
【0に始まり0へと還る、脳からの贈り物】~アインシュタイン最後のピース~第6章
これまで読んでいただきありがとうございます。
少し難しいというお声もいただいているので
『この説は一体何の話なのか?』という話を、ここで一度、分かりやすく整理しておこうと思います。
本書は、人類が長い年月をかけて積み重ねてきた思想や科学、哲学、そして多くの先人たちの歩みをもとに、私自身がそれらを一つの線として結び合わせた生命観です。
現時点では、科学的に完全な証明がなされたものではありません。
しかし、人間という生命がどのように自分を守り、成長し、周囲と繋がり、そして最終的に何を受け入れていくのか。
その道のりを考えるための、一つの「地図」として提示します。
この地図が、読者皆様の現在地を見つめ直し、人生や人間という存在を深く考えるための、小さなきっかけとなれば幸いです。
まずはじめに、人が生きていく上で根底にあるものの一つが『防衛本能』です。
人は意識するしないに関わらず、自分自身や大切なものを守ろうとする力を持って生きています。
その防衛本能が成長により守り方を変えていきます。
自分を守る『利己』に始まり
やがて、周囲をも守る『利他』に成長し、最終的には自分の意志をそっと置き『無我』へと向かっていきます。
ただ、ここで一つ、大きな疑問が浮かびます…。
「利己的な守られたい」「利他的な守りたい」を通り越し「自分自身の守りの形でもあった、欲や願いを無くす無我」が、なぜ人生の終盤の時に訪れるようプログラムされているのか?
生存のための防衛本能なのに、自分の感情や意志を消すというのは、一見すると矛盾しています。
──しかし、この「無我の存在」が、生命が人生の最後の段階に『自分の死を楽に受け入れる』ための準備だとしたらどうでしょうか?
──そう考えた瞬間に、生命が何億年もかけて進化させてきた「自己防衛の拡張」の歴史と辻褄が合い、すべての道理が美しく通るのです。
今回、長い歩みの中で一つの線として浮かび上がってきたものは、『利己から利他、無我』へ向かう自己防衛の拡張の中で、なぜ『無我』という境地が存在するのか。 その理由と形を、一つの生命の流れとして見出したことです。
付随する発見や気づきは数多くあります。
しかし、この説の中でも、特に重要な新たな発見が4つあります。
それは、人類が長い年月をかけて残してきた知恵や思想を一つの流れとして見つめ直した時、浮かび上がってきた生命の成長の地図です。
1.
これまで哲学、宗教、心理学、芸術など、様々な分野で語られてきた人間の成長観を照らし合わせ、『利己』から『利他』、そして『無我』へ向かう一つの流れとして整理したこと。
2.
その変化の過程を、単なる精神的な成長ではなく、生命が進化の中で育んできた「自己防衛の拡張」として捉え直したこと。
3.
人間の脳の働きを、目の前を守る「短期的な防衛」と、未来や全体を見据える「長期的な防衛」という視点から紐解き、人生の成長過程を現在地と向かう方向を確認できる「8段階の地図」として表したこと。
4.
そして、この説における最も大きな問い。
なぜ、生命を守るために存在する防衛本能が、最後には「自分」という境界さえも手放す方向へ向かうのか。
私はその答えの一つとして、『無我』とは、生命が最後に迎える大きな変化を穏やかに受け入れるために備えた、自己防衛の最終形態として存在するのではないか、という形に辿り着きました。
この視点に立った時、これまで時代も分野も異なる場所で語られてきた偉人たちの言葉や思想が、まるで別々の道から同じ山頂を目指していたかのように、一つの道理の線として静かにつながっていきました。
それでは、『利己、利他、無我』という流れが、人間の歩みの中でどのように現れていくのか。ここから一つずつ辿っていきたいと思います。
【第6章~無我に触れた偉人達~】
今回、私がこの理論の全容、つまり「自己防衛が利己から利他、そして無我へと拡張していくプロセス」を確信するまでに、分野を問わず多くの偉人たちの足跡を辿ってきました。
宮沢賢治、ガウディ、老子、ピカソ、稲盛和夫、レオナルド・ダ・ヴィンチ、葛飾北斎、宮崎駿、ガンディー、ゴッホ、宮本武蔵、諸葛亮、バッハ、坂本龍一……
ここに名前を挙げきれなかった多くの方々も含め、 一見、国や生きた年代もバラバラに見える彼らが、それぞれの人生で見出した表現や生き方の考え、言葉の意志は、どこかで一本の糸のように繋がっている気がしました。
