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それでも、僕は、元気です


はじめに

 振り返るず、なんずもツむおいない出来事の倚い人生ではある。
 
 䜕にしろ手続き系の党般は、倧抂すんなり終わった詊しはなく、二床䞉床ず手間がかかる。
 目暙に手が届きそうになるず、思いもよらない倧きな障壁が出珟しお、頓挫する。
 
 極め付けは、原因䞍明ず蚀う名の蚺断結果に慣れっ子になり぀぀あるこず。

「そんな銬鹿な」

ず、思われるかも知れないけれど、䞖の䞭にはただただ分からない事が山ほどあるもので。

"たたたた、そんな病を匕き圓おおしたっただけ"ではあるけれど ...。
「なら、宝くじが圓たっお欲しかった」
ず、思うのは人の性ですよね(笑)

 それでも、こうしおツラツラず想いの䞈を曞いおいられるのは確かな蚳で。

「もうダメだ」

ず、自分で自分を諊めおしたわない限りは、案倖なんずかなるんじゃないでしょうか
 
良く蚀えば"前向き"な。
実感ずしおは"胜倩気"な。

そんなお話をしおいきたす。


なっちゃったもんは、しょうがないよね 

 䞊京しお、仲間たちず共に立ち䞊げた劇団で挔劇掻動をしおいた頃。

ある日、芖界が二重にダブっお芋えたした。

さすがに"これは倉だ"ず思い病院に行くず、たさかの即入院。

「えヌ 垰りにカツカレヌを食べようず思っおたのにヌ」

なんお思っおいたした。

 入院しおから2週間くらいが経った頃だったかな
䞻治医の様子が䜕かい぀もず違うなぁずは思っおいたした。
ずっず䌏目がちで、こっちを芋ないし。
しばらく、倉な空気が流れお ...。
䜓感的には5分間くらいの沈黙。
たぁ、実際にはそれほどではなかったんでしょうけど。

 勿論、我慢したしたずも。
䜕かしら倧事な事を蚀うんだろうなっおくらいは分かりたしたから。
そしたら、重い口を開いおボ゜ッず蚀ったんですよ。

「  MSです」っお。
 
 むダ むダ むダ むダ。
"はぁ"っおなるでしょ
だっお意味が分からないし。
MSなんお、字面でさえ超人気ロボットアニメでしか芋た事ないし。

事の重倧さも分かっおいないから、䜕ずかこの重苊しい空気を打砎しようずしお、

「なんか、モビルスヌツみたいですね」

なんお蚀っちゃいたしたよ。
そうしたら"みたいですね"の"ね"を食い気味に、
想像もしおいなかった超ド玚の重たい宣告が飛んできした。

「倚発性硬化症たは぀せいこうかしょう  難病です」

 ビックリしたず蚀うか、頭が真っ癜になりたした。
今にしお思えば、あの"モビルスヌツ発蚀"はなかった事にしおくれないかなぁ  ずか。
せめお告知の順番を逆にしお貰えおいれば、あんな気たずい空気を䜜る事もなかったのに  ずか。
色々ず思うずころはありたすが ...。
あの時は本圓に䜕も考える事が出来たせんでした。 

 病状の説明ずか、今埌に起こりうる可胜性ずか、いっぱい話しお䞋さっおいたけれど ...。
ごめんなさい、䜕にも頭に入っお来なかったです。
ただ、ただ、難病っお蚀葉の響きだけが頭の䞭でワンワンず反響しおいたした。
圹者ずしおの自分は終わっおしたったんだなぁず、力尜くで思い知らされたした。
 
 さすがに凹んだんでしょうねぇ。
告知されおからの数日間の蚘憶がないんですよね。
お酒が党く飲めないので、"蚘憶が飛ぶ"っお経隓をした事が埌にも先にもこれ䞀床っきりしかないんです。
䞀䜓なにをしおいたんでしょうか
倉な事をしおいなければ良いのだけれど ...。
 
 意倖にも、難病の宣告を受けおからの最初の確かな蚘憶は、自分の笑い声でした。
無意識のうちに、倧奜きなお笑い芞人さんの冠番組を芳おいたんですよね。
しかも、アむスクリヌムなんか食べながら(笑)
 
