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箱入りソフビバラバラ事件【動機当て短編ミステリ】

    玩具探偵

    プロローグ【ハロウィンの夜】

    ハロウィンイベントの夜、常連客が集まるバーでマスターが話を始めた。
    「珍しいアルティメットのソフビを持ってるんですよ」
    アルティメットのソフビと言えば「仮面ライダークウガ」のことだ。この玩具バーに集まる常連客にとっては常識レベルの知識だ。
    この日集まった常連客ももちろん全員が知っている。

    「先週、ちょっとした事件がありましてね」
    「事件? どんな?」
    常連客のひとりが話を先に促す。
    「アルティメットのソフビ、こうなっちゃいました」
    マスターは笑顔を浮かべながら小さな白いビニール袋を取り出し、カウンターに袋の中身を並べ始めた。
    上半身、右腕、左腕、下半身、そして箱。
    嵌着かんちゃく(接続部分)で外して分解されたソフビ人形の部品とその空箱だった。

    「名付けて『箱入りソフビバラバラ事件』。その夜のうちに事件の全容が判明した小さな事件でした。
    今夜は特別なハロウィンの夜です。犯人当てクイズにしてみましょう。
    みなさんで犯人と動機を当ててみてください」

    ■問題編 【マスターの談話】

    その日のお客様は以下の六名様でした。来店順に仮名で紹介します。
    全員が何度も来店してくれている気心の知れた常連さんです。

    A氏 30代男性 18時10分来店
    最も古くからの常連で、うちに来るようになってから玩具に興味をもつようになった方です。玩具の仕入れのコツを教えて以降、結構な勢いでコレクションを増やしているようです。

    B氏 20代男性 18時50分来店
    大学生の頃から玩具マニアとしてうちに通うようになりました。
    この春に社会人になって色々忙しいようで、近頃は悩み事が増えたのか、玩具以外の話をすることが多くなりました。

    Cさん 40代女性 19時来店
    Dさん 40代女性 19時来店
    ふたりはとても仲の良い姉妹で、いつも一緒に来られます。
    姉のCさんはどんな玩具を見せても喜んでくれます。知らないモノを知ることが楽しいようです。
    妹のDさんは玩具にはあまり興味がないのによくご来店くださいます。

    Eさん 30代女性 20時来店
    珍しい女性の玩具マニアですね。時々珍しい玩具を持参されます。玩具の知識も豊富です。

    F氏 20代男性 21時30分来店
    少し変わった玩具マニアです。ふだんは寡黙で考えが読めないことが多いので他人に誤解されやすい人です。

    その日の19時半ごろ、店内にいた四人に向かってわたしはこう言いました。
    「これは『仮面ライダークウガ・アルティメット』のソフビです。箱入りの未開封新品です。
    関係者向けの試作品として配布された、とても珍しい品です。
    少し前に入手して、そのまま倉庫で寝かせていました」

    うちの店ではお酒だけではなく、玩具の販売や買取もやっています。
    珍しい玩具を入手した時にはこうやって常連さんたちに見せることにしています。
    どうせ手放すのならば、親しくしている方々のところに行って欲しいと思うからです。
    欲しいという方が現れたらその場でお譲りします。
    誰も手を挙げなかった時にはネットのオークションに出品します。

    わたしは半透明の白いビニール袋から箱入りのその玩具を取り出してみんなに見せました。
    A氏が感嘆の声を上げます。
    「さすがマスター、凄いモノを持ってますね」
    わたしはソフビ人形を箱のままA氏に手渡しました。未開封品なので中身を出すことはできません。

    相場通りに値付けすると、店頭で買ってくれる人は現れないほどの高額になります。
    ネットオークションに出品するつもりであることを、わたしはみんなに話しました。
    A氏は「欲しいなあ。どうしようかな」と悩み始め、箱入りソフビ人形を隣のB氏に渡しました。
    B氏は「未開封品ですもんね。結構競って高くなるでしょうね。Aさんが入札すれば?」と笑いながらCさんに手渡しました。
    CさんとDさんは顔を寄せ合って熱心に眺めています。
    Dさんは中身よりも箱が気になる様子で長く眺めていたのが印象的でした。

    わたしの手元に戻ってきた箱入りのソフビ人形はその後しばらくカウンターの端に立てて置いておきました。

    Eさんが来店したのはちょうど20時でした。
    彼女はそれを見るなり「例の激レアなソフビね。手放すの?」とおっしゃったので、先程と同じくオークションに出すつもりであると説明しました。

