
孤立するタイプ
「いつもひとりでポツンとしてることが多くて心配ですね。いえ、いじめとかではないようですが…」
と小学校で担任の先生が言っていたことがあります。
言われた母のほうは慣れたもので「そういう子なんです」と軽く返していました。
中高時代は、教室でみんなが芸能人の話などで盛りあがっているなか、ひとり自席で『人間失格』などを読んでいるような生徒でした(とくに太宰ファンではありません)。
さらに、大学ではゼミの先生にも「学内で仲のいい子とかいないの?いや、いいんだけどさー」と言われたこともあります。小学校の担任と同じ目をしていました。
たしかにいじめられたりしたことはなく、みんな親切でした。体育はぼっちにとって試練の時間ですが「はい5人組になってウォーミングアップ!」という時でもいつも誰かが「晴れるちゃんここ入る?」と仲間に入れてくれたものです。
図書館で働くようになっても大差ありません。
「会議資料ですが共有しますか?」(正規職員さんのチーム)
「今週の勤務票でーす」(業務委託さんのチーム)
「すみません、書庫に行くのでカウンターお願いしまーす」(閲覧チーム)
などと賑やかに話しているなか、私だけひとり黙々と書誌データのコードを入力していたり展示の準備をしています(展示も企画から設営までひとりでやっています…)。
どこでもやはりいじめられているわけではなく、みなさん親切なことも同じです。
ただどこか私の周囲に結界でもあるようで、野球で言うと敬遠されてばかりでストライクを投げてもらえない感じです。私から話しかけるとみんなあきらかに「英語がぜんぜんできないのに外国人から道を聞かれた人」みたいな態度になり「助けてあげたい気持ちはあるけど自分ではどうにもならないし、いなくなってくれるとホッとする」という空気が伝わってきます。
もしかすると私は宇宙人で、地球人は私にわからないテレパシーなどでコミュニケーションを取っているのではないかと思うことがあります。
こういう人間が結婚しているのは不思議に思われるかもしれませんが、これはひとえに配偶者のコミュニケーション能力によるもので「コミュ障はコミュ強と結婚しがち」という法則の典型です。もし相手が私と同じタイプだったら、一生何の人間関係も発生しないからです。
その配偶者にしてからが「遺体はこの家にひとりで住む90歳の女性と判明し、死後数ヶ月を経過しているものと…」といった報道を観て「君も将来こうなるんじゃ…」と慄いたり、私がすこし親しくなった女性に「妻とぜひ仲良くしてあげてください(不愛想で怖い顔してるけど悪い人じゃないから…←本音)」と深々と頭を下げたりしていました。
(結局その人は出産と子育てで忙しくなったせいか疎遠になってしまいました…いい人だったんですが)
「ふっ…べつにさみしくなんかないさ…」と枯葉の降りしきるなかトレンチコートを着て風に吹かれながら、このまま自分は一生「友だちがいないことを他人様から心配される人生」なのだろうか、という感慨も覚えます。
しかし配偶者にまで孤独死を心配されている状態で、しかも平均寿命の男女差やあきらかに相手のほうが不健康で不摂生なことを考えると、実際そうなる可能性はかなり高そうです。
老人ホームに入っても社交できなくて孤立する自分の姿が目に浮かびますし、そもそも私の経済力で老人ホームに入れそうもありません。
ただ孤立するタイプであることにはいい面もあって、いわゆるウザ絡みされることもなく人間関係のトラブルに巻き込まれることもなく「みんな親切でいい人だったな。結局誰とも親しくはなれなかったけど」と思いながら孤独死するのは悪い人生ではないのかもしれません。あとは早めに遺体を発見してもらえる算段をつけるだけです。