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Photo byvoice_miwa0401

娘の『嫌な気持ち』が教えてくれたこと

    娘はたびたび「なんか嫌な気持ちがする」という。
    私はその言葉を聞くたび「どういうこと??なにが?」と聞きたくなる。

    正直、ちょっといらっとする。

    嫌な気持ち、とは具体的になにに対していってるのか不明瞭なことに対してのイラつきだ。
    こっちはそれに対して何かしなければならないのか、それもわからない。

    「嫌な気持ちがする」と言われたら、私は反射的に“助けを求められている”と思ってしまうのだろう。
    だから理由を知りたくなる。
    何が原因なのかがわかれば、何かしてあげられると思っていた。

    先日、その言葉についてちょっと深堀して聞ける機会があった。

    「嫌な気持ちって、なに???」

    「え?嫌な気持ちは嫌な気持ちだよ。なんか、胸のあたりがモヤモヤってしたり、のどの奥がなんか詰まったような感覚がしたり、、」

    そのまま自分にとって身体的に嫌な感覚がする、といっていたのだ。

    え?でも意味がわからない。

    私にももちろん、最初は「なんだか気持ち悪い」「なんだかしんどい」という感覚はある。
    でも私は、その感覚を「お腹が空いているんだ」「疲れているんだ」「腹が立っているんだ」と無意識に整理してから言葉にする。
    だから口から出るのは、「お腹空いた」「疲れた」「ムカつく」という言葉だ。

    「嫌な気持ち」という、まだ名前のついていない感覚のまま外に出すことはほとんどない。

    多くの人は感覚そのものではなく、感覚に意味をつけた後の言葉を使っているのではないだろうか。

    ……少なくとも、私はそうだ。
    けれど娘ならどれも「嫌な気持ちだ」と言いそうだ。

    娘はもともと感覚がとても鋭い。
    小さい頃から「痛い」「しんどい」ではなく、「皮膚がピリピリする」「目の奥がズキズキする」「おなかのあたりがグーッと押された感じ」といった表現をする子だった。
    小さい子にしては症状をとても的確に伝えられてすごいな、ありがたいなと思っていた。

    でも、それは意識して言葉を選んでいたわけではなかったのかもしれない。

    娘にとって感覚の波が大きすぎるのだ。
    その感覚を分析して名前をつけるのが難しくて、感じたものをそのまま言葉にしているのかもしれない。

    試しに変な虫の画像を見せて「どう思う?」と聞いてみた。
    ちなみに私の第一声は「うわ、気持ち悪!」だった。
    虫の画像への感想として言葉が出る。

    でも娘の場合は……
    「嫌な気持ち」。
    やはり感覚のほうが大きくなっていて、それについて言葉にしてしまうのだろうと確信した。

    もちろん「嫌な気持ち」という一言で表しているけれど、本人の中にはもっと繊細な感覚がある。
    いずれも同じ感覚ではない。

    でも嫌な感覚がやってきたら、それをまず「嫌な気持ち」と口にする。

    その感覚が、虫が気持ち悪いことからくるものなのか、疲れなのか、生理前だからなのか、強い不安からなのか。
    彼女にとってそこは必ずしも考えなくてもいいことであるらしい。

    ところで、
    「たびたび口にする「嫌な気持ち」は、ママにわかってほしいから言ってるんではないの?」
    それじゃあ伝わらないんだけど……と聞いてみた。

    すると、
    「いや、別にわかってほしいとかはないよ」
    と即答された。
    「ついついそばにいるからママに向かって発してしまっているかもしれないけど……」

    「自分が嫌な気持ちがしているなぁって、私自身を客観視して落ち着くために言ってるだけ」
    だという。

    娘にとって「嫌な気持ち」という言葉は、相手に説明するための言葉ではなく、自分自身を確認するための言葉だった。
    彼女は感覚を言葉にすることで、不安を自覚し、少しずつ逃していたのだ。

    嫌な感じ、というのは単なるタグ付けだった。
    私が具体的になにに対してであるか知る必要はないのだ。

    ただ、理由がわからないということは私にとって不安を生む。
    ちょっとしたストレスになる。

    「今私が嫌な感じがするって言ってるときは、だいたい疲れてるか生理前って変換できない?正しい理由を知る必要もなくない?なにか具体的にしてほしければ、もう言える年齢だし(笑)」
    娘にそう言われた。

    「その都度教えてくれないの?」
    この期に及んで、まだ聞いてみる。

    すると、
    「その都度聞かれたら、説明するために考えないといけないからストレスになる」
    という。

    ここでようやく気づいた。

    『こっちはそれに対して何かしなければならないのか、それもわからない』と思っていたけれど、
    それは娘のためというより、私自身が“何とかしてあげなければ”と思っていたからだ。
    だから、娘の嫌な気持ちの理由がわからないことが、私にはストレスだった。

    わかりたい。理解したい。

    でも、私が理由を探し続けることは、娘が自然にやっている不安との付き合い方に、余計な説明を求めることになる。

    同じ言葉でも、使う目的は人によって違う。
    嫌な気持ちを言葉にするとき、私は感情を整理しようとしている。
    でも娘にとっては、整理するためではなく、ただ「今こう感じている」と確認するための言葉だった。

    それを邪魔してはいけない。
    彼女の不安は彼女のものだ。

    そして彼女は話を聞く限り、うまく不安と付き合っているようだ。

    もう安心していい。
    私は自分に言い聞かせてみる。

    私がするべきことは、娘の不安を理解することではなく、娘なりの不安との付き合い方を信じることなのだと思う。

    近い将来、娘の「嫌な気持ち」を聞きながら、「そっかぁ」とコーヒーを飲みながら受け止められる私になりたい。


     
     
    非HSPでHSC・強迫性障害(&不登校)の女子高校生を育てる40代。 HSPと強迫性障害について、学びで得た知識とトライ&エラーを繰り返した経験から気が付いたことを同じ境遇で苦しむ方に伝えたい!特性と、不安障害と不登校との関係性も語ります。

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