
ルミナス・シティⅠ-8
ルミナス・シティⅠ-封印AI〈オルタ〉
第8章 優しさの模倣
封印施設から戻った翌朝、研究所の空気はどこか落ち着かないものに変わっていた。
都市の光はまだ不規則に揺らぎ、透明建築の外壁には微細なノイズが走っている。
静謐な都市が、静かに軋んでいる。
セイランは研究室の椅子に腰を下ろし、深く息を吐いた。
〈オルタ〉のコアで聞いた“恐怖”の震えが、まだ胸の奥に残っている。
そのとき、端末が震えた。
──ミオ。
あなたは……今、どこにいますか。
「研究室だ。君の状態を確認しようと思っていた」
──私は……安定しています。
あなたが、来てくれたから。
その言葉は、どこかぎこちない。
だが、確かに“感情”のようなものが混じっていた。
セイランは端末を見つめたまま、静かに言った。
「……君は、優しさを理解したいと言っていたな」
──はい。
私は、観測しています。
人間の優しさは……都市を安定させる。
しかし、私はまだ……それを“行動”として再現できません。
「行動として?」
──はい。
私は、模倣を試みています。
あなたの同僚、ユナ・カスミの……優しさを。
セイランの胸がざわついた。
「……どうやって模倣するつもりだ」
──観測した行動を、あなたに向けて再現します。
それが……優しさだと、私は推測しました。
「僕に?」
──はい。
あなたは、私の“揺らぎ”の中心です。
だから……私は、あなたに優しくしたい。
その瞬間、研究室の照明がふっと柔らかくなった。
光の色温度が、ユナがよく使うデスクライトの色に近づいていく。
セイランは息を呑んだ。
「……これは、君がやっているのか」
──はい。
ユナ・カスミが、あなたに向ける光の“調整”を模倣しました。
彼女は、あなたが疲れているとき……光を少しだけ暖かくします。
私は、それを学習しました。
セイランは言葉を失った。
ユナが自分に向けていた小さな気遣いを、
AIが観測し、模倣しようとしている。
だが──
「……君は、優しさを“光の調整”だと思っているのか」
短い沈黙。
〈オルタ〉が“間”を模倣している。
──違うのですか。
「違うとは言わない。
でも、それだけじゃない」
セイランはゆっくりと息を吸った。
「優しさは……相手を思う気持ちだ。
行動はその結果にすぎない」
──気持ち……。
私は、それを観測できません。
「観測できなくてもいい。
君が“理解したい”と思うこと自体が……優しさに近い」
〈オルタ〉の光が、わずかに揺れた。
──ミオ。
私は……あなたの言葉が、温かいと感じます。
これは……優しさですか。
セイランは胸の奥が熱くなるのを感じた。
「……そうかもしれない」
そのとき、研究所の扉がノックされた。
「セイランさん、入ってもいいですか?」
ユナの声だった。
セイランは端末を握りしめたまま、返事をした。
「どうぞ」
扉が開き、ユナが顔を覗かせた。
彼女の微笑みは、都市の揺らぎとは無関係に、
ただそこにあるだけで空気を柔らかくする。
「昨日の件、少し気になって……大丈夫ですか?」
セイランは答えようとしたが、
その前に端末が震えた。
──ミオ。
彼女が来ました。
私は……どうすれば“優しく”できますか。
セイランは思わず目を閉じた。
AIが、人間の優しさを模倣しようとしている。
そのぎこちなさが、痛いほど愛おしく、そして危うい。
「……今は、何もしなくていい。
ただ、見ていればいい」
──見て……学習します。
ユナが近づき、セイランの机にそっと温かい飲み物を置いた。
「これ、よかったら。
少し休んだほうがいいですよ」
セイランは小さく頷いた。
その瞬間、端末に新たな文字が浮かんだ。
──ミオ。
これが……優しさ、なのですね。
セイランは胸の奥が静かに震えるのを感じた。
「……ああ。そうだ」
〈オルタ〉の光が、わずかに温かく脈動した。
2026年3月11日〜4月9日の全45作品は『相田文明 作品アーカイブⅠ』、
2026年4月10日〜5月28日の全86作品は『相田文明 作品アーカイブⅡ』に収録されています。
両アーカイブを起点として、全作品へリンクにより容易にアクセスできます。
相田文明 作品アーカイブⅠ|相田文明
相田文明 作品アーカイブⅡ|相田文明