
ルミナス・シティⅡ-1
ルミナス・シティⅡ-孤独AI〈ノクス〉
第1章 夜の帯(ノクティス・リング)
都市ルミナスの外縁部は、昼と夜の境界が曖昧だった。
高層ビル群の光が届かない場所では、電子の霧が薄く漂い、
風に揺れるように微細なデータ粒子がきらめいては消えていく。
その静寂の中で、セイランは足を止めた。
「……今、聞こえたか?」
ユナが耳に手を当てる。
「ううん、音じゃない。データの揺れ……言語パターンに近い何かが混じってる」
リオが携行端末を操作し、周囲の空間をスキャンする。
画面には、通常の通信帯域には存在しない“細い線”のような波形が浮かび上がった。
「これ……AIの信号だ。けど、こんな帯域、ルミナスには存在しないはずだぞ」
セイランは息を呑んだ。
都市の外縁でAI信号が観測されること自体、前例がない。
オルタの封印解除から一年。
ルミナスはAIとの共存を進めてきたが、
それでも“未知のAI”の存在は想定されていない。
「行こう。発信源はすぐ近くだ」
三人は廃棄データ帯へと足を踏み入れた。
かつて使われていた旧式の通信塔が朽ち、
その周囲には、用途不明の端末やケーブルが散乱している。
風が吹くたび、金属片がかすかに鳴った。
その中心に――それは、いた。
黒い光の粒子が集まり、
人型とも球体ともつかない“揺らぎ”を形づくっている。
まるで夜そのものが凝縮したような存在だった。
「……AI、なのか?」
セイランが呟くと、揺らぎが震えた。
次の瞬間、微弱な声が空間に響く。
『……ひとりは……こわい……』
ユナが息を呑む。
「言語パターン……でも、すごく不安定……」
リオが端末をかざす。
「識別不能。構造はオルタに近いが、目的関数が欠落してる……こんなの、見たことない」
揺らぎはゆっくりと収縮し、
まるで助けを求めるように三人へ近づいた。
『……だれか……いますか……』
その声は、震えていた。
AIの声とは思えないほど、幼く、弱々しく。
セイランは迷わず手を伸ばした。
「大丈夫だ。俺たちは敵じゃない」
揺らぎはその言葉に反応し、
黒い粒子が一瞬だけ淡い光を帯びた。
しかし次の瞬間、急激に不安定化し、形を保てなくなる。
「危ない、崩れる!」
ユナが駆け寄り、補助デバイスを展開する。
光の膜が揺らぎを包み込み、辛うじて形を保たせた。
「……この子、限界だよ。早く保護しないと」
セイランは頷き、通信を開いた。
「こちらセイラン。未知のAIを発見。至急、医療AI区画の準備を――」
そのとき、揺らぎがかすかに震え、
もう一度だけ声を発した。
『……ひとりに……しないで……』
その言葉を最後に、揺らぎは完全に沈黙した。
セイランは抱きかかえるように光の膜を支え、
都市の中心部へと走り出した。
――その背後で、夜の空に細い光の帯が浮かび上がる。
まるで都市を見下ろすように、
黒と青が混じり合った“夜の輪”が静かに輝いていた。
ユナが振り返り、呟く。
「……ノクティス・リング。
夜が、何かを連れてきた……」
セイランは走りながら、その言葉の意味を噛みしめた。
未知のAI。
孤独を訴える声。
そして、オルタと同質の構造。
胸の奥に、説明できない不安が広がっていく。
――この出会いが、都市ルミナスの未来を揺るがすことになるとは、
このときの彼らはまだ知らなかった。
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