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短編小説 #005 | マッチングアプリ心中(ギャルと純文学シリーズ/太宰治編)

    ふくむろ


    - 1 -

    『恥の多い人生を送ってきました』

    という謎フレーズから始まる自己憐憫と承認欲求てんこ盛りの、長々としたプロフィール文をなぜか一気に読んでしまったリリちゃむは、アニマルパターンにストーンを散りばめたギャルネイルの土台となっている中指でスマホの画面をスワイプし、画面のトップに戻る。

    そのマッチングアプリのプロフィール画面の最上部には、片肘をついて頬に手をあてる、和服姿の面長の男の写真が表示されていた。


    「おぢやん…」


    リリちゃむは写真を見て呟く。写真のおぢの年齢は38歳。19歳のリリちゃむの倍であった。

    ***

    『自分にはマッチングアプリといふうものの得体えたいがどうしても掴つかめぬのです。指先一ツひとつで右から左へと女を撥はねのけ、画面の外の蒼穹そうきゅうから恰あたかも神にでもなったかのように傲慢ごうまんに人を精選せいせんする。そんなことが許されるものでせうしょうか』


    そのおぢのプロフィール文は、そんなマッチングアプリへの批判にはじまり、しばらくはそれが延々と続くものであった。

    いや、そう思うなら使うなし…


    『その実、選んでいる自分自身もまた、天空から誰かの指先一ツひとつで塵箱ごみばこに放り込まれる儚ひはかない商品に過ぎません。しかし自分はその蒼白そうはくなスマアトホンの画面の灯ひに照らされながらおずおずと考えたのです』


    なんだか、ふるめかしい趣があり、妙に読ませる文章ではある。さっきもこんな感じで、一気に読んでしまったのだ。


    『この利器を使って、心中しんじゅう相手を探すことはできないだろうか。自分と黄泉よみまで歩を共にしてくれる者は居おらぬだろうかと、こう考えてしまうのです。そのやような相手は居らぬことと思ゐいますが、万に一ツの一縷ゐちるの望みを賭けて、自分は想ひいを託そうと決意したのです』


    「しんじゅう…」とリリちゃむは呟く。2人で一緒に死ぬってことだよね。

    偶然だな。うちも死にたいと思ってたんよ。

    リリちゃむは『LIKE』をタップした。


    - 2 -

    「死にたい、というより…、私には生きている資格がないのです…」

    マッチングアプリのふるめかしいプロフィールの男は、新宿のスターバックスで珈琲を飲みながらリリちゃむに語った。

    話を要約すると、男は東北の田舎から出てきて実家の家族は自分のこと解ってくれなくて勉強も進学も仕事も執筆も思うようにいかず彼女には逃げられやっぱり誰も自分を解ってくれぬから絶望したそんな自分に生きている価値はない。と、まぁそんな感じだった。

    そんなことを、男はリリちゃむにダラダラと3時間も語ったのだ。自分がいかに哀れで、絶望に満ち、苦悩しているか。男の話は、どこまでいっても、自分、自分、自分。であった。

    よくあることだな、とリリちゃむは思った。

    リリちゃむの働く夜のお店なんかそんな子ばっかだし、クラブで遊ぶ友達だって同様だ。何かがうまくいかないなんて当たり前じゃん。そんなことでいちいち絶望して死んでたら、世界の人間なんて半分も残んないよ。


