
『不機嫌猫と星の胎動』:⑯最終話
彗星衝突から5年後──
記者会見が行われた。
会場は、旧アメリカ西海岸が海に沈み、環太平洋地域が壊滅的な大災害に見舞われた後の新世界秩序──「連合国(United Coalition)」本部内に新設された「連合科学アカデミー」の大会議室だった。
かつての日本列島の一部が残存し、そこに欧州残存勢力、アフリカ連合の一部、南米諸国、そしてアジア内陸部の国家群が統合されて成立した巨大な政治連合。
その首都機能が置かれた「新東京」地区の地下深くに位置する、強化コンクリートと耐震・耐放射線設計の厳重な施設だ。
照明は冷たく白く、天井からは換気システムの低い唸りが響いている。
壁には連合国の紋章──地球を囲む鎖の輪と、その中心に灯るDNAの二重らせん──が刻まれている。
記者たちは、埃っぽい防塵マスクを外したり、簡易防護服のフードを下ろしたりしながら席に着く。
旧国境の消えた世界で、報道機関もまた「連合通信社」として再編され、多言語の同時通訳が自動で流れる。
フラッシュの光は控えめだが、カメラの赤いランプが無数に点滅し、緊張感を増している。
壇上に現れたのは、渡辺鉄郎博士。33歳。
左頬から顎にかけて、恐竜の鳥脚類の足跡に似た形の赤銅色のアザがある。
黒い丸縁の眼鏡をずれてかけ、シワシワで薄汚れた白衣は、連合国支給の標準的な研究者用防護衣の上に羽織られたものだ。
袖口は化学薬品で変色し、胸ポケットには連合科学アカデミーのバッジが光っている。
彼はマイクの前に立ち、深呼吸してから静かに話し始めた。
声は疲弊しているが、言葉には確固たる力が宿っていた。
「連合国科学アカデミー、遺伝子修復部門主任研究員の渡辺鉄郎です。
本日は、彗星『アポフィス-II』由来の異星物質──通称『根絶やしの種』による人類への影響と、私たちが直面している最新の科学的知見について報告します」
会場は静まり返る。
旧世界の崩壊からわずか2年後に、海に沈んだ環太平洋の残骸がまだ漂う中、人類は生存をかけてこの連合を築いた。
誰もが知っている──女性の不妊率85%という数字が、連合国の存続を脅かし続けていた。
「この物質は、女性のβ-チューブリン遺伝子に特異的な損傷を与え、微小管形成を阻害することで卵細胞分裂を停止させます。
結果として、世界の女性の約85%が不妊状態に陥りました。