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ヒーローになれない夜をスクロール

    「羊の群れの立派な一員になるためには、何よりまず、自分自身が羊でなければならない。」
    ――アルベルト・アインシュタイン

    『Ideas and Opinions』(1954)


    私は、美しい言葉を、あまり信用していない。

    愛。
    正義。
    母性。
    勇気。
    連帯。

    どれも、きれいな言葉だ。

    けれど、それらが大勢の口から、同じ形で、力強く聞こえてくる夜がある。
    そんな夜、私はスマートフォンの画面を、呼吸を整えながらゆっくり、スクロールする。

    同じ言葉。
    同じ怒り。
    同じ涙。
    同じ敵。

    指を滑らせるたび、世界から少しずつ色が減っていく気がする。

    白か、黒か。
    味方か、敵か。
    声を上げるか、加担するか。
    愛するか、無関心か。

    人間って、そんなに簡単だったっけ?

    「沈黙は加担だ」
    強い言葉だと思う。

    たしかに、沈黙によって守られてしまう悪意はある。誰かが声を上げたことで、初めて動くものもある。

    でも、すべての沈黙を「加担」と呼んでしまっていいのだろうか。

    まだ何が起きているのかわからない人。
    考えている途中の人。
    声を上げれば、自分の暮らしが壊れてしまう人。
    そこから離れることで、ようやく自分を守っている人。

    黙っている理由なんて、人の数だけある。

    それでも、強い言葉は便利だ。
    短い。
    わかりやすい。
    迷わなくて済む。

    その短さの中に入れなかった人は、どこへ行けばいいのだろう?

    「愛の反対は無関心」という言葉も、私は少し怖い。

    愛について考える、ひとつの言葉ならいい。
    でも、それがいつの間にか、
    関心を示さない人には愛がない。
    離れる人は冷たい。
    そんな踏み絵に変わったら、話は違う。

    愛しているから離れることもある。
    愛していても、できないことはある。

    人の心は、「名言一行」に収まるほど、行儀よくできていない。

    「母性」もそうだ。
    母性は美しい。
    母親は子を守る。
    母の愛は無償である。

    けれど、「母性」と名づければ、すべてが善になるわけではない。

    守りたい気持ちが支配になることもある。
    心配が監視になることもある。
    愛が、誰かの人生を囲い込むことだってある。

    怖いのは、母性ではない。
    「母性は善」と決めた瞬間、その中身を疑わなくなることだ。

    美しい言葉には、力がある。
    正義を疑えば、悪人に見える。
    愛を疑えば、冷たい人に見える。
    だから、反論しにくい。

    そして、美しい言葉が群れになると、もっと強くなる。

    ひとりのときには、
    「私は、こう思う」だった言葉が、

    「普通は、こう思う」
    「人間なら、こうする」へ変わっていく。

    『主語が、大きくなる』
    私は、その瞬間が怖い。

    誰かを助けたい。
    誰かを守りたい。
    間違っていることには、間違っていると言いたい。

    できることなら、私だって、そんな「ヒーロー」になりたい。

    正しい側に立って、迷わずいられたなら、きっと楽だ。

    でも、悲しみが怒りになり、怒りがインプレになり、いいねの数になり、その数字がまた怒りを連れてくる画面を見ていると、思う。

    この人は、何に泣いているのだろう?
    何に怒っているのだろう?
    怒りの底で、自分でも名前をつけられない何かに、震えてはいないだろうか?

    そして、その問いは、私にも返ってくる。

    私は、画面を見ながら、なぜ怒っている?
    これは本当に誰かのため?
    自分だけは正しい場所に立って、誰かへ石を投げていない?

    そこまで考えると、私は、もう「ヒーロー」にはなれなくなる。

    でも、それでいい。それがいい。

    白と黒のあいだには、名前のついていない色がたくさんある。

    迷うこと。
    わからないと言うこと。
    昨日と今日で、考えが変わること。
    それを、思考の敗北にはしたくない。

    自分の正しさを疑うことは、弱さではない。
    思考を止めない、ということだ。

    迷って、葛藤して、それでも自分の足で立つ。
    自分の答えに、「本当に?」と問い続ける。

    その余白こそが、誰かを簡単に傷つけないための、ひとつの優しさなのだと思う。

    美しい言葉を、捨てたいわけではない。
    ただ、その言葉を掲げた手で、誰かを殴ってはいないか。
    そのことだけは、疑い続けたい。

    ヒーローになれない夜。
    私は今日も、画面をスクロールする。
    白でも黒でもない場所に、まだ残っている色を探しながら。

    #抽象概念エッセイ笑
    #何言いたいんだかわからないエッセイ笑

     
     
     
    ことばが好きです。🌱 書き溜めたエッセイが、気づけば100本以上貯金できました。書くたびに、その話に似合う声を探しています。 エッセイ、ミステリー、ファンタジー小説。毎日ことばを掘っています。(TALESにも投稿してます)

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