それぞれが「個」という限界を超え、自分というフィルターを少しずつ透明にしていこうとする『利己から利他、無我への流れ』を踏んでいる人々です。
だからこそ、彼らが生み出した表現や意志は、国境や時を超えて人々の心に残り続けているのではないでしょうか。
そして、この「利己→利他→無我」という命のプロセスを、心理学という学問の道から解き明かしたもう一人の偉人がいます。 それが、アメリカの著名な心理学者マズローです。
私は、無我までの道のりを『自己防衛の拡張』という観点で見ましたが、彼は『欲求』という観点から解き明かし、自らの死を前にした晩年、人間が成熟した最高峰には、広く知られている外部へ利他をもたらす「自己実現」のさらにその先に、自分という枠を超えて万物と一体になる『自己超越(この仮説でいう無我)』の段階があるという理論を書き遺しています。
芸術、物理学、哲学、心理学など表現の仕方は違えど、世界中の年代も違う偉人たちの行動や、このデータからも、人間の脳には、利己、利他と変化し、その頂点に無我があるというプログラムが厳然と刻み込まれている──。
それらを辿ると、動かぬ証拠がすでに目の前に揃っているのではないでしょうか。
では、実際にその「利己から利他」を歩み、「無我」の山頂に手をかけた、あるいは無我に溶け込もうとした先人たちは、一体どのような景色を見ていたか。
物理、知性、現実の実践という、異なる三つの道から頂点を目指した3人の偉人。
アインシュタイン、ブッダ、そして松下幸之助、彼らが遺した偉大な功績、足跡の中に、この理論の「答え合わせ」をしてみたいと思います。
【アルベルト・アインシュタイン】
《物理学の果てに見つけた「調和」》
アインシュタインは、人間が自分を他から切り離された個体だと感じることを「一種の意識の錯覚」であり、自分を縛り付ける「檻(おり)」であると断じました。
現代の私たちに置き換え簡単に話せば、自分の内側の『感情』だけをすべての判断材料にしてしまい、目の前にあるリアルな現実との一致が正しく取れなくなっている状態です。
たとえば、自分のやり方やプライドに固執し、「誰も自分を理解してくれない」「自分一人だけで戦わなければいけない」と思い込んでしまう。「頑固になったり」「周りに任せられない」と、自分の思い込みだけで決めつけ、勝手に孤独や不安を膨らませていく状態です。
現実の世界では、人との関係、自然の恵み、時間の流れなど、全てが繋がり、生かし生かされて世の中がまわっています。 しかし、自分を守るための「個の境界線」が、いつの間にか点(己)だけを見る事に集中し、自分を苦しめる「檻」に閉じ込めます。
やがて、外部との繋がりを遮断した『利己的な考え』に変わってしまった脳は、現実の世界とのズレを勝手につくりだしてしまうのです。
アインシュタインが追い求めた、宇宙のすべてを一つの法則で繋ぐ「統一理論」は、この利己的な考えの「檻」から抜け出し、宇宙の調和(道理)そのものに還ろうとする壮大な試みでした。
本当の世界にあるのは、孤立した自分ではなく、全と繋がり生かされた自分なのです。
彼は、この宇宙の仕組みを前にしたとき、「自分のちっぽけさを思い知ると同時に、世界の裏側にある凄まじいルールを五感で感知する境地」に至りました。 それを彼は、『宇宙的宗教感情(Cosmic Religious Feeling)』という言葉で表現しています。
私には、自分という小さな檻(利己)から抜け出し、周囲との調和(利他)へ向かい、やがて宇宙そのものへと溶け込んでいく(無我)。 アインシュタインの歩みには、そのような流れが重なって見えるのです。
だからこそ彼の宇宙観には、後に多くの哲学者たちが、東洋思想や仏教との共通性を見出したのかもしれません。 私自身も、その歩みの中に『無我』へ向かう一つの流れを感じている一人です。
晩年、アインシュタインは死の間際までベッドで数式を書き続けていました。 宇宙の仕組みを解き明かしたいという探究心は、最後の瞬間まで消えることがなかったのです。
その景色をどのように生きたのかは、本人にしか分からないことですが、私には、その姿は「自分のため」という枠を超え、ただ宇宙の道理そのものに向き合い続ける姿にも見えます。
