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亜細亜への巡心旅 西安・咸陽篇#01_かの国の「原型」に触れる旅を企画する

2025年正月明けに香港・澳門に行った私たちでしたが、諸事情があって、3月以降に私用が重なることが判明したため、急遽、バケットリストにあった“兵馬俑”を見るための旅行を実行することにしました。

また旅行かよ、という方もいらっしゃるかもしれませんが、これもこれからの仕事のネタのひとつであって、あらゆる世界の今を、どれだけ見たり聞いたりすることができるかが、これからの私の人生の目標である以上、体力と資金と好奇心が続く限り、海外旅行に限らず、バイクツーリングやフェリー旅行など、あらゆる旅を続けていく覚悟です。

ということで、最初は旅行会社のツアーを考えていたのですが、いや待てよ、そろそろ自分たちでコーディネートして、ツアーは現地で調達する“自前企画”に挑戦してもいいのではないかと思い、カミさんと役割を分担して計画を練ることにしました。

実は彼女は昨年、亡き父親の友人の方と会うために、上海に母親や妹たちと行ったことがあり、中国における旅行事情に詳しかったのです。その時の経験を活かして現地のツアー会社とも連絡を取って西安ツアーを計画したり、ウィチャット(微信/ウェイシン)やアリペイ(支付宝/ジーフーバオ)などの中国で使うアプリもダウンロードしてくれました。

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さて、日程などの紹介の前に、なぜ陝西省 西安に行きたくなったのかというと、中国史上初めて全土を統一した中央集権国家・秦王朝(紀元前221年〜紀元前206年)について、昔から気になっていたこともあった上に、漫画『キングダム』(原泰久 作)によって、さらに興味が湧いてきたことにあります。

では、簡単ながら、秦王朝の成り立ちを振り返ってみましょう。

1. 秦の興隆:統一までの道のり
▶︎発祥と成長

秦はもともと西方の辺境地帯(現在の陝西省付近)にあった小国で、周王朝の時代、秦は周を支援した功績で領地を拡大。特に、戦国時代(紀元前5世紀〜紀元前221年)には「戦国七雄」の一つとして頭角を現す。

▶︎法家思想と改革
秦の強大化には、法家思想を取り入れた改革が大きく貢献し、特に宰相・商鞅(しょうおう)の改革は重要で、厳格な法律と軍功による階級制度が導入され、農業生産力が向上し、軍事力も飛躍的に強化された。

2. 始皇帝:史上初の「皇帝」誕生
▶︎秦始皇帝(しこうてい)

秦の王になった嬴政yíng zhèng(えいせい)は、紀元前221年にライバルであった六国(韓・趙・魏・楚・燕・斉)を滅ぼし、中国統一を成し遂げ、彼は自らを「始皇帝(最初の皇帝)」と名乗り、以後の皇帝制度の礎を構築。

▶︎中央集権体制の確立
始皇帝は封建制(地方豪族が支配する体制)を廃止し、全国を郡県制で直接統治することで、地方の権力を抑え、中央政府の力を強化。

3. 秦王朝の主要な業績
▶︎万里の長城の建設

北方の遊牧民族(匈奴)からの防衛のため、複数の既存の城壁をつなげて巨大な防御壁を築いた。これが現在の「万里の長城」の原型。

▶︎道路と運河の整備
帝国内を軍事的・経済的に強化するため、広範囲に道路網や運河の建設を進め、特に「直道」と呼ばれる道は首都咸陽と北方を直結。

▶︎度量衡・貨幣・文字の統一
経済と行政の効率化と国内の一体感図るため、度量衡、貨幣、漢字の書体(小篆)を統一。

▶︎兵馬俑(へいばよう)
始皇帝の死後、彼の陵墓を守るために作られた膨大な数の兵士や馬の陶製人形が「兵馬俑」。西安郊外で発見された、世界的な考古学的遺産。

4. 秦王朝の衰退と滅亡
▶︎厳しい統治と民衆の不満

始皇帝の中央集権政策は効率的だったが、法家思想による厳しい法律と過酷な労働(長城建設、巨大な陵墓工事)は民衆に大きな負担を強いた。

▶︎焚書坑儒(ふんしょこうじゅ)
始皇帝は思想統制のために、儒教などの異なる思想書物を焼き、批判的な学者を弾圧しましたため、知識層の反発を招いた。

▶︎陳勝・呉広の乱(ちんしょう・ごこう)
始皇帝の死後、後継者の統治が不安定となり、紀元前209年に農民反乱が勃発。その後、各地で反乱が拡大し、紀元前206年に秦は滅亡。

自分+ Chat GPT調べ


このように、漢王朝以降、中国の統治システムの基本形は秦の制度が踏襲され、統一された領土、共通の文字・制度は中央集権体制の基礎となり、「中国」という国家の原型となりました。
わずか15年という短命ながらも、現在の中国という国のあり方の基礎を築き、強烈な存在感を放ち続けたその姿に直接、触れたい、目に焼き付けたいという思いを持っていたわけです。

【世界史のリテラシー:渡邉義浩】

NHK出版デジタルマガジン

たった15年で始皇帝がやり遂げた改革は、それまでの間に自ら学び、想像して、計画を立てていたとしか思えません。それを“先見性”というならば、紀元前の時代に想像し得た、その壮大な考え方にただ驚嘆するばかり。

しかし、権力というのは永遠ではなく、どこかで綻びを見せ、誰かがそれに気がつき、新たなものへと変えていくというのは世の常で、今も昔も変わらない、普遍的なことだということがよく分かりますね。

そんな彼らが挑んだ時代の空気を感じられる【陝西省 西安ツアー】を前に、心躍らせながら準備をする毎日です。

#亜細亜への巡心旅

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