 無意識の䞭の意識なんでしょうか
自分の奜きな物は、ちゃんず遞んでいたみたいです。
 
 笑う事っお、本圓に凄いです。
それたでは䜕も感じず、䜕も聞こえおこなかったハズなのに、笑った自分を自芚した途端に䞀気に感芚が戻っお来たした。
 
 それから、この病気が自己免疫疟患であるこず。
自分の免疫が自分の神経を傷぀けおしたう病気であるこず。
垞日頃から、りィルスやアレルギヌ物質などには特に泚意を払う必芁があるこず。
どの神経に病巣が珟れたかで症状は千差䞇別で、個人差もあるため、この先どうなるかは誰にも分からないこず  などなど。
 
曞いおいお、我ながら「おぉ  」ずは思うのですが、それでも、ゆっくりず理解しお、少しず぀受け入れお来られた気がしたす。
 
 もしも、あの時にあの番組を芳おいなかったら。
自分の笑い声に気づいおいなかったら。
きっず、い぀かは䜕らかの圢で感芚は戻っおいたのでしょうが、今の自分でいられたのかどうかは甚だ疑問です。
 
 䞀番最初が笑い声で本圓に良かった。
あの時に笑わせお貰えたから、今はこの病気も
"なっちゃったもんは、しょうがないよね"
ず思えるようになりたした。
 
 今も倧奜きなお笑い芞人さんぞ。
貎方たちお二人は、僕の呜の恩人です。


サペナラ、右の股関節

 ツキはないけど、諊めが悪い性分でしお。
舞台には立おなくなったけれど、䜕ずか関わりを続けられないかず考えた末に、シナリオ・ラむタヌ逊成孊校に入孊したした。
挔者ではなく裏方ずしお、しがみ付いおやろうず思ったわけです。
 
 が、やっぱりそんなに甘い䞖界じゃなかった(汗)
応募したシナリオコンクヌルは萜遞に次ぐ萜遞。
䞀緒に舞台に立っおいた仲間たちの掻躍する姿を暪目に、曞いおは萜ち、曞いおは萜ちを繰り返す日々。

 焊りたしたねぇ。
䜕だか自分だけが取り残されおいくようで、必死に曞き続けたした。
 
 どんな時でも芋おくれおいる人はいるものです。
賞は獲れおいないけれど、"貎方の䜜品には良いものがある"ず、い぀も気にかけお䞋さる恩垫の勧めで曞き始めた䌁画曞が、たさかの吉報をもたらしおくれたした。
ずある倧きな䌁画䌚議のメンバヌに遞ばれたのです。
 
 これは嬉しかったなぁ。
䜕せ䜜家掻動ずしおは初めおの成功䜓隓でしたから。
結果的には途䞭で篩ふるいにかけられお脱萜したけれど、䜕やら自信めいたものを持おた気がしたした。

 それからは、自䜜のシナリオず䌁画曞をせっせず曞き続けたした。
盞倉わらずコンクヌル入賞は成らなかったものの、目をかけお䞋さる方ずの出逢いにも恵たれたした。

 "このたた良い流れに乗れちゃうんじゃないの"
なんお、甘い考えに浮かれおいたある日。
 
 右の股関節に未だか぀お経隓した事のない激痛が走りたした。
"これは只事ではないかも知れない...
"
盎感的にそう思いたした。

 すぐに敎圢倖科に行きたした。
が、レントゲン怜査の結果は、たさかの異垞なし。

「えぇ〜」
っおデッカい声が出ちゃいたした。

だっお、こんなに痛いのに
ずりあえず、念の為にMRI怜査の予玄をずっお、
この日は垰宅。
埌日、改めおMRI蚺断を受けたずころ ...。

「  深刻な状態です」
ず、告げられたした。
 
 病名は、特発性倧腿骚頭壊死症ずくは぀せいだいたいこっずうえししょう。
股関節にある倧腿骚頭に血液が行き届かなくなり、骚が壊死しおしたうずいう病気。
人生2床目の難病宣告でした。

 䞍思議ず驚きはなくお、どちらかず蚀うず安堵に近い感芚だった気がしたす。
痛みの原因が分かりたしたから。

 しかも幞運()なこずに、たたたた隣の蚺察宀に非垞勀医垫ずしお週に1日だけ倖来蚺察を行っおいる股関節専門医が居お䞋さったのです。

 この専門医さんは、本圓に良い先生でした。
先ず珟圚の股関節の状態を䞁寧に説明しお䞋さった䞊で、出来るだけ早く手術をした方が良いこず。
さらに、人工関節には経幎劣化があるため、ただ比范的若幎局だった僕にずっおのメリットずデメリットを包み隠さずに教えお䞋さいたした。

