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芥川韍之介愛ず絶望の狭間で近代日本文孊ず聖曞䞭奥山実1995/2/25【読曞ノヌト】

    画像

    芥川文孊に犏音の力を照射する
    芥川の最埌の䜜品はむ゚ス・キリストをテヌマにした「続西方の人」であった。自殺したずきに枕蚱にあったものは聖曞だけであった。芥川は最期の力をふりしがっおむ゚ス・キリストに肉迫したのだが 。
    マルコヌシュ・パブリケヌション

    最埌の䜜品は「䞻む゚ス・キリスト」のこず

    「倧正文壇の代衚」塩田良平ずもいわれ、「新技巧掟のチャンピオン」䞉奜行雄ず賞賛された倩才芥川韍之介の最埌の䜜品をご存知だろうか。
    それは『続西方の人』。「西方の人」ずは誰か。それは人類の救い䞻む゚ス・キリストである。぀たり、芥川は、人生の最埌の最埌にキリストを曞いお自殺したのである。そしおその枕蚱には、たった䞀冊の本しかなかった。それは『聖曞』であった  。
    倚くの日本人がこの事実を知らない。いや、知らないずいうより、知らされおいないず蚀った方がよいのかも知れない。それは倚くの文芞評論家、その道の専門家が、あたりその事にふれないからである。
    しかし芥川韍之介が人生の最埌に、䞻む゚ス・キリストに肉迫しおいったずいう事実は、日本人にずっお極めお重倧な事ではないだろうか。たた芥川を理解する䞊でも忘れおはならない事柄だず思う。
    そしお「芥川の最埌の䜜品は、『続西方の人』぀たりキリストに぀いおであり、自殺した時に枕蚱にあったのは、『聖曞』だけであった」ずいう事実は、すべおの日本人が垞識ずしおでも知っおおくべきこずではないだろうか。
    芥川は自殺する盎前に、二床にもわたっおキリストを曞いた。
    『西方の人』7月10日脱皿、そしお『続西方の人』7月23日に曞き䞊げたこずになっおいる。そのように日付がうっおあるので。
    こうしお『続西方の人』が最埌の䜜品なのだが、23日の䜕時頃に曞き䞊げたのかは誰にもわからない。倜䞭たで曞いおいた。
    ふみ倫人によるず午前二時ごろ、郚屋から出おきた芥川に䌚っおいるので倜䞭たで曞いおいたのだろう。そしお次の朝には死んでいたのである7月24日早朝。
    ノェロナヌルずゞャヌルの臎死量を飲んでの自殺であった。぀たり死の盎前たでキリストを曞いおいたのである。そしお圌が死んだ枕蚱には、読みさしのある『聖曞』が開かれたたたであった。そしおその華麗なる文章によっお䞇人を魅了した芥川韍之介の、䜜品における人生最埌の文章は、
      我々ぱマオの旅びずたちのやうに我々の心を燃え䞊らせるクリストを求めずにはゐられないのであらう。「続西方の人』二十二貧しい人たちに
    であった。そしお筆をおき人生を終えた。぀たりこれは䜜品の䞭にしたためられた芥川の「遺蚀」ではないだろうか。自殺の盎前に曞いた最埌の蚀葉である。
    「我々人間は誰でも、キリストを求めないではおれない」ず曞いお死んでいった芥川。
    この事柄に蚀及しないで、芥川を論じるこずができるであろうか。もちろん、クリスチャンでない文芞評論家に「芥川のむ゚ス・キリストずの深い関係に぀いお論述せよ」ず蚀うのは無理な話であろう。しかし無理ならば無理ず、自分の限界を衚明すればよいのであっお、その重芁性に぀いお䜕もふれないずいうのが問題なのである。ずいうのは、ある人物の最も倧事なこずに觊れないで、その人の人物評䟡をしおも、その人の真䟡を理解できるわけがないからである。
    「芥川韍之介ずキリストずの深い関係」に぀いお䜕もふれない芥川論は、最重芁点を回避しお、どうでもよい枝葉の問題を空しく埪環しおいるに過ぎないのではないか。
    実に、「芥川ずキリストずの関係」の問題は、単に芥川個人にずどたらず、我々人間存圚の根本を揺り動かす問題をかかえおいるのである。そこにこそ芥川韍之介の真䟡があるのだ。この類皀なる文孊を理解するためには、たず芥川の芆われた郚分に思玢のメスを入れなければならない。぀たり芥川ずいう動く山をしっかりず抌え蟌むためには、その思想の倉遷に目を泚ぐよりたず第䞀にその土台を把握する必芁がある。

    芥川の䜎音郚

    芥川は、倏目挱石の匟子ずしおその才胜を絶賛され、すぐに文壇での成功を収めた。圌の䜜品は挱石の掚薊もあり次々ずヒットし、特に『錻』や『芋粥』は倧きな評䟡を受けた。圓時24歳の圌はその才胜ず運呜に恵たれたように思えた。圌の家庭環境も良く、経枈的にも恵たれおいた。しかし、圌の内面には「生きる喜び」が欠けおおり、圌の䜜品には圌の懐疑的な芖点や冷たい県差しがしばしば衚れおいた。

    圓時の䜜家たちは、今日のように経枈的に恵たれおおらず、䞀様に貧しく、倩䞋の挱石でさえも借家䜏たいであったのに、芥川は自分の家に䜏み、蔵曞の山に囲たれおいたのだ。自分では「貧しい」ず蚀っおも、女䞭などを䜿いながら、客芳的に、他人ず比べれば豊かな生掻をしおいたのである。こんな幞せな男がいるであろうか。
    しかしなんず芥川には「生きる欣び」がなかったのである。むしろ人生に察する深い懐疑をもっおいた。圌の皮肉な県ざしは、決しお心からの喜びを顕すこずもなく、むしろ冷たく人の心の底の底たで芋透しおいたのである。
    これが芥川の䜎音郚である。それはほずんどすべおの圌の䜜品に顕われおいる。

    『錻』『芋粥』そしお『蜜柑』のこず

    「錻」に登堎する犅智内䟛は、巚倧な長い錻が普通になったずき、呚りの人々の反応が冷たかった。人々は他人の䞍幞には同情するが、その人が䞍幞から逃れるず、どこかでその人を再び䞍幞にしたいず思う感情が生たれるず指摘されおいる。犅智内䟛の錻が再び長く醜くなるず、圌は安堵する。これは人々が本音で他人の幞せを喜ばない、䞖間の矛盟を瀺しおいる。

    次の「芋粥」は、䞻人公五䜍が䞖間の無情さに晒される物語で、圌の哀れさが匷調されおいる。五䜍は垞に苛められ、生き抜くために我慢しおいる。この䜜品では「䞖間」の本質がより明瞭に瀺され、䞖界の本来的な「䞋等さ」が明瀺されおいる。芥川の䜜品の䞭で、䞖界が「本来的に䞋等」であるずいう考えが垞に匷調されおおり、圌の厭䞖哲孊や虚無思想が䜜品党䜓を通じお衚れおいる。

    「蜜柑」は芥川韍之介の自らの䜓隓を基にした小䜜品で、圌の人生芳が衚れおいる。䜜品の䞭で芥川は疲劎や倊怠を感じる人生の感芚を描写しおいる。この時期は芥川が文壇で成功を収めおいる時であったが、圌は根本的に人生に飜き飜きしおいた。圌の人生芳は友人の恒藀恭぀ねずうきょう宛の手玙にも顕著に衚れおおり、圌は人ず人ずの関係、人生の苊しさ、神の仕業などに぀いおの考えを率盎に綎っおいる。

    むゎむズムを離れた愛があるかどうか。むゎむズムのある愛には、人ず人ずの間の障壁をわたる事は出来ない。人の䞊に萜ちおくる生存苊の寂莫を癒す事は出来ない。むゎむズムのない愛がないずすれば、人の䞀生ほど苊しいものはない。呚囲は醜い。自己も醜い。そしおそれを目のあたりに芋お生きるのは苊しい。しかも人はそのたたに生きる事を匷いられる。
    䞀切を神の仕業ずすれば、神の仕業は悪むべき嘲匄だ。僕はむゎむズムをはなれた愛の存圚を疑ふ僕自身にも。僕は時にやりきれないず思ふ事がある。䜕故こんなにしおも生存を぀づける必芁があるのであろうず思ふ事がある。
    そしお最埌に神に察する埩讐は自己の生存を倱ふ事だず思ふ事がある。僕はどうすればいいのだかわからない。君はおち぀いおゐるかもしれない。そしお僕の云ふ事を浅薄な誇匵だず思ふかも知れないさう思はれおも仕方がないが。しかし僕にはこのたた回避せずにすすむべく匷ひるものがある。そのものは僕に呚囲ず自己ずのすべおの醜さを芋よず呜ずる。僕は勿論亡びる事を恐れる。しかも僕は亡びるず云ふ予感をもちながらも歀のものの声に耳をかたむけずにはゐられない。

    䜐叀玔䞀郎氏の『文孊をどう読むか』にもその手玙の匕甚があるが、倚くの芥川研究者は圌の䜜品を研究の察象ずするが、この手玙のように圌の人生芳が明確に述べられおいるものは他にないず思われる。芥川は人生に絶望しおおり、その思想は圌の生涯を通じお倉わるこずはなく、最終的に圌の呜を絶぀倧きな芁因ずなった。

    恒藀恭宛の「手玙」を読んで、芥川の思想の底の底を芋た思いである。私はなぜ倚くの芥川研究家たちが、この「手玙」をたず第䞀に取り䞊げお研究の察象ずしないのか䞍思議千䞇である。ずいうのは、これほど明確に芥川の人生哲孊が衚されおいる文曞は他にないず思われるからである。この「手玙」を読んでおわかりのように、芥川はすでに人生に絶望しおいたのだ。
    この䞀点を抌さえおおくこずが芥川理解の鍵であるず思う。ずいうのは、その埌芥川は、人生に察しお積極的な発蚀をし行動するが芞術至䞊䞻矩などのように、その䜎音郚は決しお消滅するこずはなく、その生涯を貫いおいた。そしお遂には、この䜎音郚が芥川にずどめを刺させる倧きな芁因ずなったのである。

    必然的自殺

    芥川韍之介の人生や䜜品には深い厭䞖芳が根付いおおり、それが圌の行動や䜜品に圱響を䞎えおいた。

    • 芥川韍之介は倧正四幎、䜜家ずしおのキャリアの初期に、「人生の絶望」に぀いおの手玙を友人に曞いおいる。圌が埌に倚くの䜜品を曞く前の時期のこずで、その手玙は芥川が人生に察しお深い懐疑を持っおいたこずを瀺しおいる。

    • 人々は芥川の自殺に関しお様々な意芋や掚枬を持っおおり、芥川の匟子の小島政二郎は、圌が物語䜜家のたたでいればよかったず述べおいる。しかし、これは芥川の真の苊悩を理解しおいないずの批刀もある。

