
週末深夜模型店 ホワイトドール 最終話
最終話 恋の重力戦線
人は何故、歴史から何も学ばないのだろうか?人は何故、わかり合うことができないのだろうか?人は物欲をコントロールする術を、宇宙時代の到来までに手にできるのだろうか?
静岡某所、大型家電量販店ホビーコーナー。再販ガン〇ラの緊急入荷をめぐり、複数の客が怒号を交わしていた。
その光景を、ホワイトドール隊一行はただ見つめていた。 互いに外国語で罵り合い、会計前の商品を奪い合う。そのプラモデルは、戦いの中心で静かに潰れていた。
「ひどい……ガン〇ラが可哀そう」
「ニュースで見たことはあったけど、まさかここで遭遇するとはな……哀しいや」
ミハルと安藤は呆然と呟く。速見は無言のまま、その光景を見つめていた。表情は鋭く、まるで何かを計算しているかのようだった。
(この人……こんな顔するんだ……) 京子は息を飲んだ。
小売業を営む身として、目の前の光景は他人事ではない。これが、いつか自分の店で起きるとしたら――。胸の奥がずきりと痛んだ。
その時、速見が静かに前へ歩き出した。言い争う二人の間に立ち、低く、しかし店内に響く声で叫んだ。
「恥を知れ! バカ者ども!!お前たちに、その職人と企業戦士が魂を削り生み出した人類の叡智を手にする資格はない!早々に立ち去るがいい!!」
その声に一瞬、場が凍りついた。次の瞬間、二人の男が速見へ襲いかかった。
「えっ⁉ 速見さん、危ない‼」
だが、赤い僧侶は風のように動いた。一瞬の重心移動、流れるような身のこなし。彼は腕を掴み、相手の力を利用して床へと流す。まるで水が岩を包み込むようだった。
一人が倒れ、もう一人が蹴りを放つ。
――その蹴りを見事に受け止め掴んだのは安藤だった。 いつの間にか速見の背後にいた。安藤は軸を捻り、空中で一回転。襲撃者はきりもみ状態で宙を舞い、棚の前に倒れた。
まるでアクション映画のワンシーン。静まり返る店内に、パッケージの擦れる音だけが響いた。
「ほぉ、少年……中々やるな。空手? でもなさそうだが?」
「シャ〇こそ、僧侶のくせになんだ、その技は? 僧兵だったのか?」
「フッ、バカを言うな。私のはただのカラリパヤットの応用だ。」
「僕は……総合格闘技を少々……。」
後に発覚するが安藤さんは名古屋を中心に活動するフリーの覆面レスラーでルチャドール?「ユニコーンNT(NOT THINK)」でもあったのだ。
ちなみに今、披露した技は「デストロイ・ノット・シンク。DTNT」(ドラゴンスクリューの変化系)と言うらしい。でも事の詳細はまた別の機会に。
この時の私は完全に理解を放棄した。
「な、何この二人……? ジャンルの壁、越えてる……」
「すっご~~~~い!! 二人ともマジすごいじゃん⁈今の、映画みたいだったんですけど⁉ 安藤っチ、めっちゃ、カッコいい‼」
騒ぎを聞きつけて警備員が駆けつけ、全員が事務所へ。
だが、監視カメラ映像と店員・客の証言により、商品を奪い合っていた男たちは転売ヤーどころか万引き犯だったことが判明。
ホワイトドール隊はすぐに解放された。
帰り道、夕焼けが車窓を染めていた。誰も口を開かない。さっきの出来事が、胸に重くのしかかっていた。 速見が、不意にぽつりと呟く。
「……悲しいな。この小さな箱に詰まっているのは、夢ではなく、金なのだな」
京子は答えられなかった。でも、胸の奥で何かが静かに疼いた。 “私も、売る側なんだよな……” その思いを見透かすように、速見が続ける。
「だが――見ての通りだ。心を失った者が握るプラモデルは、ただのプラスチックだ。組み立てる者が心を持っていれば、それは“宇宙”になる」
信号が青に変わる。車は静かに走り出した。
「……人生って、本当に、未知との遭遇の連続ですね」
私のの言葉に、速見さんが微笑んだ。
「フッ。未知こそ、我々のプラモデルだよ。」 車内に笑いが戻る。夕日が沈み、静岡の街が夜に包まれた。
その日の夜。
夕食前に今日の嫌な思い出と汗を洗い流す場面で事件が起きた。
「京子さん、ごめん。私、安藤ッチのこと、本気で好きになっちゃった」
駿河湾を一望できる露天風呂の絶景が、一瞬で暗転したような気がした。 「……ミハルちゃん?」
自分の声が震えていた気がする。思いもよらぬ恋敵の出現。私の脳内の“ジャブ〇ー恋愛戦線総司令部”は大混乱に陥った。
いきなりアプサ〇スⅢの高出力メガ粒子砲の直撃を受け、司令部が焼き払われたような衝撃。
「さっきのイ〇ンモールでの一件でさ……完全にやられちゃった。最初は京子さんの恋を応援するつもりだったんだけど……本当に、ごめんなさい」
ミハル(仮)ちゃんは真剣な表情で私の目を覗き込む。お互い全裸なので、目線の置き場所に困る。――この、脱ぐと意外にグラマラスな娘に、私は勝てるのだろうか?
