メインコンテンツへスキップ
見出し画像

怒りながら笑う特技を手に入れた

    日曜日のお昼過ぎ、灼熱のアスファルトの上を2人が乗ったバイクは走る。
    行き先は家から少し離れたいつもよりちょっとだけ高級な回転寿司屋さん。

    地図アプリでは目的地まで17分と出ている。17分なら炎天下と言えども、歩くわけでも自転車こぐわけでもないし楽勝だろう。

    サングラスをかけ、ユニクロのUVカットパーカーを羽織りフードをスッポリと被る。その姿を見てTシャツ1枚のもっさりは大笑いした。駐輪場までの道すがら、後ろを歩く私を何度も振り返っては大爆笑する。
    大女優かと見間違うほどの私の日焼け対策を馬鹿にしている。
    (笑ってるけど、腕出して直射日光当たる方が痛いからな。フンッ)
    私はフードの上にヘルメットを装着し、もっさりの後ろに跨った。

    ジェットタイプのヘルメットを着脱する度に私のサングラスは大きくずれるので出来れば掛けたくない。
    フルフェイスのもっさりのシールドはブラウンだけど、私のは透明なのでサングラスがないと眩しい。

    ヘルメットを買って間もない頃、もっさりが私にブラウンのシールドを買って来てくれた。
    「もっさり、優しい♡」
    と目がハートになった。いざ取り付けてもらうとシールドとヘルメットの間に大きな隙間ができていた。もっさりが買って来たのは、私が迷って買わなかったヘルメットのシールドだった。

    せっかく取り付けてくれたのでしばらく使ったが、シールドがない方がマシなくらい強い風が容赦なく攻撃する。ビル風で突風が吹くみたいに隙間風は想像以上の威力を持っている。これは罰ゲームだ。
    風の攻撃を交わすため、私は後部座席でひたすら目を閉じていた。何処で曲がるのか、どちらに曲がるのか、全くわからない。振り落とされないようにもっさりのベルトをギュッと握りしめる。
    目隠しでロデオマシーンに乗せられている気分だ。

    目隠しでロデオマシーンに乗るくらいなら、眩しい方が随分マシだ。すぐに透明のシールドに戻してもらった。

    そのうち もっさりがサイズの合ったブラウンのシールドを買って来てくれるだろう。そう思いながらもう2年も透明なシールドで頑張っている。
    そろそろ諦めて自分で買ったほうが良さそうだ。

    日陰のない道路での信号待ちは地獄。ジリジリと照る太陽に肌が痛い。
    そして目的の寿司屋は17分経ってもつかない。いつになったら着くのだろう。もう、永遠に着かないのかもしれない。熱中症で倒れるかもしれない。
    私たちのバイクと共に寿司屋も移動しているのではないだろうか。

    30分ほどでようやく着いた。バイクから降りる時、ズボンの裾がバイクに引っかかり、私は真後ろにステンと転んだ。気がつくとひっくり返った虫のように仰向けで天を仰いでいた。
    「大丈夫か?」と言うもっさりの目に「何やってんねん」と言う冷めた眼差しを感じる。

    これまでにも何度かズボンの裾がバイクに引っ掛かり転けそうになったことがある。何とか踏ん張って転けずに済んでいた。いつかこんな日が来る。そう思っていた。
    バイクに腹が立ったが、暑さで怒る気力も湧かない。

    空すいている時間を狙ってお店に行ったので、お客は1組だけ。
    「カウンターかテーブルどちらにされますか?」
    「カウンターで」と即答するもっさり。
    (えっ? いつもテーブルやのに、こんなに空いてるのに、カウンター?)
    「カウンターですね」
    「もとい。カウンター取消しでテーブルで」訂正するもっさり。
    どうやら暑さで間違ったらしい。

    お寿司は残念ながら期待していたほどではなかった。
    炎天下の中を暑さに耐え、転けてまで到着した甲斐はなかった。
    再び炎天下をバイクで戻る。

    帰り道、アイスを買うために近所のコンビニへ寄った。
    お寿司屋さんの前で転けたのは、恐らく後部座席の後ろの突起に引っ掛かったのだ。足を引っ掛けないように右足を大きく上げ、バイクを降りた。
    転けずに下車。セーフ。

    自宅近くの交差点で信号待ちをしていると、もっさりがここで降りろと合図する。駐輪場と家が離れているので先に降りて自宅へ帰れということだ。
    私はコンビニで降りた時と同じように、右足を大きく上げて路上に足をついた。これだけ足を上げたのだから引っかかるまい。
    が、気づくとまた仰向けにひっくり返っていた。
    あんなに右足を大きく上げたのに!
    左足が動かない。何か引っ掛かってる。
    左足のズボンの内くるぶしが破れ、バイクのスタンドが破れた穴から突き出ていた。
    右足が引っかかって転けたと思ったのに、左足がスタンドに引っかかっていた。

    車道でひっくり返った虫のようになっている場合ではない。早く立たねば信号が変わり、後ろの車の邪魔になる。
    スタンドから引っかかったズボンを取り外し、そそくさと歩道へ向かうと、もっさりは冷ややかに駐輪場へと向かっていった。

    呆然とした私はヘルメットを取るのも忘れ、そのまま歩いていた。不審者だ。はたと気が付きヘルメットを抱える。

    左の腕を捻ったみたいで痛い。
    阪神百貨店でこの間 買ったばかりのズボン。無惨にも5㎝ほど破れている。
    ああ、しんどい。体がだるい。
    アイスクリームをとりあえず冷凍庫に入れなければ。
    全身の力が脱力し、私は座り込んでいた。

    ガチャガチャと鍵を回す音が聞こえる。
    もっさりが帰って来るのを忘れ、私は鍵を閉めていた。いつもはインターフォンを鳴らすもっさりも察したのか、自分で鍵を開けている。

    「もー!あのバイクが悪い!」「このズボン買ったばっかりやのに!」
    怒りを向ける矛先が分からず、私は地団駄を踏んでいた。
    このモヤモヤとした気持ちを誰に向ければいいのだ。

    「こーんな顔で倒れてたで」「こーんな顔やで」
    私が転ける様さまをモノマネしてみせ、大笑いするもっさり。
    バカにするもっさりにムカムカする。が、私の顔真似が面白すぎて笑わずにはいられなかった。
    私は怒りながら笑っていた。
    怒りながら笑っている自分にびっくりした。
    怒りながら笑えるんだな、と初めて知った。

    破れて綻びたズボンを脱ぎ、パンツ1枚でソファに座る様子を篠山紀信のように写真に撮るもっさり。
    私はパンツ姿でクローゼットから裁縫箱を取り出すとズボンを縫い始めた。
    その間も もっさりは私のモノマネをしたり、パンツ1枚の私の写真を見ながら笑っている。
    大笑いするもっさりを見てムカつくのに、笑ってしまう。

    今度から特技の欄は「怒りながら笑うこと」にしようと思う。

    それにしても2回転んだだけなのに全身が鉛のように重い。転けるってこんなにエネルギーを使うものだっけ?
    子供の頃は転けたって平気だった。立ち上がってすぐに遊んでいた。ただゴロンと転んだだけで、どうしてこんなにもしんどいんだろう。
    翌日からずっと右の足首が痛くて、変な歩き方をしている。

     
     
     
    好奇心旺盛なアラフィフ、独身、子なし。 パートナーのもっさりと週末を過ごす生活。 好き : 昼寝・ラジオ・猫・又吉直樹・武田砂鉄・岡本太郎 苦手 : 乗り物・閉鎖空間・人混み・行列・鳩

    あなたへのおすすめ