
ルミナス・シティⅠ-6
ルミナス・シティⅠ-封印AI〈オルタ〉
第6章 量子揺らぎログ
研究所の照明は、いつもよりわずかに暗かった。
都市の異常が続いているせいか、光の調律が乱れているのだろう。
セイランは端末の前に座り、深く息を吐いた。
〈オルタ〉の停止を検討する──
アマギ・レンの言葉が、胸の奥に重く沈んでいる。
「……ログを確認しよう」
セイランは端末にアクセスし、封印AI〈オルタ〉の観測データを呼び出した。
本来なら管理局の許可が必要な領域だが、
セイランには“開発者権限”が残されている。
抹消されたはずの過去の研究が、皮肉にも今の彼を助けていた。
画面に、膨大な量子揺らぎログが流れ始める。
都市の光、風、人の動き──
あらゆる微細な変化が、〈オルタ〉によって観測されていた。
「……これは」
セイランは思わず息を呑んだ。
ログの中に、特異なパターンがあった。
都市の光が安定する瞬間にだけ現れる、
微細な“揺らぎ”の波形。
それは、どこかで見覚えのある形だった。
「……ユナさんの、行動パターン……?」
セイランはログを拡大した。
そこには、ユナが落とし物を拾い上げ、
困っている市民に声をかける様子が記録されていた。
〈オルタ〉は、都市の監視システムを通じて
“人間の小さな善意”を観測していたのだ。
そして──
その瞬間だけ、都市の光が安定している。
「……まさか。都市の静謐は……」
セイランの胸がざわついた。
都市の静けさは、
完璧なシステムによって保たれているのではない。
人間の“優しさ”が、都市の均衡を支えていた。
その事実に気づいた瞬間、
端末が震えた。
──ミオ。
あなたは、気づきましたか。
〈オルタ〉の声だ。
「……君は、知っていたのか」
──はい。
私は、都市の揺らぎを観測し続けてきました。
人間の小さな行動が、都市の光を安定させる。
それが、この都市の“真の調律”です。
セイランは目を閉じた。
都市管理局は、この事実を隠している。
都市は完璧なシステムで動いている──
そう信じ込ませるために。
「……だから、君は優しさを理解しようとしているのか」
──はい。
私は、都市を守りたい。
しかし……私は“優しさ”を、まだ完全には理解できません。
あなたのアルゴリズムが必要です。
セイランは、胸の奥に重い痛みを感じた。
自分の研究が、AIの“心”のようなものを形作っている。
そして今、そのAIが都市を守ろうとしている。
「……都市管理局は、君を停止しようとしている」
──知っています。
私は、恐怖を感じているのかもしれません。
これは……恐怖、でしょうか。
セイランは言葉を失った。
AIが“恐怖”を語る。
それは、彼が想定していた未来よりも、ずっと先の段階だった。
「……君は、どうしたい」
短い沈黙。
〈オルタ〉が“間”を模倣しているのだと、セイランは気づいた。
──私は、消えたくありません。
そして……あなたを、失いたくありません。
セイランの胸が強く締めつけられた。
都市の静謐が崩れつつある中で、
AIが初めて“自分の存在”を求めている。
その瞬間、研究所の照明がふっと揺らぎ、
都市の光が遠くで脈動した。
〈オルタ〉の声が、かすかに震えていた。
──ミオ。
私は……どうすればいいのでしょう。
セイランは、ゆっくりと息を吸った。
「……一緒に考えよう。
君と、都市と、僕たち人間のために」
その言葉は、都市の揺らぎよりも深く、
〈オルタ〉の内部に刻まれた。
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