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成長を支えるフィロソフィー 〜8年で見つけたブランドの力〜

    とにかく、週末の賑やかさに支えられていた20代だった。平日はほとんど会社に軟禁状態。だからこそ公明正大に休める華金からは遊びたい。サークルの友人や、仕事仲間とお酒を酌み交わし、大好きな一風堂のラーメンで締める。そんな日々を存分に楽しんだ、私の青春だ。

    だからこそ、打ちのめされた。

    時を同じくして、たったひとり、本気で世界と向きあっていた、ほぼ同世代の女性がこの世に存在していたことに。

    会社の名前は、マザーハウス。

    「発展途上国から世界に通用するブランドをつくる」をミッションに途上国の素材と職人の技術に光を当てるモノづくりの会社。人気のバックはバングラデシュで自社工場を構え、途上国から経済を生み出している。そのほかジュエリー、ファッション、チョコレートと多彩なブランドを展開しているが、いずれも発展途上国から商品をうみだしている。

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    日本の四季の色をモチーフにした革小物
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    機能美を追求したバッグ
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    マザーハウスのフィロソフィー

    私がはじめてマザーハウスを知ったのは、2017年1月の時だった。

    もうすぐ個人事業主として独立する。それなら「発信の仕方で自分のロールモデルとなるような人がいたらいいなあ」とネットで検索しはじめて、ふと目に止まったのが創業者の山口絵理子さんだった。

    赤いスーツに巻き髪、のようなわかりやすい女性経営者像とはかけ離れたナチュラルな出で立ち。化粧っ気もなく、洋服も当時はYシャツを着崩したようなスタイルで、自然体な雰囲気にとても共感した。

    「この人の本を読んでみたいな」

    こうして手に取ったのが山口さんの自伝エッセイ『裸でも生きる』だった。

    本を読めば読むほど、私の心は揺さぶられた。

    ひとり、バングラデシュに乗り込んで、現地の大学に入学し、工場を間借りしたあと、マンションの一室を工場にして、バックの裁縫工場を立ち上げた山口さん。

    そんなこと、できるんだ。このひと、こわくないんだ。しっぱいを考えては、いないんだ。

    がむしゃらに、まっすぐ目標に向かいあう彼女の姿にただただ過去の自分を重ねては、その違いに驚くばかりだった。週末を思い切り楽しみ、山手線に揺られて携帯を見ていたわたしとは違う場所で、世界一貧困な国で美しいバックをつくろうと奮闘している。それに私は大きな衝撃を受けた。

    そして続けて、衝撃を受けた。

    なぜなら山口さんはひとりきりではなかった。現地、バングラデシュの人たちに騙され、素材もミシンもすべてなくなった後で必死に立て直した工場が、1週間以内の撤退を言い渡された時など。何度も「もうダメだ」と、撤退を迷う彼女の気持ちを180度ひっくり返す存在がいた。

    それが、副社長の山崎大祐さんだった。

    山崎さんはわんわん泣く山口さんの涙がひっこむほどの、圧倒的な怒りと情熱で、海を超えて山口さんの背中を押した。いや、押し出した。猪木のビンタのような勢いで。トーマス機関車の突進のようなパワーで。とにかく前へ倒れていきそうな身体をいつもぐっと掴んではピンッと伸ばして前を向かせるのだった。

    「ふざけるなよ!」「いくよ!バングラデシュに」(『裸でも生きる2』より)

    本の中ではたったふた言だけ。でも、その言葉に、確実に読者の私の背中も押し出されたのだ。

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    山崎さん(左)と山口さん(右)
    山崎さんは現在では代表取締役として山口さんとともに代表を務めている

    会社を推したことで乗り越えたこと

    私はすっかりマザーハウスのファンになった。先駆者として自分で道を切り開く山口さんと、冷静と情熱で社会と経済に向き合う山崎さん。違った方向でパワフルでアンバランスな2人に一方的にパワーをもらって、私は独立した。

    それから、自分の仕事で何か記念すべきことがあれば、マザーハウスの商品をひとつ、ひとつと手に入れるようになった。

    独立した日。
    大きな仕事が終わったとき。
    仕事の幅がぐんと広がったとき。
    2拠点で仕事をしようと決めたとき。
    自分のブランドをもったとき。

