メインコンテンツへスキップ
見出し画像

読切短編 白いまま

     父が死んで半年が経った。入院してからは、一度も海に戻らなかった。

     私が実家に戻ったのは、悲しみのためではなかった。実家を閉めるのは、結局私しかいなかった。

     海辺の町は、記憶よりも小さかった。駅から商店街を抜けると、父が三十年やっていたサーフショップがある。シャッターに南京錠がかかっている。私の手元にある鍵は三本。どれが合うか分からないまま、三本とも試した。最後の一本が回った。

     店の中は、思ったより片付いていた。

     父とは、私が十八で家を出てから、まともに話していない。今さら思い返したい話でもなかった。
     ただ、ショップの売上が落ちていると風の噂で聞いたとき、連絡しようとして、やめた。そういう関係だった。

     倉庫に入ると、ボードが並んでいた。

     二十枚以上。壁に立てかけられ、天井に吊られ、床に重ねられ。古いものも新しいものも、古いワックスの匂いの中で、ボードは壁にもたれていた。

     全部に、日付が書いてあった。

     油性ペンで、ボードの裏面に。数字だけ。年月日。最も古いものは、私が生まれる前の日付だった。最も新しいものは、父が倒れる三週間前の日付だった。

     父はサーフボードに日付を書く人間だった。父がそんなことをしていたなんて、知らなかった。

     一枚だけ、日付がないボードがあった。

     白い、何の傷もないボード。他のボードが潮と時間で焼けているのに、それだけが、使われなかった物の白さのまま、倉庫の一番奥に立てかけられていた。

     翌日、店の常連だったという老人が様子を見に来た。岬の上の民宿をやっている人で、父とは四十年来の付き合いだと言った。

    「ああ、そのボードか」

     老人は倉庫に入って、白いボードの前でしばらく黙っていた。

    「お前さんが生まれた年に買ったやつだ。毎年磨いとったが、一度も海に入れなかった」

    「なぜですか」

    「さあ。俺には分からん。ただ、買った日に親父さんが言っとったよ。これは娘のぶんだ、と」

     老人が帰った後、私は一人で倉庫に残った。

     白いボードを両手で持ち上げてみた。指先に乾いた粉がわずかについた。

     軽かった。

     父が一度も海に入れなかったぶんだけ、軽かった。私はしばらく、それを床に戻せなかった。

     
     
    物語はセンスじゃなく、設計できる。 異世界・チート・成長—— なろう系の“気持ちよさ”を残したまま、構造から組み直す。 読みやすさと文学性、その両立を本気で狙います。 テンプレをなぞるのではなく、テンプレを超えるために。

    あなたへのおすすめ