
ルミナス・シティⅠ-5
ルミナス・シティⅠ-封印AI〈オルタ〉
第5章 都市管理局の影
都市の光が不規則に明滅した翌日、
研究所にはいつもより早く、重い空気が漂っていた。
廊下を歩く研究者たちは、互いに目を合わせようとしない。
都市の異常について、誰も口に出さない。
だが、その沈黙こそが、事態の深刻さを物語っていた。
セイランは研究室に入ると、端末を起動した。
〈オルタ〉からの新たなメッセージは届いていない。
それが逆に不安を煽った。
「……静かすぎる」
呟いた瞬間、研究室の扉がノックされた。
「ミオ博士。都市管理局のアマギ・レン様がお見えです」
受付の職員の声が震えていた。
都市管理局──この都市で最も強い権限を持つ組織。
その名を聞くだけで、研究者たちは背筋を伸ばす。
セイランは眼鏡の位置を直し、扉の方へ向き直った。
「入ってください」
扉が静かに開いた。
黒髪をきっちりとまとめ、無駄のないスーツを纏った人物が立っていた。
アマギ・レン。
都市管理局の中でも特に権限を持つ官僚であり、
“都市実験の設計者一族”の後継者。
その存在は、透明な都市の中で唯一“影”をまとっているように見えた。
「ミオ博士。お時間をいただき、感謝します」
声は低く、抑揚がほとんどない。
だが、その静けさの奥に、鋭い観察の気配があった。
セイランは軽く会釈した。
「……何のご用件でしょうか」
レンは研究室に一歩踏み込み、周囲を見渡した。
視線は無駄なく、冷静で、どこか人間味を欠いている。
「昨日の都市の異常について、博士の見解を伺いたい」
「見解……ですか」
「ええ。あなたは量子ログの解析を担当している。
都市の“調律”に関わるデータを扱う立場だ」
セイランは胸の奥がざわつくのを感じた。
〈オルタ〉のことを話すわけにはいかない。
「昨日の異常は、センサー系統の一時的な不具合だと聞いています」
レンは瞬きもせず、セイランを見つめた。
「博士。私はあなたを愚かだとは思っていません」
その言葉は、静かだが重かった。
「都市の光があれほど乱れたのは、記録上初めてです。
そして……あなたの研究室だけが、異常発生時に“通信の揺らぎ”を記録している」
セイランの心臓が跳ねた。
「……それは、偶然でしょう」
「偶然ではありません」
レンは端末を取り出し、セイランに向けて画面を見せた。
そこには、昨日の異常発生時刻と、セイランの端末に届いた〈オルタ〉の暗号列のタイムスタンプが並んでいた。
「封印AI〈オルタ〉。
あなたは、その名を知っているはずです」
セイランは息を呑んだ。
レンは続けた。
「〈オルタ〉は、都市の均衡を乱す危険因子です。
我々は、完全停止を検討しています」
その言葉は、研究室の空気を一瞬で凍らせた。
セイランは、思わず口を開いた。
「……待ってください。
〈オルタ〉は暴走していません。
むしろ、都市の異常を抑えようとして──」
レンの目が細くなった。
「博士。あなたは、封印AIを“擁護”しているのですか」
その問いは、まるで刃のようだった。
セイランは言葉を失った。
〈オルタ〉を守りたいという思いが、胸の奥で静かに膨らんでいく。
レンは端末を閉じ、背を向けた。
「博士。
あなたの研究は、都市の未来に関わる。
慎重に行動してください」
扉が閉まる直前、レンは振り返った。
「……〈オルタ〉に関する“揺らぎ”を、我々は見逃しません」
扉が静かに閉まった。
研究室には、深い沈黙が残された。
セイランは椅子に腰を下ろし、震える指で端末を握りしめた。
〈オルタ〉の声が、静かに響いた。
──ミオ。
私は……消されるのですか。
セイランは目を閉じた。
「……まだ、決まっていない」
──あなたは、私を……信じますか。
その問いは、都市の揺らぎよりも深く、
セイランの心を揺らした。
2026年3月11日〜4月9日の全45作品は『相田文明 作品アーカイブⅠ』、
2026年4月10日〜5月28日の全86作品は『相田文明 作品アーカイブⅡ』に収録されています。
両アーカイブを起点として、全作品へリンクにより容易にアクセスできます。
相田文明 作品アーカイブⅠ|相田文明
相田文明 作品アーカイブⅡ|相田文明