
業務改善は教わるものではない、自ら考えることだ(AI×Excelで事務をラクにする 50)
勉強会が終わった。
「ありがとうございました。」
参加者が、机の上に開いていたPCを閉じ、一斉に立ち上がる。椅子が引かれる音が止み、参加者が部屋を後にし静かになった。静かになった部屋のスクリーンには、さっきまで説明に使っていたExcelの画面が映ったままだった。わたしは、スクリーンを眺めながら考えていた。
今日、わたしが説明したことは、理解してくれただろうか。アンケートでマクロについては聞いたことがあるという回答だった。けれど、今日は第1回目である。だからマクロについては説明しなかった。
初心者には、まず自分が思い描いた通りに動くコードをAIから返してもらうことが大切だと思う。
これは、何度か開催する中で、初心者には必要なことだと、わたし自身が確信したことだった。だから、どこまで理解してくれているのかが気になったのだ。
「次の勉強会では、実際にAIへ質問を投げかけてコードを書いてもらい、それを実行するところまで進めたい」
その時、次の利用者が会議室に入ってきた。
「あっ、スクリーンの電源は切らなくていいですよ」
そういって次の会議の準備が始まった。
思考が中断され、わたしはしかたなくPCを片付けた。
会議室から自席に戻るまでの間も、頭の中では次の勉強会のことを考えていた。
次は、実際にAIへ業務内容を説明してもらう。そして、マクロのコードを書いてもらうところまで進めたい。
けれど、ここが難しい。
AIに説明すれば、コードは返ってくる。けれど、そのコードが思った通りに動くとは限らない。
「このファイルを開いてください」
人なら、それだけで何となく通じることがある。
しかしAIには通じない。
どのフォルダなのか。
ファイル名は毎回同じなのか。
対象のシートはどれなのか。
見出しは何行目にあるのか。
処理が終わったら、保存するのか、閉じるのか。
人が当たり前だと思って省略していることを、AIは知らない。
しかも、足りない情報があっても、もっともらしく補ってしまう。
だから初心者にとって怖いのは、マクロのコードそのものではない。自分では説明したつもりなのに、思った通りに動かないことだ。
最初にそこでつまずいてしまうと、「やっぱり難しい」と感じてしまう。
だから、わたしは最初の一歩を慎重にしたかった。
けれど、参加者は「なぜ今さら業務の説明を練習するのだろう」と思っているかもしれない。
最近は、「AIは自然な言葉で理解してくれる」とよく言われる。実際、議事録を要約してもらったり、文章を整えてもらったりと、AIを仕事に取り入れている参加者もいた。
執務室のドアの前で立ち止まった。
そうか。議事録の要約なら、「この会議を要約してください」で済む。
けれどマクロは違う。
わたしは毎日のようにAIへ業務を説明している。だから当たり前になっていた。けれど、考えてみれば、AIはわたしの仕事を何一つ知らない。
「このファイルを開いてください」
わたしにとっては、それだけで頭の中にいつものフォルダ、いつものファイル名が浮かぶ。
しかし、AIには何も浮かばない。
そのとき気づいた。
わたしがAIに説明しているつもりだった。
本当は違った。
わたしは、自分の仕事を整理していたのだ。
何をしたいのか。
何を判断しているのか。
どんな順番で進めているのか。
どこで迷うのか。
それを考えるのはAIではない。自分である。
勉強会でわたしが本当に伝えたかったのは、マクロの書き方ではなかった。AIの使い方でもなかった。
わたしが教えられるのは、考え方の入口までだ。その先は、一人ひとりが自分で考えるしかない。
自分の仕事を、自分の言葉で説明する。
そのためには、自分で考えなければならない。
業務改善は、教わるものではない。自ら考えることなのだ。