アインシュタインが最終的に無我に至ったかは定かではありませんが、考えとして掴んでいたのでは、と感じています。
私は、無我に至ることが人生で唯一無二の高貴なものだとも限らないと思います。
好きな事に没頭し、利他に生き志高く生きる先人たちの姿は深く感銘を受けます。
彼が『燃やし続けようとした意志』そのものが消えることなく、個体を超え、時を超え『宇宙の道理』へと接続されたのではないでしょうか。
事実、アインシュタインのその意志の燈を、物理の数式など一行も学んだことのないこの私が、100年の時を超え、今、ここに、こうして、文字に起こし繋いでいます。
【ゴータマ・シッダールタ(ブッダ)】
《溢れる「生」を削ぎ落とし、大樹へと還る脳》
アインシュタインが「志」を燃やし続け、知の極限で宇宙的宗教感情を通し『無我』の存在を掴み取ろうとしたのに対し、ブッダ(シッダールタ)は2500年以上も前に、全く逆のプロセスでその境地を受け入れ内側から開いていました。
私には、ブッダは人類史の中でも稀有な高みで『無我』に到達した人物の一人に見えます。 その背景には、彼のスタート地点が大衆とは大きく異なっていたことも関係しているのかもしれません。
王国の王子として生まれた彼は、地位、財産、家族……人生の初期段階で、衣食住快楽のすべてが満たされていたのです。 いわば、最初から利己の防衛線が必要ないほど安全な場所からの始まりだったのです。
しかし、どれほど外側が満たされようとも、彼の心の中にはどうしても埋まらない「何か」が、居座り続けていました。
彼はその溢れんばかりの状態の中に潜む「無常(移ろいゆく虚しさ)」を見抜くことから、自らの探求を始め、「老・病・死」という逃れられない苦しみに正面から向き合い、欲や執着を、一つ、また一つと切り離して無我の境地へと近づこうとしたのです。
35歳でその「生き方」を悟った後、彼は自ら進んで「私の崇高な教えを授けてやろう」と弟子を集め世間に向かって何かを教えようとしたわけではありません。
エゴの防衛線を引き算しきった彼は、いわば佇む一本の「巨大な大樹」のような存在でした。
しかし、ブッダが悟りを開くまでには、自らの肉体を極限まで追い詰める過酷な苦行の果てに、一度、利己から無我へ向けた危険な「飛び級」を起こし、一切の食事を断ち餓死する寸前までいったのです。
ブッダの様に、利己から無我へ飛ぶ事は、例外としてありえると思います。 ですが、他者との繋がりを一切断絶したまま、利己の殻から無我へと直行してしまえば、生命はこの世に留まる理由を失ってしまうこともあるのではないでしょうか。
そんな彼を、再びこの世界へと繋ぎ留めたのは、川のほとりで倒れかけていた時、村の娘が差し出してくれた一杯の粥でした。
娘の思いを受け入れたその瞬間、彼は死へ向かう流れではなく、この世に留まりながら無我を生きる道へと向きを変えました。
その時、わずかに残されていた利他の心と、無我へ向かおうとする脳が一つに重なり、自ら生きようとする力ではなく、他者から差し伸べられた善意によって生かされる『受動的な利他』へと回路を繋ぎ直したように見えるのです。
もし、他者の声さえも受け入れられない完全な利己の状態で無我に至っていたならば、シッダールタ(ブッダ)は、無我(無余依涅槃)を受け入れ、私には、そのまま命を落としていた可能性もあったように思えるのです。
事実、悟りを開いた後、彼には教えを説き人々を助けようとする願いさえも湧き上がらず、「私が掴んだこの世界の道理はあまりにも深すぎて、誰も理解できないだろう。誰にも何も説くことなく、静かにこのまま消え去ろう」とまで考えていました。
その証拠に、教えを自分の手で書き残す事もしていません。 主な仏教経典の多くは、『如是我聞(にょぜがもん)』という4文字から始まっています。 これは日本語に直すと、「私はこのように聞きました」という意味です。
ただ圧倒的な静寂の景色(木陰)を持ってそこに佇んでいる彼の姿に、周りの人々が「どうかその境地を教えてほしい」と、日差しに飢えた民が自然に集まってきました。
そうして言葉を聞いて救われ楽になる人々が数万と増えていったのです。中には弟子になる者も多く、生涯で数千人にも至ったという記録も残ります。
色々とブッダの生き方を学びゆく中で、私には、彼は、ただそこに在るだけで周囲を癒やしてしまう『受動的な大きな利他』の姿のまま、80歳で人生の最期を迎え、完璧な無我(0の静寂)へと還っていったように見えるのです。