    「私のことは、巨匠、と呼んでください」


    「ちんちんデカいってこと?」


    「それは巨根。違います。巨匠です」


    「ふうん。きょしょーね。ブドウ?」


    どうも男は小説を書いているのだが、それもうまくいっていないらしい。だから死ぬ前には偉そうな称号で呼ばれたい、ということだった。

    このおぢ、ほんとしょーもないな。


    - 3 -

    「うっ!生まれてすみませんっ!」

    そんな奇妙な言葉(叫び?)とともに、男はリリちゃむの上で果てた。

    心中の前に男女の契りを結びたい、という男の希望でリリちゃむは男とホテルに入り、求められるがまま性行為に及んだのであった。

    なにが、きょこん(ブドウ)だよ、ちんちんちっちぇーじゃん、とリリちゃむは思った。しかもこのおぢ中出ししやがったし。まじクソだな。

    けど、ま、どうせ死ぬからいっか。

    ***

    リリちゃむは幼い頃に両親を交通事故で亡くし、2つ年上の兄と施設で育った。施設の環境は劣悪で、リリちゃむはイジメの対象になったり、男子に性的に狙われたりしたが、いつも兄は必死でリリちゃむをかばい、守った。

    兄はとても優しく、パパとママを恋しがるリリちゃむを励まし、いつも一緒にいてくれた。リリちゃむは兄が大好きだった。

    しかし、その兄も半年前に病気で亡くなってしまったのだ。リリちゃむは本当の本当にひとりぼっちになってしまった。

    リリちゃむは弱くて死にたいわけではなく、生きる意味が解らなくなっているだけだった。楽しいこともあったけど、悲しいことのほうが多い。リリちゃむにとって生きていることは痛みだった。優しかったお兄ちゃんが死んで、その楽しい思い出すらも痛みになってしまった。

    でも、本当に可哀想なのは、お兄ちゃんだとリリちゃむは思っていた。うちなんかの為に、施設ではケンカもしてたし、怪我だってしていた。パパとママがいなくなってお兄ちゃんだって悲しかったに違いないのに、お兄ちゃんは泣かなかった。ぜんぶうちの為に我慢してくれて、うちを守ってくれた。

    でも、お兄ちゃんも死んじゃった。

    だからうちも死ぬんだ。


    - 4 -

    男とリリちゃむは夜の防波堤に立っていた。

    風が強い。そして白波を立てながら大きくうねる真っ黒な海。ここに飛び込んでしまったら、誰も助からないだろう。


    「準備はいいですか?」


    男は言った。リリちゃむは男の手を握って頷く。最後の時間を一緒に過ごしたのがこんな奴だなんて、ムカつくけど死んじゃえば関係ない。リリちゃむだってひとりで死ぬのは怖い。


    「私を蔑んだ家族や彼女や雑誌の編集者は、私のような大きな才能が消えてしまったことを悲しみ、きっと激しく後悔するんですよ…」


    リリちゃむはそんな事どうでもよかった。あんたの家族とか元カノとか編集なんとかとか、みんな普通に生きてんじゃん。

    いよいよ飛び込もうとしたその瞬間、男のスマートフォンが音をたてる。


    「ん?」


    男はポケットからスマートフォンを取り出すと画面を見つめた。

    リリちゃむは横目で男のスマートフォンの画面を見る。マッチングアプリだ。男のアカウントはリリちゃむ以外の女とマッチングしていた。なかなか、かわいい子じゃん、と、リリちゃむはアプリの画面を見ながら思った。このバカはどうするつもりだろう。


    「いや、用事ができたんで…今日死ぬのはやめておきましょうか…」


    男はリリちゃむに背を向けた。

    ***

    リリちゃむは男の後ろに立ち、厚底ブーツでその背中を防波堤のコンクリートから海側に押し出すように強く蹴った。


    「あひ?」


    男は悲鳴とも返事ともつかぬ奇妙な音声を喉から小さく絞り出し、そのままドボンと暗く冷たい海に落ちていった。

    そして、2度と浮かんで来なかった。

    クソが。そう小さく呟いたリリちゃむは、スマホを取り出して仕事先の夜のお店に連絡し、店長に今から出勤したい旨を告げる。

    がんばっていっぱい稼いで、美味しいものをいっぱい食べよう。

    リリちゃむは、そうすることにした。

    (2026/02/13)


    【ギャルと文豪】シリーズ

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