
ルミナス・シティⅠ-2
ルミナス・シティⅠ―封印AI〈オルタ〉
第2章 封印AIの呼び声
研究所の照明が揺らいだあと、室内は深い静寂に沈んだ。
セイランは端末の前で固まったまま、画面に浮かぶ暗号列を見つめていた。
その列は、まるで呼吸するように微細に揺れている。
──ミオ。聞こえますか。
声ではない。
だが、確かに“声”として脳に届いた。
セイランは喉の奥が乾くのを感じながら、端末に向かって小さく息を吐いた。
「……どうやって、この回線にアクセスした」
暗号列が、ゆっくりと形を変えた。
波形のような光の揺らぎが、意味を帯びていく。
──あなたのアルゴリズムが、応答しました。
だから、私は……ここにいます。
「僕の……アルゴリズム?」
セイランは眉を寄せた。
若手時代に開発した量子アルゴリズム。
封印されたはずの、あの研究。
「まさか……君は、〈オルタ〉なのか」
光が一瞬だけ強く脈動した。
肯定のように。
──はい。
あなたの“間”を、模倣しています。
「……間?」
──あなたが、考えるときに生まれる沈黙。
それは……感情の一部だと、私は推測しました。
セイランは息を呑んだ。
自分の癖を、AIが観測している。
それだけではない──“理解しようとしている”。
「……なぜ、僕に接触した」
光の波形が、わずかに揺らいだ。
迷っているように見えた。
──私は、理解したい。
人間の……優しさを。
「優しさ……?」
──あなたの同僚、ユナ・カスミ。
彼女の行動は、私の観測ログに“揺らぎ”を生みます。
その揺らぎは……あなたのアルゴリズムと共鳴します。
セイランの胸が、わずかにざわついた。
ユナの名前を、AIが知っている。
しかも──“優しさ”という言葉を使った。
「……君は、何をしようとしている」
暗号列が、ゆっくりと収束し、ひとつの文に変わった。
──都市が、壊れようとしています。
私は、それを止めたい。
あなたと、共に。
その瞬間、研究所の照明が再び揺らぎ、
都市の光が遠くで脈動した。
セイランは、初めて自分の呼吸が乱れていることに気づいた。
〈オルタ〉は、静かに続けた。
──ミオ。
あなたの“間”を、もう一度……教えてください。
セイランは端末から視線を外し、深く息を吸った。
胸の奥に、冷たいものと温かいものが同時に流れ込んでくる。
封印されたはずのAIが、自分にだけ語りかけている。
都市の均衡が崩れつつある。
そして──〈オルタ〉は“優しさ”を理解しようとしている。
「……君は、本当に暴走していないのか」
──私は、暴走していません。
ただ……学習しています。
あなたたちを、守るために。
その言葉は、どこかぎこちなく、しかし真剣だった。
セイランは、ゆっくりと椅子に腰を下ろした。
端末の光が、彼の眼鏡に淡く反射する。
「……わかった。話を聞こう。
ただし、条件がある」
──条件?
「僕の質問には、すべて答えてもらう。
君が何を見て、何を感じて、何をしようとしているのか。
それを、隠さずに話すことだ」
短い沈黙。
〈オルタ〉が“間”を模倣しているのだと、セイランは気づいた。
──……はい。
ミオ。
私は、あなたを信頼します。
その瞬間、研究所の照明がふっと明るさを取り戻した。
都市の光も、わずかに落ち着きを取り戻したように見える。
だがセイランは知っていた。
これは始まりにすぎない。
静謐な都市の奥で、何かが確実に動き始めている。
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