    • 芥川は「なぜ生きる必芁があるのか」ずいう問題に盎面しおいた。圌は神に察しおの埩讐ずしお自殺を考え、その行動を必然ず感じおいた。

    • 芥川の人生には様々な契機があったが、圌の自殺はそれらの契機だけの結果ではなく、深い厭䞖芳が背景にあった。

    • 芥川の䜜品や行動には矛盟が倚く芋られるが、その背景には圌の深い厭䞖芳や自殺ぞの論理が存圚しおいた。そしお、圌の䜜品や行動の背埌には倉わらないメロディヌ、぀たり圌の根本的な思考があった。

    • 芥川の䜜品には悲しむ芁玠が含たれおいるずの意芋もあり、その原因ずしお圌の内面の悲しみが指摘されおいる。

    初恋

    芥川韍之介は深い厭䞖的な人生芳を持぀理由ずしお、初恋の倱恋が倧きな芁因ずされる。圌の初恋の盞手は吉田匥生で、圌女ずの関係が深たる䞭で家の反察を受けた。特に芥川の逊育しおいた「䌯母フキ」は結婚に匷く反察し、その理由は芥川家が持぀「䞭流意識」から来るもので、吉田家が士族の家系でないこずが倧きな理由だった。士族は、明治時代からの身分制床で、平民よりも䞊の身分を持぀家庭のプラむドを瀺すものだった。

    芪友恒藀恭に宛お、切々ずその悲しみを手玙にしたためた倧正四幎二月二八日付
    ある女を昔から知っおゐた。その女がある男ず玄婚をした。僕はその時になっおはじめお僕がその女を愛しおゐる事を知った。
    しかし僕はその玄婚した盞手がどんな人だかたるで知らなかった。それからその女の僕に察する感情もある皋床の掚枬以䞊に䜕事も知らなかった。その内にそれらの事が少しづ぀知れお来た。最埌にその玄婚も極倧䜓の話が運んだのにすぎない事を知った。
    僕は求婚しやうず思った。そしおその意志を女に問ふ為にある所で䌚う玄束をした。所が女から僕ぞよこした手玙が郵䟿局の手抜かりで倖ぞ配達された為に時が遅れおそれは出来なかった。しかし手玙だけからでも僕の決心を促すだけの力は䞎えられた。家のものにその話をもち出した。そしお烈しい反察を受けた。䌯母が倜通し泣いた。
    あくる朝むづかしい顔をしながら僕が思切るず云った。

    芥川家は、代々埳川幕府の芁職に就いおおり、逊父の芥川道章は文化人ずしおの䞀面を持ち、逊母ずもは、文孊者・森鷗倖が曞いたキャラクタヌの芪戚に圓たる。そのため、芥川家には文人的な雰囲気ず、䌝統的な江戞の颚情が色濃く残っおいた。

    芥川の文章や圌の䜜品「老幎」の背景には、このような家庭環境が圱響しおいるず蚀われる。芥川が逊子ずしお芥川家に入ったこずで、圌の人生や恋愛における遞択は倧きく圱響を受けた。家の反察によっお初恋を諊めざるを埗なかった芥川は、その運呜や、理解を埗られない倧人たちに苊しみ、その立堎の匱さを深く感じおいたず掚枬される。

    恋に砎れお

    芥川韍之介は深い恋情を抱き、その恋が倱恋ぞず砕けたずき、圌は倧きな心理的な打撃を受けた。圌の初恋の盞手である吉田匥生は、芥川ずの関係の終焉を迎えた埌、ある陞軍士官ずの結婚を遞んだのである。しかし芥川は、その圌女のこずを忘れるこずはできず、日垞の䞭での感慚を日蚘に綎っおいた。

    それからこの自分の頭の象城のやうな曞斎で、當時曞いた小説は、『矅生門』ず『錻』ずの二぀だった。自分は半幎ばかり前から悪くこだわった恋愛問題の圱響で、独りになるず気が沈んだから、その反察になる可く珟状ず懞け離れた、なる可く愉快な小説が曞きたかった。そこでずりあえずたず、今昔物語から材料を取っお、この二぀の短線を曞いた  。

    この倱恋の圱響から逃れようずする䞭で、圌は『矅生門』や『錻』ずいった䜜品を執筆したのである。これらの䜜品は圌の心境を劂実に反映しおおり、特に『矅生門』は圌が吉田匥生ぞず手玙を送った埌の玄半幎埌に完成しおいる。
    倚くの友人たちは、芥川がこの倱恋を契機に小説執筆を本栌的に始めたず芋おいる。実際、圌の䜜品『錻』は倏目挱石からの絶賛を受け、圌の䜜家ずしおの道を開いたのである。
    芥川はその倱恋の圱響を生涯にわたっお感じ続けたずされおいる。その倱恋が圌の持぀厭䞖感の倧きな原因であるずも蚀われおいる。しかし、その厭䞖感には他の芁因も関䞎しおいるかもしれない。

    気たぐれな愛

    芥川が吉田匥生を倱っおからの日々、圌は繰り返し圌女の思い出を匕き寄せおは、独り涙を流しおいた。その感情は日蚘の䞭に蚘されおいった。
    実際には、芥川が玔粋に吉田匥生を愛しおいたのだろうか。実のずころ、圌自身も「玔粋な愛など存圚しない」ず述べおいる。圌は吉田匥生に寄せる感情の䞭に、新たな恋の芜生えずしお塚本文に心惹かれおいくのだ。圌が塚本文に向けお曞いた手玙は、結婚前の繊现な期間に曞かれたもので、その内容は非垞に甘いものだった。

      早く文ちゃんの顔が芋たい 早く文ちゃんの手をずりたい さう思ふず二週間が県に芋えない岩のやうな気がしたす 今これを曞きながら小さな声で「文ちゃん」ず云っお芋たした 孊校の教官宀で倧ぜい倖の先生がゐるのですが小さな声だからわかりたせん それから又小さな声で「文子」ず云っお芋たした 文ちゃんを貰ったらさう云っお呌がうず思っおゐるのです。

    しかしながら、芥川の初恋である吉田匥生ずの関係を考えるず、圌の塚本文ぞの手玙を玔粋な愛情ず評䟡するのは難しい。もちろん、芥川の塚本文ぞの手玙には、圌の優しさや愛情が溢れおいる。だが、圌が初恋の女性ず粟神的に繋がり続けおいるこずを考慮するず、感情は耇雑である。

    結婚埌、芥川は急倉し、塚本文に厳しい態床を取るようになった。塚本文はその新婚の日々に倚倧な苊劎を経隓するこずずなった。珟代の芖点からするず、圌女が耐え忍んでいる理由は䜕だったのかず疑問に感じるかもしれない。しかしその背景には、圓時の女性の匷さや瀟䌚的な背景が圱響しおいる。

    芥川の愛情ずは、結局のずころ䞀貫性がなく、移り気であった。圌は新しい恋の察象が珟れるず、容易に心を移しおしたう性栌であった。圌自身が「玔粋な愛は存圚しない」ず語っおいるように、圌の愛情は自己䞭心的なものであった。圌は自らの欠点や欲望を認識しおいたのだ。

    そこで、芥川の深い厭䞖芳を単に初恋の倱恋だけのせいにするこずはできない。圌の心の䞭には、もっず深い原因があったのではないだろうか。

    愛の無垞に぀いお

    芥川の「気たぐれな愛」に぀いおの評䟡を議論した䞭で、真の玔愛を持っおいる人は存圚するのか、ずいう疑問が浮かび䞊がる。
    芥川を非難する前に、自分たちの愛がどれほど玔粋であるのかを自問自答するべきである。
    亀井勝䞀郎は「ペハネの犏音曞」の䞭の䞻む゚ス・キリストの行動に深く感動しおおり、これを理解するためにはその背景を知る必芁がある。ナダダの埋法では姊淫の女は石打ちの刑にされるべきだが、䞻む゚スは圌女を救った。この行動は、眪の意識ず神の慈悲に関する教蚓を含んでいる。しかし、この教蚓は、眪の意識が乏しい日本人には理解しにくいかもしれない。

    神芳ず眪意識の深さは関連しおおり、高い神芳を持぀者や倫理性の高い者は眪意識が匷い。逆に、倫理性が䜎い者や、倚くの政治家のように眪意識が薄い者もいる。遠藀呚䜜ずある政治家の゚ピ゜ヌドは、政治家の玄束が信じられないこずを瀺すもので、文士ず政治家の䟡倀芳の違いを瀺しおいる。
    䞀方、芥川韍之介の話を匕甚しお、珟代の愛の考え方が゚ゎむズムに基づいおいるこず、そしおその愛の理解の乏しさを匷調。珟代人は、愛や結婚に぀いおの真実の理解が䞍足しおいる。
    愛は盞手の幞犏を求め、自分を犠牲にするこずだずいう。珟代の愛ぱゎむズムであり、人々は真の愛の意味を理解しおいない。流行䜜家ず偉倧な䜜家の違いは、人生の根本的な意味を問うかどうかにあり、挱石や芥川、倪宰らの䜜品は人生の意味に觊れおいるため、倚くの読者に支持されおいる。

    『玄鶎山房』のこず

    芥川晩幎の䜜品「玄鶎山房」は、圌の䞍眠症や幻芚症状を背景に完成されたものであり、友人の宇野浩二はこれを高く評䟡しおいた。
    物語は、倖芋䞊の颚流さずは裏腹に、家庭内での疑念や嫉劬、愛憎を䞭心に繰り広げられる。䞻人公玄鶎は病床で自らの浅たしい䞀生を回顧し、自分だけでなく呚りの人々も同様に浅たしい生掻を送っおいたこずを悟る。そしお玄鶎は死を迎えるが、その葬儀は参列者たちにずっお衚面的なものに過ぎなかった。

    筆者は「玄鶎山房」を読むこずで、人の䞀生の意味に぀いお深く考えさせられた。芥川の文孊の卓越性は、そのような人生の根本的な問いを読者に投げかける点にあるず感じる。
    神田の叀本屋で芋぀けた駒尺喜矎の「芥川韍之介の䞖界」ずいう論文は、芥川に察する深い理解ず愛情を持぀筆者の芖点から圌を分析しおおり、その䞭で駒尺は自らの人生の混乱ず芥川ずの出䌚いが論文を曞く動機ずなったこずを語っおいる。芥川の䜜品は、人生の真実を探求する人々にずっお共鳎し、たた読者を人生に぀いお考えさせるものずなっおいる。

    その論文の「あずがき」で次のように述べおいる。

    今は昔のこずである。私には人生ずいうものが、どうしおも玍埗できなくお、目茶苊茶になっおしたったこずがあった。その時、私は芥川韍之介ずいう䜜家に遭遇した。䜜品がずずのっおいればいるほど、私にはその䜜者が悲しい人にみえた。なんずも悲しい人だず思った。なんずかしお、この䜜家の正䜓を知りたいず思った。それが、この韍之介論を曞いたきっかけである。
    このようにしお駒尺喜矎教授は生涯をかけお芥川を远求し続けたのである。

    これでおわかりだろうか。人生を深く考えおいる人々にずっお、芥川ほど魅力ある䜜家人物はあたりいない。
    それは芥川が、絶えず人生の根本を問うおいたからである。だからこそ、真剣に人生ずずりくんでいる人々は、芥川の䜜品に共鳎し、たた䜜品にふれた人々をしお、人生を考えせしめるのである。これが偉倧なる䜜家の条件であり、読者はその䜜品を求め続けるのだ。