◇ 「さぁ諸君!今日は色々あったが、もう忘れよう!宴だ!この素晴らしい旅のきっかけをくれた京子さんに感謝を!そして、このゴージャスな旅館を確保したこの私にも感謝を!飲め、食え、そして煩悩と野生の本能を解き放て!それこそが、この地球という母星への唯一の恩返しだと――っ……て、誰も聞いてないだと!?」
「ほら、恵一! あーんして、あーん? このタコの刺身、めちゃクシャト〇ア旨いよ?」
「み、ミハルさん!? どうしたんですか急に!? 呼び捨て!? カ〇さん(彼氏)が見たらどうするんですか!? 破廉恥ですよ、貴女は!」
「カ〇さんて、誰だよ!? あははっ、面白いなぁ恵一〜♡」
「ちょっとミハルちゃん!? 安藤さんが困ってるでしょ!? 離れなさい! 早い、早すぎるわよ!?」
大須商店街・週末深夜模型店ホワイトドールの常連客――港区の白い悪魔こと安藤恵一は、二人の美女に挟まれ、困惑の渦に巻き込まれていた。
「なんてプレッシャーだ……僕はこの人の意識の重力井戸の中で生き残れるのか?クソー……意味が分からない! おかしいですよ!? カテジ〇さん!?」
◇ 名古屋・大須にある寺の住職にして破戒僧、自称“尾張の赤い彗星”こと速見善行は、この恋の重力戦線への参戦を許されず、ただ空虚な表情でその戦況を見つめるしかなかった。
その瞳には涙が浮かび、額には青筋がいくつも走っている。――だが、誰も気にしていない。まるでラ〇ァとアム〇の共振に割って入れなかったシャ〇のようである。
「き、京子君? このお酒は良い物だ。ぜひキシ〇ア閣下――いや、君のお母上へのお土産にどうかね? ……なーんてね?」
無論、京子はミハル(仮)との恋の重力戦線の最前線で奮闘中のため、反応はない。
◇ 「いいから離れなさい! 馴れ馴れしい小娘が! 勝手に安藤さんの胸元に手を差し込むな! 離れろ! 俗物!」
「ハ、ハマ〇ン!? なぜここに!?」
「京子さん、口調が怖〜い!」
◇ ――時代が変わろうとも、人と人との関係は変わらない。 人は惹かれ合い、そして争い、傷つきながらも前を向いて歩いていく。宙を茜色に染め上げながら、今日も誰かを愛するのだ。それは、プラモデルのパーツがガッチリとかみ合うように美しい。そして、この愛しい刻は、二度と戻ることはない。
だからこそ――懸命に生きねばならない。この毎日を、新しい時代を。 誰も“1人では生きられない。
◇ この日、名古屋・大須商店街・深夜模型店「ホワイトドール」店主・佐伯京子と、メイド喫茶勤務の女子大生・ミハル(仮)による―― 安藤恵一争奪戦争が、正式に勃発した。
完