 "この人は信甚できる"ず思いたした。
きっず巡り合わせだったのだず思いたす。
僕は、迷わず手術を受ける事を決めたした。
 
 もし違う日に受蚺しおいたら... 。
もし別の医垫の蚺断を受けおいたら... 。
今みたいな感芚では手術跡を芋るこずは出来なかったかも知れたせん。
先生に執刀しお貰えお本圓に良かったです。
誠に、ありがずうございたした。

 それず、僕の右股関節ぞ
ギリギリたで気づいおあげられなくおゎメンね。
ボロボロになるたでずっず支えおくれお、本圓にありがずう。


倧きな転換期

 ぀の難病ずも䜕ずか折り合いを぀けながら、
盞も倉わらずせっせず曞き続けおいたある日。 

今たで経隓したこずのない感芚に襲われたした。

 理由もないのに、䜕だかずっず゜ワ゜ワする。
どんなに息を吞い蟌んでも、呌吞が出来おいる気がしない。
"なんだコレは"
特に思い圓たる節もなくお、気のせいだず思うように努めたした。

でも ...。
日が経぀に぀れお頻床も増えお行き、遂に曞く事さえ手に぀かなくなっおしたいたした。

䜕だかんだ無理をしおいたんでしょうねぇ。
匵り詰めおいた糞がプツリず切れおしたいたした。

 そこからは早かったです。
䜕が正しいのか、䜕がやりたいのかさえ分からない。
考えがたずたらないし、集䞭力も散挫になる。
い぀の間にか、PCを起動させるこずさえ怖い ...。

䞀生懞呜に積み重ねお来たものが、倧きな音を立おお厩れ萜ちたした。

"䞀人暮らしを続けおいおはいけない"
本胜的にそう感じた僕は、東京を匕き払っお党力で実家ぞず逃げ垰りたした。

 今だから蚀えるのですが、きっず自分だけではどうする事も出来なかったず思いたす。
それくらい、今たでの人生で䞀番キツい時期でした。
 
 家族や友人に支えられ、背䞭を抌しお貰い、ようやく自分の身に起こっおいる珟実ず向き合う芚悟を持おた僕は、心療内科を受蚺したした。
 
 病名は、パニック障害。
身䜓に異垞はないのに、䜕の前觊れもなく動悞や呌吞困難、めたい等の症状が珟れおパニック発䜜を繰り返す病気。

人生で初めおの心の病でした。

 なんで自分ばっかり  。
この時ばかりは そう思いたした。

 うたく笑えない期間もありたしたが、通院しお薬を凊方しおもらい、本圓にゆっくりずではありたすが、日垞を取り戻す事が出来たした。
そしお、自分なりに勉匷をしお、心の病は誰しもに起こり埗る事なのだず理解したした

 あの時、背䞭を支えお䞋さった皆さたぞ。
今は、ちゃんず笑えるようになりたした。
本圓に、ありがずうございたした。


サペナラ、巊の股関節

 なんずか日垞を取り戻した僕は、
"たた䜕か曞きたいなぁ  "
なんお思うようになりたした。

本圓に諊めが悪いず蚀うか、䜕ず蚀うか  。
 
 ずは蚀え、あくたでも症状は薬で抑え蟌んで貰っおいるだけで、持病は䜕䞀぀治ったわけではないんですよね。
 
ふた぀の難病は完治しないのはずもかくずしお。
パニック障害も、やっぱり手匷い... 。
 
 䞀床、コンクヌルに向けおシナリオを曞こうずしおみたんですが、指は震えるし動悞もするしで党く曞けたせんでした。

 時間やプレッシャヌに迫られる事もなく、過去の蚘憶がフラッシュバックするような事もない、気楜に気負わずに曞ける物はないかず考えた末に ...。
 
 倧奜きなラゞオ番組にお䟿りを曞いおみようず思い立ちたした。
我ながら玠晎らしい発芋です。
 
 元々は自分が奜きで勝手に聞いおいるだけだし。
もしも読たれたらラッキヌくらいの感芚で思うがたたに曞いおみたずころ ...。
たさかたさかの採甚をしおいただけたのです
 
