
高校2年生の冬、右肩に異変が起きた。
練習中、いつものように投げ込んだ瞬間、肩の奥から熱い痛みが走った。その日はそのまま続けた。翌朝、目が覚めて右腕を動かした。ずきりと痛んだ。
グラウンドの土と汗の匂いの中で、1年生の夏に81メートルあった遠投が、2年生の冬には69メートルに落ちていた。数字が縮んでいくたびに、何かが削れていった。病院では「わからない」と言われた。「わからない」。それだけを受け取って、電車に乗った。窓に映る自分の顔を見ていた。
3年生の夏、最後の大会はベンチにも入れなかった。スタンドから白球を追う仲間たちを見ていた。3年間、グラウンドを整備した。砂の上を100本走った。朝5時から練習して、日が落ちても球を追った。汗と土と血の匂い。それが全てだった。
大学でもう一度やろうとした。最初の朝、キャッチボールで肩に力を入れた瞬間、また痛みが走った。
その夜、一晩中泣いた。
12年間続けてきたものが、音もなく崩れた。眠れずに天井を見ていたとき、胸のどこかに、丸くて黒い穴の感覚があった。
大学では野球部に入らなかった。バイトをして、授業に出て、友達と飯を食った。何をしても、その感覚は残った。
就職では警視庁を選んだ。本当は市役所を希望していたが、最終面接で落ちた。交番勤務は悪くなかった。人の役に立っている実感があった。でも、積み重なる理不尽さが、少しずつ体を削っていった。
ある日、外を歩く人たちを窓から見ていた。笑いながら歩いていた。「いいな」と思った。そのあと、自分はここにい続けるのか、と考えた。
辞表を出した。
警視庁を辞めた後、投資家になると決めた。
神奈川のアパートに移った。家賃3万4千円。部屋の中はチャートの青白い光だけが揺れていた。朝から夜まで画面を見続けた。含み損が増えるたびに、胃の底が重くなった。それでも閉じられなかった。
壁が薄かった。隣の人が夜中に叫んだ。やがて慣れた。叫び声が止むと、また画面を開いた。夜中の3時、市場は動かない。
体重が75キロから落ちていった。1日1食、300円か400円。電車賃も惜しくて、片道1時間半歩いた。自分の足音だけが響いた。
ある朝、体重計は50キロを示した。鏡の中の顔は骨ばっていた。
遠投の距離が減った。体重が減った。資産が減った。 穴の深さと、夜の長さだけが増えていた。
最終的に、100万円を失った。
その夜も眠れなかった。天井を見ていると、胸の感覚が広がっていった。
ドイツへ飛んだのは、衝動だった。
警備員のバイト中に大阪万博のドイツ館を見て、ここから離れれば変わる気がした。根拠はなかった。
現地の日本食店の厨房で働くことになった。デュッセルドルフの冬の空気は乾いていて、透明だった。
ランチのピーク、注文が重なった。ご飯を炊くタイミングを見失った。鍋の前で止まった。
白い煙が上がった。焦げた匂いが広がった。
調理長に、睨まれた。
その視線の中で、音が遠くなった。頭の中が白くなった。
「準備ができていなかった」
それしか言えなかった。
休憩時間、裏口に出た。冷たい空気を吸った。遠くで路面電車の音がした。携帯の残高を見て、閉じた。
3ヶ月で辞めた。外に出たとき、空気が深く入った。ほっとした。その感覚はすぐに消えた。
今は、朝4時50分に起きる。
ジムで体を動かして、図書館でAIとプログラミングを勉強する。タイピングの音が、静かに積み上がっていく。
父に「何理想を語ってんだ」と言われた。言い返せなかった。その言葉は残っている。
かつて、81メートル先に球を届けていた右肩は、今はキーボードを叩いている。
朝の電車。窓に疲れた顔が映っている。
今日も図書館の席に座る。キーボードを叩く。
あの黒くて静かな穴が、今日も疼いている。