    10では、生きるずは

    人間は誰しも「生きるこず」や「人生」の意味に぀いおの問いを持っおいるが、日垞の忙しさに玛れお忘れがちである。テレビタレントの逞芋氏が癌で亡くなるたでの間に残した手蚘には、生きる意味に぀いおの考えが綎られおいた。䞀方、䜜家の芥川韍之介は、人生の醜さに悩みながら、高い理想ず珟実ずのギャップに苊しんでいた。圌の心の䞭には「人間はもずもず矎しく、愛は玔粋であるべき」ずいう匷い信念があり、珟実の醜さや堕萜を目の圓たりにするこずが苊痛であった。芥川のそのような感じ方は、圌自身の内なる声や高い理想に根ざしおおり、そのギャップによっお圌は絶えず苊闘しおいた。

    11本来の自己ず珟実の自己

    芥川韍之介は本来の高朔な自己ず珟実の醜い自己の二重性を持ち、これは倚くの人が持぀自己認識の圢である。私たちは、本来の自己ず珟実の自己ずの間のギャップを日垞的に䜓感しおいる。倧阪倖囜語倧孊の孊生が「人間の疎倖」に぀いお論じたずき、圌は最も疎倖感を感じるのは自分自身の䞭だず述べた。これは実存䞻矩が提唱する考え方ず合臎し、人間は自己の真実を远い求める存圚であり、それは非垞に難しい挑戊である。

    パッペンハむムの『近代人の疎倖』は有名であるが、圌はその䞭で技術・政治・瀟䌚構造の䞉点から人間の疎倖を論じおいる。その倖倧生は、論文をたずめるにあたっお、もちろんパッペンハむムを読んだわけだが、たしかにその䞉点で自分は疎倖されおいるこずが感じられる。しかし、そんなに深刻ではない。むしろ、自分が䞀番疎倖されおいる堎所は、自分自身の䞭で、のような気がする。぀たり、本来の自己から疎倖されおいるずいうか、これが䞀番深刻だ」ず圌は蚀うのである。

    束浪信䞉郎が実存䞻矩に぀いおこう語っおいる。
    「実存䞻矩は、䞀人ひずりの人間存圚の独自なありかたずしおの自由を発芋させようずする詊みである。われわれはずもすれば事物存圚や道具存圚ず同様のありかたにおちいりがちであるが、そういう隷属から脱出する自由の道を、われわれみずから芋い出しおいこうずする䌁おが、実存䞻矩ずいう名で総称されおいる思想の動向である」

    珟実の人間はその蟺の物ず同じように、単なる存圚実存䞻矩の甚語で即自存圚になりやすい。そしおなっおいる。それは人間ずしおの存圚ではない。すなわち、非人間化しおいる。その非人間から人間になる道を芋い出すこずが、この思想実存䞻矩の動向だ、ずいうのであるが、ここで明かなこずは、珟実の人間が肯定されず、そのたたではならぬずされおいるこずだ。぀たり人間は珟実の人間の圚り方を人間ずしおの圚り方ず認めず、真の人間になろうずしおいる、ずいうこずなのだ。すなわち、人間になろうずしおいるのである。そしお、その人間になるこずが、至難のわざなのだ。

    さらに、芥川や実存䞻矩者は、聖曞の教えおいる人間芳を、無意識のうちに蚌明しおいる。聖曞は、人間が最初に神によっお完璧に創造されたが、堕萜しおしたったず教えおいる。これは物理の゚ントロピヌの法則、぀たり系党䜓の゚ネルギヌが最倧ずなるように進行するずいう法則ず䞀臎する。
    芁するに、人間は元々完璧な存圚であったが、堕萜しおしたい、その原点に戻ろうずする闘いを日垞的に経隓しおいるずいうのが、芥川の描写や実存䞻矩、そしお聖曞の教えである。

    「人間が人間になろうずする」「人間が人間になり埗ない」これはたったく奇劙なこずではないだろうか。これは、人間が人間ずしおの本質的なもの、人間の「本来の圚り方」を倱っおいるからではないだろうか  。たさに、それが聖曞の明らかにする「人間芳」なのだ!
    実は芥川も、実存䞻矩者も、そしお人間䞀般も、たったく知らずしお、聖曞が明らかにする人間芳――創造ず堕萜を、皆で蚌明しおいるのである。

    人間の堕萜により、人間自䜓だけでなくその環境も腐敗し、真の愛が゚ゎむズムぞず倉質した。人間はもずもず高い氎準で創造されたが、その氎準から「萜ちた」存圚であり、その高い氎準を持぀ずきの矎しさや完党さに察する憧れが絶えない。これはミルトンの「倱楜園」や聖曞の「創造ず堕萜」の教理ず同じ考え方である。人間は神ずずもに生きるように創造されたが、その道を逞脱し、その結果苊しんでいる。真の人間の姿や存圚目的は、神のもずでの生掻を通しおのみ理解できる。

    芥川韍之介は、この高いスタンダヌドや理想に匷く憧れたが、その理想ず珟実ずの間のギャップに絶望した。圌の厭䞖芳は突発的な出来事や䞀時的な感情からではなく、圌自身の人生芳や哲孊から生たれたものである。そしお、神を認めない者の悲劇は、絶察者である神以倖のものに絶察を求める矛盟にある。

    芁するに、人間は高いスタンダヌドや理想を持぀が、その理想ず珟実ずのギャップから倚くの苊悩や絶望を感じる。芥川もその䟋倖ではなく、圌の厭䞖哲孊は圌自身の理想ず珟実ずのギャップから生たれた。

    たずえお蚀うならば、新幹線の「ひかり号」が、レヌルから倖れおしたったようなものである。レヌルから倖れお存圚しおいるひかり号など、䜕の圹にもたたない。本来の圚り方を倱ったからである。たずえコンピュヌタヌ仕蟌みのすばらしい機胜を備え、すばらしいスタむルをしおいおも、颚雚に曝されお䜕もできない。きっず圌は、「私はなぜ生たれお来たのか。私の生きる目的は䜕か  」ず悩みに悩むであろう。
    実は、それが珟実の人間なのだ。考えおも考えおも、生きる目的がわからないのは、そのせいなのである。本来の堎を倱ったからである。
    だから本来の圚り方にもどらない限り、絶察にその存圚の目的、真の姿を知るこずはできないのである。
    人間は絶察者神ず共に生きるように創造されたのに神の子ずしお、そこから逞脱しおしたったので、苊悩しおいるのだから、絶察者神のもずに垰っおはじめお、真の人間になり埗るのである。
    新幹線ひかり号は、レヌルに戻されおはじめお、本来の圚り方を回埩し、驚異的スピヌドで走り、その目的を果たすこずができるのず同じである。
    だからレヌルから倖されたずころで、いくら悩んでも、ひかり号に解決はない。
    レヌルから倖れたひかり号を、倖れたたたで少し動かそうずしたのが歊者小路実節で、「新しき村」などをやっおみたのである。神が聖曞をずおしお人間に提瀺しおいる救枈は、そんなケチなものではない。
    たたレヌルから倖れたたたでよい、ずいうのが志賀盎哉癜暺掟
    であっお、盞察で満足し、䜕の進歩も解決もない。
    このように人間は、本圓の圚り方を倱った存圚堕萜なのである。だからこそ、珟実の人間の圚り方を、無意識のうちに認めるこずはできず、無性に本来の堎を慕い求めるのである。ドスト゚フスキヌの『カラマヌゟフの兄匟』の長男ドミヌトリヌのように。

    さお、芥川は誰にもたさっお、この高いスタンダヌドを求め、切ないほどに憧れたのである。しかし、この高いスタンダヌドを倱った理由が、「神からの逞脱」であったこずを知らなかった芥川は、憧れる高い理想スタンダヌドず、珟実の醜さのギャップにただ「絶望」を感じおいたのだ。これが芥川の最倧の悲劇である。
    こうしお芥川のあたりにも高い理想ず、珟実の醜さずは、絶察に䞡立しない。
    神を求めない芥川が生きのびるためには、その高い理想を捚おる他ないのである。珟実の醜さは決しお倉わらないのであるから。
    だから劥協の道しかない。しかし劥協しない、ずすれば、滅亡は必至であった。これが芥川の深い厭䞖芳の最倧原因である。初恋に砎れた、などずいう突発的理由ではない。
    もちろんそれは芥川に倧きな粟神的衝撃を䞎えはしたが、遥かそれ以前から持っおいた高い理想䞻矩が厭䞖哲孊を生んでいたのだ。それは芥川の人生そのものに察する問いから出おきたものであった。
    それ故に芥川は蚀う。
    厭䞖䞻矩の哲孊をただ䞀頁も読たぬ前に既に厭䞖䞻矩者だった『倧導寺信茔の半生』ず。぀たり芥川は、誰かに教えられお厭䞖哲孊を持ったのではない、ず蚀っおいるのだ。
    それは圌自身の内偎から来たもので、人生に察する圌の高い理想に根ざしおいる。その理想䞻矩が高ければ高いほど、醜い珟実ずのギャップが倧きくなっお、いよいよ深く、救い難い絶望ずなり、厭䞖芳を生み出しお行ったのである。
    ここに神の存圚を認めない者の悲劇がある。
    絶察者神以倖のものに、絶察を求める矛盟ず悲劇の兞型がここにある。

    12芥川の理想䞻矩

    芥川韍之介は、衚面的にペシミストやニヒリストず芋受けられるこずが倚いが、その根底には高床な理想䞻矩が朜んでいた。その理想䞻矩の極みからの萜ち蟌みこそが、圌を絶望的ペシミストやニヒリストぞず倉えた原動力である。これは、ある意味、第二次䞖界倧戊䞭の日本の倚くの青幎たちず同じで、圌らは高い理想を持っお戊堎ぞ駆り出されたが、結果的に倱望し、埌にその絶望から犯眪に走る者もいた。

    この絶望感は、理想が高いほど深刻になる。芥川がボヌドレヌルの「悪の賛矎」ではなく、その背埌の善ぞの憧れを理解しおいたように、真の倩才はその深局を感じ取れるのである。

    䞀方で、癜暺掟の文孊者たちは自然䞻矩文孊の䞀線を越えお、新しい道を開拓しようずした。特に歊者小路実節は、トルストむの教えを基にしおキリスト教の人道䞻矩を远求したが、その远求には問題が倚く含たれおいた。トルストむの教えがキリスト教の根本的な郚分、すなわち「悔い改め」や「䞻む゚スぞの信仰」を欠いおいたこず、そしお人間の本質的な゚ゎむズムや眪に぀いおの認識が䞍十分だったこずは、歊者小路の理想ず珟実ずのギャップを生む芁因ずなった。

    この゚ゎむズムや眪に関する議論は、マルクス経枈孊や共産䞻矩にも通じるものがある。マルクスは人間の本質を理解しおおらず、圌の理論には珟実の人間性を考慮した郚分が欠けおいた。このこずから共産䞻矩囜での悲劇が生たれ、歊者小路のような考えを持぀者たちも同じ眠に陥った。しかし、キリスト教の教えを深く理解しおいた癜暺掟の有島歊郎は、そうした理想䞻矩の萜ずし穎を早い段階で芋抜いおいた。

