
エッセイ:社会の厳しさを知ったあの日
こんにちは。不屈の屈葬です。
本日はたかっちさん主催の「 #500note祭り 」への応募です!
500に関するエッセイを書きました。よろしくお願いします!
* * *
その日、私は1枚の硬貨を握りしめ、お菓子とにらめっこしていた。
これは真剣勝負。絶対に負けられない戦いだ。
事の発端は前年のクリスマス。
聖なる日に、衝撃の事実が発覚した。

こんなお菓子が1000円もするという事実だ。
両親は毎年こんなお菓子を用意してくれていたのだが、まさか1000円もするとは思っていなかった。だって、せいぜい300円分程度のお菓子しか入っていないのだから。
え!?・・・長靴が700円ってこと?長靴は食べられないよ??
納得いかない私は、言ってやった。
「次からは1000円分のお菓子を自分で選ばせて」
実にかわいくない子どもである。憎たらしい、まである。
事実、母は少し困惑していた。
「・・・でもせっかくだから、クリスマスっぽい方がいいんじゃない?」
当然の反応だ。
だから私は言ってやった。
「500円ならどう??」
そうじゃない。値引き交渉か。
今ならそう思えるが、当時の私はどうしようもなく間違っていた。
そんな私に、父は優しく言った。
「じゃあルールを決めよう。500円は絶対に超えてはいけない。超えた分はお小遣いから出す。それでどうだ?」
そうじゃない。
どうやら父も、どうしようもなく間違っていた。
間違い同類である私は、力強く頷いた。
一年後。
私はスーパーのお菓子売り場という名のピッチに立っていた。
いつの間にか30分という制限時間も課せられ、勝負の火ぶたが切られた。
手に汗と500円硬貨を握る戦いが始まった。
「うまい棒・・・10円」
「蒲焼さん太郎・・・10円」
「ハートチップル・・・20円」
「ヤングドーナツ・・・30円」
計算を間違えないよう慎重に、それでも時には大胆に、私は買い物かごに着々とお菓子を放り込んだ。お高い大きめのお菓子などには目もくれない。子どもは何かたくさんある方が好きなのだ。よく分からんけどそうなのだ。とにかくたくさんのお菓子が積み上がり、私は高揚していた。
「30分経ったぞ」
父が終わりの合図を告げた。
間違いない。私の勝ちだ。ぴったり500円だ。
何十回と計算したので、絶対に間違いない。
私は自身満々にレジへと向かった。
「515円になります」
???
この聖なる日、私は消費税(当時は3%)の存在を知った。
「小学生だから」なんて甘えは一切通用しない。
決して逃れることのできない社会の厳しさが、そこにあった。
私は自分のお財布から15円を取り出し、悔しさとともに差し出した。
(了)