
ストーリーが盤面みたい(悪口)
お疲れさまです。
ストーリーの作り方には、
ストーリー先行型(厳密には構成先行型と呼ぶのが正しいと思う)と、
キャラクター先行型の二つがあります。
ストーリー先行型とは、
まずストーリーを考えてから、
そこにキャラクターを当てはめていくやり方。
キャラクター先行型は、
まずキャラクターを生みだし、
そのあとストーリーを作っていくやり方。
両者は単に作り方の違いを指すもので、
そこに優劣はありません。
ところが、
完成した作品に対して「ストーリー先行」という場合、
事情が異なります。
その場合のストーリー先行は、
書き手のご都合主義でストーリーが進んでいる、
あるいは、
ストーリーの都合に合わせてキャラクターが動いている、
といったネガティブな意味しか持ちません。
一方で、
「キャラクター先行」という言葉は、
僕の知る限り聞いたことがありません。
ストーリーにおいてキャラクターが先行するのは当たり前なので、
キャラクター先行という言葉は成り立たない、
というのが理由だと思います。
しかし、
ストーリー先行の意味を、
ストーリーの都合に合わせてキャラクターが動いている、
つまり、
ストーリーを優先してキャラクターが疎かになっている、
に限定したとき、
キャラクター先行と呼ぶべきものも、
ごまんと存在します。
たとえば、
キャラクターの日常を描いただけの、
何も起こらないストーリー。
あるいは、
ストーリー先行の脚本には、
ステレオタイプのキャラを見かけますが、
その逆の、
ステレオタイプのストーリーを持った脚本。
それらの脚本は、
僕からすれば、
キャラクターを優先してストーリーが疎かになっている、
以外の何物でもありません。
それで、
ここから本題なのですが、
ストーリー先行の脚本に対して、
いちばんよく聞く言い回しが、
キャラクターが駒みたい
というやつ。
もう少し詳しくいうと、
キャラクターが
ストーリーを進めるための
駒としての役割でしかない
といった感じです。
まっとうな批判なので、
反論すべきことはありませんが、
気になる点としては、
なぜ同じことを、
キャラクター先行の脚本に対してはいわないのだろう、
かねてより気になっていました。
キャラクターを駒だとすると、
ストーリーは盤面ですので、
キャラクター先行の脚本への批判は、
ストーリーが
キャラクターを動かすための
盤面としての役割にすぎない
といった感じになるでしょうか。
ストーリー(ストーリー構造)というのは、
平面ではなく、
立体的で、奥行きがあり、
たとえば建造物のようなものだと、
僕は思っています。
あるいは、
構成というのは柔らかいものなので、
これ見よがしにマス目など引いているはずもありません。
キャラクター先行の脚本は、
たかだか9×9マスの盤面の上で、
キャラクターを動かしているだけのように、
自分には見えてしかたがない。
別に誰と戦っているわけでもありませんが、
駒みたい、
そういう言い方をしているのであれば、
盤面みたいだね笑笑
これでいくことにしました。
とはいえ、
結局、駒でも盤面でもダメで、
しっかりと人間と建造物を描いた、
そんな脚本が理想ですよね、
という月並みなまとめをして、
記事をおわります。