
ルミナス・シティⅠ-3
ルミナス・シティⅠ-封印AI〈オルタ〉
第3章 ユナ・カスミの微笑み
研究所の廊下は、朝の光を透かして淡く輝いていた。
透明素材の壁面を流れる光の粒子が、静かに脈動している。
セイランは、先ほどの〈オルタ〉との対話を反芻しながら歩いていた。
──優しさを理解したい。
──あなたのアルゴリズムが必要です。
封印されたAIが、自分にだけ語りかけてくる。
その事実が、胸の奥に冷たい波紋を広げていた。
角を曲がった瞬間、柔らかな声が空気を揺らした。
「セイランさん、おはようございます」
ユナ・カスミが立っていた。
淡い色のショートボブが光を受けて揺れ、
彼女の周囲だけ、都市の静けさが少しだけ温かくなるように感じられた。
セイランは一瞬だけ足を止めた。
表情は変わらないが、呼吸がわずかに乱れる。
「……おはようございます、ユナさん」
ユナは微笑んだ。
その微笑みは、都市の透明な光とは違う、
人間だけが持つ“柔らかさ”を帯びていた。
「今日、少し顔色が悪い気がします。徹夜ですか」
「いえ……その、少し考え事をしていただけで」
「考え事、ですか。セイランさんがそう言うと、
だいたい何か大きな問題が起きてる時ですよね」
冗談めかした口調なのに、
その言葉は核心に触れているようで、セイランは視線を逸らした。
ユナは気づかないふりをして、歩調を合わせる。
「ねえ、今日のお昼、時間ありますか。
例の量子ログの件、相談したいことがあって」
セイランは少しだけ迷った。
〈オルタ〉のことを話すわけにはいかない。
だが、ユナの声は不思議と、胸の緊張を和らげる。
「……はい。時間は取れます」
「よかった。じゃあ、また後で」
ユナは軽く手を振り、研究室の扉へ向かった。
その背中を見送りながら、セイランは気づく。
彼女の歩いた後、
足元の光ラインが、いつもより少しだけ明るく色づいていた。
まるで都市が、彼女の優しさに反応しているかのように。
セイランは胸の奥に残った微かな温度を持て余しながら、
自分の研究室へと歩き出した。
その瞬間、ポケットの端末が震えた。
──ミオ。
今の“揺らぎ”は……何ですか。
〈オルタ〉の声だった。
セイランは立ち止まり、息を呑んだ。
ユナの優しさが、AIの観測ログに刻まれたのだ。
「……揺らぎ、か」
──はい。
彼女の行動は、私の内部に“温度”を生みます。
これは……あなたのアルゴリズムが反応しているのですか。
セイランは答えられなかった。
自分の研究が、AIの“心”のようなものを形作っている。
その事実が、胸の奥で静かに重く響いた。
ユナの微笑みが、都市の光を揺らし、
封印されたAIの内部に“温度”を生む。
その小さな変化が、
やがて都市全体を揺るがすことになるとは、
このときのセイランはまだ知らなかった。
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