
推し活、本当のあたしのきもちは?
推しているグループがいる。
ここ1年くらいは、ライブにフェスにグッズ購入、コンテンツ視聴、と随分と忙しなく推し活してきた。
だが、現在諸事情により、ライブに行くことができない。
まぁ現在行けないというより、
申込の時期に行くことを決断できない事情があった。
推し活友達はひとりで行くこととし、良い席のチケットをゲットしていた。
だがしかし、実際そのライブの日程が近づいてきて、あー、行けたかもー、となってしまったのである。
申し込んでおけばよかったという悲しみもあるが、
まぁいっか今回は、と思う自分もいる。
そんな自分が毎日両方顔を出してくる。
もちろんライブは無料ではない。
そこそこ高いチケット代を支払ってまで、私は本当に行きたいのか、それが分からない自分にも悲しくなってきた。
友達が参戦していることが羨ましくて行きたいだけなのか?
「このチケ代であれも買える、これにも使える」なんて思っちゃってる自分もいたりする。
リセール分を購入するために画面に張り付いて粘る根性も元気もなかった。
グループの人気が出てくるほど段々チケットが取りにくくなって、
「純粋に現場で音楽を楽しみたい」
って綺麗な気持ちから
「ファンとしてこのライブは行っておかなきゃ」
「行かなかったら行けた人を羨ましく思うだろうな〜」
的な謎の思考が生まれてきていることを
自覚してしまっている。
「あの新曲が生で聴きたい」とかじゃない。
「好きだからライブに行って会いたい」
から
「好きでいるためにライブに行きたい」
になってる自分、そうとうヤヴァイ。
SNSでライブのレポとか読むと
「ううう、いいないいなー」と負の感情が渦巻くくせに
新アルバムはほぼ聴いておらず、全然知らない曲が存在している。
きっとSNSを見なければ
こんな面倒くさい感情も生まれずに
今回はパスで仕方ない!て思えているのかもしれない。
でも、気付けばSNSを開いてる自分、もはや無意識。自分が怖い。
あーあ、なんか今の自分イヤだな〜。
ってなってる。
もっとシンプルに推し活したい。
しばらくSNSを封印すれば
もっと綺麗な心で日々を過ごせるのかしら。
情報の溢れたこの世の中が、やっぱりすこし嫌いになったよ。