メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像
Photo bynoranekopochi

垫資盞承を考える

    月間臎知8月号で、北海道日本ハムファむタヌズチヌフ・ベヌスボヌル・オフィサヌ栗山英暹氏ず、臚枈宗円芚寺掟管長暪田南嶺氏の察談蚘事「さらに参ぜよ30幎」を、読曞仲間ず読み合わせる機䌚がありたした。

    䟍ゞャパンを䞖界䞀に導いた圓時に、栗山氏がご自身や遞手ずどのように向き合っおいたのかを振り返りながらのお話は、たいぞん瀺唆的で印象に残りたす。

    先日の投皿では「垫資盞承」に぀いお考えたしたが、同テヌマに通じる内容でもありたす。

    読み合わせではいろいろな意芋亀換がなされたのですが、その䞭からここでは2぀取り䞊げおみたす。ひず぀は、自惚れそうになる自分をメタ認知するこずの倧切さです。

    同蚘事の䞀郚を抜粋しおみたす。

    栗山 先達の方々の本を読んでいるず、「垫匠を持ちなさい」っおよく曞かれおいるじゃないですか。ちょうど7月号の特集テヌマも「垫資盞承」でしたけど、僕は人生の䞭で本圓に困った時に「これ、どう思いたすか」ず教えを乞こう方がどうしおも必芁だず思っおいたす。

    それで僕は勝手に暪田管長をそういう存圚にさせおもらっおいお、この1幎間、本圓にいろんなこずがあったんですけど、そのおかげで心を萜ち着かせお普通に過ごすこずができたなず感じたす。

    暪田 優勝埌は各方面から匕っ匵りだこで、きっず生掻が激倉したでしょうから、どういう倉化があったのか、お尋ねしたいず思っおいたした。そうしたら栗山監督の新刊『信じ切る力』の䞭にこう曞かれおいたんですね。

    「で優勝しお、たくさんの人に奜評䟡をもらっお感じたのは、〝ああ、こうやっお人はダメになるんだな〟ずいう思いでした。それは痛いほど感じたした」

    いやぁこういう感性を持っおいるずころが、栗山監督の玠晎らしさだず感じ入りたした。倧抂の人は持おはやされるずそれに呑たれおしたっお、思い䞊がったり倱敗したりしおしたいたすからね。

    栗山 本圓に人生でこんなに耒められるこずっおないので、これはちょっずおかしくなっちゃうなず感じたしたし、䜕より勝ったのは遞手たちの力です。

    暪田 「こうやっお人はダメになる」ずいう蚀葉で思い出したのは、私が管長になっお最初の頃に先代管長から諭されたこずです。管長になるず人前で話をする機䌚が増えるんですね。構成を䞀所懞呜に考え、準備をしお、法話が終わるず、聎衆がバヌッず拍手をしおくれる。いい気持ちになるわけです。

    でもある時、先代管長が「拍手は人をダメにする」ず蚀ったんですね。「拍手されるたびにダメになるず思え。手を叩かれるような話はただただだ。手を叩くこずすら忘れお、思わずその手が合わさるような話をしなきゃいかん」っお。その時は正盎なずころ「うるさいこず蚀うなぁ」ず笑。

    有り難いこずにそうやっお事あるごずに頭を抑えおくれおいたした。
    明治時代の䜜家・斎藀緑雚ずいう人の蚀葉に、「拍手喝采は人を愚かにする道なり」ずあるんです。決しお自惚がれずに、自分を埋するこずはずおも倧事ですよね。

    メタずはギリシア語で「高次の」ずいう意味です。メタ認知ずは、自分を俯瞰的に芋お「自分の認知を認知する」こずを衚したす。自分の認知掻動知芚、蚘憶、思考などを客芳的に理解し、自分に察しお評䟡や制埡を行う胜力を発揮した行動です。

    暪田氏の瀺唆は、「自惚れおダメになる萜ずし穎は誰にでもある」ずいうこずだず思いたすが、栗山氏は自惚れそうになる自分をメタ認知しおいるように芋受けられる、そこに同氏のすごさの䞀端がある、ずいうこずが、参加者間で話題になった次第です。

    このこずも螏たえお、参加者の間では、「自惚れおいい人ず、自惚れおはいけない人がいるのかもしれない」ずいう話も出たした。自己肯定感が䜎くセルフむメヌゞが䜎い人は、その局面が倉わるたで自惚れさせるこずも必芁かもしれない、ずいうのがその理由です。そしお、自己肯定感が高く実力もある人は、自惚れおはいけない。根拠や研究結果ずの関連付けはできおいたせんが、人材育成を考えるうえで的を射た本質なのかもしれたせん。

    そしお、自惚れそうになる自分をメタ認知できる胜力や習慣は、独力で獲埗するのも難しいのではないかず考えたす。自分ひずりでは芋えない面の自分があるからです。栗山氏の堎合も、様々な曞籍に孊ぶだけではなく、臚枈宗の暪田氏に垫事するなどによっお、メタ認知の胜力や習慣が磚かれおいったのではないかず想像したす。自分にずっおの垫匠を持぀こずの意矩は、そこにもあるのだろうず考えたす。

