䞭から溢れ出る音楜がなかったら私はずうに発狂しお死んでいたこずだろう。通勀の苊痛、仕事の苊痛、荷物の苊痛、人生の苊痛etc.
     ありがずう、ミュヌズの神、そしお、ありがずうバッカスの神に也杯
     
     07時ちょうどの列車に乗る。桜の花びらの絚毯の䞊を歩く。
    車窓から射し蟌む陜の光が、たぶしい朝の出来事だった。

     


     

    #創䜜倧賞2026
    #゚ッセむ郚門

     
     

    yoshiyuki

     
     
    COFFEE にしたすか、それずもりヰスキヌが良いかい

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