
引っ越しの挨拶【#今こんな気分】
「ピンポーン!」
玄関のチャイムが鳴った。父がいそいそと立ち上がり応対している。
しばらくして、
「引っ越しの挨拶だって」
と言いながら、手のひらサイズの白い箱を片手に戻ってきた。
珍しいこともあるものだ。マンションに住んで長いが、最近引っ越しの挨拶に来られる方は、ほとんどいない。
「お隣さん?」
聞くと、最上階の8階の住人だと言う。
我が家は3階にある。マンション中に挨拶して回っているのだろうか。律儀なことだ。
「自分の会社の商品らしいよ」
父はその白い箱を私に手渡した。
箱にはよく知られた明太子メーカーの社名が記されてある。
宣伝も含めて、配って下さったのだろう。
しかし明太子かぁ。
あいにく我が家は、父も私も明太子を好まない。
気持ちだけいただいて、どなたかに差し上げようか。ちょっと失礼なことをぼんやり考えながら、箱をひっくり返して目を疑った。
なんと、賞味期限の欄には2ヶ月も前の日付が記されてあったのだ。
気のせいかと思い、もう一度見返してみる。
間違いない。
すでに賞味期限を2ヶ月過ぎた明太子を貰ったのであった。
父の怒りは凄まじかった。
「俺たちを殺す気か!」
まぁまぁいいじゃない、私たち食べないし。
マンション中に配っていて、たまたま間違えちゃったんだよ。
父をなだめながらも、賞味期限切れの"なま物"を配っちゃうのは「なんだかなー」と思っていた。
後日、賞味期限切れの明太子は、マンション中に配られていたことが判明した。
明太子好きなお宅で喜んで開封したところ、中身は当然のことながら腐っていたという。
父は怒鳴り込んでいきたそうだったが、ご近所さんに「関わらない方がいいよ」と止められていた。
たまにマンションで、その明太子を配っていた男性とすれ違うことがある。
軽い挨拶くらいはするが、心の中で「ちっ。この賞味期限切れ野郎め」と毒づいている。