
静かな穴を感じる時間
仕事が終わって家に帰る。
玄関のドアを閉める。
靴を脱いで、部屋に入る。
誰もいない。
静かだ。
その静けさの中で、ふと感じるものがある。
寂しさとも少し違う。
悲しさとも違う。
ぽっかり穴があいたような、
静かな虚しさだった。
昔の私は、この感覚が嫌だった。
だから予定を入れたり、
学んだり、誰かの役に立とうとしたり。
とにかく何かで埋めようとしていた。
何もしない時間が怖かったのだと思う。
でも最近、不思議なことに気づいた。
「この穴を、
すぐに埋めなくてもいいのかもしれない。」
そんなふうに思えたのだ。
思い返してみれば、
私の人生は役割が多かった。
子供を育てること。
家族のこと。
仕事のこと。
人の期待に応えること。
やる事がある間は、
自分と向き合わなくて済んだ。
だから私は、
「暇になること」が怖かったのかもしれない。
目の前のことに集中していれば、
一日は終わる。
でも役割が終わると、
静けさだけが残る。
その静けさを、
私はずっと「空っぽ」だと思っていた。
だけど本当にそうなのだろうか。
少し前、
私は一人旅が好きだと思っていた。
誰にも気を遣わず、自分のペースで動く旅。
それが心地よかった。
けれど最近、
ふと心の中に浮かんだ言葉があった。
「次の旅行は、大切な人と行きたい。」
その瞬間、自分でも少し驚いた。
子供と見たい景色がある。
誰かと一緒に「きれいだね」と言いたい。
そんな気持ちが、自然と湧いてきたからだ。
昔なら、一人で満足できれば十分だった。
でも今は、
「分かち合いたい」という願いがある。
それは、
誰かに依存したいということではない。
一人で過ごす時間を知ったからこそ、
その先にある喜びを求め始めた
のかもしれない。
そう考えると、
あの静かな虚しさは、
悪者ではないような気がしてきた。
何かを失った穴ではなく、
これから何を育てたいのかを
教えてくれる余白。
庭に新しい花を植える前の、
何も植わっていない土のようなもの。
人生には、そんな季節があるのかもしれない。
焦って埋めなくてもいい。
無理に前向きにならなくてもいい。
静かな穴を抱えたまま、
「私はこれから、
誰と、どんな時間を過ごしたいのだろう。」
そんな問いを持ちながら歩いていけばいい。
最近は、心からそう思えるようになった。