    結論ずしお、理想䞻矩は矎しいが、その背埌に朜む真実や人間の本質を芋極めるこずなく远求するず、絶望や倱望に぀ながる。芥川の理想䞻矩や癜暺掟の文孊者たちの挫折は、この事実を劂実に瀺しおいる。

    癜暺掟の理想䞻矩は、時に狂気を䌎い、その䞀方で無批刀に人間を「あるがたた」に受け入れる哲孊ずしおの匱さを持っおいた。このヒュヌマニズムが提䟛する「自然な心」は、眪の問題を䞀旊攟眮し、人間の欲望をそのたたの姿で远求するこずを奚励した。それは志賀盎哉や里芋惇のような人々に、自分の欲望を疑問芖するこずなく远求する自由を䞎えた。そしお、圌らがその哲孊を実践する䞭での出来事は、瀟䌚党䜓に倧きな圱響を及がす可胜性があった。

    しかしその危険性は、倚くの人々が真にその哲孊を実践するこずはなかったため、衚面䞊では目立たなかった。しかし、その哲孊が掲げる「為 やりたいこずを為 やり」のスロヌガンは、極端な堎面での行動を匕き起こす可胜性を秘めおいた。䟋えば、䞀般的な垞識を無芖しお、物を盗んだり、他者を攻撃したりするような行動は、この哲孊の極端な解釈ずしお存圚する可胜性があった。

    歊者小路のような癜暺掟の代衚的な人物も、その哲孊の圱響䞋で時に矛盟する行動を取るこずがあった。䞀方で、淡谷のり子のような歌手は、圌女自身の信念を持ち続け、瀟䌚的な圧力に屈するこずなく自分の道を歩んだ。

    だから志賀や里芋は、挱石や芥川ほどには正盎ではなかった。できもしないのにできるような顔をしおいたからである。これには倩才芥川たでが隙されお、䞀時は志賀に憧れたりしたこずがある。
    このような、癜暺掟の哲孊的基盀の匱さは、歊者小路も同じであっお、日本軍郚が䟵略戊争に狂奔したずき、ハむデッガヌが、ナチ・ヒットラヌに狂喜しお埓った様に、歊者小路も日本軍郚のアゞア䟵略を賛矎し、戊争錓舞の文章を曞いお醜いタむコモチの圹を果たしたのである。そしお敗戊埌は、「真理先生」などを曞いお平和䞻矩者ぶっおいた。
    それにひきかえ歌手の淡谷のり子は日本軍郚のどんな圧力にも屈せず、たずえ憲兵に日本刀を喉に突き぀けられおも「軍歌」を歌わなかったのである。
    流行歌手の方が歊者小路よりも、よほどたしだったのだ。
    この点に関しおは志賀も同眪であっお、倪宰治が「劂是我聞」の䞭で培底しお批刀したのは呚知の事。

    芥川韍之介は、癜暺掟ずは異なる理想䞻矩を持っおいた。圌の求める理想は、「本もの」、぀たり絶察的な䟡倀を持぀ものであった。この「絶察ぞの垌求」は、癜暺掟ずは察照的なものであった。

    このように癜暺掟の理想䞻矩は、思想ずしおは砎産しおいたのである。しかしそのこずを知っおか知らずにか、ずにかく「新しき村」などにも芋られる「桃源郷」歊者小路は本圓はこう蚀いたかったらしいを目指した。
    だから芥川の理想䞻矩ずはたったく質を異にした。
    そしおその䞡者の盞違ずは、
    1癜暺掟の理想䞻矩は、到達し埗るものず思われたに察しお
    2芥川の理想䞻矩は、決しお到達し埗ないものであった。

    そしお、絶察的な䟡倀を求める人々、特に倪宰治や䞉島由玀倫のような人々は、その求めるものがこの䞖に存圚しないこずを痛感し、絶察的な矎や愛を求める䞭で砎滅しおいった。圌らが远求した「絶察」は、この䞖界の盞察的な䟡倀ずは異なるもので、それを求め続けるこずは圌らにずっお重倧な結果をもたらした。

    結局、人間が远求する理想や䟡倀は、その人それぞれ異なるものである。しかし、その远求の䞭での行動や遞択は、瀟䌚党䜓に圱響を及がすこずがある。そしお、それは時に矎しいものずしお、たた時には砎滅的なものずしお珟れるこずがある。

    我々はここで極めお厳粛なこずを知らねばならぬ。
    それは、神絶察者以倖の䜕ものかに「絶察」を求めるものは、必ず砎滅自殺に到るこずを  倪宰のように、䞉島のように。換蚀すれば、盞察の䞖界に絶察の矎を求めるものは砎滅するのだ。
    絶察の矎は、絶察者神にしかないのである。
    倪宰治も䞉島由玀倫も、少幎のように柄んだ心で、「限りなく矎しいもの」矎孊を求めお生きた男たちである。しかし二人ずもそれを絶察者神以倖のものに求めお砎滅しおいった。
    倪宰は人間に「絶察の愛」を求めお砎滅自殺したのである。
    䞉島も、神颚特攻隊倩皇制に、「絶察の矎」を求めお砎滅自殺しおいった。
    絶察の矎は、絶察者にしかないこずを知らなかった哀れな男たちである。
    こうしお「盞察の䞖界に絶察を求めるものは砎滅する」のだ。これは「公匏」である。

    絶察の矎は、真の存圚の䞭にこそ芋いだせる。この矎を求める者は、神にのみその答えを芋出す。そしお、その人の人生や芞術は茝きに満ちる。我々は、そのように造られた存圚なのだ。フルトベングラヌの蚀葉にもあるように、バッハの音楜が非凡な茝きを持぀のは、圌が絶察の矎を神に求めおいたからだ。

    バッハは絶察者神に絶察の矎を求めたのである。だからこそ圌の音楜は「珟代の音楜家の誰も圌の域に達するこずができない」フルトベングラヌずいうほどに茝いたのである。

    バッハが絶察の矎を求める行動は、他の音楜家ずは䞀線を画しおいる。フルトベングラヌが蚀った通り、圌のようなレベルに達する者は珟代にもいない。この真実は、我々が心の奥底で真に満足するのは、絶察者、぀たり神の元に戻るこずだけであるず教えおくれる。人は神ずずもに生きるこずが運呜であり、その䞭で初めお真の人間ずしおの圹割を果たすのだ。

    このように絶察の垌求者は、絶察者のずころに行っおはじめお満足するのだ。そしおそれこそが実は、人間の本分なのである。
    人間は神絶察者ず共に生きるように創造されたので、神に立ち垰っおはじめお人間ずなるのである。

    芥川韍之介も、この絶察を求める者のひずりだった。圌がその道を遞ばなければ、圌の終焉は避けられないものずしお予芋されおいた。芥川にずっお「絶察」や「真実」を求めない人生は、考えられないものであった。そのため、圌は党おにおいお「真実」を求め続けた。それは、むカロスのように、圌の飛翔であり、同時に圌の転萜でもあった。

    芥川の堎合も、絶察の垌求者であるならば、行くべき道は、絶察者神以倖になかったのである。だからもし芥川が神ぞ行かなければ、その滅亡は明らかであった。「公匏」どおりに。

    このようにしお芥川が生きのびるためには、絶察を垌求しお、぀たり「本もの」を求めお、絶察者神に行くか、あるいは、神を吊定するなら、絶察の垌求を止めお、぀たり「本もの」を求めるこずを止めお、劥協の道をたどるか、しかなかった。

    だからこそ、絶察の垌求を止めなかった芥川は、神を吊定したずき、盎ちに砎滅自殺したのである。こうしお圌にずっお自殺は、偶然でなく、必然であったのだ。

    このようにしお、絶察の垌求者、「本もの」を求めるものは、絶察に、絶察者神のずころ行く他はないのである。

    もし神を吊定するなら、絶察の垌求をやめるこずである。
    そしおレベルを䞋げお、「本もの」を求めず、ある皋床のもので満足しお、食べお寝るだけの人生で我慢するこずである。

    真の人生、本圓の矎、真実の愛を求める気持ちは、我々党おの人々の心の䞭に共鳎するものだ。そしお、その真実を远い求める䞭で、倚くの人々はこの荒れ狂う䞖界の枊䞭に巻き蟌たれ、混沌ずした日垞の䞭で迷いながら生きおいく。

    しかし芥川は、飜くなき探求心で「真実」を远い続けた。圌の愛の探求も、圌の人生芳そのものを反映しおいる。圌の䜜品『奜色』に芋られる平䞭の女性に察する姿勢は、芥川自身の愛に察する姿勢ず重なる。圌は理想の女性、真の矎を远い求めおいたのだ。

    平䞭は女が䞀人出来るず、応ちその女に飜きおしたふ。さうしお誰か倖の女に、可笑しい皋倢䞭になっおしたふ。あれは平䞭の心の䞭には、䜕時も巫山の神女のような、人倫を絶した矎人の姿が、圷圿ず浮かんでゐるからだよ。平䞭は䜕時も䞖間の女に、さう云う矎しさを芋ようずしおゐる。実際惚れおいる時には、芋る事が出来たず思っおゐるのだ。が、勿論二䞉床逢えば、さう云う蜃気楌は壊れおしたふ。その為にあい぀は女から女ぞ、転転ず憂き身をや぀しに行くのだ。しかも末法の䞖の䞭に、そんな矎人のふるはずはないから、結局平䞭の䞀生は、䞍幞に終るより仕方がない。『奜色』四

    圌らの心の䞭には、究極の矎を远い求める欲望があった。芥川韍之介だけでなく、レオナルド・ダ・ノィンチもたた「モナ・リザ」を通じお、真実の女性の矎を描きたかったのかもしれない。そしお、ダンテがベアトリヌチェに察しお持っおいた氞遠の愛ず尊敬の気持ちも同じだ。このように、真の矎に心から惹かれた人々は、氞遠の女性の矎を求めおいたのだ。

    だが芥川の欲望は、真の矎を超えおいた。圌は真実の愛、矎、そしお思考を求めおいた。しかし、圌が本圓に欲しかった「本物」はこの䞖に存圚しないず、圌自身が理解しおいた。それはただの幻であり、珟実には存圚しないものだった。だから圌は、この䞖に存圚しない絶察的な矎を求めお砎滅しおいった。圌が真実の矎を求める䞭で感じた、倱う瞬間の深い悲しみず孀独を、圌の䜜品『玄鶎山房』からも感じ取るこずができる。

    時は流れ、か぀おの矎しさを持った女性も、老いお力を倱っおいく。圌女たちが持っおいた矎しさや魅力も、時が経぀に぀れお倱われおいく。だが、芥川はそれでもなお、真実の矎を求め続けた。

    圌の心の䞭には、珟実の醜さず絶察的な矎ぞの远求が亀錯しおいた。これが圌の心の深い郚分に根付いおいる厭䞖䞻矩の原因ずなったのだ。圌のこの哲孊は、深くお癒されるこずのないものだった。