    彼女に大してはひとつ確認しなければいけないことがありました。
    実はそのソフビは元々はEさんの知人の所有品で、彼女経由でわたしが引き取ったものだったのです。
    わたしは「ついに手放すことにしたよ。いいよね?」と問いかけました。
    彼女は「別にわたしに聞かなくても。いいんじゃない、好きにすればいいと思う」と笑いました。

    20時50分に来店したF氏にも同様の説明をしました。
    F氏があまり興味を示さなかったので袋に戻してトイレ前の丸テーブルに置いたのがちょうど21時でした。

    23時を過ぎてそろそろ閉店か、と店内を見まわした時にわたしは丸テーブルの上の白いビニール袋がなくなっていることに気づきました。
    ここにいる誰かが盗ったとは考えられません。そんな人たちではないことは判っています。

    夜も深まり、みんなのお酒は充分進んでいます。誰かが余興のつもりで隠したのでしょう。
    うちの店にはモノを隠せる場所はそうありません。
    トイレ前の戸棚を開けてみるとそこにソフビ人形の入った袋がありました。

    わたしはビニール袋を手にカウンター内に戻り、みんなに見せました。
    刑事や探偵をイメージして固い表情を作り、重い口調で問いかけました。
    「犯人は誰ですか? トイレ横の戸棚の中に隠してありました。隠すならもっと難しいところに隠しなさい」
    誰かの余興に乗るつもりだったのです。

    わたしはすぐに表情を崩して笑ったのですが、全員が固まっています。
    「ん? 別に怒ってるわけじゃないですよ。どうしたんです?」
    返事をしたのはB氏でした。
    「マスターちょっと様子がおかしいですよ」
    「バラバラになってる」と言ったのはDさんでした。
    光の加減で客席側からは中身が透けて見えていたのでしょう。わたし以外の全員が中身の異変にすぐに気付いたようです。

    わたしは急いで中身を取り出しました。
    空箱の他に、上半身、右腕、左腕、下半身。ソフビ人形は嵌着かんちゃく(接続部分)で外されて四つのパーツに分解されていました。
    ソフビ人形を分解するのは簡単です。ゆっくり力を入れて捻れば女性の力でもすぐに外れます。逆に強い力で急いで外す方が破損してしまうことでしょう。
    幸い、どのパーツにも破損はありません。この頃の箱入りソフビはテープ等での封印はされていません。箱も丁寧に開けられていて痛みはありませんでした。

    わたしは四つのパーツと箱をひとつずつ細かく眺めながら、カウンターに並べました。六人のお客様は全員息を呑んで見守っていました。
    この時、わたしは自分の犯してしまった失敗に気づきました。
    これは余興やいたずらではない。わたしはここにいる誰かを「犯人」と呼んでしまった。

    「バラバラ事件ですか」いつも寡黙なF氏が声を上げました。
    「破損はしてないみたいね。良かった」と言ったのはCさん。
    箱を手にとると、Dさんは「きれいなままね」と言いました。
    「じゃあ元に戻すのは簡単ですね。良かった」と言ったのはB氏。
    「そうね。でも」とEさんは言い、A氏に目配せをしましたが、彼は無言のままでした。
    F氏はソフビのパーツを手に取って首を傾げていました。

    やがておもむろにF氏が皆に聞こえるように独り言を言いました。
    「誰がなぜこんなことをやったのか」
    どうやらF氏は謎に立ち向かうつもりのようです。彼の推理が始まりました。

