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不登校の子どもへの対応で、3年後に後悔していること

    子どもに学校に行けない理由を聞いた。
    「友達との関係」と言った。

    でも、それは一方的に相手が悪いわけじゃなかった。
    それでも自分は、その友達をどこかで責めていた。

    環境を変えれば変わるはずだと思い、引っ越しもした。
    子どものために、自分なりにできることはやったつもりだった。

    でも、転校先でも、また不登校になった。
    理由は、また「友達との関係」。

    そのとき思った。
    「これはもう環境や友達の問題じゃない。うちの子の問題だ」

    そして、言ってしまった。
    「学校に行くだけでいい。それくらいやってくれ。もう少し頑張れ」

    担任も言った。
    「来てくれれば、あとは学校で対応します」と。

    その言葉を信じて、嫌がる子どもを抱えて学校へ連れて行った。
    無理やり車から降ろして、担任に引き渡した。

    あのときの自分は、
    「子どものためにやっている」と本気で思っていた。

    引っ越しの際に、自分は仕事も変えた。
    ここまでやっているのに、なぜ応えないのか。

    「俺はここまでやったんだ。お前たちも頑張れ」

    心の奥には、そんな思いがあった。その気持ちは、滲み出てたと思う。

    子どもはいわゆる「できる子」だった

    子どもは、いわゆる「できる子」だった。
    成績もいい。理解も早い。運動もそこそこできる。ピアノも弾ける。
    WISCでも大きな偏りはなかった。

    だから余計に思ってしまった。
    「できるのに、やっていないだけじゃないか」と。

    でも、違った。
    当時は分からなかったから、ずっと怒りの気持ちがあった。

    3年後の今、後悔していること


    でも今なら分かる。
    あの怒りの奥にあったのは、不安だった。

    このまま学校に行けなかったらどうなるのか。
    この子の将来はどうなるのか。
    自分は、父親として失敗なんじゃないか。

    その不安を、子どもにぶつけていた。

    本当は、子どもはすでに十分頑張っていたのに。
    傷つきながら、なんとか耐えていたのに。
    それでも自分は言ってしまった。
    「もっと頑張れ」と。

    いま振り返って、いちばん後悔しているのはそこだ。

    あのとき必要だったのは、「頑張れ」じゃなくて、「もう十分だよ」だった。

     
     
     
    40代氷河期世代。不登校の小学生の父。 専業主婦の妻との意思疎通に悩み、正論返しがモラハラと言われる(そこは反省) 別居3年。再構築目指してペアトレしたけど離婚調停して不成立。カサンドラかも 普通の家族の形を失う父として、自分のために苦悩・教訓を書いてますが、参考になれば幸いです

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