
教えてください、烏丸先生 #05 ガロア
教えてください、烏丸先生 #05
第1章・第5話 ガロア
家に帰ると、まずカバンを床に置いた。コートを脱いで、椅子にかける。芋羊羹の包みをテーブルの上に置いた。
冷蔵庫からビールを出そうとして、止めた。芋羊羹にはビールよりもお茶が合う。ヤカンをコンロにかけ、換気扇をつける。
4月8日 杉本遅刻。3回目。
5月14日 窓の外
6月2日 母
9月19日 ガロア
11月3日 決行
烏丸先生は、杉本をガロアに重ねていた。私はもう一度ガロアをスマホで調べた。
誰にも理解されないまま二十歳で死んだ。
杉本は、去年の12月25日で二十歳になっていた。烏丸先生は、年末に杉本に会いに行っていた。
ヤカンが悲鳴を上げた。
ティーバッグを入れたカップに注ぐと、緑茶の湯気が香ってくる。
テーブルで芋羊羹の包みを一本開いた。皿に乗せて、切る。口に含むとふんわりと芋の風味が鼻を抜ける。杉本が言ったとおり、美味しいが、少し甘みが強いかもしれない。お茶にして正解だった。
もう一切れ食べた。
烏丸先生は、杉本に元気かと聞いた。
杉本は、元気だと答えた。
二本目の芋羊羹はどうしようか。一人では食べきれない。賞味期限は明日まで。明日、職員室に持って行こう。二本目を冷蔵庫に入れて、最後の一切れを口に放り込んだ。烏丸先生なら、コーヒーが欲しいと言っていたかもしれない。
溜まった洗濯物を畳んでいると、もう外は暗くなっていた。
コートを着て、車のキーを手に取った。三月の夜はまだ冷える。駐車場まで歩きながら空を見上げると、星が少し見えた。
車に乗り込んで、どこへ行くとも決めずに走り出す。ラジオをつけると、知らない曲が流れた。
「送ってこうか」
烏丸先生の車に乗せてもらった日を思い出した。
黒くて古いセダン。皮のシートは、ほんのりタバコの匂いがした。
ラジオからは昔流行った歌謡曲が流れ、烏丸先生は時々合わせて歌っていた。
烏丸先生が歌っているのを聴いたのは、初めてだった。
信号で止まった。
私は助手席に置いてあるノートをめくった。杉本のページには、私の知らない烏丸先生がいた。次のページも、その次のページにも、烏丸先生がメモを残している。きっと、どれも私の知らない烏丸先生なのだろう。
青信号になったので、慌ててノートを閉じた。烏丸先生の匂いが、私の睫毛を揺らした。
いま、どこにいるんですか。
教えてください、烏丸先生。
―第1章・完―
▶NEXT #06 さよならは夜空の匂い
▶BACK #04 母の話