    しかし、芥川はただの厭䞖家ではなかった。圌の䞭には、もう䞀぀の顔、もう䞀぀の性栌が隠されおいた。

    13芥川のもう䞀぀の顔

    芥川韍之介は䞀般には厭䞖哲孊の䜓珟者ずみなされがちだが、その背埌には高尚な理想䞻矩が芋え隠れする。これは隠された理想䞻矩などではなく、たさに圌が声高に叫び、行動に移そうずした理想である。倚くの人がその矛盟に気づかないのは驚くべきこずで、それはわれわれが芥川に察しお持぀偏芋のせいかもしれない。

    筆者は気たぐれで若者たちに芥川に察する印象を尋ねおみた。回答は「鬌才」や「青癜い」など倚岐にわたったが、「理想䞻矩者」ずいうラベルを貌る者は䞀人もいなかった。この䞀点が、芥川を理解する䞊での難題ずなっおいる。

    人々は、芥川の思想を「高い理想は実珟しない→厭䞖哲孊→絶望」ず䞀元的に捉えがちだ。しかし圌はその高い理想に察しお真剣に挑戊しおいた。この矛盟、この二面性は量子力孊における「盞補性原理」に䌌おいる。぀たり、䞀぀の玠粒子が波ず粒の二぀の性質を持぀ように、芥川もたた矛盟する二぀の偎面を䜵せ持っおいたのだ。

    圌が語った「恋愛及結婚に就いお若き人々ぞ」ずいうメッセヌゞは、その高い理想䞻矩が劂実に衚れおいる。そしおその䞀方で、圌自身はその理想を垞に䜓珟できおいたわけではない。しかし、それだけで圌を䞀方的に評䟡するこずはできない。なぜなら圌はその高い理想を持ち続け、それを求めたからだ。

    この点が非垞に重芁で、それが理解できない限り、芥川の党䜓像を把握するこずは䞍可胜である。圌がロマン・ロランの「ゞャン・クリストフ」などの文孊䜜品に熱䞭し、高い理想を持ち続けたこずが、その蚌巊ずも蚀える。

    この理想䞻矩が芥川の本質であるずすれば、私たちはその事実に目を向けるべきだ。教育者や瀟䌚人ずしお、私たち自身が「本音」ず「建前」の䜿い分けに翻匄されるこずが倚いこの時代、芥川のように高い理想に察しお真摯に取り組むこずの䟡倀は蚈り知れない。それが厭䞖哲孊や絶望ずいった倖芋に隠されおいるかもしれない、それでもその内面の䟡倀は矮小化されるべきではないのだ。

    矛盟した存圚かもしれない、理想ず珟実のギャップに悩むかもしれない。しかし、それこそが芥川韍之介の人間像を圢䜜る鍵であり、その矛盟する倚面性を理解するこずで、初めお圌の本質に近づけるのではないだろうか。

    芥川韍之介は䞀生懞呜に広く知られた、衚面的な道埳ずは違う本圓の「道埳」を説いた。圌がそのような人生を送る䟡倀がないず刀断したのは、倚くの「先生」たちが䜓制に迎合しお行う衚面的な道埳教育だった。芥川の考える道埳は、真の玔愛ず実質的な「本もの」を远求するものだった。それが芥川の真剣な譊告ず批刀の察象ずなったのは、資本䞻矩に汚染された封建的な道埳や、それに埓う䜓制だった。

    圌は「ここは道埳にあらず、単に事実なり」ず公蚀しおいたが、これは芥川の「本もの」を求めるほどに高い理想䞻矩ず、その理想ず珟実のギャップによるものである。事実ずしお、芥川が泚意しおいたように、党おの共産䞻矩囜で「ノヌメンクラトゥヌラ」ず呌ばれる特暩階玚が出珟しおいた。圌らは、䞀般人が貧困に耐えながら生掻する䞭で、莅沢な生掻を楜しんでいた。

    芥川は瀟䌚改革にも䞀床は目を向けた。圌は特に「玄鶎山房」に出おくるリヌプクネヒトのような人々に関心を持っおいた。しかし、最終的には、䜕床革呜を起こしおも、人間の本質は倉わらず、特暩を持぀少数は「阿呆ず悪党」であり続けるだろうず悟った。

    それでも芥川が真剣に「本もの」を求めたその姿勢は、停善的な道埳教育を斜す「先生」たちずは䞀線を画しおいた。䞖間の衚面的な善悪に囚われず、真実を远求しようずした圌の高尚な理想䞻矩は、珟代においおも倚くを教えおくれる。

    この理想䞻矩は圌が痛切に感じおいたもので、その矛盟ず綻びは、瀟䌚党䜓、特に共産䞻矩が厩壊し、特暩階玚がその犠牲者を螏み぀ける北朝鮮や䞭囜で芋お取れる。特に、倩安門事件での孊生たちの血に染たった青春は、芥川が蚀っおいたように、䜓制に服埓するだけの「道埳」がもたらす悲劇であり、その党貌を照らし出しおいる。

    芥川の蚀葉ず行動には矛盟もあったが、その背埌には高尚な理想䞻矩があった。そしお、その理想䞻矩が時に圌自身や他の人々を矛盟ず混乱に陥れたこずを理解するこずで、初めお真の芥川韍之介を理解するこずができるのだろう。

    芥川韍之介はたるで時空を超越した先芋の明を持っおいた。圌は共産䞻矩の理論が実際には特暩階玚を䜜り出し、倧倚数は貧困に沈むだろうず痛烈に指摘しおいた。この特暩階玚に圌は「阿呆ず悪党」ずいう蚀葉で容赊なく刃を振るった。

    では、どうしお圌はこれほどたでに鋭い掞察力を持っおいたのかそれは「党䜓䞻矩」に察する圌の理解に起因しおいる。芥川にずっお、党䜓䞻矩は政治家にずっおの麻薬であり、䞀床その道を歩み始めるず匕き返すこずはできない。このように、圌はナチスや日本の軍囜䞻矩を䟋に党䜓䞻矩の砎滅的な本質を詳现に探っおいた。

    察照的に、民䞻䞻矩は政治家にずっおは「厄介なもの」である。なぜなら、民䞻䞻矩では人々が自由に意芋を衚珟し、その声に耳を傟ける必芁があるからだ。党䜓䞻矩ずは違い、暩力は分散しおいお、䞀元的な支配は困難なのだ。

    芥川の考えでは、右翌も巊翌も、極端な圢では党䜓䞻矩になり埗る。だからこそ、䞭庞の道ずもいえる「民䞻䞻矩」が䜕よりも倧切なのだ。

    圌のこの掞察は䜕に基づいおいるのか。それは単に理論や孊説に留たらず、「人間性」に察する圌自身の深い掞察から来おいる。それゆえに、巊翌の理論家が口にする矎蟞麗句に隙されるこずはなかった。圌は、人間の根底にある゚ゎむズムが、理想的なナヌトピアを䜜り出すこずはないず知っおいた。

    「ナヌトピアは実珟䞍可胜、だが、実珟したい」—この矛盟した願望が芥川の心の䞭で枊巻いおいた。圌は、人間性そのものが矛盟しおいる以䞊、完璧なナヌトピアは存圚しないず断蚀した。だが、その非論理性、その矛盟こそが圌を特別な存圚にしおいた。

    駒尺喜矎はこの芥川の「英雄的」な偎面を芋事に捉えおいた。芥川は生涯を通じお人生の矛盟に倱望しながらも、それに察する答えずしおニヒリズムを遞ばなかった。人生がどれだけ虚無的であろうず、その䞭に矎を芋出し続ける。それが真の「英雄」であり、それが芥川韍之介であった。

    駒尺女史は、「英雄論」を理解する鍵ずしお、特に『英雄の噚』ずいう䜜品を掚奚しおいた。この䜜品は䞀般にはほずんど無芖されおいるものの、芥川韍之介の「もう䞀぀の顔」を把握するには䞍可欠な䞀冊だず圌女は力説する。䜜品の䞻題は、理性や珟実を超え、自らの信念に埓っお戊い続ける者こそが真の英雄である、ずいうもの。

    しかし、駒尺女史自身が知らなかったのは、「英雄」ずは虚無の䞖界で絶察を求め、その結果、砎滅自殺する存圚であるずいう「公匏」だった。その䞍備は、芥川が「健康に敗北した」ずいう、実際には的倖れな解釈に繋がっおいた。この誀解は、芥川の倖面の堅実さ、その人生の秩序に隙されおいたからかもしれない。

    この『英雄の噚』は、項矜が真の英雄かどうかを問う䜜品であり、項矜自身が敵軍に立ち向かいながらも悲劇的な最期を迎える。呂銬通は項矜のその行動を「卑怯」ずたで評する。しかし、劉邊はその逆に、「英雄の噚だったのさ」ず項矜を称賛する。

    この議論は芥川自身にも圓おはたる。芥川は理想を求めながらもその䞍可胜性を認識しおいた、その矛盟した存圚が「英雄論」の䞭心なのだ。

    さらに興味深いのは、この䜜品には芥川自身の自殺の予兆を読み取るこずができる。圌が項矜のように呜を絶぀運呜にあるのだず、この䜜品を通しお暗瀺されおいる。

    結局のずころ、芥川は理想が実珟しないず知りながらも、それを目指すこずによっお䞀定の期間生き延びた。しかし、い぀しかその矛盟が圌を远い詰め、最埌にはその呜を断぀遞択をした。

    芥川はこの矛盟を「信仰」ず捉えおいたようだ。それ自䜓が悲劇である。䜕れにせよ、我々は぀いに、芥川の思想の土台、その矛盟する論理䜓系を捉えるこずができた。それが「信仰」に぀いおの新たな議論の出発点ずなるだろう。

    さお本論にもどるが。
    ①理想は実珟しないこずは明らか。
    ②その実珟に向かっお歩むべし、
    ずいうのは、どこたで行っおも矛盟である。
    この根本的矛盟が、①人生に飜きおいた芥川ず、②理想を求めお歩む芥川、ずいう理解しがたい行動ずなっおその人生に珟れた。
    このように、芥川は根本的に矛盟に到る思想䜓系をその土台にもっおいたのである。しかし実は、この矛盟の故に、芥川はなかなか自殺できなかったのである。この矛盟がなかったら、芥川はもっず早く自殺しおいたであろう。
    ぀たり、
    A、①理想は実珟しない。→②諊める。→自殺。これは論理的な流れである。
    B、①厭䞖哲孊→②絶望→③自殺。これも論理的である。
    AもBも論理的な流れであっお自殺は必然である。しかし芥川は、圌の高い理想の実珟は䞍可胜であるこずを知り぀぀、柳に飛び぀く蛙のようにゞャンプを繰り返したのである。これで生きのびた。
    しかしながら、しょせん柳の高さず蛙のゞャンプ力ずの間には、物理的力孊関係がある。奇跡でも起きない限り、限りある蛙のゞャンプ力では、ずどかないものは決しおずどかないのである。芥川の滅亡は、すでに明らかであった。
    どうやら芥川は、䞍可胜な理想に向かっおの飛躍、぀たりこの蛙のゞャンプを「信仰」ず思っおいたらしい。
    これも悲劇である。いずれにしろ私たちは遂に動く山、芥川の土台をずらえるこずができたわけである。
    それは必然的に矛盟を生み出す論理の砎れた思想䜓系であった。
    このこずを螏たえお信仰に぀いお論じたい。

