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不登校でも大丈夫!将来を不安視した父親が安心できた根拠3選

    子どもが不登校になったとき、父親の私はとても不安でした。
    「将来はどうなるんだろう」
    「学校に行けないままで大丈夫なのか」
    通勤中に見かける元気な児童と比べながら、毎日のように考えていました。

    不登校は今すぐ解決すべき問題 そう感じて焦っていました。
    その結果が、残念ながら家庭崩壊です。

    不登校を受け入れるまでには2〜3年かかりました。
    でも今は「生きてさえいてくれれば大丈夫!」と心から思えるようになっています。
    心持ちの変化は、日本社会の現状や子どもたちの強みに気づいたことが大きいです。

    1.少子化の現実が教えてくれた「生きてるだけで希少。価値がある」

    私が子どもの不登校を心配していたとき、ニュースで「少子化」「人材不足」という言葉をよく耳にしました。最初は関連付けていなかったのですが、気づきました。

    画像
    厚生労働省 出生数、合計特殊出生率の推移

    自分たちの時代に比べて日本人の数が全然ちがう!
    「子どもが生きていること自体が、すでに社会にとって大きな価値だ」と。

    私は氷河期世代で、就職活動のときは勝ち組・負け組という言葉が蔓延していた。でも今は人口が減り、若い世代は誰もが必要とされる存在です。今現在ですら、人材不足が叫ばれ、採用難になっています。未来は、さらに希少価値のある存在になる、たとえ一時的に不景気が来たとしてもです。
    だから「学校に行けていないから心配」という気持ちは、少し肩の力を抜いていいんだと気づきました。


    2.AI時代を生き抜く子どもの「ネットやゲーム好き」が未来の武器になる

    不登校の子どもは、家でゲームやスマホばかり…と悩む親御さんも多いと思います。私も同じでした。
    脳が委縮する、依存症になる。だから絶対ダメだと禁止方向に動きました。

    けれど、あるとき思ったのです。「自分は3Dゲームなんて全然かなわない。でも子どもは当たり前のように操作している。これってすごいことなんじゃないか」と。

    これから社会はAI化が進み、従来の学歴や暗記の力だけでは通用しない時代になる。その中で、子どもが自然に新しい技術に触れ、楽しみながら身につけていることは立派な強みです。学校に行けないことよりも、「好きなことに夢中になれる力」が未来の可能性になると考えるようになりました。


    3.学歴よりも「生きていること」が一番大切

    外国人労働者が増えている今、彼らの学歴を誰が気にするだろうか。
    日本社会では「どんな学歴か」よりも「存在自体」が重視されていると思う。
    子どもも同じ。学校に行けるかどうかではなく、生きていて、日々を過ごしていることこそが大切なのだと。

    不登校の子を持つ親として、どうしても「勉強」「進学」「将来」が気になってしまいます。周りの子たちと比較してしまう。でも本当に大切なのは生きていること。
    「死にたい」なんて言ったら、「何を言ってるんだ」と根性論で励ますより、全力で守る方向で考えていいと思う。

    子どもは自分のペースで成長していきます。時間はかかっても、大丈夫。


    まとめ 不登校でも大丈夫。これは根拠のない励ましではない

    子どもが不登校になってから、安心できるまでに私は2〜3年かかりました。その間、不安でいっぱいでしたが、少子化の現実、AI化の時代に必要な力、そして「生きているだけで価値がある」という視点に気づいたことで、今は安心して子どもを見守れるようになりました。

    無理に学校に行かせようと焦るより、「大丈夫だ、これでいいのだ」と父親が自分自身を安心させて、妻子に接する。心理的安全性の確保が大切だ。

    「不登校でも大丈夫」。これは根拠のない励ましではなく、時代がそう教えてくれている言葉です。子どもは必ず未来で必要とされる存在だから。

     
     
     
    40代氷河期世代。不登校の小学生の父。 専業主婦の妻との意思疎通に悩み、正論返しがモラハラと言われる(そこは反省) 別居3年。再構築目指してペアトレしたけど離婚調停して不成立。カサンドラかも 普通の家族の形を失う父として、自分のために苦悩・教訓を書いてますが、参考になれば幸いです

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