    「ソフビを分解するのにはたいした力は要りません。ですが音は鳴りますし、一瞬でできる行為でもありません。
    もちろん横で見ていれば必ず誰かに見られることになります。この店は狭いので見通しは良いですからね。
    隠れてソフビを分解できる密室となる場所は一ヵ所しかありません。
    犯行現場は間違いなくトイレ個室内でしょう。わざわざトイレの中の音に耳を立てる人もいませんよね。
    ではマスター、この店に我々七名以外の人間はいますか?」
    「いませんね。今日は店はひとりでまわしています」
    「あそこの丸テーブルにこれを置いた時刻は判りますか?」
    問われてすぐに返答しました。ちょうど自分もそれが重要だと考えていたのです。
    「21時頃だと思います」
    「では21時以降にトイレに行った人はいますか?」
    F氏の問いかけに全員が手を上げました。F氏は自らも挙手しながら確認しました。
    「マスター以外の全員ですね」
    「そうですね。わたしはカウンターの外には出ていません」
    F氏は質問を続けました。
    「トイレに行った時、あの戸棚を開けた人はいますか?」
    全員が首を振りました。
    「そりゃそうか。これをあそこに隠した犯人が正直に言うはずがないですね。愚問でした。
    21時にこれが丸テーブルに置かれてから、マスター以外の全員がトイレに行っている。
    つまり、ここにいる誰もがソフビをバラバラにすることが可能でした。
    容疑者は我々六名の常連客全員です」
    「そんなことする人いる?」
    Cさんが声をあげました。「バラバラにしちゃうなんてひどいじゃない」
    それを聞いた妹のDさんが尋ねました。
    「ほんとは玩具のことが嫌いな人がいるかもしれないってこと?」
    隣に座るEさんは困惑した表情でDさんに返事をしました。
    「今日ここにいる皆の中にはそんな人はいないと思うけど」

    活発に意見を交わす女性陣とは異なり、A氏とB氏は声を潜めてふたりだけの会話をしていました。
    全員の振る舞いを眺めていたF氏が振り向いて言いました。
    「マスター、このバラバラ事件をどう思います?」
    「どう、って」
    「単なるお遊びなのか、度か過ぎたいたずらなのか、犯罪なのか」

    わたしはどれも違うことはすでに判っていました。それをどう表現すれば良かったのか。
    返答に詰まるわたしを見てF氏は微笑み、ウインクをしました。

    そして彼はわざとらしい咳払いをして皆の注目を集めてから静かに話し始めました。その表情は真剣です。
    「わかりました。 犯人は……」

    ■読者への挑戦

    マスターの談話はここまでです。
    彼は誠実に自分の信じたとおり、見て感じたとおりの事を話しました。

    仮面ライダークウガ・アルティメットのソフビ人形をバラバラにしたのは誰でしょうか?
    その人物はなぜそんなことをしたのでしょうか?
    ここまでのF氏の推理の方向は間違ってはいません。
    彼の推理を進めて「犯人」が「なぜやったのか?」を明らかにしてください。

    推理に必要な情報はここまでの文章に全て記されています。
    文章にトリックはありません。斜め読みや段落の先頭文字を抜き出して読んだりしても意味はありません。

    なお、この小説はフィクションです。登場人物はすべて架空の人物であり、現実に似た人がいたとしても本人とは無関係です。








    ■解決編【玩具探偵の夜】

    「わかりました。 犯人は……」
    F氏はわたしと目が合うと言葉を切り、柔らかい笑顔を見せた。
    「犯人は、わかりません。わからないことがわかりました。僕には無理です。ごめんなさい」
    「なにそれ?」とDさんが笑い出し、つられて全員が大笑いした。
    「僕はまだまだ一人前の玩具探偵がんぐたんていになれていないようです。すみません」
    F氏も笑っている。

    閉店時間を過ぎている。わたしは「そろそろ終わりにしましょう」と締めの言葉を口に出した。
    バラバラ事件のことは気にしなくていい。オークションに出すのはやめる。色々と申し訳なかった。
    今日の結論はこれで充分だった。

    「不思議だよねえ」と笑いながら、常連客は次々と帰宅していく。
    「どうせ謎は解けてるんでしょ? 今度聞かせてね」と言い残してCさんは帰った。
    Eさんには無言で何かを手渡された。
    「また来週来るね」
    そう言いながら彼女は手を振って去っていった。

    最後に残ったひとり、F氏の隣の椅子に座る。Eさんが座っていた席だ。
    「すまない。わたしの配慮が足りなかった」
    「いいですよ。僕がああいう立ち回りをするのがあの時ベストだったでしょ」
    「ありがとう。助かったよ」

    「師匠も人が良いんだか悪いんだか。付き合い長いけど余計にわからなくなりましたよ、僕は。
    でもあの人も素直じゃないですよね。ややこしい行動しないで師匠がソフビを見せた時点で言えば良かったのに」

    彼が玩具探偵を名乗るようになって何年になるだろうか。
    謎を解くことは出来ても、彼女の想いにまでは至らなかったようだ。
    「皆の前で口に出さない理由があったんだ」
    「未開封と偽って師匠を騙そうとした一員だからですか?」
    「違う。彼女も知らなかったんだ。あと師匠と呼ぶなと言っただろう」
    「他に誰もいない時くらい良いじゃないですか」

