
ニート息子がオカン⁈
2階の自室から降りてきた息子が、冷蔵庫の中を覗く。
わたしが揶揄うように、
「何にも入ってないよ」
と声を掛ければ
「違う、なんでこんなになるまで放っておくんだよ」
ブツブツ言いながら、消費期限の切れたものを捨てていく。
この頃の彼はわたしのオカンのようだ。
この間は、ゴミの日は忘れないようにと、特に二週間に一度の不燃ゴミの日は前日から、
「明日、危険物だから、忘れないでね」
と声をかけてきた。
彼はニートだ。中学から学校に行かなくなり、そのまま今も家にいる。
週末、母の葬儀で、ひとり暮らしの長男が帰ってくることになった。
それを聞くと、息子は何も言わずに部屋を掃除し、布団を干し始めた。
風呂はいつも、帰宅時間に合わせて沸くようにタイマーがかけられている。
そして朝、わたしが部屋で、少し静かにしていると、部屋の外から声がする。
「オカン、時間いいの?今日は休み?」
ここまでくると、もう完全にオカンである。
これが娘だったら、どうだろう。
「しっかりしてるね」
「いいお嫁さんになるね」
そんな言葉で済む話だ。
けれど、息子だとレッテルを貼られる。
引きニート。問題児。将来が心配。
やっていることは同じなのに、見ている側のラベルだけが変わる。
その雑さが、どうにも座りが悪い。
わたしはフルタイムで働き、夫も週に何日か仕事に出ている。家のことに手が回らないことも多い。
だから、彼に頼ることもある。
最初は、それが彼に居場所を作ってしまう気がして、やめた方がいいのかとも思った。
でも、彼が自分の存在意義を悩み始めたとき、
ここにいていいのだと伝えるために、あえて頼むことにした。
家のことをくるくると回している姿を見ると、
社会に必要とされなかっただけで、ちゃんとやっているのだと思う。
それは、親の欲目かもしれないけれど。
チャトラ猫が死んだときも、彼はずっとそばにいた。
大丈夫だよ、とでも言うように、何度も撫でていた。
ほぼ動けない猫を甲斐甲斐しく世話をしていた。
その猫の葬儀の手配をして、箱に入れて渡して、骨を受け取ってきたのも彼だった。
必要なときに、ちゃんと手を出せる人だ。
それでも、仕事をしていないというだけで、
社会不適合者のように見られてしまう。
「このままだと心配でしょ」
そんなことを言われることもあるけれど、
わたしはそうは思っていない。
困るとしたら、わたしたちがいなくなったときだろう。
でも、それはそのときに、彼が考えればいいことだ。
冷たいと言われるけど、彼は、この家の中では、たぶん一番ちゃんとしているのだから大丈夫。
今日も彼は冷蔵庫を開けて言う。
「オカン、社販で買ってくるなら、ちゃんと食べろよ」
そう言いながら、残っていたケーキを口にする。
まったく、こんなところまでオカンだ。
そう思い、とっておきの紅茶を淹れる。