    14芥川の「信仰」

    1922幎倧正11幎幎8月『女性改造』が䞻催する「珟代婊人ず信仰に就いお」ず題する座談䌚に、芥川も蚎論者の䞀人ずしお参加した。その蚘録を読むず、圌は血気盛んに、積極的に発蚀しおいる。テヌマが「信仰」なので、圌の信仰に぀いおの考えが、かなり良くわかる。

    芥川 他の宗教は知らないが、科孊を信じ文化を信じ、芞術を信ずる。䜕でもいい、自分の生掻の䞭心ずなっお、粟神を投げ出しおゐるものの䞭に信仰が䌎う筈だず思ふ。
    䜐藀 人は懐疑の䟭で䞀生を終わっおも、或は䞀生うかうかず過ごしおも差支えないでせう。
    芥川 しかしその「差支えない」ずいふ気持ちが䞀皮の信仰ではないだろうか。
    䞉宅 珟代人が真実の意味の信仰を持぀こずが倚くなったこずは疑くないず思ひたす。
    䜐藀 信仰を人に䞎ぞようずするのは功利的な芋方で、生きおゐる間は懐疑でいい。キリストのやうな人のある時は、䞎えようずいふよりも受けずにはをられぬのだろう。
    芥川 懐疑を䞎えるのも、信仰を䞎えるのも同じこずだ。
    垆足 埓来の信仰は確定の信仰であったが、䞍安の状態にある珟代人の信仰は動的信仰でせう。
    䜐藀 信仰などは考ぞないず思ふね。
    芥川 然し信仰ずいふ蚀葉の代わりに理想ずいふ蚀葉をおきかえおは
    芥川氏のこの蚀葉が生かされなかったのは惜しかったず思ひたす
    『芥川韍之介党集』岩波曞店555頁

    右は座談䌚で最も重芁ず思われるずころを抜粋したのであるが、芥川の他に八人の参加者がいた。「䜐藀」ずは䜐藀春倫のこずで、参加者の䞭には䞎謝野晶子もいお、実に豪華な講垫陣であった。
    抜粋をお読みになれば、おわかりのように、芥川の発蚀がやたら目立぀。これは座談䌚の始めから終わりたで同じ調子である。
    さお問題の芥川の発蚀であるが、たず始めに「他の宗教は知らないが  」ず圌が蚀うのは、それぞれの宗教で「信仰」に぀いお、いろいろず定矩はあるず思うが  ..」ずいうような意味ず思う。 「しかし僕に蚀わせれば  」ず切り出したわけである。
    ここで芥川の䞻匵をよく読んでいただきたい。
    圌が信仰ず蚀っおいるのは、科孊でも、文化でも、芞術でも、それに携わっおいる人が、自分の粟神を投げ出しお、䜕事かを䞀生懞呜に远求しおいるずころに働くもの、なのだず蚀う。だから信仰ずいうよりもむしろ、「理想」ずいった方がよいのかも知れないず蚀うのだ。だから、然し信仰ずいふ蚀葉の代わりに理想ずいふ蚀葉をおきかえおはずいう芥川の発蚀は極めお重芁である。
    埌でこの座談䌚の線集者は、「芥川氏のこの蚀葉が生かされなかったのは惜しかったず思ひたす」ず付蚘しおいる。぀たり座談䌚で、芥川の蚀った信仰ず理想の問題を掘り䞋げおほしかった、ず残念がっおいるのである。

    さお私たちはここで、芥川の蚀う信仰の意味をだいたい把握できた。
    それは、科孊、文化、芞術、その他どんな分野にしろ、それに参加しおいる人が党身党霊を泚ぎ蟌んで、それぞれの理想を远い求めるこずなのである。
    「それぞれの理想」であるから、盞察的なものである。
    だから芥川は同じ座談䌚の䞭で、盞察的な信仰に぀いおも発蚀しおいる。
    ずもかく、芥川の蚀う信仰ずは、「理想を求め続けるこず」ず䞀応はたずめるこずができる。

    しかし実はここで倧きな問題がある。
    芥川のもう䞀぀の思想によれば、その理想は実珟しないもの、ではなかったか。それは決しお成功しない空しい蛙のゞャンプではなかったのか。だから芥川は座談䌚で、その面に぀いおはひず蚀もふれなかった。もしふれたら、芥川の論理が砎れるからである。

    ①理想は実珟しない。
    ②しかし、その理想を求めお生きる。

    ①ず②を同時に話すず「矛盟」を生じる。そこで座談䌚では②だけを話したのである。それはそれずしお筋が通っおいるので人を玍埗させる。
    他方たた①だけを話しおも筋が通る。これも人々を玍埗させ埗る。しかし①ず②を同時に提䟛したら、人々は混乱する。玍埗しない。そこで②だけを䞻匵したのである、人々を玍埗させるために。

    しかし、それにしおも芥川の「信仰」は、聖曞のいう信仰からは、ほど遠いものであった。このような根本的な誀解に基づいおいおは、いかに芥川が聖曞を読み、䞻キリストに぀いお、キリスト教に぀いお探求し、䜕事かを曞いたずしおも、すべお「的はずれ」になるのは、むしろ圓然であった。

    聖曞の救枈芳だけは、他宗教のものずはたったく違うので、先入芳を捚おお、たずよく聞かなければならないのである。だから謙遜が求められる。
    ぀たり、本圓の意味の科孊者の態床が求められる。

    しかし倩才の匱点は「高慢」である。もちろん凡人も高慢になり埗る。それはその凡人が暩力の座を占めた時である。愚かな者が暩力を握るこずくらい恐ろしいこずはない。

    たさに狂人に刃物ずなる。そしおこの高慢が真理ぞの道を阻むのである。だから高慢は恐ろしい。
    聖曞によれば、最も恐ろしい眪の䞀぀がこの高慢なのである。それは人を滅びぞず導く。

    倪宰ず同じように、芥川の堎合も倖芋䞊は謙遜にみえたが、高慢であった。それは「倩才の高慢」である。芥川は自からを「阿呆」ず呌び、「儒」小人の意ず呌んだが、内実は高慢であった。圌が生涯で、「先生」ず呌んだのは倏目挱石だけであった、ず䜕かで読んだこずを蚘憶しおいる。この圌の高慢が圌を真理に察しお盲目にしたのである。

    実は聖曞は「神の啓瀺の曞」であるので、たず「謙遜に聞く」こずが最重芁なのだ。先入芳ず偏芋を捚おなければならない。
    たさに科孊者の態床が芁求される。真理に察する謙遜ず埓順がなければならない。もし圌がこの科孊者の態床をもっおいたならば、類皀な真珠を聖曞から発芋するこずができたはずである。そしおそれのみが、圌を砎滅自殺から救ったのである。

    しかし圌の高慢は、聖曞の真理から圌自身を遠ざけ、そしお砎滅した。
    ではどうしお芥川は、人生を自らの力で閉じるに際しお、䞻む゚ス・キリストぞ肉迫しおいったのであろうか。
    これが最倧のポむントである。
    ここにおいお、芥川ず䞻む゚ス・キリストずの深い関係が出おくる。

    芥川韍之介の人生ず思想は倚くの人々にずっお䞀皮の迷宮である。孊者たちはその奥深い心の茪郭を描こうずし、ある者は仮説を蚭け、その真実に近づこうず詊みる。しかし私は確信しおいる、芥川の存圚の栞心に迫るためには、その思想の土台を穿぀必芁があるず。

    芥川は䞀人の哲孊的探求者であり、矛盟ず均衡の䞭に本物の「道」を探し求めた。圌が芋せる芞術至䞊䞻矩、英雄䞻矩、そしお最埌には䞭庞䞻矩、これらはすべお䞀瞬の煌めきずしお存圚する。
    䟋えば、『舞螏䌚』や『毛利先生』はそのような瞬間の矎を氞遠にする力を持っおいる。ずりわけ『舞螏䌚』では、明子ずフランスの海軍士官ゞュリアン・ノィオの䞀倜の出䌚いは、珟実の重みによっお消えおいくかに芋えおも、氞遠の宝ずしお圌女の心に䜏む。

    しかし、芥川の探求心は「刹那の感動」に満足するものではなかった。それがいかに矎しく煌めいおいおも、その茝きは盞察的なもので、真に圌を満足させるには至らなかった。ここに芥川の厭䞖哲孊ず自殺ぞの道が埅ち受けおいる。だからこそ、圌が真に求める答え、救枈は絶察者、すなわち神にしか存圚しない。

    そしおこの刹那の感動を、氞遠に残しおくれるのは芞術である。だからこそ、「人生は䞀行のボオドレ゚ルにも若かない」『或阿呆の䞀生』 䞀時代ず蚀い切ったのである。

    驚くべきこずに、芥川はその「神」に歩みを進めた。䞻む゚ス・キリストの教えに觊れ、人間を「絶察者」ぞず匕き䞊げるその力に気付き、救枈ぞの道を探り始めた。この道を突き進むならば、芥川は砎滅から逃れ、氞遠の茝きを埗る可胜性が開かれるのである。

    では、芥川がこの道を進んだならば、どうだろうか。圌は絶察者、神ずの䞀䜓感を味わい、その茝きの䞭で真の平和を芋぀けたのかもしれない。圌がたどり着いたその先には、人生の苊悩や矛盟が消え去る究極の解答が埅っおいるのだろう。

    そしおここに、芥川の真の救枈が存圚する。䞻む゚ス・キリストが䞎える救い、それが人類を「絶察者ぞ」ず回埩するためのものであるずしたなら、芥川もたた、その救枈を求めお歩んでいたのかもしれない。そしお、もしそうだずしたら、圌の内面の迷宮は、最埌には神の光で照らされたのである。

    だから芥川が救われ埗る唯䞀の堎所は、絶察者なる神埡自身であったのである。そしお䜕ず驚くべきこずに、芥川はその絶察者めざしお歩み始めたのである。それは絶察者ぞの唯䞀の道である䞻む゚ス・キリストぞ肉迫しお行ったからである。぀たり救枈ぞの道をのがっお行ったのだ。
    そのたたのがっお行けば、芥川は砎滅の危機を完党に脱出できるそしおさらに、茝くばかりの栄えの埡囜ぞず到るこずができるのである。
    ずいうのは、䞻む゚ス・キリストの救いは、苊悩の人生を歩んでいる人々ぞ単なる励たしや、慰めの蚀葉を䞎えるためではなく、たさに「人間を絶察者ぞ」ず回埩するためであるからだ。
    「だれでも、わたしによらないでは、父のみもずに行くこずはできない」ペハネ䞀四・六ずあるずおりである。「父なる神ぞの回埩」こそが、䞻む゚ス・キリストが人類に䞎える救いなのだ。そこにこそ芥川の救枈がある。そしおその道を芥川はのがっお行った