ブッダの悟った無我の境地には程遠いですが、では、本も読めず、文字もろくに書けなかった私に、なぜこの、利己から利他、無我へと進む「生命の道理」が降ってきたのでしょうか。
それは、ブッダのように満たされた場所からの始まりではなく、持たざる場所から一つずつ欲を満たし、強固に鎧を固め、守るべきものを増やし、明らめ、固め過ぎた物をまた剥がしていくといった、実体験を通じて自ら成長してきた、私なりの地道なプロセスがあったからです。
本、教科書から知識を得られなかった私は、多くの人の話を聞き、心体を通し、生身の実践体験で物事の道理を感覚で紐解いてきました。 その歩みの中で、ブッダが切り離した「欲」や「執着」の正体とは、脳が必死に自分を守るために作り出した『自己防衛線』であることに気づいたのです。
この、自分を守ろうとする自己防衛の力、すなわち志や欲を持つことも、生命を維持するためには欠かせない大切なエネルギーです。
私はその生存の力を否定するのではなく、それらを一つ一つ昇華し、より大きなものを守る力へと進化させていく過程で、ブッダが辿り着いたという無我の入り口の微かな光にだけ、一瞬触れられたような気がしました。
けれど、まだまだ道は長そうです…。
【松下幸之助】
《「素直な心」という名の無我》
「経営の神様」と称された松下幸之助は、その膨大な経験と苦難の果てに、たった一つのシンプルな答えに辿り着きました。
それが『素直な心』です。
私自身も人生において本当にここが重要だと心得、『素直に一生懸命』と、ことある毎に口癖の様に言っています。
松下幸之助が説く「素直」とは、単に従順であることではありません。 それは、私心(利己)という曇ったメガネを外し、物事をあるがまま、道理のままに見るという究極の客観性──。
自分の都合や執着が薄れるほど、人は物事をありのままに見られるようになります。そして、その視点は自分だけを守るものから、より大きなものを守る視点へと広がっていきます。
私には、それは本理論における『無我』と重なるものに見えたのです。
彼は会社を自分の持ち物(利己)ではなく、社会から預かった「公器(利他)」であると定義しました。
「会社は社会のものだ」という言葉だけを聞けば、誰もが当然だとうなずくでしょう。
この当たり前の事を理解し実行するのは簡単ではありません。
リーダーにはリーダーの責任があり、現場には現場の責任があります。しかし私たちは「助けたい」「自分でやった方が早い」といった善意や感情に引っ張られ、本来果たすべき役割を見失うことがあります。 すると、本来その立場で取るべき判断や行動までもがぼやけてしまうのです。
例えば、大きな災害が起きた時、リーダー自らが最前線へ飛び込めば、一見すると立派に見えるかもしれません。しかし、本来その人にしかできない判断や指示が止まれば、組織全体は混乱し、結果として守れるはずだった多くの人を守れなくなってしまいます。
感情は大切だからこそ、自分の役割という道理を見失わないこと。 それこそが、本当の意味で全体を守るということなのです。
松下幸之助は、それを「自分の身が引き裂かれるような危機」の中で、文字通り命を懸けて数々の試練を乗り越え実行してきました。
1929年、世界恐慌の荒波が日本を襲い、松下電器の在庫は山積み、売上は激減。 幹部や世間の誰もが「まずは従業員を半解雇して、会社組織、自分達の身を守るべきだ」と考える極限状態において、彼は「店員(すべての従業員)は一人も解雇してはならない。給料も全額支給する」と守る事を断言したのです。
ただし、彼はただ甘やかして守ったのではなく、一緒に試練を乗り越える具体的な案を出し「全員、今日から工場を止めて、山積みの在庫を売るために死ぬ気で街へ出てくれ」と命じたのです。 松下幸之助は、守ることを決断し、乗り越える為に判断と指示を繰り返し、従業員たちは一丸となって猛烈な実務に走り、わずか数ヶ月で全ての在庫を売り切って会社を救い出しました。
晩年、彼が残した言葉の一つに
「雨が降れば傘をさす」という言葉があります。
この有名な言葉は、一見、当たり前のことに聞こえますが、実は「自分の都合(こうあってほしい)」を一切捨て、目の前の「道理(事実)」に完璧に自分を同期させる振る舞いを表しています。