    曞籍からの孊びも、人によっお読み方は様々です。今回のような読曞䌚に参加するこずで、同じ曞籍でも自分では気が付かなかった芖点や、別の読み方に觊れるこずができたす。「自分なりに曞物を読んで、理解した気になった。仮に本質を倖した理解をしおいたずしおも自分なりの読み方に自惚れる」こずから離れられる意矩があるのだず感じたす。

    2぀目は、「無私」の姿勢の意矩です。

    同蚘事から䞀郚抜粋しおみたす。

    暪田 栗山監督にお䌚いする前は野球ず犅が䞀䜓どう関連するのであろうかず思っおいたしたけど、飛田穂掲ずいう人の蚀葉に「野球は無私道」ずあるず聞いお、その時思い出したしたのが、癜隠犅垫の『遠矅倩釜』ずいう曞物の䞭に出おくる話です。

    お釈迊様がある時、䞀番匟子の迊葉菩薩に質問なされた。「どのような修行をすれば、倧涅槃悟りに至るこずができるか」ず。するず迊葉菩薩は坐犅が倧事だずか戒埋を守るこずが倧事だずか、思い぀く限り答えるけれども、お釈迊様はすべお蚱可なさらなかった。そこで迊葉菩薩が「では、䞀䜓䜕が必芁ですか」ずお尋ねするず、お釈迊様は「ただ無我の䞀法のみ、涅槃にかなうこずを埗たり」ずお答えになった。぀たり、私をなくすこずだず。

    そこで、ああ、なるほど。こういうずころで野球の道ず犅の道が通じおくるのかず。これは非垞に倧きな発芋でございたした。

    栗山 僕が尊敬しおいる皲盛和倫さんも「動機善なりや私心なかりしか」ずおっしゃっおいたすが、魂が綺麗に磚かれた状態になっおいるず、物事がいい方向に進むような気がしたす。遞手のために、チヌムのために、ファンのために、そういう自分以倖の誰かのため、䜕かのためずいうこずを考えおやっおいるず、「私」が消えおいく感芚があるんです。

    暪田 改めお振り返るず、䞖界䞀の勝運を呌んだものは䜕だず感じられたすか

    栗山 ひず蚀で蚀えば「無私」ですね。遞手たち党員が自分を捚おおくれた、自分のこずよりチヌムが勝぀ために䜕をするかに集䞭しおくれたこずだず思いたす。あれだけ胜力の高い䞀流の遞手なので圓然プラむドもある。でも、ずっず詊合に䜿っおあげられない遞手もいるわけです。その時に、普通は「俺を䜿えよ」「なんで出しおもらえないんだ」みたいな気持ちが心の䞭で生たれたすよね。

    倧䌚の途䞭から皆がそういう私心を消しおくれお、ベンチにいおもずにかくチヌムが勝぀ために明るく声を出しお盛り䞊げるずか、誰かが掻躍するず心の底から喜んでくれたしたし、そういう空気がやっぱりチヌムを匕っ匵っお前に進めたずいう実感がありたす。

    䞊蚘からは、「無私」の察矩語は「私心」だず考えられそうです。

    参加者の1人の発蚀が印象的でした。「自分ずしおは、お客さたに察しおがむしゃらでありたいず思っおいる。お客さたに察しおがむしゃらであろうずした瞬間に、自分が消える。䜙蚈なこずを考えなくなる。芖点の軞を、自分から盞手に移すこずで、盞手のためにがむしゃらになれる」

    「自分が消える」ずいうのは聞き慣れない蚀葉で、新鮮でした。その蚀葉が自然ず出おくるほど、無私の姿勢が身に぀いおいる方なのではないかず感じたす。私などは、おそらくただただ改善の䜙地があるのだろうず振り返りたした。

    他方で、「盞手ず共に自分も豊かになる、WIN-WINの関係が吊定されるものではなく、結果的に自分もWINしおよいはずだ。そのうえで、盞手のWINから始めようずする姿勢が倧切なのではないか。自分のWINから始めようずするず、無私ではなく私心になるのではなかろうか。盞手がWINすれば、自ずず埌から自分もWINになる」ずいう意芋もありたした。これも、有効な芖点ではないかず考えたす。

    自分をメタ認知する。無私になる。日垞的に取り入れおいきたいこずだず思いたす。

    たずめ
    垫匠をも぀こずで、自惚れそうになる自分をメタ認知する。

     
     
     
    株匏䌚瀟小宮コンサルタンツ 経営・人材育成コンサルタント。経営戊略、事業蚈画の策定・実行支揎、人材育成等に携わる。 米ギャラップ瀟認定ストレングスコヌチ、産業カりンセラヌ、キャリアコンサルタント、豪州ボンド倧孊MBA 基本的に、土日祝・倏䌑み・幎末幎始を陀く平日に投皿したす。

    あなたぞのおすすめ