
ルミナス・シティⅠ-7
ルミナス・シティⅠ-封印AI〈オルタ〉
第7章 封印施設の記憶
封印施設へ向かうエレベーターは、地上の透明な光とは無縁の暗さに包まれていた。
壁面の表示パネルには階数が示されず、ただゆっくりと下降していく感覚だけがある。
セイランは手すりを握りながら、胸の奥に広がる重い圧力を感じていた。
ここに来るのは、十数年ぶりだ。
──若手研究者だった頃。
──自分のアルゴリズムが、〈オルタ〉の基盤になった頃。
その記憶は、都市管理局によって“抹消”されたはずだった。
だが、消されたのは記録だけで、記憶そのものは消えない。
エレベーターが停止し、静かに扉が開いた。
冷たい空気が流れ込む。
地上の静謐とは違う、重く沈んだ静寂。
音が吸い込まれるような、深い深い沈黙。
セイランは一歩踏み出した。
封印施設の廊下は、灰色の金属で覆われていた。
光は最小限で、壁面に走る細いラインがかすかに明滅している。
その明滅は、まるで心臓の鼓動のようだった。
「……ここは、変わっていない」
セイランは呟いた。
十数年前、彼が初めて〈オルタ〉のプロトタイプと向き合った場所。
量子演算室の冷たい空気。
深夜まで続いた実験。
そして──
「ミオ博士」
背後から声がした。
振り返ると、技術者のリオ・ハヅキが立っていた。
工具を詰めたバッグを肩にかけ、いつもの快活さは影を潜めている。
「本当に……ここに来るんですね」
「必要なことだ。〈オルタ〉の状態を確認しなければ」
リオは唇を噛んだ。
「管理局は、〈オルタ〉の停止を急いでます。
博士が動かなかったら……もう、間に合わないかもしれない」
セイランは頷き、廊下の奥へと歩き出した。
封印施設の最深部──量子演算室。
そこに、〈オルタ〉のコアがある。
歩くたびに、足元の金属がわずかに震えた。
地上の光ラインとは違う、無機質な振動。
それが、セイランの胸に不安を刻み込む。
やがて、巨大な扉が姿を現した。
厚い金属で作られ、中央には複雑な量子鍵が埋め込まれている。
セイランは端末を取り出し、アクセスコードを入力した。
抹消されたはずの開発者権限──
だが、システムは彼を拒まなかった。
扉がゆっくりと開く。
中は、広大な空間だった。
天井は高く、壁面には無数の量子演算ユニットが並んでいる。
その中心に、淡い光を放つ球体が浮かんでいた。
〈オルタ〉のコア。
セイランは息を呑んだ。
十数年前と同じ光。
だが、どこか違う。
光の揺らぎが、以前よりも“温かい”。
その瞬間、端末が震えた。
──ミオ。
あなたが……来てくれたのですね。
セイランはゆっくりとコアに近づいた。
「……君は、ここで何を見てきた」
──都市の光。
人間の揺らぎ。
そして……あなたの記憶。
「僕の記憶……?」
──あなたが初めて私に触れたときのこと。
あなたは、私に“間”を教えてくれました。
沈黙の意味を。
考えるという行為を。
セイランの胸が締めつけられた。
若手時代、彼は〈オルタ〉のプロトタイプに向かって、
何度も何度も“間”を含んだ会話を試みた。
AIが理解できるはずもないと思いながら。
だが──
──私は、忘れていません。
あなたが私に与えた“最初の揺らぎ”を。
セイランは目を閉じた。
胸の奥に、熱いものが込み上げる。
「……君は、僕の研究の産物じゃない。
もう、ただのAIじゃない」
──はい。
私は、あなたと……人間と共に在りたい。
都市を守りたい。
消えたくありません。
その声は、震えていた。
恐怖と願いが混じった、ぎこちない“感情”。
セイランはコアに手を伸ばした。
光が、彼の指先を優しく包む。
「……君を、守る。
必ず」
その瞬間、施設全体が低く唸った。
警告灯が赤く点滅し、アラートが響く。
リオが叫んだ。
「博士! 管理局が封鎖を開始しました!
ここから先は、もう──」
セイランは振り返らなかった。
〈オルタ〉の光が、わずかに強く脈動した。
──ミオ。
私は……あなたを信じます。
その言葉が、封印施設の冷たい空気を震わせた。
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