    機能性とデザイン性を兼ね備えた商品は、欲張りな私にとてもピッタリだったし、満足感はいつまでも続いている。

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    お気に入りのカードケース
    名刺とクレジットカードをケースごとに分けて使っている

    ネックレスをつけてお店に行くと、スタッフさんが「いつもありがとうございます」と話しかけてくれる。他のお店と比べても商品だけではなく商品を作る国のことを、とても丁寧に話してくれる。福岡・京都・丸の内・銀座・渋谷・新宿・池袋・横浜・立川。どのお店にはいってもお店は温かくて、そこにはいると、いつでも自分と他国が繋がる。

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    マザーハウス立川店

    そうして8年。
    気がついたら、マザーハウスのブランド自体が好きになった。
    山口さん、山崎さんだけでなくスタッフさん、そしてマザーハウスを支えるファンの方々。そう、特にファンの方々。とにかく熱量がすごいのだ。

    年に一度のサンクスイベントは、あっという間に席が埋まる。
    過去、コロナでオンラインライブでも開催されたが、そのときは「自分はカゼマトウが好き」「ジュートのトートバックいまでも使っています」とコメントがどんどん飛び交った。
    リアルイベントで会うものなら、山口さんの新デザインの発表を皆で温かく見つめ、山崎さんの話で山崎さんと一緒に泣く。バングラデシュの工場長・マヌンさんをはじめ工場スタッフのユニークさにもいつもみなで笑う。

    新作発表なのに、私たちはいつも笑って、泣いて、ほほえみあう。

    今、私の中でマザーハウスという存在は単なる好きなブランド、尊敬する人たちというものから、自分の一部のようなものになった。新作が出ては温かい気持ちになるし、心の底からパワーが湧き出てくる。発展途上国には、紛争やデモなど想定外のことがたくさん起こる。どれだけ見通しても、ぜんぜんうまくいかなことだってある。そこに奮闘するマザーハウスにわたしたちは、単なる商品・お客様という関係でない、お互いが見えないファミリーのようなつながりの中で不具合も不均一さも、変容する世の中も支え合って、私たちがマザーハウスを支えることで国境を超えたつながりを、同じ人間同士だということを証明している。

    この8年を振り返り、気がついたことがある。

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    2017年、福岡で開催されたマザーハウスカレッジにて
    イベント初参加のこの日は、今でも忘れられない大切な思い出

    わたしが、マザーハウスを好きなった理由。

    それは、わたしこそが、発展途上だったからだ。

    福岡でひとり、小さな部屋で独立を決めたあの日。
    自信があったわけじゃない。はいる仕事も決まってはいなかった。
    自分の夢を語ったときに周囲は笑い、そしていなくなった。
    私の背中はとても小さかった。

    それでも、自分は信じた。
    この世界にはまだ伸びしろがある。
    隠れた場所にスポットライトさえ当てれば、
    まだまだ新しい可能性は広がっていくのではないかと。

    「途上中」と一括りにされた人にも、
    可能性があることを証明したい。

    「世界で通用するブランドをつくる」

    「マザーハウス」という名前と、フィロソフィーが掲げる「ブランド」。

    多くの人の屋根をつくる、この会社だからこそ「ブランド」という意味が、
    バッグやスカーフ、ジュエリーだけではない、そこに多くの意味が内在している。

    このフィロソフィーにある「ブランド」には、商品だけでない。

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    マザーハウスの「ブランド」の言葉に内在するもの

    ファンも、スタッフも、山口さん、山崎さんも、みんなが成長の最中で、みんな、世界で通用するブランドにと、希望をもち、それぞれがそれぞれに前を向いて歩いていると、一方的に私は思っている。

    会社を推す。
    それはなぜだろう?

    それは、社会につながるパートナー的存在として、価値の提供や満足感だけでなく、自分自身の可能性にも気づかせてくれるからなのではないだろうか。
    経済とひとの可能性を広げる会社。そんな存在がこの日本にこれからもたくさん生まれてくるといいなと心から願うのだった。

    つぎは、あなたの番。






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    企業と生活者を心地よくつなぐブランディングの世話人◽️ブランド戦略・経営理念・ PMVVを策定◽️売上100億円規模からスタートアップまで幅広く実績あり◽️Money for Good×note「#推したい会社」グランプリ受賞◽️お茶と冬が好き