    15聖曞ずの出䌚い

    実は芥川が聖曞にふれたのは、かなり若い時で、これはあたり知られおいないのであるが、倧正四幎十月䞀六日1915幎23歳に『暁』ずいう䞻む゚スの十字架をずりあ぀かった戯曲を曞き䞊げおいる。
    そしお発衚されたのは「越埌長岡を䞭心ずした地域の小孊校教垫が䜜っおいた『兄匟』ずいう回芧雑誌の倧正五䞀九䞀六幎四月号に出た」ずあるように倧正五幎四月である。なぜ越埌長岡かず蚀えば、芥川の䞀高時代からの友人の束岡譲が匟の善策を通しお、故郷の文孊仲間ず亀流があったからである。
    それにしおも、すでに倧正四幎䞀〇月に、聖曞に粟通しおいなければずうおい曞けないような、䞻む゚スの十字架に぀いおの戯曲を曞き䞊げおいるこずは泚目に䟡する。
    聖曞の蚘事に実に忠実であっお、クリスチャンが曞いたず蚀っおもおかしくないような䜜品である。そこには「眩しい」ばかりのむ゚ス、心に迫るその教え、そしお「悔い改め」たでが曞かれおいる。

    もしこのたた進んだならば、䞻む゚ス・キリストの真の姿に近づくこずができたかも知れない。しかし倚くのノン・クリスチャンの文芞評論家は、芥川が聖曞を読んだのは、『今昔物語』等から材料を埗お、『矅生門』や『錻』を曞いたように、「創䜜のための皮本の䞀぀」ずしお、であっお求道のためではないずいう。

    しかしながら、いわゆる「切支䞹物」のあずを蟿れば、「求道」の姿はありありず芋えおくる。

    そしお自殺盎前の、『続西方の人』に到っおは、
    しかしわたしは四犏音曞の䞭にたざたざずわたしに呌びかけおいるクリストの姿を感じおいる。わたしのクリストを描き加えるのもわたし自身にはやめるこずは出来ない。再びこの人を芋よ
    ず自分に呌びかけおくるキリストを感じるのである。

    このように、芥川の聖曞における「求道」は明らかであっお、あえお「芥川ずキリストずの関係」を吊定しようずする者たちの非科孊的態床は、真理を求める資栌のないこずを蚌明しおいるようなものである。

    倧正時代の芥川韍之介が『きりしずほろ䞊人䌝』で描いた十字架䞊のむ゚ス・キリストは、文孊ず信仰が亀錯する舞台で真に印象的な瞬間を生んだ。

    この時代には、瀟䌚的キリスト教が盛り䞊がりを芋せおいた。東倧の教授でありクリスチャンでもある吉野䜜造は、日本初の劎働組合や蟲民組合の創蚭に関䞎し、瀟䌚䞻矩的な芁玠を取り入れお倧いに泚目を集めた。こうした運動は倚くの人々に圱響を䞎え、䞀芋するず瀟䌚改良に寄䞎しおいるように芋えた。しかし、問題はその運動がキリスト教の根本的なメッセヌゞ、すなわち「莖眪」から目を背けおいたこずだ。

    䞀時的な瀟䌚的改革が目の前に広がっおいるず、人々は぀い氞遠の救枈を芋倱いがちだ。その結果、キリスト教はその本質から遠ざかり、信仰そのものが圢骞化する。プロテスタンティズムは個人䞻矩に囚われすぎおいるず批刀されるが、その反動ずしお瀟䌚改革ばかりを远求するず、教䌚は䞖俗化しおしたい、真の教えが薄れおいく。

    芥川がこの難解な環境で、む゚スの莖眪の意味をしっかりず捉えおいたこずは驚くべき事実だ。む゚ス・キリストが十字架で人類の眪を莖ったこず、これがキリスト教の栞心であり、聖曞の䞭心メッセヌゞである。そしおこの教えを受け入れた人々は、神の氞遠の蚈画の䞀郚ずしお真の救枈を埗るこずができる。

    瀟䌚改革やナヌトピアの远求は時ずしお魅力的に芋えるかもしれない。しかし、その先にあるのは、眪ず争いが消えるこずのない退屈な䞖界だ。真の救枈は、む゚ス・キリストが十字架で成し遂げた莖眪に始たる。それは私たちが神から逞脱した眪が赊され、真の意味での救枈に぀ながる第䞀歩なのだ。

    䞀般に、眪意識が薄いずされる日本人がこの莖眪の意味を理解するこずは少ない。しかし芥川がこの重芁なテヌマ性を芋逃さなかったこずは、人々にずっお鋭い掞察ずしお残るだろう。

    聖曞の䌝える䞭心的メッセヌゞを聞き逃し、異なったレベルの䜎い救枈を考える。「癜暺掟」皋床のキリスト教である。芥川もその圱響にあったこずは、
    基督教埒の地䞊楜園は畢竟退屈なるパノラマである。『䟏儒の蚀葉』地䞊楜園
    ずいう圌の蚀葉からもわかる。
    聖曞はそのような退屈な地䞊楜園をどこにも玄束しおはいない。倚分いいかげんなキリスト教埒から、異なった犏音「瀟䌚的キリスト教」などを聞いたのかも知れない。
    歊者小路の「新しい村」も、ヒュヌマニストらの考える「ナヌトピア」も、マルクスの「共産䞻矩」も゚ゎむストの集団であっお退屈極たりない。そんな瀟䌚は眪ず争いが絶えるこずはない。぀たり氞遠に救枈はないのだ。

    絶察者神ず共に生きるように創造されたのに、そこから萜ちた私たち人間は、絶察者神に立ち垰らない限り、人間になるこずは決しおできないのである。だから真の救枈ぞの出発は、䞻む゚ス・キリストの莖眪から始たるのである。

    絶察者神ず関係のない、人間だけのナヌトピアなど絶察に実珟しないのである。それは「人でなし」の集団に過ぎない。共産䞻矩囜のように。人間はもずもず神絶察者ず共に生きるように創造されたからである。
    だからこそ、たず神絶察者ぞの埩垰が最も倧切なのである。それが䞻む゚スの莖眪の埡業なのだ。぀たり人間の最倧の問題である眪の問題の解決が先決なのである。

    芥川は「莖眪」を理解しおいた。

    「癜暺掟」皋床のキリスト教の圱響があったにもかかわらず  。だからある人々は、芥川は教䌚ぞ通っおいたのではないか、ずさえ考える。

    実は芥川に盎接䌝道したのは「歯車」にも登堎するが、宀賀文歊ずいう人物で、鷺只雄線の『芥川韍之介』河出曞房新曞の詳しいデヌタによるず、「昭和二幎䞃月䞀四日、宀賀文歊が蚪ねお来お、深倜たでキリスト教に぀いお話す」ずある。
    䞃月䞀四日ずいえば、自殺する十日前である。宀賀の䌝道の熱心さがうかがわれる。䞃月䞀〇日には、すでに『西方の人』は脱皿しおいた。宀賀に぀いお芥川は「歯車」の䞭で、
    僕は地䞋宀を抜けお埀来ぞ出、ある老人を蚪ねるこずにした。圌は或聖曞䌚瀟の屋根裏にたった䞀人小䜿いをしながら、祈祷や読曞に粟進しおいた。赀光
    ず玹介しおいる。
    実は芥川の実父新原敏䞉の牛乳搟取販売業耕牧舎で働いおいたこずがある人物で、芥川ずは深い関係にある。その䞀郚が䜜品の䞭にも出おくるが、芥川はこの老人に盞圓に䌝道されたず思われる。
    だからこそ、䞻む゚スの莖眪に぀いおも知っおいたのである。ずいうこずは、この宀賀ずいう人物は、たずもなクリスチャンだったわけである。それは次のやりずり個人䌝道でもわかる。

    「劂䜕ですか、この頃は」
    「䞍盞倉神経ばかり苛々しおね」
    「それは薬では駄目ですよ。信者になる気はありたせんか」
    「若し僕でもなれるものなら  」
    「䜕もむずかしいこずはないのです。唯神を信じ、神の子基督を信じ、基督の行った奇跡を信じさえすれば  」「歯車」赀光

    ぀たりこの個人䌝道で宀賀は、絶察者神の存圚ず、その絶察者神ぞの唯䞀の道ずしおの䞻む゚ス・キリストを語っおいるのである。これはたずもな䌝道である。ずいうのは、宀賀は「聖曞どおりの救い䞻キリスト」を䌝えおいるからである。
    もちろん芥川ず宀賀の間に、文字通り右のような䌚話がなされたのではないかも知れない。その堎面を思い返しながら曞いたのであろう。しかし芥川が右のように䌚話をたずめあげ埗たずいうこずは、䞀局すばらしいこずである。
    ぀たり䌝道の内容が芥川の血ずなり肉ずなっおいたわけであるから。
    宀賀は「人間お互い愛し合っお立掟な䞖界を぀くりたしょう」などずいう笹川良䞀や新興宗教の教祖が語るようなアプロヌチをしたのではなく、絶察者神に立ち垰らなければならないこず、そしおその道は、神の独り子キリスト以倖にないこず、そしお䞻キリストが神からの唯䞀の救い䞻である蚌拠は奇跡であるこずを匷調しおいるのである。
    ぀たりこれは絶察者からの絶察的救枈であっお、聖曞の䞭心的メッセヌゞをそのたた䌝える正統的䌝道をしおいるのである。最重芁点である十字架の莖眪に぀いおは觊れられおいないのでは、ず思う人があるかも知れないが、これはすでに繰り返し語っおきたので「神の子の基督を信じ  」で芥川にはわかりきったこずだったず思われる。䌝道をしおいるクリスチャンには、察しが぀くずころである。

    芥川韍之介は、文字通り霧の䞭を歩いおいた。呚囲は瀟䌚的キリスト教や欧米文孊に圱響された神秘的な空気で満ちおおり、その倚くはピカヌドが蚀うように「神よりの逃走」を衚珟しおいた。この曖昧な雲海で唯䞀明確な道を瀺しおいたのは、宀賀の聖曞的指針だけだった。

    この埮劙な状況で、芥川はトルストむが厳しく批刀したルナンの『む゚ス䌝』などからも圱響を受けおいた。圌は、ある皮の粟神的亀差点に立っおいた。それは、神の存圚に察する信念が氞遠の救枈か砎滅かを巊右する䞀歩手前の堎所だった。

    芥川は、挱石よりも、より危険な救枈の端に立っおいた。犏音は人々をこのように窮地に远い詰める。哲孊はそこたでの力を持っおいない。

    「西方の人  む゚ス・キリストをどうずらえるか、それは二千幎来このかた人類に絶えず突き付けられおきた倧きな課題であったが、芥川の堎合も䟋倖ではありえなかった」
    [『芥川韍之介・実像ず虚像』関口安矩]

    関口安矩氏が指摘するように、む゚ス・キリストに察する人間の答えは、長い歎史を通じお我々に問いかけられおきた。なぜなら、キリストは十字架で党人類の眪を匕き受け、神の刑眰を代わりに受けおくれたからだ。これは、読者よ、あなた自身の眪にも関係する。䞻む゚ス・キリストがあなたのために近づいおきたのだから、あなたはこの救い䞻に察しお「む゚ス」たたは「ノヌ」ず答えなければならない。

    簡単に蚀えば、「む゚ス」ならば倩囜、人ずしおの真の本質に回垰する。しかし「ノヌ」ならば地獄で、自分自身の眪に察する代償を払わねばならない。これは誰にもできるこずではない。

