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あの坂を、ひとりで

     初めての海外で、私はバス停に置き去りにされた。
     赤い車が見えなくなるまで、動けなかった。
     行き先も、乗るバスも分からないまま、ただひとりだった。

     大学一年の夏。憧れていた留学先でのことだ。事前にもらったホストファミリーの紹介文を何度も読み返し、胸を弾ませていた。けれど、バンクーバー国際空港で私の名前入りのプラカードを掲げていたのは、聖母マリアの名からは遠い、気の強そうな女性だった。鋭い目つきのまま、ぶっきらぼうに荷物をトランクに放り込む。赤い古びた車に乗せられ、ガタガタと、不穏な音が胸に鳴る。

     五歳の坊やは無邪気に話しかけてくるが、何を言っているのか拾えない。 
     マリアの早口の英語は遠く、耳に触れても意味にならない。
    (はあ、弱ったなあ)
     深い溜息を飲み込み、ぎこちない笑顔で「Yes」と繰り返す。

     翌朝、なだらかな坂の下のバス停で車を降ろされた。吹き抜ける風が冷たい。
    (どうやってスクールに行けばいいの?)
     半ばパニックになりかけて、はっとする。前日、スーパーの帰りにマリアが早口で説明していたのは、この行き方だったのだ。
     だが、もう遅い。マリアは仕事に出ている。
    (仕方ない。聞こう)
     ベンチに座る女性に地図を見せ、バスの番号を教えてもらう。運転手にも声をかけ、二十分ほど走った先のダウンタウンで降りる。日系の店で道を尋ね、どうにか開始ぎりぎりに辿り着いた。

     レベル分けテストを受け、小グループで和気藹々と英語を学ぶ。和やかな雰囲気にほっとしたのも束の間、帰りのバスでまた迷った。どの路線に乗ればいいのか分からず、バスが来るたび運転手に住所を見せる。ようやく乗れたあとも、窓の外の景色に目を凝らし続けた。目印のスーパーに気づくのが遅れ、乗り過ごす。広い邸宅の飼い犬に吠えられながら、数キロほどトボトボ引き返した。
     誰もいない室内で、朝に流れていたラジオの気配だけが消えている。時計の針の音が、やけに大きい。
     マリア母子が帰ってきても、うまく話せない。翌朝からは、ストックのパンやシリアルを自由に食べ、戸締まりして出るよう言われた。
    (みんな車で送り迎えしてもらったり、お弁当を作ってもらったりしているのに。どうして私だけ、こんなところに――)
     そう思った瞬間、言葉が喉の奥で止まった。

     ある日、玄関の鍵をかけ忘れた。
    「オートロックのやり方、教えたでしょう。どうして?」
     厳しく咎められ、張り詰めた緊張の糸が切れた。涙がどっとあふれる。
    「やめて、息子の前で泣かないで。心配するでしょう」
     ソファに座り込んでいると、坊やが伏し目がちに言った。
    「ママのこと、悪く思わないで。いろいろ苦労しているんだ」
     そのとき、英語がまっすぐ届いた。悲痛な眼差しを向けられ、胸の奥がひりつく。
    (私は、何をしているんだろう。このまま分からないふりを続けるのか)
     逃げたままでは、何も始まらない。ここで引いたら終わりだ、と思った。

     それからは、紙とペンと電子辞書を手放さなかった。「Please speak slowly」を繰り返し、分かるまで聞き返す。身振りを交えて知っている単語を並べるだけでも、相手は立ち止まってくれた。先生も、マリアも、道行く人も。たどたどしくても、言葉は返ってくる。
     自分の足で目的地に辿り着くたび、小さな達成感が積み重なっていった。
     坂の途中で足を止める。燃える夕日が、にじむように沈んでいく。冷たい風の中で、深く息を吸った。

     週末、台所に立った。持参した醤油で白身魚の照り焼きと肉じゃがを作る。油のはねる音と甘い匂いに、坊やが目を輝かせる。マリアは無言で皿に手を伸ばし、少し食べると、わずかに口元を緩めた。
     お礼に、故郷のマレーシア料理を教えてもらう。食後、テレビを見ながらアイスを分け合った。

     マリアのことを、私は何も知らない。
     けれど、その背中には、揺るがないものがあった。

     一か月後、帰国の日。
     あの坂を、ひとりで下る。
     迷っても、たどり着ける場所がある。

     いつかまた、あの道を歩く。
     迷うことを、もう恐れない。

    坂を、ひとりで#創作大賞2026 #エッセイ部門

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