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平成ギャルになった次の日に平安装束で豆を撒く

    39歳、非正規雇用、独居、独身。
    一度も就職も結婚もしたことがない。

    改めて書くと、なかなかやばい。
    やばいというか、39歳になった時にウケた。
    「ずっと実家なんですか?」
    「誰かと住んでるんですか?」
    たまに聞かれるが、18歳から一人暮らしをしているし、親から仕送りをもらっているとか、お金持ちのパトロンがいるとかではない。いて欲しかった!


    そして、一番よく聞かれるのは
    「何の仕事してるの?」という質問だ。

    答えはいろいろある。
    元芸人。
    地下アイドル。
    フリーのライター・編集者。
    ケーブルテレビのリポーター。
    イベントMC。
    そして、祇園の飲み屋でアルバイトをしている。

    「で、ナニで食ってるの?」
    その答えは、わかりやすく収入の内訳をグラフにしてみた。

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    2026年6月の収入

    めちゃくちゃバイトで食っている。
    しかもこれはそこそこ調子が良い月で、そうじゃない月は9割アルバイトということもある。
    めっちゃ調子が良い月はライターやタレントの収入が半分近くになることもある。

    そんな生活をもう何年も続けている。
    日々の生活といろんな仕事が溶け合って「今日は何の人になる日だっけ?」と思う朝がたまにある。

    今年の2月に、その最たる3日間があった。

    2月2日の昼。祇園で飲食店の取材をしていた。ライターとして、真面目に店主さんの話を聞き、写真のデータをいただく。
    その数時間後。同じく祇園で平成ギャルのコスプレをして、バイト先の節分イベントに出勤していた。祇園の節分は、花街の風習にならって仮装をする店が多い。
    イベントでは出し物でダンスも披露して、大飲み、大はしゃぎ。
    そして次の日、2月3日の節分当日は朝から八阪神社に行かなければならなかった。ご縁があって、平安装束を着て豆まきをする機会をいただいたのだ。
    昨日のダンスでやや筋肉痛のなか、朝から着付けをしてもらい、烏帽子をかぶり、厳かな雰囲気の中で福豆をまく。
    その姿を、両親が見に来てくれていた。娘が39歳になっても就職も結婚もせず、平安装束で豆をまいている。普通なら少し心配されてもおかしくない。
    それでも、母は朝から場所をとってスタンバイしてくれていた。写真をばっちり撮ってもらえそうな位置だったのに、豆を撒き始めて母の方を見たら、写真は一切撮らずに豆を必死にとっていた。2個くらいとれたみたいで満足そうだった。


    その日の夜。私はまた祇園で働いていた。
    昨日の平成ギャルでは物足りないという話になり、この日はフリフリな衣装へ変更。平成ギャルと平安装束とメイドみたいな衣装が、48時間の中に全部入っていた。

    そして次の日の朝は、ケーブルテレビの収録があった。そしてそれが終わって、またバイトへ。あまりに目まぐるしすぎて、一緒に豆撒きをした子に「烏帽子かぶってたのって昨日だっけ?」と聞いた。

    取材をしていたのも昨日だった気がするし、ギャルだったのも昨日だった気がする。平安装束だけが夢だったような気もする。
    こういう日が、ときどきある。
    祇園のお客さんに聞いたお店がライターの仕事で役に立つ、ケーブルテレビで喋ると芸人時代の癖が出る。別々だったはずの仕事が、気づけば全部つながっている。
    肩書きを並べると変わった人生に見えるかもしれない。
    明日は何者になるんだろう。
    そんなちょっとヘンテコで詰め込みすぎな私の日常を書いていこうと思う。

     
     
    三重県伊賀市出身・京都在住。39歳非正規雇用独居独身女。ライター・編集者・MC・リポーター・地下アイドル「オタフクガールズ」・Podcast「地に足つかない!絶体絶命ラジオ」・お笑い活動「ちにあし」。日記、備忘録、旅行や聖地巡礼。fukumorimiho@gmail.com

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