【小説】『🌌光を喰らう白の庭』第25話─白の庭に初めての声
白い庭は、もう病室と呼ぶには遠い場所になっていた。
壁も天井も、過去に見たどの風景とも似ていない、淡く揺れる光の膜に溶けている。
そこに立つだけで、何かの呼吸と混ざり合うような感覚があった。
掌に宿った光は、静かに脈動している。
脈は、カインの心臓の拍動と重なり、いつのまにかそれを追い越す。
「名もない芽」は、壁に広がり、光の粒がいくつも集まっていた。
まるで、それ自体が意思をもって集まり、形を探しているようだった。
視線を向けると、その光がわずかに震えた。
息を呑む。
そのとき、耳の奥に――いや、胸の内に――声が落ちてきた。
――……あ……
それは言葉にならない声。
幼い泣き声のようでもあり、祈るようにも聞こえた。
はじめて生まれた命が、自分でも知らないまま発する呼び声。
まだ何もわからない、何も決まらない。
それでも、この世界に存在したいと告げる声。
「聞こえるか」
問いかけると、光は小さく脈を打った。
それが肯定か、ただの反応かも、わからなかった。
だが、カインはそれで十分だった。
観測者が、一歩進む。
もう仮面はない。
白い光の輪郭だけが、人の姿をかすかに留めていた。
その声は震えていたが、祈りのように澄んでいた。
「……生まれた……」
そう呟くと、その光がふわりと溢れ、壁の芽に触れた。
触れた場所から、さらに細い光が伸びる。
それは、窓の向こうへ滲むように消えていった。
呼び声の主が、少しだけ近づく。
声はなかった。
ただ、視線が交わった。
夢の中で何度も聴いた声の残響が、胸の奥で響いた。
――呼んでいた。ずっと。
記憶が揺れる。
あの夜、伸ばせなかった手。
あの朝、呼べなかった名前。
遠くに置き去りにした声。
「戻ってきてくれたんだな」
呟いた自分の声が、妙に遠く感じた。
涙が滲む。
でも、泣くのは違う気がした。
これに名前をつけるのも、まだ早い。
芽が再び脈打つ。
その振動が、掌から全身へ伝わる。
時間が、空気が、重力さえも一瞬ほどける。
「……あ……」
芽が、もう一度声をあげた。
最初よりも、わずかに確かな響き。
呼び声の主が、そっと頷いた。
観測者の光が、静かに明滅した。
何かが、この世界に生まれようとしている。
形も名前も、まだない。
だが確かな「命」だけが、ここにあった。
なぜ生むのか――
その問いは、もう怖くなかった。
わからないままに手を伸ばすこと。
それが、生きているということだと、今は思えた。
「……生もう」
カインは掌を伸ばした。
白い芽に触れる。
その瞬間、世界が光に染まった。
どこかで、幼い声が、最初の言葉にならない歌を響かせていた。
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東雲ふわり🫧