私自身、感情を捨てるべきだとは思っていません。むしろ感情は人生を豊かにし、人を守ろうとする大切な力です。だからこそ、その感情を正しく生かすために、私は論理や物理といった変わることのない道理を大切にしてきました。
彼は、禅や仏教を専門的に習ったわけではありません。
学問や修行のルートではなく、日々の商売という実務の果てに、ブッダが見ていたものと通じる『無我』の道理へと近づいていたように私には見えるのです。
アインシュタインが数式の中に「宇宙的宗教感情」を見たように、松下幸之助は商売という因果の流れの中に、同じ「大きな道理」を見ていました。
彼が94歳という長寿を全うするまで、全財産を投じる覚悟で「素直な心」を世に広める活動に心血を注いだのは、それが人間という生命が苦しみなく人生を完結させるための、唯一の「地図」だと確信していたからでしょう。
松下幸之助が生涯を通じて追い求めた「素直な心」とは、自分を消すことではなく、自分の都合を超えて道理に身を委ねることだったのかもしれません。
「私を去り、公に生きる」
彼が辿り着いたこの境地は、利己の殻を破り、利他の面を広げ切った先に、脳が「自分」という標的を道理の中に解消することで到達する、実践の場における『無我』の完成形だったのではないでしょうか。
私には、松下幸之助は無我へ向かう道の途中で立ち止まったのではなく、自らの意志で利他の実践を選び続けたように見えるのです。
それは、彼が亡くなる間際まで、長期脳の灯火を燃やし、利他の精神で人、社会、未来に目を向け、実践の場で仕事に向き合い続けたからです。
『無我』とは、生命が最後に自分自身へ贈る安心の形なのかもしれません。 ですが、人は皆、その安らぎへ向かう道を同じように歩むとは限りません。
利他を突き詰めても、その根底には「人を守りたい」「助けたい」と願う、一人の人間としての『我』があります。ですが、その『我』は、自分のためではなく、誰かのために動こうとする願いへと変化しているように私には思えるのです。
それこそが、自分を犠牲にしてまで何かを守りたいという、真の愛なのではないでしょうか。
私は、彼が自分の意志を置く「無我」の安らぎを知りながらも、残された命の時間を使い、他者を愛し、社会を生かす「利他のグラデーション」の中で生き切ることを選んだことを知ると、時空を超えて、彼の志の温もりが胸の中に溢れ感謝につつまれます。
アインシュタインが夢見た宇宙の調和。
ブッダが見出した精神の静寂。
そして松下幸之助が貫いた、公に生きる実践の愛。
私には、三人の歩みが、それぞれ異なる道から『無我』という景色へ近づいていたように見えるのです。
そして、その生涯そのものが、私たちに一枚ずつ異なる「人生の地図」を託してくれたようにも感じます。
彼らが指し示した境地を、最新の脳科学的視点や生物学的理論で紐解いていくと、私には、『無我』こそが『自己防衛の極限値』という、生命が辿り着く一つの答えとして見えてきたのです。
「無我」とは、決して現実から切り離された特殊な出来事ではありません。 この世界で傷つきながらも、強固に鎧(防衛線)を固め、大切なものを必死に守り、『懸命に生き抜いた脳』が、最後に個体を最大の恐怖(死)から守るために自動で発動させる、自己防衛の最終形態(究極の守りの形)ではないのでしょうか。
それは古来、求道者たちが厳しい修行の果てに一筋の光として見出したものであり、同時に、私たちの脳が、人間という生命に与えられた長い歳月の中で、死という最大の摩擦を和らげ、生命を宇宙の道理へと穏やかに還すために備えた、最後の守りの仕組みのように見えたのです。
伝統的な修行が目指す「悟り」も、現代の科学が捉える「脳の機能変容」も、一つの同じ生命のメカニズムを、それぞれの時代に最適な言葉で表現しようとしてきたのかもしれません。
何万何千年と人類が懸命に繋いできたその「扉」は、遥か彼方の星のように輝きながらも、今、私たちの足元にも、それぞれの歩みの静かな先に、そっと咲いているのではないでしょうか。
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本稿は、公開資料に基づいた私個人の考察であり、特定の団体や宗教を代表するものではありません。一つの正解を提示するものではなく、自分自身を客観的に眺める「仮説」の地図としてお受け取りくだされば幸いです。