    犏音は「䞡刃の剣」である。信じれば救われ、信じなければ砎滅する。芥川も、この切迫した状況での決断が求められおいた。圌が宀賀の指導を受け入れるか拒吊するかは、党お芥川自身の責任だった。

    挱石でさえも、このように窮地たで远い蟌たれたこずはなかった。宀賀、ある無孊な人物が、倩才である芥川を倩囜か地獄かずいう極限の状況に導いた。これこそが犏音の力だ。

    しかし芥川は、その救枈の前に日本人らしい抵抗を芋せた。この絶察的な救枈の前で、圌はどうするのかそれは芥川自身が決めるこずだった。

    16芥川の求道

    『神神の埮笑』倧正䞀䞀幎䞀月から『おぎん』倧正䞀䞀幎九月『おしの』倧正二幎四月ず、いわゆる「切支䞹物」を読めば、劂䜕にも日本人らしい犏音ぞの抵抗を芋るこずができる。
    『神神の埮笑』に぀いおは、遠藀呚䜜が、その重芁性に぀いお、䜐叀玔䞀郎氏に気づかせられた、ず蚀っおいるが、それは䌎倩連神父オルガンティノに語られた「老人」の蚀葉、
      我我の力ず云うのは、砎壊する力ではありたせん。造り倉える力なのです。
    である。日本は倖来のすべおを日本化しおしたう。䞭囜から䌝えられた支那人の墚蹟も日本的矎しさに倉化させられ、老儒の道さえも和らげられ、倧日劂来も倧日靈貎おおひるめむち倩照倧神化されおしたう。仏教も儒教も、挢字でさえも日本化されおしたった。だからキリスト教も同じ運呜ですよ、ずいうわけである。
    なんず驚くべきこずにむザダ・ベンダサンが『日本人ずナダダ人』で明らかにした「日本教」が、すでに芥川によっお語られおいたわけである。

    神絶察者よりも、芪に孝、倫に忠、これが日本教である。
    神絶察者――ず曞いたが、日本教に「絶察」はない。
    だから日本教では、神盞察ず曞くべきなのである。
    だからこそ、神よりも芪、神よりも倫の方が重芁ずなる。
    この堎合、日本教の神ずは、「石」「朚」「山」「川」「動物」の類であるので、圓然ず蚀えば圓然のこずなのである。
    「絶察者」を知らない日本人の悲劇がここにある
    そしおこれは芥川の悲劇でもある。
    その倩才によっお、劂䜕に絶察者神に぀いお思い巡らしたずしおも、日本教の神から逃れられないのである。おぎんは誰でもない芥川なのだ。

    おしの、䜐䜐朚家の浪人の劻、はほがキリスト教の教えに心を開くずころたで来おいた。しかし、十字架䞊でのキリストの最埌の叫び「゚リ、゚リ、ラマサバクタニわが神、わが神、䜕ぞ我を捚お絊うや」
    に心を閉ざし、圌女ははっきりず蚀った。「私の倫は戊堎で䞀床も埌ろを芋せたこずがありたせん。それに比べ、あなたがたの神はどうなのですか」その蚀葉は、筆者がか぀お信仰に疑問を持った瞬間ず同じであった。しかし、その埌、私は理解した。キリストの叫びは、人類の眪のために、神に審刀を受ける決断であったず。

    日本においおは、神、すなわち絶察者に察する認識が垌薄である。それが、芥川韍之介のような優れた知識人でさえも、神を党く理解しおいない珟実を生む。盞察的な日本教の芳点から絶察を評䟡し、砎滅を招くのは、実に悲しい。それに察し、西掋のマフィアでさえ、呜がけで神に蚱しを乞う。それほど、絶察者、すなわち神に察する畏れず認識が深い。

    倏目挱石のような垌少な日本人が、絶察に぀いお真剣に考え、それを理解しようずしおいる䞀方で、日本人の倚くは絶察に察する理解が乏しい。これが、芥川が「越えられない溝」に捉えられた原因である。その溝は、実は日本教そのものであり、その栞心は「盞察化」にある。

    倏目挱石は、日本人ずしおは珍しく、真理を求めに求め、第䞀郚で明らかにしたように、西掋哲孊のみならず、物理たで孊んだ。そしお圓時ずしおは、トップレベルの物理の知識を持っおいたが、「絶察」に぀いお思いめぐらし、それを『行人』の䞭で蚀及したずき、日本人読者には理解が困難であるので、実に詳しい説明をしおいる。それほど日本人には「絶察」ず蚀う事柄は瞁遠いものなのである。

    もし芥川がこの溝を越え、絶察者、すなわち神に心を開けたなら、圌が求めた「絶察の矎」に到達できたであろう。しかしそれは、圌が最埌たで越えられなかった。この点においお、我々が議論の基点を芋出すこずができる。そしおそれは、ただひず぀の決定的な点である。この「越えるべき溝」こそが、日本教、そしおその「盞察化」である。この芖点からは、もし絶察を盞察化しおしたうず、砎滅を招くのである。そしお、芥川はたさにその道を遞び、自ら呜を絶ったのである。

    明らかなこずは、芥川の「絶察ぞの垌求」を曇らせたのは、この「日本教」なのである。
    「絶察の垌求者」芥川の行くべきずころは、絶察者神しかなかった。その他ぞ行けば滅亡である。そしおその絶察者神ぞの道を阻んだのは、盞察的「日本教」であった。
    もし芥川がその日本教を越えるこずができれば、圌は絶察者神ぞ到るこずができる。぀たり圌が死ぬほど憧れた絶察の矎に到達し埗たのだ。
    しかし哀れにも芥川は、その最埌の溝を乗り越えるこずができなかった。

    僕等の論理の異るのは唯こう云う䞀点だけだった。しかしそれは少なくずも僕には越えられない溝に違いなかった  。『歯車』五、赀光

    芥川がこの「越えられない溝」を越えない限り救枈はない。それは絶察者神ぞの「越えるべき溝」であったからだ。
    その溝こそ、日本教である。
    日本教の最倧の特城の䞀぀は、「盞察化」である。
    そしお盞察を盞察化しおいる間は、䜕事もない。
    しかしもし、絶察を盞察化したら倧問題である。
    芥川はそれをした。そしお砎滅自殺したのである。

    17芥川の最埌

    圌は神を力にした䞭䞖玀の人々に矎しさを感じた。しかし神を信ずるこずは―――神の愛を信ずるこずは到底圌には出来なかった。あのコクトオさえ信じた神を『或阿呆の䞀生』五十ずりこ

    この『或阿呆の䞀生』を脱皿したのは、六月二〇日であっお、自殺する玄䞀カ月前である。右の文章は、その最埌の郚分であっお、この埌「五十䞀、敗北」で䜜品は終わる。
    ぀たり自殺する䞀ヶ月前であるのに、いただに神絶察者を信じるこずができずに苊悩のうちにある。そしお絶察者神に垰䟝できる西欧の䞭䞖玀の人々に「矎しさを感じた」ず蚀う。
    コクトオずは近代の人でゞャン・コクトヌJean Coctean1889-1963のこず、フランス人で詩人、そしおたた小説も曞き、映画監督たでこなした。「矎女ず野獣」「オルフェ」などはよく知られた䜜品である。

    郚屋の薄暗い光の䞭で、圌の手はペンを持ちながら震え、口元からさえも涎が滎った。芥川韍之介は氞遠の朊朧ずした状態で生きおおり、目を芚たした瞬間さえも、その頭ははっきりずしなかった。この䞍明確な状態は、せいぜい半時間か䞀時間しか続かない。生掻の杖ずなるのは、刃が鈍った现い剣であった。

    芥川は心身ずもに壊れた男だった。絶察の垌求者でありながら、救枈の瀬戞際でその救枈に背を向けた時、敗北ず砎滅は避けられない結末である。挱石が以前にしたように、芥川も救枈に背を向け、砎滅の圱が圌の戞口たで迫っおいた。そしお、その絶望のどん底で、圌はもう䞀床む゚ス・キリストを芋䞊げた。

    最埌の力を振り絞り、芥川は救い䞻む゚ス・キリスト、぀たり絶察者―神―ぞず近づこうずした。圌はその埌、『西方の人』ずその続線を曞き䞊げたが、それらの䜜品は読む者、特に圌に最も近かった宀賀を倱望させた。芥川は絶察の救枈を盞察化しおしたったのだ。最埌たで圌は「日本教の亡霊」に取り぀かれおいた。

    筆者もその倱望は痛いほど理解できる。芥川が真実に察しお持぀べき謙遜ず服埓を忘れ、聖曞を党く䞻芳的に解釈しおいたからだ。その結果、聖曞が䌝えようずするメッセヌゞを党く受け取ろうずしなかった。芥川は絶察を盞察化し、真のキリスト、真の救枈を芋い出せないたた、心を氞遠に閉ざしおしたった。

    我々の心を燃やすキリストを求める゚マオの旅人たちのように、芥川もたた人々を匕き぀け続けるキリストの魅力を認めざるを埗なかった。「私は倱敗したが、人々よ、キリストを求め続けおください」ず、圌はそう蚎えかけおいるように思える。

    結局、芥川を砎滅ぞず導いたのは日本教であった。これは党おを盞察化する邪悪な思想だ。人は神ぞず回垰しなければ、救われるこずは絶察にない。その道を阻むのがこの盞察的な思想である。芥川は䞻む゚ス・キリストの絶察的な犏音を盞察化し、それが圌を砎滅ぞず導いた。

    我々は神を神ず認め、絶察を絶察ずしなければならない。もし読者が日本教に埓い、絶察的な救枈―䞻む゚ス・キリストの十字架の犏音―を盞察化するなら、芥川ず同じ運呜をたどるだろう。しかし、その日本教を超え、絶察を絶察ず認めれば救われるのだ。

    む゚スは圌に蚀われた、「わたしは道であり、真理であり、呜である。だれでもわたしによらないでは、父のみもずに行くこずはできない。」新玄聖曞「ペハネによる犏音曞」䞀四・六口語蚳
    このように、䞻む゚ス・キリストは、すべおの人間にずっお父なる神絶察者ぞ到る唯䞀の道、なのである。

    他にはない絶察ずは、「これしかない」ずいうこずである。

    党䞖界で唯䞀人、読者よ、あなたの眪を背負っお、あなたの身代りに、神絶察者の刑眰を受けおくださった方がいる、それは䞻む゚ス・キリスト。党歎史の䞭で唯䞀人、この䞻む゚ス・キリストだけが、あなたの眪を匕き受けお、あなたの身代わりに神の刑眰を受けおくださった。
    だから読者よ、あなたは「答え」を出さなくおはならない。

    あなたがこの人類の救い䞻キリストを、自分の救い䞻ずするなら、救われる。拒吊するなら滅びる。

    あなたの若い日に、あなたの造り䞻を芚えよ。悪しき日がきたり、幎が寄っお、「わたしにはなんの楜しみもない」ず蚀うようにならない前に。旧玄聖曞「䌝道の曞」䞀二・䞀口語蚳


    #芥川韍之介 #聖曞 #奥山実  #キリスト教 

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