    ソフビをバラバラにして隠したのはEさんだ。

    彼女の知人から譲り受けたあのソフビは「未開封新品」のはずだった。
    わたしはその言葉を信じてそのまま保存していた。
    未開封品の玩具を開封して中身を確認する玩具屋はいない。

    今夜、わたしがそれをオークションに出すと聞いて彼女は急に不安になったのだろう。その知人が信頼に値する人間ではなかったのかもしれない。
    彼女はこっそりトイレにソフビ人形を持ち込み中身を確認した。丁寧に扱えば箱を開封したことは気付かれない。もともと封印はされていない。
    そして彼女はソフビの背中に小さな穴を見つけた。それは中古品であるという決定的な証拠に他ならない。

    プラスチックのタグを刺した跡なのだから。

    ソフビ人形が中古玩具屋で吊るされて売られる時にはタグが差し込まれることが多い。タグの片方はフックになっていて引っ掛けて展示販売することができる。反対側はソフビの内部でT字型に広がり脱落を防ぐ。
    これを力任せに引き抜くのはかなり困難なので万引き等の盗難被害を防ぐことに役立っている。
    中古のソフビ人形を購入し、このタグを外す時には切断するしかない。
    この時、表に出ているフック部分は回収できるが、T字型の部分はソフビ人形の内部に落ちて残る。それを取り出すにはソフビ人形を分解するしかない。
    彼女はソフビを分解して、内部のT字型のタグのかけらを取り出し、隠した。そもそも彼女(の知人)から持ち込まれた玩具が原因なのだ。自分がなんとかするしかない、と考えたのだろう。

    元通りに組立てることもできただろうが、彼女はそれをしなかった。
    彼女は証拠を隠滅することを拒み、あえて事を荒立てることにしたのだ。
    わたしがこの玩具を誰かに買い取らせることがないように。

    あのままわたしがオークションで売ってしまっていたらどうなるか。
    わたしは鑑定眼の無い愚かな玩具屋か、品物の状態を偽る詐欺玩具屋かのどちらかになっていた。知らなかったとはいえ、わたしと店の不名誉になる。

    彼女は他の常連客が多くいたあの状況でわたしの間違いを指摘することもしなかった。
    わたしはソフビ人形を「未開封新品」と宣言して見せたのだ。それを見て喜ぶ仲間の今夜の経験を汚したくなかったのだろう。

    彼女は全力でわたしの信頼を傷つけることを阻止してくれたのだ。

    バラバラになったソフビのパーツをカウンターに並べている時、わたしは首の後ろにタグの跡を見つけ、この事件の真実に思い至った。
    F氏もパーツを手にした時に未開封品ではなかったことに気付いたのだろう。
    彼にとってはわたしがすでに真実に辿り着いているのに行動を起こさないことの方が大きな謎だったかもしれない。

    今夜の事件は人の想いと罪が織りなすものだった。
    わたしに真実を知らせるために分解して隠した誰かの想い。
    その恩人を犯人と呼び、周りに見せびらかせた私の罪。
    明るい場所で解体すれば誰かが傷つく。そんな謎もある。

    あの時、F氏はわたしに問いかけた。
    これはお遊びなのか、いたずらなのか、犯罪なのか。
    誰の罪なのか。そして、なぜやったのか。

    答えないわたしを見て、彼はウインクをした。
    あの時のウインクは「あとは僕に任せてください」という意味だったのだ。そしてわたしは後始末を彼に委ねた。

    *

    グラスをふたつ用意してにバーボンを注ぐ。氷は入れない。
    「わたしのおごりだ。一杯飲もうか、玩具探偵」
    「ごちそうさまです。何に乾杯します?」
    「これに乾杯しよう」

    わたしはEさんに手渡されたT字型のタグのかけらをカウンターに置いた。
    ふたつのグラスからの琥珀色の影がタグのかけらに色を乗せる。

    「『謎をうまく解体した夜の酒は一層美味しくなる』。師匠に教わった探偵術のなかでこれが最高の真理ですね」
    「弟子をとった覚えはないんだがな」
    「細かいことは気にしない。師匠は若い玩具探偵の成長を見守ってくれてたらいいんです」

    そう言いながら玩具探偵・柳瀬幸次郎は旨そうにバーボンを舐めた。


    (2024年ハロウィンイベント配布用作品)
    (2025/07/18 改稿)

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