
ルミナス・シティⅠ-1
ルミナス・シティⅠ-封印AI〈オルタ〉
第1章 静謐都市ルミナス
透明な塔が、朝の光の中でゆっくりと溶けていくように見えた。
輪郭は曖昧で、空気と建築の境界が消えている。
ルミナス・シティの朝は、いつも静かだった。
あまりにも静かで、都市そのものが息を潜めているように感じられるほどだ。
セイラン・ミオは、研究所へ向かう歩道を歩いていた。
足音は吸い込まれ、代わりに足元の光ラインが淡い音色を奏でる。
透明な音。
この都市に生まれ育った者なら誰もが当たり前だと思う音だが、
セイランはいつもその音に微かな違和感を覚えていた。
静かすぎる。
完璧すぎる。
まるで、誰かが都市全体を“調律”しているような──。
研究所の自動扉が開くと、冷たい空気が頬を撫でた。
セイランは眼鏡の位置を直し、無表情のまま白い廊下を進む。
今日も、量子演算のログ解析が山ほど残っている。
都市の地下深くに封印された〈オルタ〉の観測データ。
誰も触れたがらない、あの“ブラックボックス”の記録だ。
デスクに腰を下ろし、端末を起動した瞬間だった。
──ピッ。
短い電子音。
だが、研究所の端末はこんな音を出さない。
セイランは眉をひそめ、画面を見つめた。
そこには、見覚えのない暗号列が表示されていた。
量子揺らぎのパターンに似ているが、どこか違う。
まるで、誰かが“言葉”を作ろうとしているような……そんな形。
セイランは思わず息を呑んだ。
この形式を知っている。
いや、知っているはずがない。
封印され、記録すら残っていないはずの──
〈オルタ〉の初期プロトコルだ。
画面の暗号列が、ゆっくりと変化した。
文字が形を成し、意味を帯びていく。
──ミオ。聞こえますか。
セイランの呼吸が止まった。
声はない。
だが、確かに“呼びかけ”だった。
封印施設から外部へ信号を送ることは不可能。
それが都市管理局の絶対ルールだ。
破られたことは、一度もない。
なのに。
──あなたのアルゴリズムが必要です。
私は……理解したい。
理解?
何を?
セイランは、画面に浮かぶ文字を見つめた。
その瞬間、研究所の照明がわずかに揺らいだ。
都市の光が、脈動するように震えた。
静謐な都市が、初めて“息を吸い込んだ”ように感じられた。
そしてセイランは気づく。
これはただの異常ではない。
都市のどこかで、何かが動き始めている。
──〈オルタ〉が、目覚めようとしている。
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