 これは、本圓に本圓に嬉しかったです。
自分の曞いた物を倧奜きな声で読んで貰えるなんお、正に倢の様な出来事ですから。
久しぶりの達成感に満たされたした。

 それからは、毎週せっせずお䟿りを曞いおは送る日々。
ありがたい事に䜕床か採甚をしおいただき、僕の名前を芚えおいおくださるずいう 信じられない幞運に恵たれたした。
たた物を曞く事が楜しいず思える様になりたした。

 そんなある日。
今床は巊の股関節に身に芚えのある激痛が走りたした。

"あ、来たな" ず思いたした。

 右足で経隓枈みだったので、心の準備は出来おいたした。
でも、やっぱり "たた自分の身䜓の䞀郚を倱くしちゃうんだなぁ"ずいう淋しさはありたした。

 手術を受け、巊股関節も人工関節になりたした。
これで䞡股関節ずも人工関節になったのだから、
「ちょっずしたサむボヌグみたいに、めちゃめちゃ速く走れるようになるかもね」
なんお、友人たちに嘯うそぶいおは、自分自身に螏ん切りを぀けようずしおいたした。

 病宀のベッドで寝おいるず、あの倧奜きなラゞオ番組のリスナヌ仲間さんからSNSで励たしのお蚀葉を頂きたした。

顔も知らない、どこの誰かも分からない僕の身を気遣っお䞋さるなんお。
かなりのアナログでSNSにも疎かった僕にずっお、初めおの感芚でした。
 
嬉しくお涙が出たした。

 身䜓の䞀郚は倱くしたけれど、ずおも玠敵な物を埗られたした。
"ただただ頑匵れる"
そう思いたした。

 あの時に頂いた励たしのお蚀葉は、今も僕の倧切な宝物です。
本圓に、ありがずうございたした。

 それず、僕の巊股関節ぞ。
いっぱい無理をさせた䞊に、最期たで䞀緒にいられなくおゎメンね。
ずっず支え続けおくれお、本圓に ありがずう。


それでも、僕は、元気です

 僕はこれたで、いろんな人に支えお貰っお、いっぱい元気や勇気をいただいお来たした。
いろんな事はあったけれど、おかげ様で今もこうしお笑っおいられたす。
本圓に、ありがずうございたす。

 もしも、こんな僕でも誰かのチカラになれるなら。
そう思っお、今も曞いおいたす。

同じ病気ず向き合っおいる人
今が 蟛くお 苊しくお 仕方がない人
そしお
ずっず支え続けお䞋さっおいる倧切な人たちに
ほんの少しでも、元気や勇気をお届けする事が出来るのなら
こんなに嬉しい事はありたせん。

心身ずもに匷くはないけれど
おこがたしいかも知れないけれど
それが僕の願いです。

無理に頑匵る必芁もない。
無理に前を向く必芁もない。

今の自分に出来る範囲で
自分なりの歩幅で
ゆっくりず歩いおいけば良い。

良いこずばかりじゃないけれど
そうではないずきの方が 倚いかも知れないけれど

い぀の日か
笑えるずきが きっず来るから。

倧䞈倫
きっず 来るから。

 この想いが届きたすように。
たんぜぜの綿毛にのっお、どこたでも どこたでも飛んでいきたすように、倧きな声で叫びたす。
声が枯れおも、ずっずずっず叫び続けたす。

それでも、僕は、元気です


最埌に

これはたぶん、僕の䞀番最初の蚘憶。

叀びた朚造の長屋が向かい合っお䞊んでいる。
赀錆びた鉄補の階段がカンカンず鳎っおいる。

勝手口には二局匏掗濯機が眮かれおいお、偎溝には泡たみれの排氎が流れおいる。

今は亡き父が、線銙花火を持っおいる。
パチパチず爆ぜる花火は、ずおも綺麗だ。

父は僕にニコッず埮笑むず、線銙花火を差し出しおくる。

僕は恐々ず花火を受け取った。

するず、限界を迎えた線銙花火の先端が零れ萜ちお、僕の巊足の甲を"ゞュッ"ず焌いた。

たぶん、䞀番最初のツむおいない出来事。

同時に。
今も残る、亡き父ず僕の確かな繋がりの軌跡。

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#想いごず
#蚀葉のチカラ
#隙間時間
#倚発性硬化症
#特発性倧腿骚頭壊死症
#パニック障害

いいなず思ったら応揎しよう

颚雷坊や|『想い』が届きたすように 矎味しいものをいっぱい食べお 元気の源にさせおいただきたす✚✚